獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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「(銃乱射事件があった学校の)校長がM4ライフルを持ってさえいればと思ったよ」


忍び寄る悪意

 

 トリスタに存在する宿酒場キルシェ、帝国最大の名門トールズ士官学院が存在するこの宿酒場は学生でも利用できる位のリーズナブルでそれなりに美味しい料理を提供する事で評判の良い店であった。

 そこで、今四人の男女が再会を寿いでいた。浮かべるのは四人全員が心からの笑み。顔見知りであった彼らのその様子に店主はどこか嬉しい気持ちになりながら、大急ぎで頼まれた品々を作っていく。

 

「しかし、中々どうして感慨深いものだな。こうして友人たちと酒を飲み交わすようになるというのは」

 

 その光景を普段の公人としてのリィンしか知らぬ者が見れば目を疑ったかも知れない。

 今彼が浮かべているのはどこまでも屈託のない少年のような笑み。

 光翼獅子機兵団司令官も皇帝直属の筆頭騎士の姿も今、この場には存在しない。

 ただ純粋にただの学生であった頃のように心の底より信頼する友との再会を喜ぶ姿だけがそこには存在した。

 

「未だに酒を注文するたびに店員に逐一確認取られるような外見の奴もいるけどな」

 

 クックックと含み笑いを漏らしながらクロウが応じる。

 

「クロウく~ん、それはどういう意味かなぁ」

 

「いやいや、何時までも若くて綺麗な嫁さん貰ってリィン君は羨ましいなぁって話でございますよ。な、そうだよなリィン」

 

 そこでほら、パスは渡したからフォロー頼むわとでも言わんばかりにこちらにウインクをする悪友にリィンはやれやれと苦笑を浮かべて

 

「ああ、羨ましかろう独り身共。こんなにも良い奥さんを貰えた俺は帝国一の幸せ者さ」

 

「わわ、リィン君。此処じゃ皆が見ているよぉ」

 

 そっと抱き寄せてきた夫の様子にトワはどこか慌てた、されどまんざらでも無さそうに頬を赤く染める。

 

「へー此処じゃ駄目って事は、此処じゃなければ良いって事かよ」

 

 ニヤニヤとした様子でクロウは囃し立てる。

 そんなクロウからの揶揄にトワは顔を真赤に染めて

 

「そ、そりゃあ私とリィン君は夫婦なわけだし……」

 

「余り哀れな男やもめ共の目の前でイチャつくのは目の毒だろうからな、まあ控えておく事にしよう」

 

 ゴニョゴニョ言葉にならないようなか細い声で反論する妻と一切の衒いの見えない堂々とした夫という対照的な様子を見せながらもオズボーン夫妻は離れて、再び席へとつく。

 

「かー結婚したからって随分とまあ偉そうになりやがって。

 言っておくがな、俺は数で言えばお前よりはるかに多くの女を相手にした事があるし、今だってモッテモテでその気になりゃあ結婚相手の一人や二人位何時だって見つけられるんだからな」

 

 クロウの語った言葉は決して虚勢というわけではない。

 在学時代からアンゼリカに比べれば流石に負けるものの、その容姿と世慣れた様子、そして明確な相手というのが特に見えていなかったのも相まって中々にモテていた。

 そして現在、司法取引によって宰相暗殺未遂の罪が帳消しとなった彼は、若くして少佐の地位にあるトップエリートである。夜の街に繰り出せば、それこそ雲霞の如く群がる女たちが居る色男なのである。

 

「そう言えば、クロウってばかの蒼の唄姫ヴィータ・クロチルダと交際しているんだっけ?」

 

「は?」

 

 ジョルジュからの問いかけにクロウは一瞬呆けた顔を見せる。

 

「アレ違ったの?貴族連合に居た頃に蒼の唄姫が頻繁に蒼の騎士の自室を訪れたとかそんな噂を聞いたんだけど」

 

「おいおいおい、そりゃ邪推ってもんだぜ。お前が今言ったような事実は確かに存在した。

 存在はしたけどな、それはあくまで今目の前に居る奴を相手にしてヘトヘトになったところをあいつの魔術で癒やして貰うためで、そんな色っぽい話じゃないっての」

 

「ふーん、まあそういう事にしておいてあげるよ」

 

「あげるよも何もそれが唯一無二かつ純然たる真実だっつーの。

 つーか、そういうお前はゼリカの奴とはどうなんだよ?

