バルフレイム宮の一室。そこでエレボニア帝国における最も尊き血脈、皇族アルノール家は久方ぶりに一家勢揃いでの会食を行っていた。
黄金と水晶の色に輝くシャンデリアに彩られ、天然木材のテーブルには純白のテーブルクロスが敷かれており、その上には銀食器に添えられた様々な料理が並ぶ。調度品、料理の素材、料理を作った料理人、総てが帝室お抱えの帝国でも最高峰の職人たちが携わったものであり、その後ろには染み一つ、皺一つないスーツやメイド服を着こなす使用人達と護衛を努める帝国軍最高峰の精鋭が集う衛士隊の面々が備えている。
「セドリック、学院での生活はどうだ」
「至って順調ですよ父上。学友にも恵まれ日々充実しています」
「そうか、それは何よりだ。彼の者は多忙を極める身でありながら、そなたの我儘を聞き入れてくれたのだ。くれぐれもその事は忘れぬように」
「ええ、無論それは十々承知しております。父上の騎士にして我が帝国の誇る英雄が直々に指南して下さるという幸福を忘れたことなど決してありませんとも」
皇帝と皇太子、二人が交わす会話はおおよそ平凡と言える内容であった。
学校の調子はどうかと問いかける父親に問題はないと答える息子。そんなどこの家庭でも広がるありふれた光景だ。
それも当然と言えば当然だろう、今この時間は公務の時間ではなく家族としての時間なのだから。
「やれやれセドリックと来たらすっかりとリィン君にぞっこんになってしまったね。
小さい頃は私のようになりたいと言ってくれたというのに、兄としては少々哀しいものがあるね」
「無理もあるまい、アレは帝国男子の理想像を体現したかのような男だ。セドリック位の年頃ならば憧れて当然だろう」
そう、ユーゲントはオリビエを宥める。
自分もあんな風になりたかったという羨望と自分は決してああはなれぬだろうという諦観、双方をその言葉の中に秘めて。
「うむむむむ、確かにリィン君は素晴らしい若者だ。だがしかし、私としても兄の意地とそして何より美を愛する者としての意地というものがある!どうだいアルフィン、リィン君と私だったら」
「そうですね、リィンさんとお兄様でしたらリィンさんの方ではないでしょうか」
「ギャフン」
無慈悲なる妹からの即答にオリビエはその場に突っ伏す。
「アルフィン、ただの噂だとばかり思っていたけど貴方ひょっとして……」
「あ、いえ違いますよお母様。あくまで一般論としてであって、そういうのじゃありませんよ。
大体もうリィンさんはご結婚されているじゃありませんか」
「確かに、リィン先生はこの休暇でアルティナ君や奥さんと一緒にセントアークに家族旅行に行くって話だったし、アルフィンの事なんて端から眼中に無い位奥さんと仲睦まじいみたいだしね」
「ちょっとセドリック、何よその言い方。それだと私が片想いしていたけどフラれたみたいじゃない」
「アレ?違ったのかい?」
「違うわよ!全くもう、いつの間にこんな生意気を言うようになったのかしら」
すっかりたくましく育った、姉としてみると生意気になってしまった双子の弟へとアルフィン皇女はその可憐な笑顔を少しだけふくれさせる。
「当然だろう?僕はこの国の皇太子であり、かの獅子心将軍からの薫陶を受けたんだから。何時までも姉のスカートの陰に隠れていたりなんてしないさ」
ーーーそうだ、兄上でもアルフィンでもない。
だからこそ、もう何時までも双子の姉に助けられているような情けない男で居るつもりはないとセドリックは確かな自負と共に告げる。
「そうだな、セドリックもそうだがアルフィンもオリヴァルトも皆立派になったものだ。父として心より誇らしく思うよ」
「お父様……?」
「どうしたのですか急に。改まってそんな風に言われると少々気恥ずかしいものがあるのですが」
「何、セドリックの成長した姿を久方ぶりに見て父として少々感じいるものがあっただけの事よ。
セドリックはトールズでは首席と聞いているし、アルフィンとオリヴァルトはレーグニッツと協力して暴走する民を見事諌めた。
ーーー本当に大したものだ」
父からの褒め言葉、それを受けて照れたような表情を浮かべる兄や姉とは対照的にセドリックは笑顔を浮かべながら、テーブルの下で静かに拳を握りしめる。
首席の座ーーーそれが一体何だと言うのだろうか。そんなものは些事だ。
少なくとも兄と姉が為した功績と比べれば。
積み上げなければならない、自分こそが皇帝に相応しいのだと周囲を納得させるだけの功績を。
兄でも姉でもなく自分こそが皇帝になるのだから。
強く強くーーー強くセドリックは決意と共に己が手を握り続けるのであった……
・・・
ラマール州の州都オルディスにて屋敷を構えるラマール州の名門イーグレット伯の邸宅。
久方ぶりの帰省を果たしたミュゼ・イーグレットは祖父母との再会を果たしていた。
「どうかなミュゼ、かの獅子心将軍殿と間近で接してみての感想は」
「なんと言いますか、自分がただの小娘に過ぎない事を痛感させられた気分です。
総身にみなぎる覇気に遠くまで見据えた深慮遠謀、帝国の英雄、アルノールの守護神、そうした異名が総て誇張等ではなかったと思い知らされました」
