鉄血宰相の子飼いでありながら鉄血宰相の暴走に際して宰相に抗い皇室への忠誠を貫いた忠臣として。流石は亡き英雄の義兄と義姉だと周囲はこぞって称賛する事でしょう。そして二人もそんな周囲の期待に応えて祖国を懸命に守ろうとすることでしょう。何せ二人にとっては幼少期からその成長を見守り面倒を見てきた義弟が真実その命を捧げて守った国なのですから。
「それじゃあ二人ともくれぐれも気をつけて」
会議が終わるや否や慌ただしくも準備を整えて情報収集のために出立せんとする義兄と義姉にリィンはそうやって声をかける。
「……ああ、わかっているさ。心配すんな。その辺りの察知は俺の十八番だからな、退き際を見誤るようなへまはしねぇよ。運良く俺ら二人が手配されずに済んでりゃいいんだがな」
何故各自しばらく休養を取ろうという中でクレアとレクターの両名が慌ただしくも出立することになったかと言えば偏にそれは彼らの立場にある。共に宰相直属の子飼いである帝国軍情報局と鉄道憲兵隊にて中佐の地位にある身。
セドリック・ライゼ・アルノール、オリヴァルト・ライゼ・アルノール、リィン・オズボーン、ヴィクター・アルゼイドと言った余りにも有名過ぎる者達と比べればその知名度はあくまで知る人ぞ知るという程度のものであり、その上で表沙汰には出来ないような情報を探る権限を有している立場でもある。
もちろんそれらはあくまで父にして今や帝国の権力を総てその手中に収めんとしている鉄血宰相ギリアス・オズボーンより与えられたものであり、黒キ星杯の戦いに於いて両名共にリィンの側へと就いた以上は反逆者として手配されている危険性もあるが……
「……宰相閣下が未だに正気を保っておられるというのならおそらく二人は手配されていない可能性が高い。黒の傀儡である父は黒の手駒として巨イナル黄昏を進めて黒がこの世の主となるために動かないとならない状態にある。故に明確に黒の不利益となるような行動を取ることは出来ない。
だが同時に黒の不利益にならない範囲に於いては一定の自由を利かせた判断をすることが出来るはずだ。例えば自らに反旗を翻した者を共和国との戦争を前にした状態でそのような事を明かしても無駄に動揺を生み国内の意思統一を妨げる。だから意図的に潰さずにあえて放置するーーー等といった具合にね」
ギリアス・オズボーンは黒にとっては目的を達成するために必要不可欠な存在だ。我が子の命と引き換えに黒と契約を行った日からギリアス・オズボーンはその魂を黒へと隷属させられる事となった。だが黒のアルベリヒとは異なり、ギリアス・オズボーンは決して黒へと忠誠を誓っているわけではない。
当人自身が積極的に黒へと反旗を翻す事は出来ない。されど大局を重んじているが故に些末事に関わっている暇はないという形で本来であれば多少時間と労力を割く事になっても潰しておいた方が良い反乱分子、そういうものを放置するという手法を取る事は可能でありギリアス・オズボーンという男は恐るべき意志力によって正気を保ちながらそうして動いていたーーーというのがフランツ・ラインフォルトの見解であった。
「ただこれは今まで通り父が正気を保ったままである事を前提とした話だ。もしも父がもうその心までも完全に呪いに呑み込まれた状態であるのならば……」
「高確率で手配されているだろうな、俺もクレアもそしてお前さんも。表向きは戦死としながらも裏では共和国に通じた裏切り者、あるいは権力欲しさにオリヴァルト皇子と共謀してセドリック殿下を殺した野心家として。その方がどう考えたってこちらの行動を制限出来る」
そうならばこそこの状況でレクター・アランドールとクレア・リーヴェルトの両名を情報収集のための偵察に送り出すのは……
「すまない。二人にはある種の
「謝んなよ。俺もクレアもその位の危険は引き受けないとならねぇ立場さ。
「レクターさんの言う通りです。貴方に責任があるというのなら私たちにはそれ以上の責任があります。閣下に拾われてあの方に言われるがままに働いてきた身として。
せめて……この程度の事はさせてください。貴方は私たちなどよりもはるかに重い責任を背負っているのですから」
