獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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トワは頑張りました。しかし一手の遅れというのは時として致命的なものです


最後の巨人

 

 リィン・オズボーンを何としても説得する、そう決めたトワ・オズボーンは動き始めた。どれほど自分達がただ生きて欲しいと想いだけをぶつけてもそれだけで夫を翻意させることが出来ないという事を彼女はよくよく理解していた。今の局面において夫を翻意させるために必要なもの、それは妻である自分や義娘であるアルティナからの嘆願ではない。どれほど言葉と想いを尽くそうとあの頑固者の唐変木は自らが背負う責任云々を説き、決して意志を変えないという事はいい加減それなりに長くそして極めて深い付き合いのある彼女にしてみれば余りにも容易に予想出来る事なのだから。

 根っからの軍人である夫を翻意させるために必要なもの、それは妻である自らの()()()ではなく上位者である皇族からの()()である。そうリィン・オズボーンという男は自らを国家の忠実な剣と規定している、ならばこそ上位者である皇族からの命令にはそこに相応の理と正当性があれば従う。その一線を越えなければこそリィン・オズボーンという男は嫉妬、憎悪、嫌悪といった感情を他者から抱かれながらも敬意を払われ英雄と讃えられているのだから。

 

(だから……オリヴァルト殿下とセドリック殿下を説得すればきっと……!)

 

 秘書官としてオリヴァルト・ライゼ・アルノールに仕えてきたトワ・オズボーンは良く知っている、主であるオリビエという男が如何に情に篤いかという事を。

 会議の場では当のリィン本人の意志が固く、他に手立ても見つからなかったため押し切られる形となったが、こうしてそうではない手立てが見つかったのであればそれに賭けて見たくなる理想家であるという事を。

 それはこの国の宰相として見ればあるいは失格なのかもしれない、他ならぬリィン本人が語っていたようにかかっているのが帝国どころか世界の存亡である以上、一人が確実に犠牲になるとしても少しでも成功の成算を高めるのが“正解”なのかもしれない。

 にも関わらず夫に生きて欲しいがために主君のそうした情の篤さへと付け込み惑わそうとしている自分はとんだ“悪女”なのかもしれない。

 だが悪女だろうと構わない、このまま定められた末路へと直走る愛する人を見届けて終わった後に涙を流すのが理想的な淑女だというのならばトワは喜んで悪女になるつもりだった。

 

「アルティナちゃん、多分私たちが想いをぶつけるだけじゃリィン君は頷いてくれない。アルティナちゃんもそれはわかるでしょう?」

「それは……はい」

 

 リィンが生きる光明が見えた事で浮かれていたアルティナだったがトワの言葉に冷静さを取り戻す。

 そうアルティナの知るリィン・オズボーンという男はまさに軍人の理想像を体現する英雄の中の英雄という形容でさえも不足する程に理想的な英雄像の体現者である(アルティナの主観)。

 生き残る可能性が出来たのだからそこに賭けてみようーーー等とはならない事はアルティナにも容易に想像がつく。

 

「だから()()()で説得しよう。私たちだけのワガママじゃリィン君はきっと聞いてくれない。でも私たちみんなの総意で決めた事のなら、特に皇族であるオリヴァルト殿下とセドリック殿下のお言葉ならリィン君は決して無下には出来ないはずだから。

 私はオリヴァルト殿下を説得してみる、だからアルティナちゃんにはセドリック殿下をお願い出来るかな?」

 

 アルティナの表情が再び目に見えて明るくなりだす。

 アルティナにとってセドリック・ライゼ・アルノールは友達である。

 そして友達であるが故にアルティナはセドリックの性格をよく把握している。

 彼ならば自分が説得すればきっと聞いてくれるだろうという期待と確信があった。

 そしてそのセドリックはこの国の皇太子だ。皇太子直々の頼みとあらば自分よりも重みを以て受けとめられる。

 エレボニアとはそういう国であり、皇族とはそういう立場なのだから。

 

「わかりました!セドリックさんを全力で説得して見せます!!」

 

 そしてセドリック・ライゼ・アルノールは鋼鉄の意志を抱き突き進む覇道ではなく仲間と共に支え合いながらも歩む王道をこそ選んだ。

 ならばこそ彼は友であるアルティナの言葉を決して無下には出来ないだろう。

 基よりセドリック自身、妬心や羨望の念をこそ抱いたものの決してリィンという英雄のことを悪く思ってはいない。

 まだまだ教えて貰いたいことはごまんとあるし、今後の事を想えば生きていてくれた方があらゆる点で頼りになるという事も容易に想像が出来る。

 そして友からの嘆願を受けてそれでも尚、「いいや彼には死んでもらう。それが最も確実なのだから」と傲然と言い放てるほどに彼は冷徹には成れない。

 一筋の希望が見えたのならばどうしてもそれに賭けたくなる。それが奇跡と呼ばれるものだろうと奇跡が起こる事をこそ期待する。

 

 故にトワ・オズボーンの目論見は見事に成功を収める。

 もとよりオリヴァルトもセドリックも冷血漢には程遠い人物である以上はそれは必然だろう。

 一体どうして夫に、父に、生きていて欲しいのだと嘆願する親しい者達の言葉を冷然と切り捨てることが出来るだろうか?

