七耀暦 1206年6月21日
共和国軍総司令官アルバート・スミス大将は大博打へと打って出た。
後方のアルタイル要塞へと控えさせていた虎の子の予備戦力、それらを一挙に投入してタングラム要塞の攻略を図ったのだ。
彼らは今更退けなかった、何せこれまでの戦いで共和国軍が光翼獅子機兵団の神出鬼没の奇襲を前に出血を強いられてきたのに対して、帝国側の損害らしい損害は出ていない。このまま撤退すれば共和国の敗戦となる事は疑いようがない。何せ今回の戦いの戦略目的を達成できず、こちらは既に将官にすら戦死者が出ているのに対して未だ向こうには佐官以上の戦死者が出ていない上に、当然のように戦死者もこちら側が圧倒的に多い。何としても明確な成果を挙げる必要があった。
具体的に言えば要塞へと取り付けられた二門の列車砲ーーーアレを最低限破壊しない事には共和国の民は納得しない事だろう。何せアルタイルの民にとっては実質的に帝国に自分たちの生命の生殺与奪を握られたも同然の状態となるのだから。一年半前のクロスベルでの大敗、そして半年前のノルドでの敗北。既に共和国は宿敵たる帝国を相手に連敗を喫している状態だ。此処でまた負けてしまえば、完全に帝国と共和国の間には明確な“格”の違いが出来てしまう。近代にもなって未だに時代錯誤な帝政と身分制を敷いている差別国家に、彼の愛する自由の国は跪き頭を垂れて
そして攻勢をかけるならば今しかない。
何せ帝国側はまだ余力を残しているのだから。
帝国屈指の名将たる赤毛のクレイグが援軍を率いてこちらへと向かっているというのだから。
それが到着してしまえば、もはやこちらに勝ち目はない。撤退する以外に術は無くなるのだ。
故にこそスミス大将は大博打へと打って出たーーー結果として彼のこの決断は他ならぬ彼の愛した共和国人の多くから判断を誤った愚行として謗られる事となるのだが、それは些か酷なものだったと言えよう。
何せ彼は手持ちの判断材料から、彼なりに最善と思える判断を下したのだから。所詮は神ならぬ人の身、全知であるはずもなくその時その時最善と思える判断を下すしか無い。
そして戦いとは常に相対的なものである以上、どれだけ最善を尽くそうと相手がその上を行けば、必然的に敗北するものなのだから……
・・・
「全軍突撃せよ!」
総司令官たるアルバート大将の号令と共に共和国軍が陸と空で一斉に突撃を開始する。
そこには戦術の妙といった巧緻さは欠片もない、ただただ勢い任せの力押しだ。
(認めようルーファス・アルバレア、リィン・オズボーン。貴様ら2人は確かに時代に冠絶する“天才”だ)
この10日間の攻防で敵将の手強さというものをアルバートはこの上なく実感させられた。
目前の敵手の将としての力量、それは自分を上回っていると。
ルーファス率いる総督軍の防御はついぞ突破できず、リィン率いる獅子機兵団の奇襲はついぞ防ぐ事が出来なかった。
自分の半分程度しか生きていない若僧共に、自分はこの10日間良いようにやられ続けていた。
故にこそ、将としての優劣、戦術の妙、そういったものを競い合うのはもはや止めだ。
そうしたものでの競い合いで自分は敵将に及ばない、それをようやく認める事が出来た。
故にこそ選択肢はそうした要素が絡まない純粋な力押しだ。
敵軍を打ち負かそうなどとは考えていない、流石にそこまで欲張っては居ない。
空挺部隊の何れかがあるいは戦車部隊が、いやはやなんなら歩兵部隊でも一向に構わない。誰でも良いから、戦線を突破した誰かがただ二門の列車砲を破壊してくれればいいーーーと要はそういうものだ。
共和国軍の攻勢は凄まじいものであった。
もはや後がない彼らは必死だ。常軌を逸した勢いで最後の大攻勢へと打って出る。
それに対して帝国軍もまたオーラフ率いる援軍が来るまで何とか耐え凌がんとーーー
「光の翼纏いし獅子たちよ!此処がこの戦いの天王山である!総員我に続け!