国のために世界のために真実その命を捧げんとしている義弟の覚悟、それを前にしてクレアもレクターも何も言う事が出来なかった。
ただただ己の不甲斐なさを痛感する他なかった。ならばこそ二人は少しでもリィン・オズボーンの助けに成ろうとする。それが仮にも英雄の義姉や義兄として振舞ってきた者の務めだと信じて。
「ありがとう。……会議の時にも言ったけどどうか気に病まないで欲しい。俺は間違いなく幸せだった。そしてその幸せには間違いなくあなた達がくれたものもあった。
元凶であるイシュメルガを除けば誰のせいでもない、総ては俺自身の選択と歩みの帰結だ。だからこそ俺はもう誰にも負けはしない。これを今生の別れにするつもりはないからどうか安心して欲しい」
力強く笑いながら宣言する義弟の言葉にもはや二人はそれ以上の言葉を紡ぐ事は出来ず自らのなせる精一杯を為そうと虎口へと赴くのであった。
・・・
「オズボーン宰相閣下!どうかお考え直しください!皇帝陛下に続きオリヴァルト殿下にセドリック殿下、さらにはご子息まで失われて憤激する事はいたし方ないでしょう。ですが我々公人がそうした私情によって国権を濫りに動かすような事はあってはならない。ここで激情に任せて大戦への道をひた走るというのであれば我らのこれまでの歩みは一体なんだったというのですか!?」
今やエレボニア帝国の最高権力者と化した鉄血宰相ギリアス・オズボーン、その執務室で宰相の長年の盟友であるカール・レーグニッツは常ならぬ剣幕で食い下がっていた。
「カール・レーグニッツ殿、私の方針は既に演説で伝えさせて貰った通りだ。これは亡き陛下の仇を討つための聖戦である。まして共和国は我らの偉大なる父のみならず、オリヴァルト殿下にセドリック殿下をも我らから永久に奪い去ったのだ。もはや対話によってお互いの妥協点を模索する段階は過ぎ去った。他ならぬ彼ら自身がその選択肢を我らから奪ったのだ。
重ねて言おう、これは亡き陛下達の仇を討ち正義を遂行するための"聖戦"なのである。これに反対する者がいるとすればそれは全て帝国人を名乗る資格のない敵国へと通じた裏切り者であると判断せざるを得ないだろう」
しかしそんなカール・レーグニッツの誠心は哀しいかな、報われる事はない。返ってくるのはかつての賢明さはどこかへ行ってしまったのかような余りにも意固地な常軌を逸した態度だった。
「それは余りにも一方的過ぎます!対話も交渉も一切拒絶して武力による懲罰のみが正解だと国民を徒に煽り、更にはそれに反対する者は裏切り者であると断ずるなど!重ねて言います、どうかお考え直しください!共和国との全面戦争などとなればそれは凄まじい惨禍をこの国に、いえこの大陸へと齎します!」
「何度も同じ事を言わせないで貰いたいなカール・レーグニッツ殿、私の方針はあの場で伝えさせて貰った通りだ。多量の血が流れる?一体それがどうしたというのかね。言ったはずだ、これはどれほどの血が流れる事に成ろうとも成し遂げねばならない"聖戦"なのだと。
たとえどれほどの血が流れようとも、たとえ帝国臣民の半数が息絶える事に成ろうとも"正義"は執行されねばならないのだよ」
「それは……政治の論理ではありません」
正気とは思えないオズボーンの姿にカール・レーグニッツは慄く。それはこれまで自分が盟友として支えてきた男が、この国の事実上の頂点に立つ存在が完全なる狂気へと陥った姿を目の当たりにしたが故の恐怖であった。
「理解しているとも。そのようなものに囚われていては我が大望は果たせないのでね」
「……どうやら今の貴方にはもう何を言っても無駄のようですね。わかりました、そういう事であれば私は私なりに政治家としての責任を果たすために動かせて貰うとしましょう」
そんな
目前の男はどんな言葉を投げても止まる事はないと悟ったが故に決意と共に執務室を出ようとした瞬間、現れたのは軍服にその身を包んだ宰相の親衛隊*1の姿。
それらはあろうことか宰相の盟友であるはずのカール・レーグニッツを取り囲むや否やまるで罪人であるかのように銃を向けて……
「!?なんだね君たちは!これは一体何の真似だ!」