 「リィン・オズボーンという英雄にはこれからも生きて働いて貰わないと困る」という情を正当化する理屈を用意して最終的に快諾する。

 そうして最高責任者である両名の意見が定まれば周囲の者達もまたその意見を是とする方向で動く。

 冷酷に程遠いのは何も両名だけではない、ローゼリアにしても基より後ろめたさを抱えていたフランツにしても犠牲を出さずに勝利を収めることが出来るのであればそちらの方が良いに決まっているのだから。

 芋づる式にリィン・オズボーンにも生き残って貰う方策は陣営内の総意と化していったのであった。

 そうして断固たる決意と覚悟を以て頑固者を何としても説き伏せて見せると意気揚々と出迎えたその場で、それらは総て()()()であったことをトワ達は悟ったのであった。

 

・・・

 

「リィン……君……」

 

 シャーリィ・オルランドとの戦いに勝利して帰還した最愛の夫を出迎えたトワの心を満たしたもの、それは喜びではなく衝撃であった。

 

「ただいまトワ。流石に手ごわい相手だったよシャーリィ・オルランドは。だがこれで奴との決着は完全についた。俺の勝ちだ」

 

 リィンの振る舞いは変わらない。常と同じ優しく温かな笑みを妻へと向けていた。

 変わったのは()()()()()()だ。武の道に疎いトワでさえもわかる圧倒的な存在感。もはや人間とは別の生き物と称す他ない膨大な霊力がリィンの身体より噴き出し続けていた。

 

「おぬし……自分が何をしたのかわかっているのか?」

 

 瞠目しながらぶつけられたローゼリアの問いかけは問いかけでありながらも批難の色が強く込められたほぼ叱責と言えるものであった。

 だがそれをぶつけられても英雄は悠然と微笑んでーーー

 

「ええ、無論。これはこの世の()()()()()だ。私は間違いなく人として、人であり続けるためには越えてはならない一線を越えた。不死者となったリアンヌ殿でさえも越えなかった一線を。

 もはやこの魂が死後女神の御許へと召されることはない。そういう力なのでしょう?これは」

 

 殊更軽い口調で笑いながら告げられたその言葉は無論この大陸を生きる者にとっては全く軽いものではない。

 ゼムリア大陸に住まう者の価値観の根幹には女神への信仰がある。それはリィン・オズボーンとて例外ではない。

 本音を言えばリィンの心の中には確かな恐怖がある、自らがとんでもないことをしてしまったのだという空恐ろしさ、それがある。

 完全な魂の消滅とは一体如何なるものなのかと震え出してしまいそうな心がある。だがそれでも勝つために往くと英雄は決めたのだ。

 ならばこそ恐怖をねじ伏せる。一度でもそれに屈してしまえば自らの心にそこから亀裂が走り、戦いの前に砕け散ってしまうが故に。

 燃え盛る決意の炎を以て自身の心の惰弱な部分を焼き尽くすのだ。

 

「……汝は大バカ者じゃ。ドライケルスさえもはるかに越えるな」

 

 深々とため息をつきながらローゼリアは憐憫の眼差しを向ける。そうリィン・オズボーンは紛れもない一線を越えてしまった、こうなってしまった以上もはや誰にもどうする事は出来なかった。

 

「リィンさん……あの……私リィンさんにはやっぱり生きて欲しくて……リィンさんの言っていた事は何も間違っていないとわかっていますけど……それでもそれでも私はやっぱりリィンさんに生きていて欲しくて!それにトワさんもセドリックさんもオリヴァルト殿下もみんなみんな賛成してくれて!だから……だから……」

 

 たどり着けるかもしれないと思い描いた未来、それがもはや決して手に入らぬ虚像と化した事を理解しながらもアルティナ・オライオンは理解したくないのだと言わんばかりにぐちゃぐちゃになった心の赴くままに言葉を紡ぎ続ける。

 もう手遅れなのだと、自分達のやった事は余りにも遅かったのだと悟りながらもそれを悟りたくないが故に。

 

「ありがとうアルティナ。俺のためにそこまでしてくれて。本当に俺は果報者だ」

 

 そんな()()をリィンは優しく抱きしめた。英雄としてではない一人の父として。

 

「「死んでほしくない」そう想った気持ちをどうか忘れないでくれ、アルティナ。俺は結局こういう道しか選ぶことが出来なかった。それは俺が正しいからじゃない。俺の愚かさ故だ。

 俺は結局人の心が紡ぐ絆が齎す奇跡を心から信じ切ることが出来なかった。力が無ければ何も出来ない、何も守れやしない、そう叫び続けている幼き日の自分が俺の心の中には居る。

 故に選んだ。戦う事を。力を手に入れる事を。その力を振るうという事がすなわち誰かを幼き日の自分に変えるのと同じだと理解しながらも。戦って戦って誰かを踏み躙る事を選んだんだ。

 決して俺の選択こそが正しかったのだと思わないでくれ。藻掻いて足掻いていつの日か俺では届かなかった場所へ至ってくれ」

 

 どこまでも優しさに満ちたその言葉にアルティナの心は完全に決壊した。

 

「嫌です!嫌です!そんなの嫌です!どうしてお義父さんがそんな目に遭わないといけないんですか!ずっとずっと誰かのために頑張って来たのに!悪い事なんて何もしていないのに!私なんかがお父さんを越えられるはずがありません!私はまだまだ未熟者なんです!だからもっとずっと一緒に居てください!私が胸を張って一人前に成ったって言えるその時まで!!そんな……そんな遺言みたいな事ばかり勝手に遺して逝こうとしないで!!!」

 

 泣きじゃくる義娘をリィンは黙って優しくあやし続けた。遺されたわずかな時間を噛み締めるように……




罪悪感で心が一番めたくそになっているのは多分フランツさん。
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