やることが明確になったリィン・オズボーンの動きは早かった。
まずは内戦の折、火炎魔人との死闘で呼吸器に損傷を負った光の剣匠の治療、それをローゼリアへと頼んだ。
光の剣匠ヴィクター・S・アルゼイドは紛れもない帝国最強の一角にして一騎当千の使い手。
そのコンディションをベストにしておくのは必須と言える。
あらゆる名医でも匙を投げたダメージだったが、魔女の力を以てすれば可能性はあると踏んでの事であった。
頼み込まれたローゼリアは「きがるにいってくれるなぁ」等と言いながら快く引き受けてくれ、おかげで光の剣匠の治療は順調に進んでいた。
続いては妻であるトワへと秘密裏に繋がっている同盟相手であるオリヴァルト皇子への伝言をお願いする。
「以上のことから、宰相閣下が皇族の弑逆を企んでいる可能性は極めて高い。
そしてその対象となる可能性が最も高いのはオリヴァルト皇子だろう、くれぐれも身辺には注意するようにと伝えて欲しい」
副宰相を務めるオリヴァルト・ライゼ・アルノールはエレボニア帝国に於いて数少ないギリアス・オズボーンへと対抗しうる存在であり、その外交スタンスは穏健的な物であり、リベール王国のアリシア女王やクローディア王太女とも親しい間柄にあり、まず以て戦争が起ころうとしていた場合は回避に動こうとする人物の筆頭だ。宰相の目論見が全面戦争にあるのならば、オリビエを共和国の仕業に見せかけて暗殺するのが最も効果的だ。
「それと君自身も十分に注意してくれ」
「うん、リィン君の方もね」
「これでも帝国最強等と言われているんだ。そう滅多なことでは遅れは取らないさ」
そうしてリィンは妻を安心させるように力強い笑みを浮かべる。
祖国とそこに住まう多くの民を守りたいと思うリィンの心に何一つとして偽りはない。
だけど、それでもリィン・オズボーンが何よりも守りたいと願うのは目の前の最愛の妻が笑って暮らせる世界にほかならないのだ。
だからこそ、たった一つではない総てを守り抜いてみせる。国も民も妻も娘もーーーそして自分自身も。
それこそが守護の剣の真髄なのだから。
だけど、それを為すにはたった一人では無理だ。
多くの助けが必要だ。
(だからそう、そのためにもまずはーーー)
リィンの頭に浮かぶのは二人の人物。
自分にとっても縁深く、多くの事を教わった師でも有り、それこそ実の姉、兄のようにすら思っているーーー鉄血宰相の腹心と目されている二人だ。
クレア・リーヴェルトとレクター・アランドール、この二人を味方に引き込む事こそが真っ先に行うべき事であった……
・・・
「やっほーリィン!それにトワもー久しぶりー!」
「お邪魔しますね」
「おーっす、邪魔するぜ」
明るさ一杯と言った様子でミリアム・オライオンはドアを開けて入ってくる。
そしてそれに続く形でクレアとレクターの両名も入ってきて、この日招いた賓客が総て出揃う。
「わーご馳走だー!」
トワとリィン、二人で用意した料理にミリアムが目を輝かせる。
士官学校時代は料理部に入っていたようだが、この少女は基本的に作るよりも食べるほうが好きの典型である。
「しかし大したもんだねぇ、20歳でこんな邸宅構えるだなんて」
「まあ金銭面で不自由している事は一切ありませんからね、最愛の妻の安全を買っていると思えば安いものです」
リィン・オズボーンとトワ・オズボーン、そしてアルティナ・オライオンが住まう邸宅は帝都に於いても高級住宅が立ち並ぶ《サンクト地区》に存在する。この地区にはかのアストライア女学院やヘイムダル大聖堂がある関係上、常時兵士が警備の為常駐しており、帝都でも指折りの治安の良い地区である。
母を失った事件が半ばトラウマとなっているリィンは最愛の妻であるトワの身の安全には気を遣い過ぎと言えるほどに気を遣っている、地価が高いにも関わらず新居をわざわざこのようなところに用意したのもそのためだ。此処ならば先ず以て猟兵の襲撃を受けるーーー等という事は無いはずであった。
