獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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ハガレンを久しぶりに読んだんですが
序盤の将軍が家族と旅行中の列車をテロリストに占拠されるところで
此処のリィン将軍が同じ目にあったらテロリストの命が危ないなと思いました。
(忙しい中必死の思いで捻出した家族との憩いの時間を邪魔された将軍の機嫌的な問題)


憩いの時間

「は~極楽極楽。いやぁ、此処までしっかりした入浴設備があるとは思わなかったなぁ」

 

 張り詰めていた緊張を解きほぐすようにリラックスした様子で湯船に浸かりながら、ユウナ・クロフォードはそう呟く。

 

「確かにいいお湯ですね。此処までしっかりとした浴室が存在するのは以前までは貴族生徒が住む第一学生寮だけだったみたいですが、一部だけの特権にするのは良くないという事で第二と第三学生寮でも大規模な改修工事が行われたようですよ」

 

 そしてそんなユウナにミュゼもまた応じる。

 時刻は既に夜の21時30分。学生寮の消灯時間は原則23時となっており、入浴可能なのは22時30分までとなっているため、入浴をするというのならばラストチャンスといえる時間帯であった。

 そしてそれは部屋の空気をなんとかしたいミュゼにとっても絶好の機会であった。

 

 入浴を忌避する女子というのはそうそう居ない。そして風呂というのは憩いの場だ。

 温かい湯に浸かることで身と心、双方を解きほぐす至福の一時。

 必然、入浴中は誰もがリラックスして心の警戒というのが緩む時間でもある。

 故にする事と言えば何も考えずにただリラックスするか、はたまた共に入浴している者との会話を楽しむかのどちらかとなる。

 

「貴族かぁ……確かミュゼもお貴族様なのよね?正直ちょっと意外だったかな。ほら、お貴族様って言うと「平民の分際で気安く声をかけないで下さいまし」みたいな事を言われるかなって思っていたから……」

 

「……まあ、そうした方が全く居ないとは残念ながら言う事は出来ませんね。

 貴族に生まれたというだけで、まるで自身が女神に選ばれた存在かのように奢った方々が居た事は事実です」

 

 何せミュゼにとっては他ならぬ自身の叔父がそうだったのだから。

 

「ですが、貴族や平民という以前に私は一人の人間です。

 笑いもすれば泣きもしますし、恋もします。友達だって当然作りたいと思っています。

 ですから、どうか気軽に接して下さいねユウナさん。ルームメイトとしてこれから三年間改めてよろしくお願い致します」

 

「……うん、こっちこそよろしくねミュゼ!」

 

 告げられた友誼の言葉にユウナ・クロフォードは満面の笑みを浮かべて応える。

 彼女とて全ての帝国人が“悪”等と思っているわけではない。故にこうして友誼を求められば当然握手で応じる用意位はある。

 

「アルティナさんもよろしくお願いしますね」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 そしてそんなユウナとは異なりアルティナの言葉は儀礼の範疇を出ないものであった。

 席次第三位での入学等という偉大にして彼女にとっての至高の存在に泥を塗るという大失態を犯してしまったーーー無論彼女の主観に基づく認識である。

 今の彼女の目に映っているのは自身を上回ったセドリック・ライゼ・アルノールとクルト・ヴァンダールの両名であった。

 

「では、私はこれで」

 

 用件は終わったとばかりに立ち上がりアルティナは余りにも早く入浴の時間を切り上げようとする。

 

「せっかくですし、もう少しお話して行きませんか?」 

 

 そんな様子のアルティナにミュゼは苦笑しながらも静止の言葉をかける。

 

「いえ、既に休憩は済みました。これ以上は不要かつ不適だと判断します。

 お二人はどうぞごゆっくりされて下さい」

 

 取り付く島もないと言った様子でアルティナはそのまま湯船から出ていこうとするが

 

「そんなにリィン教官は保護者として厳しいお方なのですか?

