当作ではオリビエが翼と剣をもがれた原作に比べれば対抗馬といえる領域で頑張っています。その辺りが大きな違いです。
学院の練武場、そこで二人の男が向き合っていた。
「……ワガママを聞き入れてくださり、ありがとうございますアームブラスト教官」
「何気にすることはねぇさ、お前さんにしてみれば当然の道理だろ」
「……それでも貴方の罪についての法による決着は既に付いている。
ならば、これはやはり僕個人の感情による問題であり、ワガママです」
クルト・ヴァンダールにとってクロウ・アームブラストは亡き父マテウス・ヴァンダールの仇である。
しかし、司法上の決着は既についているし、そも戦いの過程で命を落とすのは武人の倣いである。故にこそ何時までも敵意を引きずるような真似は誇り高きヴァンダールの者として恥ずべきものと、そう頭では理解している。
だが、理解と納得というのは別物である。どうしたって心の中には目前の人物にわだかまりが存在する。そして、これはきっとこれから先も薄れはしても完全には消えぬだろう。
何故ならばマテウス・ヴァンダールはクルトにとって尊敬する偉大な父だったのだから。
どれほど誠意を尽くされようと、どれほど目前の人物と交流を深めて、笑い合うような仲になったとしてもどうしたって心の奥底に「父の仇」なのだという思いは燻り続けるだろう。ーーー人を殺す事、殺される事というのはそういう事なのだ。どれほど誠意を尽くされようと、もはや取り返しがつかない。だからこそ殺人というのは最大の悪徳とされているのだから。
ただ同時にそうして死者に囚われすぎてもならないとクルト・ヴァンダールは理解していた。
そんなことをすればそれこそ亡き父が女神の御下で嘆き、根性を叩き直してやる!と怒る事は間違いなかった。
だからこそ、これは
クルト・ヴァンダールが双剣を構える。
「ーーーああ、良いぜぶつけて来いよ」
クロウ・アームブラストもまたダブルブレードを構える。
基よりこれは自分で撒いた種、故にこそ逃げるつもりはクロウにはさらさら無い。
むしろ自分のやらかしを思えば目の前の
「それではーーー始め!」
立会人を務めるリィンの号令の合図。
それを聞き、クルトは弾かれたように動き出す。
「オオオオオオオオオオオオオオオ」
発動したのは《ソードダンス》と呼ばれるヴァンダール流に存在する肉体活性の術。
定められたルーチン、それを行うことで極限の集中状態を作り通常の限界を超えた動きを為す業である。
反面、長期戦に向かぬが元より今回は相手が相手な以上、短期戦以外にクルトの活路は無い。
故にこそのーーー否、違う。
クルト・ヴァンダールがいきなり全力を出したのはそのような
彼の胸の内にあるもの、それはただただ燻り続けた胸のもやもやを晴らしたい、ただそれだけの至極
「レインスラッシュ!」
五月雨の如き双剣による連撃がクロウを襲う。
振るう剣、それ自体に陰りは無い。だが、その剣には常に無い鬼気が宿っていた。
何故ならばクルト・ヴァンダールにとってクロウ・アームブラストは父の仇なのだから。
理性によって抑えられ、心の中に溜め込んでいた憎悪がどうしてもその剣へと滲み出る。
それはかつて、彼の兄弟子が敗れ去った時と全く同じ状況でーーー
「どうした!そんなもんか!!!雷神の息子!!!お前の親父の剣は、そんなもんじゃなかったぞ!!!」
故にこそクロウ・アームブラストにとっては凌ぐには余りに容易い。
そも、今回の戦いにクルト・ヴァンダールに勝ち目など最初から存在しない。
クルト・ヴァンダールは天賦の才を有し、その才に奢る事無く幼き頃より研鑽を重ねたそこらの天才もどき等ではない正真正銘の天才だ。
未だ皆伝にこそ至っては居ないもの、それでもその実力は学生として見れば破格と言っていい。
いずれ確実に皆伝へと至り、その先たる武の至境へと至る事とて十分に可能な器*1があると言っていい。
しかし、
クロウ・アームブラストはそんな領域はとうの昔に通り過ぎている。それから親友と何度もぶつかりしのぎを削り合い、そして肩を並べて幾多の戦いをくぐり抜けた。
達人の中でも極一部の者のみが到達し得る境地、理にさえ今や至らんとしているのだ。
その実力差は余りにも歴然と言う他無かった。
クルト・ヴァンダールの猛攻、それらは未だクロウの身体をかすりさえしていない。
対してクロウの方は凌ぐのみで、一度たりとも攻勢に出ていない。ーーークロウがその気ならば当の昔に決着は付いているだろうに。
受け止め続ける事、それこそが自分の義務だと言わんばかりにクルトの双剣を捌き、受け止め続ける。
「テンペストエッジ!」
風を纏った高速の回転斬りをクルトが放つ。
しかし、それもあっさりと弾かれる。
「業刃乱舞」
業火纏いし高速の連撃、それも軽く躱し、いなされる。
ぶつける、ぶつけるーーー心の中に燻り続けた憎悪を。
そしてやがて、当然のようにクルトの身に無茶の反動が襲いかかる。