我らが祖国を踏み荒らさんとする身の程知らず共を生かして返すな!」
否、そちらがその気ならば受けて立つまでだと灰色の騎士は自ら先陣を切って敵陣の真っ只中へと突っ込んでいく。
上空に現れたのは帝国の守護神たる灰色の騎神。
そしてそれに続くかのように蒼の騎神と紅き翼が姿を現す。
それだけではない、新型の飛翔ユニットを装備した機甲兵がそれに続く。
基より機甲兵という兵種は防衛戦ではなく攻勢にこそ秀でた兵科である。
機動力に優れる反面、装甲の厚さ等には於いて主力戦車へと劣るそれは、機動戦による奇襲にこそ本領を発揮する反面、狭い戦場での防衛戦等には適さないのだ。
何よりもひたすら守りに徹するという行為は相手を
なればこそ、帝国最強の部隊を預かる自分がすべきことは敵にどちらが狩られる側なのかを今一度教えてやる事に他ならない。
そうして自分たちが派手に暴れれば暴れるほどに敵の注意はこちらへと引きつけられて、その分だけ
そう判断したリィンは自ら陣頭に立ち、そのままの勢いで突撃を敢行し始める。
光翼獅子機兵団の展開速度は“神速”と称する他ないものであった。
嵐の如き猛攻を前に、共和国軍の誇る空挺部隊がまたたく間に落とされていく。
それは共和国軍に1年前の悪夢を思い起こさせるには十分すぎた。
数で遥かに勝るこちらへと平然とした様子で突撃してくる狂気の軍勢を前に、目に見えて共和国軍の勢いは落ち始める。
「共和国にとっては悪夢と言わざるを得ないだろうな、いやはやつくづく彼が味方で良かったものだ」
そしてそんな“盟友”の奮戦を目の当たりにしてルーファス・アルバレアは心の底から愉快そうに笑う。
それは常の何処か上から見下ろすかのようなものではない、さながら対等の好敵手の活躍を喜ぶ少年のような笑みだ。
「さて、義弟があそこまで活躍しているのだ、義兄として私も負けていられまい。
彼にはいつぞや
このルーファス・アルバレアにもまた、自らの命を賭けてでも成し遂げんとする大望があるのだから」
ああ、素晴らしきかな我らが鉄血の子の筆頭よ。
それでこそ、この私が超克するに足ると認めた真の父の本当の息子だ。
そんな君を破り、あの御方を超えたその時にこそ、贋物たる私が本物を超えたと証明出来るのだ。
「さあ起きるが良い、永遠を冠す黄金の騎神よ。お前に相応しき舞台は今こそ整った。
往くぞ我が愛機ーーーエル=プラドー!」
「良カロウーーー存分ニ奮ウガ良イ。ワガ起動者ヨ」
瞬間、共和国の地上部隊の前に降り立ったのは黄金色の騎神。
「な、何だありゃあ……」
「黄金の……機甲兵?」
「まさか……黄金の羅刹か!?」
黄金の羅刹ーーーそれは共和国にとっては畏怖の象徴たる二つ名。
灰色の騎士に蒼の騎士、そして光の剣匠に続く帝国の特記戦力に他ならなかった。
「そ、総督閣下なのですか……?」
「ああ、その通りだ。君たち、この10日間よく戦ってくれた。
これよりは私もまた諸君と共に戦わせてもらおう」
「それは……お心強い限りではあります。
しかし、もしも総督閣下に万一の事が有りでもすれば……」
ルーファス・アルバレアはただの前線指揮官ではない。
軍事のみならず司法、行政、経済といったクロスベルの総てにおける要たる総督なのだ。
そのルーファスに万が一のことでもあれば、クロスベル総督府は一気に立ち行かなくなる。
故にそれを憂慮してルーファス直轄たる総督軍の士官は主を諌めるが……
「万が一等、ありはしないさ。
何故ならば、私には忠勇なる騎士達が付いているのだから。
そう、私は判断したのだが、これは私の買いかぶりだったかな?」
返されたのは
それを聞いた瞬間、総督軍の者たちの心に過ったもの、それは確かな感動だ。
「いいえ……いいえ、買い被りなどではございません!
