剣を握ったままではお前を抱きしめられない。
ならばもはや愛する相手を抱きしめること、すなわち日常に帰る気持ちを捨て戦場で果てる覚悟を決めれば剣を極限まで研ぎ澄ませられるのでは?
「………」
常にない重苦しい沈黙が満たされていた。
大人たちが目を細めながら眩しく見つめるであろう青春真っ盛りの光景、それを繰り広げた若者たちへと突きつけられたのはしかし想像だにしていなかった無情な現実だった。
「まさかクロウ先生が死んじゃうなんて……」
口火を切ったのは6人の中でも特に元気に満ち溢れている*1ユウナ・クロフォードその人であった。
だがその口はいつになく消沈したものとなっていた。それも当然だろうクロウ・アームブラストは彼女にとっても何かと世話になった恩師だったのだから。常にどこかおどけた態度を崩さないタイプであったが故に素直に尊敬しているとは言い難い存在ではあったものの、クロスベルの出身である自分が何かと気にかけて貰っていた事も彼女は知っているしそれに感謝もしていた。未だ自らのアイデンティティを帝国よりもクロスベルへと置いている彼女からすれば自分は帝国の軍人であるという立場をまるで崩さない担任に比べればはるかに親しみを覚えていたと言っていい存在だ*2。
そしてそんな副担任がまた今の自分達ではとても及びつかない、その態度に見合わぬ実力者であったこともまた知っていた。それ故にその死に強い衝撃を受けずにはいられなかったのだ。
「僕のせいだ……僕が……いいように操られてしまったから……!」
セドリック・ライゼ・アルノールの言葉には強い悔恨が滲み出ていた。
皇太子である自分が黒の傀儡と堕した時点で彼の師でもある英雄には選択の余地はなかった。
奪還するためにも不利を承知で敵が万全の態勢で待ち構えていた地に赴く他なかった。そしてその結果クロウ・アームブラストが命を落とした……それが
「いえ、セドリックさんだけの責任ではありません。囚われの身になったというのならそれは私も同じです。私が足を引っ張ってリィンさんを不利にしてしまった……そのせいでクロウさんが……」
そんな言葉にアルティナ・オライオンもまた続く。
信じていた英雄の敗戦、そんな想像だにしていなかった光景を前に彼女の思考回路は当然のようにその原因を英雄本人に求めはしない。
誰かが足を引っ張ったからこそ英雄は敗れたのだと
そしてそんな彼女の矛先は囚われの身となっていた自分へと向かうのだ。
「……」
憮然とした面持ちでアッシュ・カーバイドが頭をかく。
それは彼にしては珍しくさて一体なんといったものかと迷っているようにも見える光景であった。
「セドリック様、アルティナさん、それは……」
「いいやセドリック、アルティナ、多分
どこか慰めるような響きを以て紡がれようとしたミュゼ・イーグレットの言葉を遮りミュゼが告げようとしていた言葉を告げた者、それは意外にもこの場でアルティナとセドリックに次ぐレベルで英雄を敬していたクルト・ヴァンダールその人であった。
「君やアルティナが囚われた結果不利を承知でリィンさんがあの場での決戦を挑まざるを得なかったーーーもしもそれが本当ならばその論法も成り立ったんだろう。
だけど
何よりあの人は皇帝陛下を見殺しにしたという敵の言葉も否定しなかった。だから君たち二人が敵に囚われたからそうせざるを得なかったというのならそれは誤りだよ。悔しいけど到底僕たち程度が割って入れるような次元の戦いじゃなかった事は君たちもよくよくわかっているはずだ」
「その通りだクルト。お前のいう事は全て正しい」
扉を開けて現れた人物へと6人の視線が一斉に集中する。渦中の人物リィン・オズボーンその人が現れたのだった。
「リィンさん……」
「さてクルト、約束通りお前からの批判を受けつけよう。身喰らう蛇という犯罪組織と手を組み、あまつさえ皇帝陛下を見殺しにするという臣下として許されざる大罪を犯しながらも挑んだ戦いに敗れた無様な男へのな」
静謐なる瞳がクルト・ヴァンダールを射抜く。そこには常日頃感じる炎のように燃え盛る情熱ではなく夜の海の如き静けさが宿っていた。
「……それではお言葉に甘えさせて頂きます
貴方は紛れもない理想的な
目前の人物に対する敬意、それは今尚クルトの心の中に当然ある。リィン・オズボーンという男が軍人としての理想像をある種体現した存在である事は間違いない。だが同時にその敬意と同じだけこれは自分が目指すヴァンダールの在り様ではないと叫ぶ自分がいる事をクルト・ヴァンダールは自覚していた。
