獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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またもや黒兎のあざとい回。
娘ポジという奥さんポジと並ぶある意味不動のポジを手に入れたからあざとさに拍車がかかっているぞこの黒兎。


家族

 

 アルティナ・オライオンはホムンクルスと呼ばれる作られた存在だ。その生い立ちも育ちも普通の人間とは異なる。

 普通の人間は赤ん坊の頃から親に育てられ、成長していく。

 言葉も常識も皆成長の過程で学んでいく。

 

 アルティナにはその過程が存在しない。

 生まれ落ちた時から身体は既に12歳相当の年齢であり、知識もまた植え付けられた状態であった。

 そう、つまるところ自分は人ではなく道具なのだ。

 少女のような外見をとっているのはそれが一番他者の油断を誘えるからである。

 そして道具の使命とは何時だとて持ち主の役に立つことに他ならない。

 だからこそ彼女は何よりも恐れていた、「お前は不要だ」「使えない」とそう主に断じられる事こそを。

 それこそ自身の死よりも何よりも。

 リィン・オズボーンに役立たずだと断じられる事こそが彼女にとっては耐え難い恐怖であった。

 

 故に、1205年がもうじき終わろうとしている大晦日の日、自宅でその言葉を告げられた時アルティナの頭の中は真っ白になった。

 

「アルティナ、トールズ士官学院に行くつもりはないか?」

 

「ーーーえ?」

 

 天地がひっくり返ったような衝撃とはこういう事を言うのだろう。

 アルティナ・オライオンが敬愛して止まぬ、アルティナにとって父のようでもあり兄のようでもある絶対的な存在より告げられた言葉にアルティナの頭の中は真っ白になった。

 

「トールズ士官学院に行くつもりはないか?とそう言ったんだ。

 君はもっと軍の任務とは関係ない様々な人間と出会い、同年代の友達を作って、広く外の世界について知るべきだ。

 トールズ士官学院に行く事はきっと君の成長に+に働く、そう思うんだが、どうかな?」

 

 微笑みながら告げられる、普段ならば一言一句聞き漏らす事無く脳へと焼きつける言葉も忘我に陥った今のアルティナでは素通りしていくのみだ。

 

「で、でも私にはリィンさんの副官の任が……」

 

 そんな風に何とか自分の有用性をアピールしようとする。

 アルティナ・オライオンはこの9ヶ月の間、否リィン・オズボーンと出会ったその日からずっと必死であった。

 何故ならば彼の進む速度はとにかく速かったから。足手まといにならぬようにきちんとサポート出来るように必死について行ったのだ。ーーーだからこそ、この方は自分を副官へと任命してくれて、更にはこうして後見役まで引き受けてくれたはずなのだ。

 自分が道具として有用(・・・・・・・)だからこそ後見役等という面倒(・・)を引き受けてまで自分をこうして手元に置いてくれた。

 そう、アルティナは認識していた。だからこそアルティナは必死に「副官」という自分に与えられた任を利用して自分の有益性をアピールする。

 自分という道具を手放してしまえば、貴方の仕事に支障を来たすはずだと。必死に。

 

「確かに君は優秀な副官だ。君が居なくなるのは痛手だが、それでも代わりが居ないというわけではない(・・・・・・・・・・・・・・・・)、心配には及ばんさ」

 

「ーーーーーーーー」

 

 代わりが居ないというわけではない(・・・・・・・・・・・・・・・・)、そんなアルティナにとって何よりも恐れていた言葉が耳に入った瞬間、世界が揺れる。

 恐怖で足が震えだす、もう二度とあの温かな世界に戻れないのかと思うと寒さで凍えてしまいそうになる。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。ーーー嫌だ。そんなのは絶対嫌だ!

 

「嫌……嫌です……そんなの嫌です」

 

 気がつけばアルティナの両の瞳から雫が流れ落ちていた。

 ギョッとした様子をリィンが見せるも、今のアルティナにそれを気にかける余裕はなかった。

 

「私に至らないところがあったのなら改善します。リィンさんのためなら何だってします。だから、どうかお側に置いて下さい……ちゃんと役に立ってみせますから……!」

 

 必死の思いでアルティナ・オライオンは嗚咽混じりで懇願する。

 それは親に捨てらたくなくて泣く子ども、そのものの姿であった。

 

「もう~リィン君ってば、アルティナちゃんが泣いちゃったじゃない!」

 

 言葉で夫を嗜めながらトワはそのままアルティナを優しく抱きしめる。

 暖かな抱擁に包まれたアルティナは恐怖と哀しみで張り裂けそうになって居た先ほどが嘘のように落ち着きを取り戻す。何故だろう、外見的には自分とはそう変わらないはずだというのに、そんな外見とは裏腹に今自分を優しく抱きしめてくれている女性がとても大きくアルティナには感じられたのだ。

