オリヴァルト副宰相「ええんやで」
役割分担って大事だよね。
帝都に存在する劇場。
そこでエリオット・クレイグは緊張した面持ちで佇んでいた。
彼が今、この場に居る理由ーーーそれは今日この場で行われているエリオットの所属する音楽院の発表会、それに出席しているためだ。
「次の演奏者はエリオット・クレイグ……ほう、かのクレイグ将軍のご子息か」
「これはこれは。さぞやお父君譲りの勇壮な演奏が期待できそうですな」
そんな風に囁く声が聞こえてくる。
勇壮な演奏ーーーそう、それこそが今祖国が音楽へと求めているものだ。
聞いているだけで気分を高揚させるような、心から闘志が湧き上がっているような魂を震わせる演奏、それこそが今の帝国人が自分たち音楽家へと期待しているものである事は疑いようがなかった。
実際エリオットの前に演奏した同級生達は皆、そうした演奏を行っていた。
それはそれで音楽の一つの形であり力なのだろうとエリオットは思っている。
そうした世の流行というものを感じ取り、アレンジを加える事も演奏者としては重要な技能だろうとは思う。
(だけど、僕の信じる音楽はそうじゃない)
確かな決意を宿してエリオットは壇上へと登る。
オーラフ・クレイグの息子という事で父そっくりの威風堂々とした偉丈夫だと予想していたのだろう、その場に居た聴衆から意外そうな視線が突き刺さる。
かつての自分であればきっと、これだけで萎縮していただろう。
男らしくない自分の華奢な外見はずっとコンプレックスだったのだから。
でも今はそんな事でもはや引け目を感じたりはしない。
ありのままの自分を認めてくれたかけがえのない友人が出来たから。
そんな彼らと共に自分は多くの経験を積んだから。
今なら胸を張って言える、自分はオーラフ・クレイグでもリィン・オズボーンでもなくエリオット・クレイグなのだと。
そうしてエリオットはペコリと丁重に一礼を行うと演奏を開始した。
それは聴衆が期待していた勇壮な、聞いているだけで今にも走り出したくなる衝動に駆られるようなものではなかった。
むしろその逆、興奮状態を覚ます鎮静剤のような、何時もの自分を取り戻させてくれるような演奏。
それこそがエリオット・クレイグという青年の演奏に込めた願い、“癒やしの音楽”こそが彼がトールズ士官学院での日々、そしてあの内戦を経てたどり着いた答えだった。
内戦で傷ついた人々をーーー焼き討ちされたケルディックを見たことがエリオットの道を定めた。
平和への祈りと傷ついた心を少しでも癒やしたいという思い、それがエリオット・クレイグが演奏の際に込める思いだ。
改めてエリオットは思う、トールズ士官学院に入って良かったと。
あそこでの出会いが過ごした日々が、今の自分を形作っている。
もしもあそこに入る事無く音楽院にそもまま入っていたら、きっと自分はこれほど強い意志を持つ事は出来なかっただろう。
確かにトールズに通った事で音楽に打ち込める時間は音楽院に進んだ場合に比べて大きく減っただろう。
だけどそれ以上の“財産”を自分は手に入れる事が出来た。
そしてその得難き“経験”と“財産”がエリオット・クレイグの演奏に確かな深みを与える。
その演奏はどこまでも穏やかに、聞いていた者達の心を包み込んで往くのであった……
・・・
無論の事、平和を求めているのがエリオットただ一人という事はない。
帝国民の多くが戦勝に酔っていた頃、そんな酔いを冷まそうと必死に動く者達も居た。
「私から言いたいことはただ一つ、戦えば誰かが死ぬのです。
それは貴方のご家族かも知れません、恋人かも知れません、友人かも知れません。
どれほど帝国軍が強くとも、戦いに於いて、全くの犠牲が出ない等という事はあり得ないのです。
どうか皆さん、今一度冷静になってご自分の胸に問いかけてみて下さい。
貴方の家族を、恋人を、友人を、大切な人達を死地に追いやってでも共和国は倒さねばならぬ存在ですか?
戦争が起これば“誰か”が必ず生命を落とします。そしてそれは、貴方自身、あるいは貴方の大切な人かも知れないのです。
それでもなお、更なる“勝利”が必要だと本当に思うか今一度良く考えて下さい」
帝国民から絶大なる人気を誇る第一皇女アルフィン・ライゼ・アルノールは民衆の感情に訴えかけた。
言う人物によっては柔弱との誹りを受けかねない皇女の発言は彼女の人柄から皇女としての慈悲深さと好意的に受け止められた。そして内戦に於いて彼女が正規軍を率いて終結のために尽力したという実績、実際に戦傷を負った兵士達の慰問を行った彼女自身の経験が、その言葉にただの綺麗事で終わらない確かな“熱”を与えた。
彼女の言葉は心を揺さぶり、戦争という行いは敵だけが一方的に死ぬものではないという事を民衆へと思い出させた。
「私から親愛なる帝国臣民の皆様にお伝えしたい事、それは共和国相手の戦争等という行為はまず我々帝国にとって割に合わぬ行為だという事です。
確かに我らが帝国軍はこの大陸で最強の軍隊でしょう。戦えば、まず負けはしないと私も確信しております。
しかし、共和国とて総ての戦力を喪失したわけではありません。当然戦えば犠牲は出るでしょう。
そうなった際、当然ながら祖国の為に散った将兵の遺族達に我ら政府は手厚く報いねばなりません。
莫大な財政支出が発生する事となるでしょう。そして当然ですが、共和国と全面戦争という事になれば我が国と共和国の間の貿易、金融と言ったありとあらゆる経済交流がストップする事となります。
皆様もう一度冷静になって振り返ってみて下さい。貴方の友人、ご家族、そして貴方自身の仕事に於いて全く共和国とのやり取り等無いと言える方は一体どれだけ居るでしょうか?