 首席でなければ席次第三位という極めて優等な成績でも不適と判断される位に」

 

 聞き捨てならない言葉、それを聞いた瞬間にアルティナは呆気なく女郎蜘蛛の蜘蛛の糸に絡め取られるように反応して後ろを振り返る。

 

「いいえ、リィン教官はお優しい方です。首席は愚か次席さえも逃した私を叱責されるような事は決してなさいませんでした。ですが、だからこそ私はそれに甘えるわけには行きません。あの方の娘として相応しくあるためにも」

 

 張り詰めた様子でアルティナ・オライオンは告げる。

 彼の傍に居たいと願うのならば自分はどこまでも高みを目指さなければならないのだと。

 そんなアルティナの様子を見て、ユウナ・クロフォードは目前の少女へと抱いていた隔意が何処か氷解していく感覚を覚えていた。何故ならば、そう告げるアルティナの姿はどこまで行っても“子ども”だったから。

 いけ好かないエリート然とした帝国の軍人というイメージが砕ければ、その奥に居たのはただ親に褒められたくて必死な子どもの姿がそこには存在するのだと気づいたのだ。

 そしてアルティナは話を終わったとばかりに身を翻して出ていこうとする。その去り際に……

 

「アルティナさん、今の貴方からすれば私達との会話は無駄に思えるかも知れません。

 ですが私は思うのです、そうした無駄(・・)こそがあるいは後々私達を支えてくれる大切な“財産”になるのではないかと。

 だって、必要かどうかのみで人間関係を判断するならば、それはただの利害関係で結ばれたというだけのビジネスパートナーです。

 無論人間関係を構築するにあたってそうした利害関係というのは切っても切り離せぬものです。

 でも同時に“友達”や“仲間”というものは決して、それだけの無味乾燥なものではないと思うんです。

 そして、出来る事ならば私はそんな“友人”を一人でも多く、このトールズ士官学院で作りたいと思って居ます。

 ですからどうか、私達と共に青春を謳歌する気になりましたら何時でもお声掛け下さいね。大喜びで歓迎させて頂きますから」

 

 かけられた言葉、それに対してアルティナは振り返りペコリと一礼だけ施す。

 それは単なる礼儀としてのものだったのか、それともそれ以外の意図が含まれていたのかミュゼにしても判別がつかないところであった。

 ーーーあるいは、それこそ礼を行ったアルティナ自身にもわかっていなかったのかも知れない。

 

「……なんと言うか、大丈夫かなあの子?見ていてちょっと心配になって来るよ」

 

「そうですね、ルームメイトとして私達も出来る限り気にかけるようにしましょうか。

 ーーーふふふ、それにしてもユウナさんはお優しい方ですね」

 

「え、何が?」

 

「つい先程まではアルティナさんに対抗意識を燃やしてまさしく鬼気迫るとでも言うべきご様子でしたのに、今はそうしてアルティナさんを気遣っていらっしゃるんですから」

 

「そ、そんな大層な事じゃないって。……小さい子のあんな様子見せられたらさ、流石にそんな嫌いになんてなれないよ」

 

 あんなにも小さいにも関わらず帝国で一番の名門校に席次第三位で入学ーーー素直に凄いと思うし、先程までは対抗意識を燃やしていた。

 だけどそれが他の普通の子どもが育つにあたって得る事となる“友達”と過ごした日々と言った“当たり前”と引き換えにして手に入れたものだというのなら、それはなんとも“寂しい”事だとユウナ・クロフォードには思えたのだ。

 

「そういう風にあっさりと言える人を、優しいと言うんですよ」

 

「い、いや別にこんなの普通だってば」

 

「いえいえ、ですからそういう風に他者を思いやる気持ちを当然の事、普通の事だと言える事それ自体がユウナさんがお優しい証拠です♥」

 

 ミュゼの怒涛の褒め殺しの前にユウナは何処か居た堪れない気持ちになる。

 そして、どこか話を逸らすかのようにゴホンと咳払いをして

 

「そ、それにしてもあの“英雄様”ってば公人としてはそりゃ凄いんだろうけど、ちょっと親としては問題あるんじゃないの!あんなに小さな子をあそこまで追い詰めるなんてさ!!!」

 

 照れ隠しも兼ねて矛先を少女の後見役にして保護者を務める人物へと向け出す。

 ーーーこの場にアルティナが居なくてよかったと言うべきだろう、彼女がこのユウナの発言を聞けば間違いなく食って掛かり、雪解けの気配も虚しく再びその場の空気は氷点下にまで落ち込んだに違いないのだから。

 

「余り責めるのは酷ではないでしょうか。教官とて私達より2歳上と言うだけで、世間一般で言えば若輩者も良いところなんですから。リィン・オズボーンは紛れもない英傑であれど、決して神の如く無謬の存在というわけではないのですから。公人としての重責を背負いながら、更に親としても満点を取る等というのはそう出来ることではないでしょう」

 

