獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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文芸部に来た同志T「こ、これは伝説の……」
文芸部部長「ふふ、その反応……やはり貴方も思いを共にする『淑女』だったようね。まだまだ一杯あるわよ、偉大なる先々代の部長が遺した多くの作品がね……」
同志T「ゆ、夢のようです……是非此処に入部させて下さい!」
部長「ええ、歓迎させてもらうわね。……ただ、悲しいことだけどこうした嗜みを忌避する方は多いから……」
同志T「はい、当然布教には細心の注意を払って行います!」

※文芸部には同志Dが在学中にインスピレーションを受けまくって書き残した多くの作品が遺されている



男同士の語らい

「う……」

 

 アッシュ・カーバイドが目を覚ますとそこは見知らぬ天井であった。

 

「やあ、どうやら目が覚めたみたいだね」

 

 勉強の手を止めて、机の前の椅子に座ったままセドリックは親しげにアッシュへと声をかける。

 

「……此処は何処だ?俺はどれ位の間気絶していた?」

 

「此処は僕たち三人の自室さ。気絶していたのは大体2時間程度かな。

 軽い脳震盪を起こした程度で、特に治療も必要ないという事だったから保健室を占領するのも悪いと思って此処まで運び込んだんだ」

 

「……そりゃまた手間をかけたな」

 

「何、礼には及ばないさ。何せ直接運び込んだのはアルティナ君のクラウ=ソラスだからね。礼ならば彼女にすると良い」

 

「……御守り役のお坊ちゃんの方はどうしたよ」

 

「クルトならクロウ教官に決闘を申し込んだよ。今頃リィン教官立会の下でやりあっている最中じゃないか?」

 

「は?」

 

 てっきり鍛錬でもしているのかと思えば、サラリと告げられた斜め上の回答にアッシュは目を丸くする。

 

「クルトの父親であるマテウス卿の仇がクロウ教官なのさ。

 一応法的には決着がついているけど、それでもそれだけで割り切れないのが人の感情だからね」

 

「……いや、それそんなあっさりと言って良いことかよ?」

 

「まあそれなりに有名な話だし、そう珍しくもない話だからね。

 なんと言っても一年前この国は同胞同士で散々に殺し合ったんだから。

 そしてそんな中で僕らの教官である御二方はどちらも“英雄”と謳われて頭角を現したんだ。

 それこそクルトと似た境遇の人間は他にだって居るし、それは御二方だって当然承知の事だと思うよ」

 

 何故ならばそれこそが軍人という職業なのだから。

 自らの大切な者を守るために誰かから大切な者を奪う行為、それこそが戦いなのだから。

 そんな常人ならば潰れるであろう他者から向けられる憎悪と憧憬、それらを総て背負いながら前へと進み続ける輝ける存在こそがセドリックが崇敬する“英雄”なのだから。

 故にセドリックは特に親友を止めるような事はしなかった。むしろ区切りをつけて前へ進むのに良い機会だろうと送り出したのだ。

 

「さて、そんなわけで此処は一つ級友としての交流を深めようじゃないかアッシュ(・・・・)

 ーーーリィン教官にあそこまで言われた君という男と改めて僕は友達になりたくなった」

 

「おい、顔を近づけんじゃねぇ。俺はそっちの趣味はねぇぞ」

 

「おや、これは失敬。心配しなくても僕だって別段その手の趣味があるわけじゃないさ」

 

「本当かよ?あの英雄様への態度見ていると正直そっちの気があるようにしか見えねぇんだが……」

 

「心外だな。確かに先生は僕にとって憧れであると同時に目標ではあるが、そんな物は男子ならば当然の事だと思うけどね」

 

 何故ならば彼は真実“英雄”だから。

 帝国の黄金時代を支えるべく、公明正大・滅私奉公を信条とし、どこまでも雄々しく進み続ける益荒男だから。

 “英雄”という言葉の生きた体現者こそがリィン・オズボーンという男だから。

 故にこそセドリック・ライゼ・アルノールは断言する。

 今の自分は幸福だと。かつての兄や姉に守られるだけだった弱い自分に別れを告げて、自分は着実に強くなって居る。あの日見たーーー雄々しき背中に導かれる事で。

 