「わーおリィンってば男前!」
「真面目な話、恨みを買っていないとは到底言えない身だからな。必要経費という奴さ」
そうリィン・オズボーンは何せ帝国の英雄なのだから。
築き上げた栄光は他国の兵士の屍によって築き上げたものだ。
自分が死ねば喝采を挙げるであろう人間は万を超える事は間違いない。
それこそ真に共和国が暗殺を狙ってくる可能性が十分に有り得る立場であった。
「リィンってば凄く出世しちゃったもんねー獅子心将軍だっけ?にしし、おじさんもさぞかし鼻高々なんじゃないかなー」
「……そうだと良いんだがな」
一切の衒い無い義妹の笑み、それを何処か眩しいものを見つめるかのようにリィンは目を細める。
随分と遠くへ来たものだと、リィンは思う。
母のような悲劇を繰り返させない、父に自慢の息子だと褒められたいーーーそれがリィン・オズボーンの原点であった。
トールズに入るまでリィンの抱く思想は父の受け売りだった。親友に指摘された通り、それだけリィンにとって父ーーーギリアス・オズボーンは絶対の存在だった。
そんな自分が今ではこうして父に刃を突きつけるために、父の腹心たる義兄と義姉の引き抜きをやろうとしているのだ。随分と変わったものだと思う。しかし、今更躊躇うわけにはいかない。
父が本当に世界を破滅に導こうとしているのはそれを止めるのが息子である自分の役目なのだから。
(そう、何故ならば子は親を超える物なのだから……)
兄弟たちと談笑を行いながらもリィンは静かに決意を固めていき、そんなリィンの態度にクレアとレクターも何かを覚悟したような面持ちとなり
「美味しいーーートワってば本当に料理上手だねーーーー」
ただ一人末の妹だけはそんな空気等一切しらぬかのように満面の笑みで料理を頬張るのであった……
・・・
「以上が宰相閣下ーーーいいや我らが父の目論んでいる事だよ」
そうしてリィンは語った。
父ギリアス・オズボーンの目的が何処にあるのか、ギデオンの残したディストピアへの途にて洞察されていた内容を。それを本人に問い質して、否定しなかった事を。そしてーーーローゼリアより聞き出した内容を総て。
重苦しい沈黙がその場を包み込んでいた。
常にどこかおちゃらけたレクターでさえ顔をしかめ、クレアに至っては蒼白そのものといった様子だ。
「………何かの間違い、ではないのですか?」
縋るような瞳でクレアがリィンへと問いかけてくる。
こんなにも弱々しい姿の義姉を見るのは初めてだとリィンは思った。
「間違いであれば、良かったんだけどね……だけど義姉さんだってわかっているんだろう?これが事実だという事位」
「・・・・・・・・っ!」
クレアの顔が悲痛に歪む。
クレア・リーヴェルトには統合的共感覚と呼ばれる超感覚が存在する。
そしてそれらが義弟の語った内容が決して嘘ではない事を指し示していた。
「それで……お前は決めたんだな」
「ああ、帝国軍人としてーーー何よりもあの人の息子として俺はギリアス・オズボーンを止める」
今一度、自らにも言い聞かせるように強くリィンは宣誓する。
「そしてそのために三人にも俺に協力して欲しいんだ」
クレアとレクターは思案するかのように目を閉じる。
恩人でもある偉大なる義父ギリアスか、それともその義息子たるリィンか。
来るべき時が来たというべきだろう。
ギリアス・オズボーンとリィン・オズボーン、この両者の間に溝が生じ始めていた事はクロスベルの時に既に察していた事であった。
そして不甲斐ない義兄と義姉が立ち止まっている間にも義弟は進み続け、朧気ながらもギリアスが何を企んでいるかを突き止めた。ずっと先送りにしていた決断すべき時が来たということなのだ。
「うん、わかった。僕はリィンに協力するよ」
そして迷う二人を差し置いて、またもや彼らの義妹が先へ往く。
「……良いのか?」
「うん、だってリィンはあの皇子様と実は手を組んでいたんでしょ?