 

「いや……俺はこの子のためを思ってこそ言ったのであって……言った内容だってそんな、泣くような事は言ってないだろう?」

 

 妻からの非難の言葉、それに対してリィンはこの男にしては非常に珍しい事に慌てた様子を見せる。そこに冷静沈着で威風堂々とした英雄の姿はなく、ただ妻に頭の上がらないどこにでも居る男の姿があった。

 

「だとしても、だよ。いきなりそんな事を言うからきっとアルティナちゃんは思っちゃったんだよ、自分がリィンくんにとって要らない子だって」

 

「ば、馬鹿な事を言わないでくれ。要らない子だなんてそんな事あるわけ無いだろう!」

 

 真実そんな事は毛頭も考えていないと言わんばかりの焦った様子をリィンは見せる。

 そうしてリィンはふと何かに気がついたような表情を浮かべて

 

「……もしかして、だから突然泣き出したりしたのか?」

 

 問いかけられた言葉にアルティナはコクリと小さく頷く。

 そのアルティナの様子にリィンは得心がいったと額に手を当てた後一度大きなため息をついて

 

「一体どうして、そんな風に思ったんだ?」

 

 リィンにはわけがわからなかった。

 トールズに行く事を勧めたのは彼女の成長を願ってこその兄心であり、親心故のものだ。

 副官でなくなるからといって彼女の後見人の立場を降りようというわけでもない。

 何故それが要らない子だ等という話に繋がるのかがリィンには心底わけがわからなかった。

 

「だって……私は作られた存在で道具だから」

 

 リィンの疑問にアルティナはポツポツと続きを話し始める。

 

「私はリィンさんと血が繋がった家族ではありません。

 ミリアムさんやレクターさんやクレアさんのように一緒に重ねた時間があるわけでもありません。

 クロウさんのように肩を並べて戦う事もできません、トワさんのように支える事も出来ません。

 そんな私が唯一リィンさんの役に立てるのが、副官の仕事だったから。

 役に立たなくなった道具に存在価値なんて無いから。だからーーーもう、私はリィンさんにとってただ邪魔なだけの存在になったからーーー」

 

「トールズに体の良い厄介払いをしようとしたと思ったとそういう事かな?」

 

 無言のままコクリと頷くアルティナ、その様子にリィンは互いの前提が食い違っていた事に気づく。

 リィンにとってアルティナ・オライオンは家族であった。ミリアムと同様まず自分の義妹だという前提があった。だからこそ後見人を引き受けて、この少女の成長を見守ろうと思ったし、トールズへの入学を勧めたのも、自分の下に居続けるだけでは彼女の為にならないかと思ったからであった。

 だがアルティナにとっては違ったのだ。彼女はそもそもまず第一に自分が作られた存在であり、道具だという認識が存在した。故にこそリィンが後見役を買って出たのも、その道具としての有用性を買ったが故だと捉えたのだろう。故にこそ、副官の任から解くというのが「役立たず」の烙印を押されたように感じたと要はそういう事なのだろう。

 

「それにリィンさんは初めて出会った時にこう言われました、「信頼するには私には実績が足りていないと。信じて欲しければ実績を積み上げろ」と。ですから私はリィンさんから信頼を得られるように懸命に努力してきたつもりです」

 

 その言葉にリィンは改めてアルティナと初めて出会った頃を思い出す。

 あの頃の自分はと言えば、兎にも角にも国や公益をこそ最優先にして、その為には心を鋼鉄へとして冷徹にならなければならないと思いこんでいた。

 しかもトドメとばかりに目前の少女に対して「信頼して欲しければ実績を示せ」といったようなニュアンスの事も言っていた。

 目前の少女の境遇を考えれば、その言葉こそが自分の信頼を得るにあたって最重要とそう刷り込まれたとしてもおかしくはない。

 つまりこういう事だろう、リィンは後見人を引き受けた事でアルティナ・オライオンともはやただの上官と部下の関係を超えた家族になったつもりで居た。故に副官の任を解いたとしても、自分たちが家族である事は変わらないとそう思っていた。

 しかし、アルティナ・オライオンにとっては部下として有用性を示し続けたために、それを評価してリィン・オズボーンは自身の後見人を引き受けたという認識だった。故に副官の任を解かれるという事はすなわち今ある関係総ての崩壊を意味するものだと思ったとそういう事なのだろう。

 

「リ・ィ・ン・君」

 

 微笑を湛えながら優しく己が名前を呼ぶ妻の声。

 何時だとて心を暖かくしてくれる愛する妻の笑顔が何故か今のリィンには何よりも恐ろしく思えた。

 何にせよ、原因はわかった。ならば互いに有る認識の齟齬を埋めなければならないだろう。

 言葉とはそのためにこそあるのだから。

 