 ミュゼ・イーグレットは少し前まで己が才に呑まれかけていた。

 「大いなる力には大いなる責任が伴う」その言葉を体現するかのように巨大な責任に対する事自体もそうだが、それ以前にその俯瞰して盤面を読み、最善手を導き出す“指し手”としての“力”そのものにだ。

 この能力を使う時、彼女は必然指し手として人を“駒”として扱う事となる。

 そこから生じるのは人物を記号、役割としてみるどこまでも冷徹な視点、そして世界を動かすことの出来るという全能感だ。そのまま行けば、おそらく遠からず彼女は“世界のため”にあらゆる手段を講じる冷徹で冷酷なる指し手、魔女の如き存在と成り果てていただろう。

 だが、そんな最中にオリヴァルト・ライゼ・アルノールは彼女に告げたのだ。

 何もかもを背負う必要はないと。どれほど優れていようと君はまだただの子どもに過ぎないのだと。

 その言葉にミュゼ・イーグレットは確かに救われたのだ。

 だからこそ、彼女は気づいたのだ。世に謳われる多くの英傑もまた決して鋼鉄の機械や無謬の存在などではなく、一人の人間なのだと。どれほど頼もしく素晴らしい人でも迷いもすれば悩みもするのだと。

 故にこそ“英雄”という煌めく輝きに惑わされる事無く、その素顔をきちんと見ようとミュゼは誓ったのだ。

 何故ならば他ならない自分がそうしてくれたオリヴァルト皇子に救われたのだから。

 故に彼女は灰色の騎士を決して無謬の存在とは思わない。極めて優れている、ただの人間だとそう思うのだ。

 

「ーーーーーーーーーーーーーー」

 

「『大いに学び、大いに遊び、大いに青春を謳歌しろ』。そう彼女は教官より告げられたと言っていました。

 であるならばきっと彼女のあの歪みはおそらく教官が彼女を引き取られた頃から存在していたものなのでしょう。

 教官は教官なりに彼女を導こうとした。けれど、あそこまで絶対視されている状態となりますともはや教官自身が言うだけでは根本的な解決にはなりません。

 親離れして彼女自身の意志で道を定めて欲しかったからこそ、教官は彼女にここへの入学を勧めたとそういうことではないでしょうか?

 だってあのままで良いと教官が思っているんでしたら、そのまま手元に置いておけば良いんですから」

 

「ーーーそっか。そうだよね、あの人だって同じ人間なんだよね。それも私達とそんなに年も変わらない」

 

 一瞬忘我の状態に陥った後、ユウナ・クロフォードの脳裏に過るのはかつて弟と妹の命を救ってくれた青年の姿。

 質朴な笑みとこちらへの申し訳無さを滲ませるその姿と今の英雄は似ても似つかない。

 だから、もうあの時弟と妹を救ってくれた恩人は居なくなってしまったのだとそう思っていた。

 でも違ったのかも知れない、すっかり演技が上手くなっただけでひょっとしたら今もあの堂々とした顔の奥底では案外子どもを育てるのに苦労をしている父親としての顔が隠されていたりするのかも知れない。

 自分だって妹と弟の面倒を見るのには散々苦労したものだ、そう思うとどこか親近感めいたものも生まれてくるというものだ。

 

「はい、この世には決して完璧で無謬な人など居ません。誰だって何かしらの悩みを抱えているものです。

 それはきっとリィン教官も変わらないと思います」

 

 英雄が祖国のために父へと反逆の剣を向ける事ーーーそれを一体如何なる気持ちで決断したのかをミュゼ・イーグレットは知らない。

 だけど、きっとそれは決して軽いものではなかったはずだ。何せ灰色の騎士が父たる鉄血宰相を敬愛して止まぬ事は誰もが知っているのだから。

 

「……ミュゼってば私の事を優しいとか散々褒め殺しにしたけどアンタのほうがよっぽど優しいじゃん。

 あの子の事も、あの人の事もちゃんと気にかけている」

 

「そう言って貰えると嬉しいですね。

「我も人彼も人」亡き両親の教えであり、私が今最も尊敬しているお方の言葉でもあります。

 この言葉を努々忘れないようにしたいと、そう思っていますから」

 

「……良い言葉ね。私も忘れないように、この胸に今この場で刻み込むわ」

 

 そうしてユウナ・クロフォードとミュゼ・イーグレットは互いに笑顔を浮かべ合う。

 それは対等の友人へと向ける、どこまでも親愛に満ちたものであった……

 




【悲報】アルティナちゃん入学時の順位が三位だった事が余りのショックで何のためにトールズに入学したのかを忘れる
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