「そりゃてめぇらだけだ」

 

 そんなセドリックの様子に付いて行き難いものを感じ取り、アッシュは告げる。

 何故ならば彼は知っているから。あの手の人種は多数のために少数を斬り捨てることが出来る存在なのだと。

 そして“公益”を掲げる者の刃というものは時に自国の民に向かうことがあるのだということをアッシュ・カーバイドは知っているのだ。

 

「まあ確かに僕がリィン先生に傾倒しているという自覚はあるよ、クルトからも時折言われている事だしね。

 だからこそ(・・・・・)僕は君と友になりたいんだよ、アッシュ」

 

「……話が繋がってねぇぞ。何が、だからこそなんだよ」

 

「君が最初に言った通り、僕にしてもクルトにしても恵まれた立場で育った人間だ。

 クルトにしてもリィン先生の事は当然尊敬しているし、それはこの学院の大多数の者がそうだろう。

 そんな中、君はあの人を真っ向から越えようとした。正直驚いたし、随分と無謀なことをする馬鹿な奴だとさえ思ったよ」

 

「……は、業腹だが実際にあっさりとやられた身としては流石に反論できねぇな」

 

 アッシュ・カーバイドの人生に於いてこうまであっさりとやられた記憶というのは存在しなかった。

 体格にも才にも恵まれた彼は当然喧嘩でも強かった。

 勿論全くの負け知らずというわけではない。幼少期にはそれこそ自分よりも年上の大きな餓鬼(・・・・・)にやられた事は何度かある。

 だが、そうした連中は文字通りの大きな餓鬼(・・・・・)であり、より言葉を飾らずに言えば屑と呼ばれるような人種であった。

 大きくなって力をつけたら丁重に礼をしてやると思っていたし、実際15を超えて身体がでかくなり始めるとそうした連中にもかつてのお返しで地獄を見せてやったものだ。

 

 そうして内戦中も自警団を組織して、故郷に流れてきた猟兵崩れのような者たちを蹴散らした。

 容易いものだとそう思っていた。プロの軍人だの猟兵だのと粋がっていようと所詮はこの程度かと。

 しかし、そんな中彼はついに出会った。そこらのプロもどきと比べるのもおこがましい真の本物に。

 悔しさは当然存在する。必ずあの余裕そうな面に一発かまして見返してやるとかつてないほどにその心は燃えている。

 だが、同時にある種の清々しさがそこにはあった。

 それは生みの親の記憶が定かではなく、育ての親は母親のみだったアッシュにとっては生まれて初めて目にした超えたい(・・・・)と願う遠い背中だったから。

 だからこそ、アッシュの心は燃えながらも、発した言葉とは裏腹に怒りによって荒れ狂っては居なかった。

 

「だけどそれはつまり、真実君があの人に勝つ気があったという証左でもある。

 無謀かつ無茶で身の程知らずにも程がある大馬鹿だ。だけど、その馬鹿さこそが優等生の僕が見習うべきものでもある」

 

「……てめぇ、褒めてんのか?それとも貶してんのか?」

 

「?勿論褒めているんだが」

 

 真実悪意は無いのだろう、アッシュからの問いかけにセドリックは目を丸くする。

 

「まあ色々言ったけど端的に纏めるとこうなるかな、僕は君の事が好きになった

 ってだからそういう意味じゃないって。警戒したように後ずさらないでくれよ、傷つくじゃないか」

 

「紛らわしいんだよ、てめぇの言い方は」

 

「そうは言うけど、これ以外の言い方をすると君と一緒に居られれば僕はより成長出来るだろうと思ったとかそういう打算ありきの言葉になってしまうだろう?友達を作る際に、そういう言い方をするのはどうかと思ったからこそだったんだけどね」

 