何故ならばクルト・ヴァンダールが目指す守護の剣の在り様、それは主君の敵を討つ剣であると同時に主君の心を守る盾でもある、そんな存在なのだから。
「それで良い。そのまま進め、クルト。俺のようにはなるんじゃない」
弟弟子の生意気な反発の言葉、それを受けても兄弟子の表情と瞳はどこまでも静かだった。一切の怒りを見せることなく
「殿下……いいやセドリック、これまでの私の態度を謝罪させて頂きたい。父に言われた通り私はこれまで貴方をただ皇太子という祖国のために働く重要パーツのように扱ってきました。師とは教え子の心に寄り添い導くもの、だが私は貴方の心に寄り添うことなくただ貴方にこの国の皇太子である事を求め続けた。その結果黒に付け込まれる形となりました。貴方が今この場にこうして居られるのは全て貴方が素晴らしき友人たちに恵まれた、その縁の賜物。どうかそれをこれからも大切になさってください」
深々と頭を下げながら告げるその姿にセドリック達は呆気に取られる。何故ならば彼らはこんな師の姿を見たことがなかったからだ。
「アッシュ、君にも謝罪させて欲しい。ハーメルの遺児足る君に対して不遜にもその真実の隠蔽をさも正義のように口にした事をだ。君の憤りはもっともであり、中将である私には君のその憤りを受け止める責務があった。にも関わらず私はただ力を以てそれを押さえつける選択を取った。この期に及んでこれまでの自らの歩みで踏みにじって来たもの、その嘆きと真に向き合う事を恐れたからだ」
さらに続けて紡がれた言葉等完全なる想像の埒外。皇太子であるセドリックはまだしも日頃から素行不良の常習犯であるアッシュ・カーバイドに対してリィン・オズボーンが叱責でなく謝罪をするなどと。
「アルティナ、私の
トワを……母さんを大事になさい。お前がお前自身の手で紡いだ絆を、友達を大事にしなさい。そしていつまでも元気に暮らしなさい」
「リィンさん……?」
そっと頭を優しくなでられながら告げられた言葉にアルティナ・オライオンもまた困惑を隠せない。だってそうだろう、こんなのはまるで
「師として、一人の人間として言っておきたかった事は以上となる。後はどうか見届けてくれ、リィン・オズボーンという愚かな男のその生き様を」
それだけ告げてリィン・オズボーンは部屋から退出していく。自分たちの今後を決める協議、それの前に自らを一振りの刃へと変えるために絶対に会っておかなければならない最愛の人と会っておくために。
「あの人ってばいったいどうしちゃったの……?」
その場にいる者達の心情、それを代弁するかのように口火を切ったのはまたもやユウナ・クロフォードその人であった。
ユウナ・クロフォードにとってのリィン・オズボーンという男に対する感情は複雑極まりないものだ。
恩師と素直に呼ぶには抵抗があり、この人は本当に血の通った人間なのか?と疑いたくなったことも、エレボニアという国そのものを体現するかの如き軍国主義的な在り様と傲岸さには併合されたクロスベルの人間として諸々言いたくなったことも一度や二度では効きはしない。
だがそれでも心底憎くて憎くて仕方ない存在かといえばそれもまた違う。その在り様にある種の畏敬の念を抱いていることも確かだし、同時に負けたところや弱ったところ等というのがもはや想像の埒外にある人物でもある。
だからこそ先ほど見た姿に困惑を隠しきれない。セドリックとアッシュに謝罪をした様子、そしてアルティナに対して言葉をかけた様子からは普段の覇気に満ち溢れた堂々とした態度からは程遠いものだったからだ。
「やっぱり流石にクロウ先生に死なれてあの人も堪えているのかな……親友、だったんだもんね」
そうユウナは極々当然の予想をする。友達に死なれたら誰だって悲しいし心だって弱る。それは英雄と謳われる存在だって例外ではないのだと、そう考えて。
「そう……でしょうか?私にはまったく別のものに見えました。そう……あれはまるで」
自らの総てを"勝利"の為の薪にすることを決意した修羅の如き様相だとーーー呟いたミュゼ・イーグレットの言葉は誰に届くでもなく。
友情というかけがえのない絆を紡いだ教え子達の姿に英雄は安堵と共にその刃を研ぎ澄ませて行くのであった。
心というのは何かを考える時、誰かを思う時、初めてそこに生まれるもの。
じゃけん心は愛する者達のところに置いていってその身はただ邪神を討ち祖国を覆う闇を祓うための一振りの剣となりましょうね~~~。