共和国と全面戦争に突入する事となれば、多くの経済的な損失が発生するのです」
革新派のNO2たるカール・レーグニッツ帝都知事は敢えて経済的な利益という即物的な理由を挙げて理詰めで訴えかけた。
俊英官僚として多くの計画を遂行した彼の経済と内政を優先する言葉は理論を重視するエリート層、利益をこそ重視する企業などの支持を集め、戦争とは莫大な金食い虫だという事を民衆へと教えた。
「親愛なるエレボニアの諸君、真の強者とは一体如何なる存在だろうか?
私が思うに、それはただ強いだけの存在ではない他者へと手を差し伸べる優しさ、謝罪を受け容れる度量、そうしたものを持つ存在の事だと思う。
既に我ら帝国はその威を十二分に示した。ならばこそ、我ら帝国は真の強者として許す度量を持とうじゃないか」
感情と理性、双方の揺さぶりが行われた頃合いを見計らってオリヴァルト・ライゼ・アルノール副宰相はそうして今度は帝国人としてのプライドをくすぐった。対話という行為は決して臆病さの証明ではなく、むしろ強者としての度量であるのだとそう訴えかけたのだ。
確かな名声と実績を持つ三人ーーー特に帝国人より畏敬を集める皇族2人が相次いで主戦論に対する反対を述べたことで熱にうかされていた帝国人にも徐々に理性が戻り始めた。
アルフィン皇女によって戦争とは多くの人命が失われる“悲劇”だという事を思い出し、レーグニッツ知事によって割に合わない金のかかる行為だという事を理解した。そしてオリヴァルト皇子によって、相手の態度にもよるが共和国との対話に応じても良いという機運が形成され始めた。
そしてカール・レーグニッツとオリヴァルト・ライゼ・アルノールはその機を逃さない。
懇意のジャーナリスト、政治家、官僚、資本家ーーー彼らと協力して共和国との講和を推し進める。
そんな動きを前にしても鉄血宰相は特に動きを見せなかった。
彼らのそうした動きはむしろ
共和国もまた帝国との講和に向けて動き出していた。
三度に渡る共和国軍の敗北は共和国人にとっては憤懣やるかたないものの軍事的に完全に劣勢に立たされた事を突きつけた。
ロックスミスに代わって政権の座についたジョージ・マッケンジーが結局何一つとして事態を好転させられなかったことも強硬派に対する失望を加速させた。
政権へと返り咲いたサミュエル・ロックスミス大統領はエレボニア帝国政府へと講和を打診。
リベール王国アリシア女王が仲介を行い、鉄血宰相は強者の度量を以てこれを受諾。
七耀暦 1206年7月10日
リベール王国アリシア女王仲介の下、帝国と共和国の間で数日に渡る議論の末和平条約が締結。
共和国は帝国への賠償金の支払い、帝国のクロスベル及びノーザンブリアの併合の正式な承認を行うこと
そして帝国は先の戦いで出た捕虜を総て共和国へと返還する事、そして共和国の費用にてタングラム要塞に取り付けた列車砲を解体する事によって決着となった。
前者はともかく*1後者に関しては幾ら何でも譲歩し過ぎではないかとの声も挙がったが、鉄血宰相はそれらを押し切った。
交渉にあたって共和国側にも華を持たせてやらねば、共和国が納得しないという理由も勿論だが、何よりも既にタングラム要塞に列車砲を取り付けた目的が達成されたというのが大きかった。
そして消去法によって政権に返り咲いたロックスミスと異なり、もはやギリアス・オズボーンの立場は多少の譲歩で揺らぐ程に柔なものではない。多少の貸しを作る程度の余裕が、帝国側には存在したのだ。
かくしてクロスベルの独立騒動以後長らく緊張関係にあった帝国と共和国の対立は此処に一応の決着を見て、両国の全面戦争はギリギリのところで回避される事となったのであった……
オリヴァルト副宰相「アルフィン!知事閣下!我々で戦争を食い止めるためにジェットストリームアタックをかけるぞ!」
アルフィン皇女「はい、お兄様!」
レーグニッツ知事「お任せ下さい殿下!」
セドリック皇太子「・・・・・・・・・・ギリッ」