 ため息を付きながら告げられたセドリックの言葉にアッシュは一応警戒をとく。あくまで一応だが。

 

「それでどうかなアッシュ、僕と友達になって貰えないだろうか?」

 

 そうして笑顔でセドリックは手を差し出す。

 正直アッシュにしてみれば無邪気な笑みを浮かべる眼の前のお坊ちゃんに思うところが全く無いというわけではない。

 アッシュ・カーバイドはとある事情から国家への帰属意識等というものがかなり薄い。

 むしろ根本的なところで国は国民を守りはしない、あっさりと切り捨てるという霊の底にまで刻まれた拭い難い不信が存在する。

 そういう意味で、巷じゃ持て囃されている皇族に対する畏敬の念等というのもほとんど皆無で、むしろどこか八つ当たりじみた感情が燻っているのが実態だ。

 

 しかし

 

「……しゃあねぇな、なってやるよ。

 俺のダチは皇太子だって言った時に故郷の連中がどんな顔をするのか想像したらそれなりに愉快な気分になれるしな。

 当然、セドリックって呼び捨てにさせて貰うが構わねぇよな?」

 

 そうしたくくりを取っ払って見れば、目の前の男を嫌う理由はアッシュには存在しなかった。

 ならば、皇太子だからなんていう理由で友誼を求める相手に対して勝手に壁を作って拒絶するのはダサい(・・・)行為だろうとアッシュは断じる。

 もしもアレを仕出かしたのが皇帝だったとしても、その時目の前の男は自分と同じ何も知らないガキだったのだから。当たるのはお門違いというものだ。

 落とし前(・・・・)をつける相手はきっちりと見定めなければならないのだから。

 

「ああ、勿論」

 

(なんつーか、こうしてみると本当に無邪気なガキって感じだな)

 

 屈託のない笑顔を浮かべるセドリック。

 その様子にらしくもなく絆されたことを自覚しながらアッシュはひとりごちる。

 そうして2人が交流を深めているとやがてこの部屋の住人たる最後の一人も戻ってきて……

 

「ただいま。……起きたのか」

 

「ああ、おかげさんでな。てめぇの方はアームブラストとやりあったんだろ?どうだったよ」

 

「……完敗だったよ。やはりあの人も今の僕では到底及ばぬ使い手だ。

 ただまあおかげで心の中でずっと燻っていたモヤモヤは晴れたよ」

 

「は、そりゃ良かったな」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 二人の間にどこか気まずい沈黙が降りる。

 試験を始める前の険悪な空気は既に存在しない。

 アッシュ・カーバイドは既にクルト・ヴァンダールがただの温室育ちのお坊ちゃんで無いことを知った。

 クルト・ヴァンダールもまたアッシュ・カーバイドが口だけの不良ではないということを知った。

 故に互いに抱いた悪感情はもはやほとんど無い。

 だが、こちらから歩み寄ると何やら負けたような気分になるという男の意地、それがこの沈黙を産んでいた。

 

「やれやれ、何を気まずそうにしているのさ。

 これから3年間一緒に過ごす間、ずっとそうしているつもりかい?」

 

 なればこそ、そんな微妙な空気を3人目がなんとかしようとする。

 

「最初のやり取りなんて売り言葉に買い言葉で、そんな何時までも引きずるような事じゃないだろう?

 僕たちはもう共に死線をくぐり抜けた戦友なんだからさ」

 

 屈託のない笑みを浮かべる親友のその姿にクルトは苦笑して

 

「セドリック……そうだな。非礼を詫させてもらおうカーバイド。すまなかった」

 

「アッシュで構わねぇよ。代わりにこっちもヴァンダールなんて呼び方は長ったらしくてめんどくさいからクルトって呼ばせて貰う。

 こっちの方こそ、最初に言った言葉は全面的に撤回させてもらうぜ」

 

 甘やかされた貴族のお坊ちゃんにありがちな傲慢さ、それとは無縁な真摯な態度にどこか毒消を抜かれたのと同時に気まずそうに頭をかきながらアッシュも応じる。

 

「これにて一件落着……だね。改めてこれから三年間仲良くやっていこうじゃないか」

 

「ああ、そうだな」

 

「ま、精々よろしく頼むわ。色々と(・・・)教えてやっからよ」

 

 そうしてアッシュは意地の悪い笑みを浮かべて

 

「つーわけでだ。此処は一つ野郎同士で交流を深めるためのぶっちゃけトークでもしようじゃねぇか。

 とりあえず、クラスの中の女子だったら一体誰が一番好みよ?