総督閣下は必ずや我らがこの身に代えてでもお守り致します!」
「ふふふ、頼もしい限りだ。
だが、その身に代えて守られては困るな。
君たちのような人材こそが国にとってはまさしく宝だ。
必ずや共に生きて帰るぞ。これはルーファスとしての願いでもあり、クロスベル総督としての命令でもある」
「「イエス・サー!!!」」
爆発的な歓声が地上に居る総督軍へと広がっていく。
常識的に考えればルーファスの沙汰は狂気の沙汰と言うべきだろう。
クロスベル総督たる彼がその身を最前線に晒して、万が一にでも死んでしまえば生じる事となる混乱は決して少ないものではない。
故に政治家として見れば、ルーファス・アルバレアの行動は危険きわまりない愚行でしか無い。
だが、将として見ればそれは確かな効果があった。
それが証拠に空と同様に徐々に地上の方でも帝国側に勝利の女神は微笑みだした。
何故ならば正気のままで戦争を出来る人間など極少数だから。
故にこそ、必要なのだ将には彼らを酔わせる才が。将兵を“狂奔”させる力が。
ルーファス・アルバレアはこれまでも超一流と呼ぶに足る名将であった。
攻守両面に於ける冷静さと粘り強さ、状況判断の正確さ、窮地での剛毅さ、柔軟な対処能力、準備の周到さ。
総てに於いて非の打ち所はなく、若くしてオーラフ・クレイグとゼクス・ヴァンダール、帝国軍の双璧と称される両名とこの両名を凌ぐと噂され始めているリィン・オズボーンに
だが、匹敵しうるという事はすなわちギリギリで彼らに及んでいないと言う事でもあった。
それは何故かと言えば、彼の政治家としての長所たる慎重さ、それがこと将としては短所にもなり得たからだ。
将たるものが死ねば混乱が生じる、故にこそ最高司令官は戦いにおいて一番安全な場に身をおくべきだという考え、それは理屈の上では正しい。
だが、前線で戦う兵士達が身を委ねるのはそんな正しい理屈などではないのだ。理屈を超えた、この人のためにこそ自分は死なせたいと思わせる人物の為にこそ、兵士は命を賭す。
それこそが将の器であり、兵士を狂奔させる素質ーーーおおよそ完璧な存在たるルーファスに唯一欠けていたものだったのだ。
(感謝するよ、
かつて告げられた理論と計算しか知らぬ者のためには命は賭けられぬという好敵手の言葉。
そして指揮官陣頭を体現するその姿が、ルーファス・アルバレアという男に殻を一つ打ち破らせて高みへ導いたのだ。
(果たしていつ以来だっただろうか、超えたいではなく負けたくないと思ったのは)
ルーファス・アルバレアは対等の好敵手を持ったものがなかった。
総てに於いて秀でていた彼はついぞ自分と張り合える相手に出会わなかったし、アルバレア公爵家嫡男という立場故に媚を売るものはいれど、張り合おう等という人物は居なかった。
だが、そんな中でルーファスはついに巡り合ったのだ。真実対等と呼ぶに相応しき敵手、決して負けたくないと思わぬ好敵手へと。
その人物の名こそがリィン・オズボーン、ルーファスが超えんとする父ギリアス・オズボーンの唯一人の
無論、父の七光だけの人物であればルーファスは歯牙にも書けなかっただろう、だが彼は違った。
戦争、統率、派閥闘争、そして統治、ありとあらゆる分野に於いて優れた手腕を発揮して今やその影響力はルーファスに匹敵する。
父を超えることばかり考えていたルーファスが初めて追い越されるかも知れないという恐怖を抱いた相手なのだ。
素晴らしい素晴らしい。ずっと、
そう思えばこそルーファスはリィン自身が考えるよりも遥かに真摯にリィンの
そして観察していたのだ、無二の好敵手を。自らに欠けているものを埋めるためにも。
それがルーファス・アルバレアは更なる高みへと導いたのだ。
「さあ、
もはや共和国には為す術が無かった。
ルーファス・アルバレアとリィン・オズボーン、二人の英雄に率いられた獅子の群れに突破の隙など見当たらず。
ただ徒に屍を積み上げてゆくのみだった。
「総員、アルタイル要塞まで撤退せよ!」
七耀暦 1206年6月23日
カルバード共和国軍総司令官アルバート・スミス大将は全軍に撤退を指示。
帝国軍からの執拗な追撃を受けながらも何とかアルタイル要塞まで軍を退く。
しかし、そこで彼らが目にしたものは……
「嘘……だろ」
翻るのはエレボニア帝国の国旗たる緋色の旗に描かれた黄金の軍馬。
それは共和国の兵士にとってはすなわち帰る場所を奪われた絶望を意味する。
「敵将に告げる、私は光翼獅子機兵団副司令官を陛下より拝命しているヴィクター・S・アルゼイド准将である。
見ての通り諸君らの要塞はこの通り、我々が占拠させて貰った。そして、諸君の背後からは我らが総司令官閣下が追撃をかけている。諸君にもはや勝ち目はない、この上は潔く降伏したまえ」
その言葉を前に共和国軍の誰もが項垂れる。死闘から命からがら逃げ帰り、更にこの上命を賭けて戦う気力はもはや彼らには残されていなかった。
七耀暦 1206年6月24日
共和国遠征軍総司令官アルバート・スミス大将は帝国軍へと降伏。
此処に第三次クロスベル戦役は帝国の大勝を以て、幕を下ろす。
第二次、ノルドに続く三度目の帝国相手の敗戦。
それは、もはや共和国と帝国の間に明確な格の差が生じた事を意味していた……
おかしいな、オーラフ父さんが援軍に来て大勝利とプロットには書かれていたのになんか兄上が覚醒を果たされてしまった。
己を否定する対等の好敵手こそが最も己を成長させるからね、しょうがないね。
兄上原作だと才能的にはかなりぶっちぎりなのに対等のライバルとかいなかったからね。
それが出来たら覚醒の一つや二つするよね。
エル=プラドーは原作よりも早く目覚めました。
具体的には北方戦役やっている頃に目覚めさせて徐々に慣らし運転させてました。
理由はそうでもしないと相克の時に兄上が普通にボコされて終わるよなこれと思った為です。