怒りのままに剣を振るい続ければ、そうなるのだと突きつけるかのように。
我武者羅に振るい続けた反動、それが襲いかからんとーーー
「ラグナストライク!」
した刹那、まだだとクルトは己が最強の技を放つ。
まだだ、まだ自分は自分の全てを出し切っていないと、そう告げるかのように。
此処で全てを出し切らないと自分は前に進めないのだと、そんな意地によって限界を超えて。
しかし、放たれた渾身の一撃それを前にしても尚クロウ・アームブラストは動じない。
どこまでも冷静に、双刃によって放たれた風の刃を捌き続けて……突撃を敢行してきたクルトの双剣ーーーそれを弾き飛ばし、此処に戦いは決着を迎えるのであった。
全てを出し尽くしたクルトはその場に倒れ込む。
視線の先には天井が存在し、限界を超えて駆動し続けた肉体は貪欲に酸素を取り込まんと呼吸を繰り返す。
「勝負有りだな、それともまだやるかクルト?」
「……いえ、異論はありません。自分の完敗です」
差し伸べられた兄弟子の手、それに支えられながらクルトは身体を起こして立ち上がる。
そうして自分を負かした父の仇を見据えて
「クロウ教官、貴方は父の仇です。正直、今も尚僕の心には燻り続けているものがあります。
こうしてリィン教官と肩を並べられている今の貴方を見ていると、どうして最初からそうしてくれなかったのかーーそんな風にさえ思います」
「ああ、当然だろうな。我ながらどの面下げてとそう思っているよ」
クルトからの手痛い指摘、それを受けてもクロウは臆する事無く応える。
自分のやらかしによる犠牲者の遺族がそう考えるのは至極当然だと、改めて己の罪と向き合いながら。
「ですが、同時にそれに囚われ続ける事はすなわち、貴方がやらかした
なので、今日のこの立会を以て、
ですので、教官もどうか負い目など感じず一生徒として接していただければと思います。今後とも、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します」
そうしてペコリとクルトは礼儀正しく一礼を行う。
これで良いのだと、憎しみに囚われる凶剣等自分の信じる守護の剣の在り方ではないのだとそう信じて。
「ああ、こちらこそ。改めてよろしくな、クルト」
そしてそんなクルトの様子に彼の兄弟子たる己が親友の姿を重ねて、クロウは顔を綻ばせるのであった……
・・・
カリカリカリとひたすらに無機質な音が室内に響く。
同時にパラリとページを捲る音も。
男子達が年相応の話題で盛り上がっている傍ら、女子部屋の方では年相応の会話で盛り上がる事もなく、一心不乱に勉学に勤しむ学生の鑑とでも言うべき光景が広がっていた。
何故こんな事になったのかとミュゼ・イーグレットは嘆息する。
彼女としてはもっと年相応の女の子らしい話題などで盛り上がりたかったのだ。
なのに、自室に戻った途端ルームメイトの2人はこの様子。
まずはアルティナ・オライオンが当然のように予習と復習を開始しだした。
続いてそんなアルティナに触発されるかのように、ユウナ・クロフォードも勉強を開始しだした。
机に向かう2人の様子は鬼気迫ると言う言葉そのものの様子でとてもではないが、「誰か気になる殿方は居ますか?」だとか「乙女の嗜みについてどう思われますか?」等と言った話題で盛り上がれる空気では全く無い。
(やはり、私は少々思い上がっていたのかも知れませんね)
たった2人の人間の仲介すら上手く行っていない現状にミュゼは苦笑する。
ミュゼ・イーグレット否ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンには為さねばならぬ事が存在する。
鉄血宰相ギリアス・オズボーン、偉大なる為政者として帝国臣民より絶大なる人気を誇る彼を止めて、世界の終わりを食い止める事それこそが彼女の為さんとしていることである。
なればこそ、同じ志を抱くと信じたオリヴァルト皇子へと彼女は接触して、その懸念と予測を打ち明けたのだ。
幸いな事にかの皇子は小娘の戯言と笑い飛ばす事もなく、真剣な様子で彼女の言葉を聞き届けて終わりを食い止めるべく動き出してくれた。
故にそんな彼を支えるべく当然自分もまた彼の秘書官なりになって支える旨を提案したのだがーーー
「ミュゼ君。君は確かに“天才”とそう称されるような人物だろう。数千手、数万手先を読み望む盤面を手繰り寄せる君のその才知はそれこそルーファス卿に匹敵、いや超えるものかも知れない。だが、それでも君はまだ多くの事を学ぶべき“子ども”なのだと私は思う。だからこそ、君にはまず青春を謳歌してもらいたい。恋に部活に友情に甘酸っぱい青春をね。君が背負うとしている重荷、それは私達“大人”が背負うものだ」
そう笑いかけながら応えるオリビエの姿をミュゼは余りにも甘いと、そう思った。
でも同時にその甘さを
何故ならば彼女はどうしようもなく不安だったから。