 貴族のお嬢様だっていうえせふわミントか?それとも面とスタイル自体は中々の火の玉ピンクか?まさか、パパ大好きのちびうさって事はねぇだろ?」

 

「あのな……」

 

「そう言われてもね、僕の場合は立場が立場だから、そうそう自分の意志のみで選ぶというわけにも行かないし、何よりも今はそんな事よりも自分自身の事で精一杯さ」

 

「右に同じだな。正直自分の事も満足に出来ない未熟者の内からそんなに女の子と付き合いたい等というのが僕としては良くわからないよ」

 

 クルト・ヴァンダールとセドリック・ライゼ・アルノールはその生まれと育ちから女性との交際というのはすなわち最初から結婚を前提としたものである。

 遊び半分に付き合う等という発想はないし、身体だけの関係等というのはもはや完全に想像の埒外である。

 彼らにとって女性との交際というのはすなわち結婚に至るまでのステップ故、まだ半人前の自分たちが女性と付き合う等というのは慮外の事態なのだ。

 

「……前言撤回だ。やっぱりお坊ちゃん(・・・・・)だわお前ら」

 

 そしてそんな、今まで居なかったタイプの新しく出来た友人(・・)二人の余りにも糞真面目な回答にアッシュはどこか呆れたような口調で言う。

 何せ彼の出身地は歓楽都市で有名なラクウェル。教会の神父とシスターがいつも胃を痛めている、欲望に満ちた都市である。

 そんな都市きっての悪童として評判だったアッシュにしてみれば、二人の発言内容など「りろんはしっている!」と言ったものだ。

 おそらく故郷の何かと口うるさかったシスターがこの二人と出会ったら感激の涙を流しながら、素晴らしいお考えですと讃えて「アッシュ君も立派なご友人二人を見習って~」等と口やかましく説教をしてくるに違いなかった。

 

「ったくしょうがねぇ、此処はいっちょ俺が色々とそのへんのイロハを教えてやるとすっか」

 

 そして生憎だが、アッシュ・カーバイドにそんな風に清く正しい優等生として生きる気は毛頭無かった。

 むしろ、その逆この純情なお坊ちゃん二人をダチとして悪の道に引きずり込んでやるつもり満々であった。

 

「……いや、別に頼んでいないんだが」

 

「は、遠慮するんじゃねぇよ。そうだな、まずはこんなのはどうだ」

 

 そうしてアッシュは持ち込んだ少々過激なグラビア誌を見せびらかすかのように取り出す。

 

「い、良いって言っているだろ!」

 

 それに対してクルトは慌てた様子を見せながらそっぽを向く。

 セドリックもまたさも気にしていない風体を装うが、その頬にはどこかほんのりと赤みが指していた。

 

「へぇ、そこで必死になる辺りガチのマジでそっちの趣味って事は無さそうだな安心したぜ」

 

「……別に女性が嫌いというわけじゃない。ただ、今はそんな事よりも優先させる事があるというだけで」

 

「ククク、良いから素直になれっての。お前らの尊敬するあの英雄様だって所帯持ってるって事は当然やることやってんだからよ」

 

 そうしてラクウェルきっての悪童は故郷の人間が聞けば真っ先に己の耳を疑うヴァンダール子爵家の御曹司と皇太子という純粋培養のお坊ちゃん二人を悪の道に引きずり落とそうとするのであった……

 




ギリアス「フフフ、息子よ。孫の顔が見れるのは何時ぐらいになりそうかな?」
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