オリヴァルト・ライゼ・アルノールにリィン・オズボーン、鉄血宰相の野望を食い止めんと動いている二人の傑物の姿を思い浮かべ、ミュゼは断じる。自分は未だあの二人に遠く及んでいないと。
自分には特別な才能があると自負しているし、それらは決して思い上がり等ではないと思う。
だが、しかし10年後、20年後はともかくとして今の自分は到底あの二人に及んでいない。
それは積み重ねた人生経験の差が齎すものであった。
「ふふ、だから言ったであろう。遠くに思いを馳せるのも良いが、そなたはまず恋の一つや二つに胸をときめかせ、友を作り、多くの事を学ぶべきだとな」
「全く以てお祖父様の仰る通りです。私が何とかしなければ、等と余りに思い上がっていたとそうリィン将軍やオリヴァルト殿下と会って実感致しました」
「良い良い、そなた位の年の頃はそう思いがちなものだ。ましてそなたのように特別な才を持っていればな」
娘が嫁ぎ本来であれば自らが次の主君として仰ぐ事となるはずであった義理の息子たるアルフレッド・ド・カイエン。名君間違いなしと謳われた彼の血を目前の孫娘は間違いなく受け継いでいた。
それこそ彼女がカイエン公になれば、長きに渡る公爵家の中でも屈指の名君と謳われたであろうと思える位に。
だが、それはあくまで多くの経験を経て成長した後の話だ。
今の彼女はどれほど優れた才覚を有していようとも、未だ成人も果たしていない子どもに過ぎない。
かの鉄血宰相、そして翡翠の貴公子を相手取るというのは些かに荷が勝つというものであろう。
そんな祖父からの温かい眼差しを受けてミュゼ・イーグレットは羞恥で頬を少しだけ赤く染めながらも久方ぶりの家族との時間に安らぎを得るのであった……
・・・
揺れる列車の中でアルティナは流れ行く景色を眺め続ける。
かつであればさして興味を抱かなかったであろう光景、それらが今の彼女には何もかもが新鮮に写り、心がときめくのをアルティナは感じていた。
座っている座席は流石は一等車というべきかふかふかでゆったりとした空間になっている。
「どうだアルティナ、飛空艇や専用車両に比べれば速さという点では劣るものの、こういう移動も風情があって中々のものだろう」
帝都から飛空艇を使って行く方が合理的ではないかーーーそんな風に提案した自分に対して「旅行というのはその道中も含めての旅行だ。ゆっくりと列車で移動するのも景色が楽しめて中々乙なものだぞ」と応えたアルティナの保護者はそう、先程から流れ行く風景を眺める娘へと穏やかな声で語りかける。
「はい、仰る通りでした」
和やかに会話をする夫と義娘の姿にトワは少しだけ苦笑する。
かつて道中も一心不乱に専門書を読み耽る学生時代の夫の姿を思い出して。
あの頃と随分と態度が変わったなと感慨深さを抱いて。
「……なにか言いたい事でも?」
「いいえ、なんにもありませんよ。ただリィン君とこうして一緒に旅行だなんて久しぶりだなーって思っただけ」
「その件については申し訳ない、単身赴任が多い夫で」
「ううん、良いよ。リィンくんがそういう人なのはわかっていたし、その上でこうやってちゃんと一緒に居てくれる時間を作ってくれているんだから」
にこやかな笑顔を浮かべる最愛の妻の笑顔にリィンは最近例の声のせいでささくれだっていた心が癒やされるのを実感していた。リィンがセントアークを訪れるのは魔女の長たるローゼリアとコンタクトをとって情報を入手するためだが、それはそれとして愛する妻と義娘と共に存分にこの旅行を謳歌する気も満々であった。
だからこそせっかくの旅行だからと列車の移動に際しては一等車両を利用したし、セントアークでの滞在時は貴族階級御用達の超高級ホテル《オーガスタ》のスイートルームを既に予約している。リィンにしてもトワにしても浪費家というわけではなかったが、過度な吝嗇家では無く、ひたすら増え続ける口座の金額を見てニヤけるような趣味は持っていなかった為、こうした時に奮発する事にはどちらも異論はなかった。
そんなわけ家族三人楽しい旅行の真っ最中なわけなのだが……
「あの、ひょっとして私はお邪魔だったでしょうか……?」
先程までの楽しそうな様子はどこへ行ったのか、アルティナが不安一杯の瞳で問いかける。
久方ぶりの夫婦水入らずの時間、自分はそれを妨害する所謂おじゃま虫なのではないかとそんな危惧を抱いて。
「「そんなわけないだろう(でしょう)」」
そしてそんな風に妙な気を回した義娘の頭を優しく撫でながら二人の夫婦はどこまでも優しい声で諭すように告げる。
「親が子どもを邪魔になんて思うはずがないだろう。
君は俺と彼女の大切な義娘なんだから」
「そうだよアルティナちゃん、変な遠慮はなし。家族なんだから、ね」
告げる二人の言葉はどこまでも穏やかで一切の嘘はなかった。
そしてその掌から伝わり温もりにアルティナは先程抱いた不安が霧散していくのを感じる。
その後、列車はテロリストに占拠されるなどという異常に見舞われる事もなく、無事セントアークへと到着するのであった。
親孝行は親が生きている内にやっておこう