「ご無礼は百も承知。ですが知事閣下、貴方には現在重大な嫌疑がかかっております。そう敵国である共和国との内通疑惑という重大な嫌疑が。どうか抵抗はなさらぬようにお願いいたします」
「馬鹿な!?一体何を根拠に!」
常にない語気の強さを以て憤りを見せるカール・レーグニッツであったが、その瞬間一体
「これがあなたのやり方というわけですか……オズボーン宰相」
「言ったはずだ、これは亡き陛下の仇を討ち正義を執行するための"聖戦"でありこの戦いに反対する者がいるとすればそれは帝国人を名乗る資格のない敵国へと通じた裏切り者であると判断せざるを得ない、とね。
長年の盟友とこのような形で決裂する事になって残念でならんよレーグニッツ殿。お連れしろ!あくまで今は疑惑の段階!くれぐれも無礼のないように丁重にな」
主君からの言葉に親衛隊の者達は敬礼を以て返答し、革新派の良心にして巨頭であるカール・レーグニッツは悔し気に連行されて行く。
そうして執務室に再び独りとなった狂った独裁者は膝をつき……
「……グッ……ぬぅ!?」
苦悶の表情を浮かべながら滲み出るその脂汗を自らの手でそっと拭う。
自らを奈落に堕とさんとする呪詛に必死に抗い、完全なる
「カール・レーグニッツは紛れもない傑物にして良識と使命感を有する稀有な政治家。彼を自由にしたままにしておけば確実に自らの政治家生命、いいやその身命を賭してでも大規模な反戦活動を開始しただろう。そしてそれは確実に一定数の支持を獲得して計画の遂行に際して少なからぬ障害となっただろう。ならばこそ先手を打って潰したまで。
アルフィン殿下、いいや陛下にプリシラ殿下共々カレル離宮で
巨イナル黄昏、その遂行のために私は
自らに纏わりつく黒い影、それに対してうっとおし気にしながらギリアス・オズボーンは次の手を考え始める。一体どうすれば最短で共和国との戦争、すなわち巨イナル黄昏を行えるのかを。
そう、歴戦の政治家であり統治者でもあった
黒の忠実なる手駒として動きながらも帝国の指導者として自分を討つ者が現れた際に帝国の受ける打撃を最小限にするように動くという離れ業を行う、その様は彼が未だその正気を保っている事を証明していた。
「レクターやクレアを手配していないのも同様だ。盟友に背かれた上に子飼いにまで手を噛まれたとなっては流石に私の沽券に関わってくるからな。所詮はたかだか
どの道我らの勝利はもはや揺らがないのだ。であれば最短で事を為すべきだろうよ。巨イナル一となった貴様が遅れを取る事に成るとすればそれは他の至宝を持ち出された場合位だろうからな」
ならばこそギリアス・オズボーンはその明晰なる頭脳を如何にして黄昏を最速かつ最短で遂行できるかという
一敗地に塗れたリィン・オズボーンとオリヴァルト・ライゼ・アルノールが如何にして黒へとその牙を突き立てに来るか、それを一度考えてしまえば黒の傀儡である自分はそれの対処のために動いてしまう事に成るから。
銀を吸収してさらには幻想機動要塞という切り札まである黒がもはや他の騎神如きに後れを取る事などあり得ないという意図的な慢心で以てその思考を打ち切らせるのだ。
自らがその命と引き換えにしてでも守ろうとした愛する妻の忘れ形見にして最愛の息子の事を
一度考えてしまえば、それは
「そう何も案ずる事はない、勝つのは
そうだろうリアンヌと、一足先に逝った、否その肉体が滅びた後もその魂を以て今も尚自らの心を守ってくれている戦友への感謝を捧げながらギリアス・オズボーンはその鋼鉄の意志力を以て運命へと抗い続けるのであった……
パパボーンは必死に自分が討たれたら「全部ギリアス・オズボーンとかいう狂った独裁者の暴走のせい。帝国の責任もなくもないけどみんなオズボーンの暴走に巻き込まれたんや!悪いのはギリアス・オズボーンとかいうカスの独裁者や!!!」で済むように必死にやっています。後はリィン・オズボーンが最期まで走り切って祖国と皇室への忠誠を貫き狂い果てて暴走した父をその命と引き換えに討った英雄にして忠臣の鑑としてその英雄伝説を完遂すれば後の事は何とかなる事でしょう。