 にわかには信じ難いけど、今じゃアイツは歴としたログナー侯爵様だ。あんまりうかうかしているとそれこそどっかの大貴族様と婚約だなんて事になったって知らねぇぞ」

 

 からかいと友人としての真摯さが半分半分となった様子でそうクロウは目前の友人への忠告を行う。

 するとそこでジョルジュは我が意を得たりと言わんばかりに深く頷いて

 

「実はその件でリィンにお願いがあったんだ」

 

「お願い?」

 

「うん、今確かシュミット博士は光翼獅子機兵団の技術顧問を務めているって話だったよね?

 お願いというのは他でもない、その博士の助手に僕がなれるように口添えして欲しいんだ」

 

 予想だにしていなかった親友からの頼み事、それを聞いてリィンは珍しく呆気に取られたような顔を浮かべる。

 リィンだけではない、クロウもトワもジョルジュ・ノームという青年の夢を知っている面々は一様に信じ難い表情を浮かべていた。

 

「それは……こちらとしては願ってもない申し出だが良いのか?

 うちの技術顧問を務めているシュミット博士の助手になるという事は」

 

「人を殺傷する為の道具である兵器の開発に携わるという事、勿論覚悟の上だよ。

 元々それが原因で僕は博士と袂を分かったんだからね」

 

「ならば何故……」

 

「今になってそうするかって?それはさっきクロウが言ってた事が原因さ。

 このまま行くとアンを他の誰かに取られてしまいそうだからね。

 わかっているんだよ、今の僕じゃログナー侯爵を継ぐことになったアンとは不釣り合いだって事位」

 

 常の穏やかな口調とは異なる忸怩たる思い、それを吐露するかのように重々しい様子でジョルジュは告げる。

 

「衰えたと言っても未だログナー侯爵家は帝国有数の大貴族。

 それに対して僕はトールズこそ卒業したもの、しがない一平民だ。

 そんな僕がアンと結ばれたいっていうのなら、それこそ勲章の一つや二つ手に入れて見せないとならないだろう。

 そしてそれが出来る一番可能性が高いのが博士の助手になる事だと思ったのさ。

 何せ博士は人格に少々問題はあれど、それでも紛れもない帝国最高峰の頭脳である天才だからね」

 

 それはリィンが一ヶ月程前にマカロフへと提案したのと同じ内容。

 アンゼリカ・ログナーという大貴族の婿になろうというのなら、それ位やらなければならないという意志表明にして愛の告白だ。

 

「……でもジョルジュ君、アンちゃんはジョルジュ君がそうやって自分の“夢”を諦めてまで手に入れた勲章なんてきっと」

 

「喜ばないだろうね、アンの性格上。それは百も承知だよ。

 だからアンのところには行かずにこうして先にリィンの方を訪ねさせてもらったんだ」

 

 自己陶酔に浸るような様子は欠片たりとも見せずにジョルジュは毅然とした様子で応える。

 

「それに、別に僕は“夢”を諦めるつもりは毛頭ないよ。

 そうやって実績を重ねて名声を獲得すれば、今度は博士のおまけとしてではなく、僕自身への投資を引き出せるだろうからね」

 

「……お前の覚悟の程はわかった。だがそれでも最後に念のために聞くぞ、本当に良いんだな(・・・・・・・・)

 軍隊とはその国が有する最大の暴力機構であり、兵器とは人を殺傷するための道具だ。

 守るためとどれだけ嘯こうと、それは決して変わらない真実だ。

 お前がシュミット博士と共に開発した兵器を使い、俺は多くの人間を殺す事になるだろう。

 それを背負う覚悟が本当にあるんだな」

 

 真剣そのものの様子でリィンは目前の親友へと問いかける。

 「技術とは人々の幸福のためにある」そんな綺麗事を自分は現実にしたいのだとそう目を輝かせながら語った目前の親友の“夢”を知っているが故に。

 トールズ士官学院の教官という紛れもない軍属であるマカロフ教官とは異なり、目前の親友はそうした業に耐えられなかったからこそ師である博士と袂を別ったはずであるが故に。

 

「ああ、覚悟の上だよ」

 

 重々しい様子で百も承知だとリィンからの問いかけにジョルジュは重々しく頷く。

 そこには虚偽は一切混じっていない。そうだ、これこそが自分の決意なのだと確かな覚悟を宿しながら頷く。

 そのために後輩のアリサからの勧誘を断ったのだからと時折ズキリと痛む頭を抑えながら、これを選んだのは紛れもない自分の意志(・・・・・)なのだとそう認識して。

 そして不意にジョルジュ・ノームは何時ものような人好きのする笑みを浮かべて

 

「それに信じているから、リィンの事を。

 リィンだったらどれだけ強力な兵器を開発してもその力に溺れる事はないって」

 