優れた力を有していると言っても未だ彼女は確たる何らかの実績を挙げたわけでもない、ただの小娘に過ぎないのだ。
そんな少女が“怪物”とまで称される人物に立ち向かう事に恐怖を抱かないはずがない。
それでも彼女はそうしなければならないと思っていた、何故ならばそれこそが
何時か女神の御下に召された時に胸を張って両親に再会する為にも、そこから逃げる事は出来なかった。
しかし、そんな時にオリビエは言ってくれたのだ、無理に背負う必要はない。それは自分たち大人が背負うものなのだと。
「心配しなくても、私には多くの頼もしい味方が付いている。
リィン・オズボーンーーー彼の灰色の騎士を筆頭にね。
だから、君は我々に任せて安心して青春を謳歌していたまえ」
その言葉にミュゼは完全に虚を突かれた。
何故ならば、彼の英雄は宰相の腹心中の腹心にして彼の後継者だったのだから。
同時に暗闇の中に一筋の光が指すような思いを感じた。
抗おうとしていたのは自分だけではない、それこそ自分のような小娘よりも遥かに立派な英雄達もそれに立ち向かわんとしている。
ならば、自分のみが気づいている等というのは思春期特有の思い上がりに過ぎなかったのではないか?とーーー実際のところ、彼女の能力は極めて高い水準にあり彼女の考えは思い上がりでもなんでもないのだが。
基より才知に溢れているとは言え、彼女に出来る事はそう多くはない。
公人として何かを為そうとするにはどうしても「カイエン元公爵家」の名がその足を引くのだ。
故に出来る事と言えば、鉄血宰相に対抗しうる存在に協力して自分の知恵を役立ててもらう事位、そして彼の宰相に現状最も対抗しうる存在は自分の想像の上を行く領域で、着々と彼の宰相に剣を突き立てるべく準備を行っていた。
それを知った途端、彼女の胸中には年相応の少女らしい願望が芽生えだす、女学院で過ごした頃のように一人の少女として純粋に青春を謳歌してみたいと。そんなささやかで当然な願いが。
されど、責任を全て放り出すような事は出来なかった。そんな行いはそれこそ、亡き両親の顔に泥を塗る行為であり、どのみちもはや女学院には居られないのだから。
そうして彼女は迷った末に折衷案を取ることとした。
大帝縁の名門トールズ士官学院に入学し、青春を謳歌する傍らセドリック皇太子と接触して彼の信認を得ること、それが彼女の目的だった。
現状彼の宰相はユーゲント皇帝より全面的とも言える信認を得ている。
しかし、皇帝にも迷いがあるのか、息子たるオリヴァルト皇子を副宰相とするなどして現状彼の宰相も完全なる独裁者と言えるまでには至ってない。
ならば彼の宰相が次に狙ってくるのは次代皇帝からの信認。
それを得ることでより、自らの立場を盤石にする事を狙ってくる事に間違いなかった。
現状セドリック皇太子は灰色の騎士に憧れており、その灰色の騎士が裏で既にオリヴァルト皇子と手を結んでいるため、その心配は薄いようにも思えるが、それでもミュゼの胸中にはある不安が存在するのだ。
それは後々になって気づいた叔父が自分の父に対して抱いていた薄暗い感情。
自分より優れた存在たる兄を疎ましいと思う妬心と呼ばれる感情だ。
セドリック・ライゼ・アルノールの心にはそれがおそらく燻っている、それがミュゼが実際に接して抱いた所感だ。
なればこそ今の彼は危うい、言い換えれば付け込まれる隙があるという事だ。
共和国を討滅し、大陸を統一した皇帝として「兄を超えたくないか?」「師である灰色の騎士を超えたくないか?」そんな悪魔の囁きかけが彼の心を惑わす可能性が大いにある。
故に青春を謳歌する傍ら、それを食い止めて、2人とはまた異なる視点から流れを見極めていく事、それこそがミュゼ・イーグレットが選んだ道であった。
そう決意を抱いていたのだが、どうにも順調とは言い難い。
彼の皇太子は自分などよりも、ルームメイトの2人に夢中でそちらの方と大いに交流を深めているし、自分自身の青春を謳歌する方向でもルームメイト2人の仲立ちも現状できていない状態だ。
自分等所詮世を知らぬただの小娘だったのだとそんな自嘲の笑みが浮かんでしまう。
(出来る事から一つ一つ……ですね)
焦る事はない。地道にやっていこう。
何故ならば自分など所詮、少しばかり頭の回る小娘に過ぎないのだから。
差し当たっては、この重苦しい状態の部屋の空気を何とかする事からだと。
ミュゼ・イーグレットはその数万手先を読む高性能の頭脳をたった2人の人間の仲介をするためのみにフル活用させ始めるのであった……
改めて思うと原作のミュゼの絶望感はヤバイですね。
どうにも出来る奴が誰も居ない、自分がやるしか無い。たとえその結果数十万の人間が死ぬ事になる大博打であろうとという状態。十代の少女が背負うには余りに重いです。
でもこの作品では頼りになる2人の大人が居るから大丈夫!
おや、ジョルジュ君?そんな格好をしてカレイジャスに潜り込んでどうしたんだい?