「まず最初に上官として貴官の誤解を解いておこう、オライオン少尉。

 貴官の副官としての力量は卓越している、正直貴官を手放すのは私にとっては少なからず痛手だ。

 私が貴官にトールズへ行く事を勧めるのは貴官がより成長してくれるのを期待しての事。

 貴官が邪魔になったから遠ざけるわけではないという事をまずは理解して貰いたい」

 

 副官としてのアルティナ・オライオンに対する不満など些か自分に盲目的過ぎるところ位だ。

 それにしてもある意味絶対に裏切る心配がないという長所にもなり得るのだから、副官としてのアルティナは完璧と言っていい。

 代わりに今年度の中央士官学院首席が来る事になっている*1がそれでもすぐに彼女の穴が埋まるはずもない。

 故にその能力に不満があったわけではないとまずは上官として自慢の副官への言葉を伝える。

 

「その上で、軍人としてではない、家族(・・)としての言葉を伝えさせて貰うぞ。

 あのなアルティナ、俺が君の後見人を引き受けたのは君が役に立つからじゃないよ。

 何時しか君も俺にとっての大切な家族に義妹だと思うようになったからだ。

 そんな君の成長を俺自身が見守って行きたいとそう思ったからこそ、俺は君の後見人を引き受けたんだ。

 ーーー有り難い事に最愛の妻も、そんな俺の考えに笑顔で賛同してくれた」

 

 そうしてリィンはトワに抱きしめられた状態のアルティナの頭を優しく撫でてやる。精一杯の家族としての愛を込めて。

 

「だからこそ、俺達がそうだったように君にも大切な友人ができればと思って勧めたんだがーーーすまない、不安にさせたみたいだな。

 改めてどうだアルティナ、トールズに行ってみるつもりはないか?例え君がどんな選択をしようと俺達はそれを責めたりしない。決めるのは、君自身だ」

 

「ーーー私、は」

 

 考える余地もない事だ。 

 自分の居場所はこの人の傍にこそあるのだから。

 邪魔でないというのならわざわざトールズに行く必要など無い。

 既に自分はこの方の副官としての任を果たす事が出来ているのだから。

 そんな風に思っていたはずなのに、何故だろう「行くつもりはありません」という言葉が出てこない。

 代わりに脳裏に過るのは、目前の人物とその親友の絆で結ばれた姿。

 いつかのユミルで見たアルフィン皇女とエリゼ・シュバルツァーの仲睦まじき様子。

 姉を自称する人の仲間に囲まれた輝かんばかりの笑顔。

 

「トールズに行けば、私にも見つかるでしょうか?

  かつてリィンさんに出された宿題の答えが。」

 

 家族の暖かさ、それをアルティナは知った。

 今自分を包むこの温もり、これこそがきっと家族なのだろう。

 だけど“友達”とは一体何なのか。

 かつてユミルで目前の人物に問いかけて宿題だと返されたその答えがアルティナにはまだ見つかっていない。

 ただ、それが素晴らしいものである事はわかるのだ。

 だからこそ、それを知りたいとアルティナは思った。

 

「ああ、きっとな」

 

「……でしたら私は行ってみたいです。トールズ士官学院へ。

 リィンさんとトワさんが出会って、共に日々を過ごしたところに」

 

「そうか、それならば全力で応援させてもらおう。

 後任の事ならば心配する必要はない。君が居なくなるのは正直痛手だが、それでもまあなんとかするさ」

 

「一件落着……だね。何かわからない事があったら遠慮なく言ってねアルティナちゃん。

 私も全力でサポートさせてもらうから」

 

 かくしてアルティナ・オライオンは自立の道を一歩踏み出した。

 “友”とは如何なる存在なのか、その答えを見出すためにも。

 親の勧めがあったにしても自分自身の意志で。

 

「はい、入ると決めた以上御二方のお名前を汚さぬように見事首席で合格してみせます!」

 

 なお、入学時の席次が第三位であった事に落ち込むアルティナをトワとリィンが必死に慰めるのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

*1
トールズ士官学院の首席生が他の生徒が准尉で任官するのに対して首席だけは少尉からの任官になるという特権が有るように、中央士官学院の首席には配属先を自分で選べるという特権が存在する。当然希望先の上官がOKを出さなければ無理なわけだが、基本首席卒業者という有望株を拒否するような者は当然だが居ない。




ギリアス「フフフ、息子よ。やらかした自覚がある時に妻が浮かべる微笑程怖いものは無いな」

ギリアス←多分首席
クレア←多分首席
リィン←次席入学首席卒業
トワ←首席入学次席卒業
アルティナ←席次第三位で入学

うーんこのリィンジュニアにかかるプレッシャーよ。
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