 道具というのは結局のところ扱う人次第だ。

 そして自分が博士と共に作り上げた道具を真っ先に扱う事になるのは目前の親友だ。

 目前の親友ならばきっと、悪いようにはしないはずだと信じられる。

 ーーーそれは決して兵器を生み出す事になる責任を放棄するわけではなくもっと温かな心が為せるもの。“信頼”と呼ばれる確かな絆によるものだ。

 

「わかった。そこまで言われたら、俺としてもこれ以上止める理由はない。

 お前のように腕も人格も信頼できる技術者が協力してくれるなんて基より諸手を挙げて歓迎したい事だったしな。ーーシュミット博士には俺の方から話してみよう」

 

 親友からの友誼の籠もった信頼の言葉、それを聞きリィンもまた笑みを浮かべながら応じる。

 目前の親友の言葉の中に虚偽等一切感じない、紛れもない本気の思いを感じ取って。

 

「ありがとうリィン、助かるよ。喧嘩別れした身としてはやっぱりちょっと気が引けるものがあったからさ」

 

「あの爺さんだったら別に大して気にしないだろうけどな。他人からの評価なんざ心底どうでもいいってタイプだろありゃ。

 しっかしまあこの調子で行けばオズボーン夫妻に続いてログナー侯爵夫妻も近々誕生ってな具合になるかも知れねぇな、やれやれ進んで人生の墓場に入りたがるだなんて奇特な連中だぜ」

 

「ま、まだどうなるかなんてわからないよ。僕のほうが一人で勝手に盛り上がっているだけで、アンにOKを貰えたわけでもないんだし」

 

「大丈夫だよ、ジョルジュ君ならきっと」

 

「ゼリカの奴もなんだかんだでまんざらでも無さそうな感じだったからな。

 ま、流石にトワとリィンの奴ほどわかりやすい感じじゃなかったけどよ」

 

「……そんなにわかりやすかったか、俺たち」

 

「何を今更。全学院何時くっつくかで盛り上がっていたぜ」

 

「うんうん、流石に卒業してすぐに結婚すると予想していた人は居なかったけどね」

 

「全くあんときゃびびったぜ、さっきまでシリアスにやりあっていたのに突然「俺たち結婚します」宣言したんだからな」

 

「そうは言うがな、俺にとってトワ以上の女性など居ない以上達する答えなど自明の理というものだろう。

 みすみす手をこまねいていて他人に取られる等ごめん被るからな」

 

「もう、リィン君ってば……そんなの杞憂だよ。だって私も同じだもん、リィン君以上の男の人なんて居なかったからこうして一緒に居られて本当に嬉しい、時々夢じゃないかって思う位に」

 

 徐々に二人だけの空間を形成しだすリィンとトワ。

 そんな二人をどこか遠い目で見つめてポツリとクロウは呟く。

 

「……ひょっとしてアレか、ゼリカとお前もくっついたらあんな感じになって俺は一人寂しくちびちびと酒をすする事になるのか?」

 

「いや、流石にあの2人は極端な例じゃないかな……それにそもそもまだOK貰えるとは限らないってば」

 

「だから心配すんなって。自信持てよ。ログナー侯爵なんて肩書を前にして怖気づくでも欲で目がくらむでもなく、真実アイツ自身を見た上で釣り合う様になるために努力するなんて言える奴、そうそう居ねぇんだからよ」

 

「クロウ……」

 

 ウインクをしながら告げられた親友からの励ましの言葉、それを聞いてジョルジュの胸の中にジンワリと温かなものが宿るのと同時にチクリという痛み(・・)何故か(・・・)齎す。

 そしてそんなジョルジュの感極まったような様子を見てクロウは一転おどけた笑みを浮かべながら告げる

 

「そういうわけでだ、どうだ墓場に直行する前にいっちょ俺と一緒にめくるめく男の浪漫の探求って奴に行く気は」

 

「無いから」

 

 

 かくして四人は学生時代の友情を確かめ合い、楽しい夜を過ごすのであった。

 そうして翌日「まあそういう事なら使ってやらんでもない、精々落第せぬように気をつけることだ。しかし、フランツと言い、マカロフと言い、貴様と言い、そんなに粘膜が作り出す幻想に溺れたいか。私にはほとほと理解できん」という有り難い師からのお言葉を賜り、ジョルジュ・ノームは帝国最高の頭脳にして光翼獅子機兵団技術顧問を務めるG・シュミット博士の助手へと就任するのであった。

 

 




原作ではゲオルグとして目覚めた以降はゲオルグになっている感じでしたが
本作ではちょっとその辺変わっています。
具体的に言うと普段はジョルジュとして動いていて
アルベリヒや黒が自由に動かしたい時にジョルジュの人格が眠りについて
ゲオルグの人格が出る感じです。スパイ行為をしている自覚が無かったヨシュアみたいなもんです。

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