それで七組の皆はあの皇子様に協力している。だったら僕はリィンに協力するよ。だって僕も七組なんだから
おじさんには少し悪い気もするけどーーーま、これまでの働きで十分に義理は果たしたよね!」
「ああ、そうだな。お前程の孝行娘はそうは居ないだろうさ」
「だよね!だよね!それじゃあ改めてよろしくねーリィン義兄ちゃーん!」
イェーイ等と言いながらミリアムはリィンとハイタッチをする。
基よりミリアム・オライオンはギリアス・オズボーンへの恩義というものはそこまで重くはない。
決して浅い関係であったわけではないが、それでもどちらかと言えばミリアムのほうがギリアスの手助けをしていたと言っていい物であり、トールズで仲間と過ごした時間が彼女を大きく成長させていた。
故に彼女の親離れはある種時間の問題であったのだが……
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
問題はギリアスに対して大きな負い目のある二人であった。
「……なぁ、お前は何でそこまで出来るんだ?」
ポツリとレクターが呟く。
そこにいつものおちゃらけた態度は無く真剣そのもの様子であった。
「餓鬼の頃からお前の事は見てきたからな。
お前があのおっさんの事をーーー父親の事をどれだけ尊敬していたのかは良く知っている。
それだけじゃねぇ、お前ならよくわかってんだろ。あのおっさんがどれ程に化物染みているかは。
しかもそれだけじゃねぇ、その後ろには至宝だなんてもんまでついているんだ。
勝ち目なんぞ0に近いーーーそれはお前が一番良くわかっているんだろ?」
レクター・アランドールの頭に浮かぶのは忘れもしない実の父と交わした最後の言葉。
『これで我が家も領地持ちだ』そんな風に告げる父を自分はかつて黙って見送った。
一体何が起こるのかを半ばわかりつつも、自分に何が出来るわけでもないとそう思って。
そうーーー世の中にはどうしようもない事があるのだとそんな風に自分に言い訳をして。
「そうだね……俺はあの人の息子だ。
だからこそ俺が止めるんだよ。大切な人が過ちを犯しているなら全力で止めるーーー当然の事だろう。
それにこれは勝算があるかどうかが問題となる次元の話じゃない。諦めず抗うか、それとも諦めるか。そのどちらかでしか無い。そして俺は諦めるつもりはない、それだけの事だよ。
今の俺は父にあこがれていただけの小さな子どもじゃない、祖国を護ると誓い、その身命を捧げた軍人なんだから」
迷いを飲み干した力強い言葉。
両眼に強い意志を宿してこちらを見つめる義弟の姿をクレアとレクターは眩しい思いで見つめる。
そんな二人を不意にリィンは優しい瞳で見つめて
「そして俺が此処までなれたのは二人のおかげだよ。
俺の母さんの死に父親が関わっていただとか、死んだ弟を俺に重ねていた事とかそんな事は関係ない。
あなた達二人に助けられ、導かれた結果今の俺があるんだ。だから、ありがとう。レクター義兄さん、クレア義姉さん」
「リィンさん……」
「お前、どうしてそれを……」
ずっと抱いていたリィンに対する負い目。
それをあっさりと何事も無いかのように告げられた事でクレアとレクターは驚愕した様子でリィンを見つめる。
ミリアムは何がなんだかわからない様子で頭に疑問符を浮かべている。
「別段二人の過去を意図して探ったわけじゃないんだ。
ただ流石に皇太子殿下と同じクラスになる生徒や自分の副官の身辺調査をするのは当然の事だろう?」
「「あ……」」
リィンの言葉に2人は迂闊だったと言わんばかりに呟く。
そう考えてみれば当然の事ではあったのだ。
ミハイル・アーヴィング、首席副官を務める事となったクレア・リーヴェルトの従兄の事をーーー
アッシュ・カーバイド、セドリック皇太子と同じクラスとなるこの少年の事をーーー
リィンが調査をさせる事は。そして獅子心将軍リィン・オズボーンは皇帝陛下の信認厚き、軍の重鎮たる将軍なのだから。望めばひと通りの情報を入手する事など至極容易いのだ。
二人の心境はと言えば、奇妙なものであった。ずっと負い目を抱いていた。何時か話さなければならないと思っていた。しかし、目前の義弟は当の昔に知っていた。知っていてその上で以前と変わらぬ態度をとっていたのだから。
「……お前の幸せをぶち壊したのは俺の親父だぜ。しかも俺は親父のやらかす事を半ば知りながら見過ごしたんだ」
「当時の貴方の年なんて10歳程度じゃないか。そんな子どもに何が出来る。俺だって10歳の頃なんて親に歯向かおうなんて思いもしなかったさ」
「私は貴方をエミルの……死んだ弟の代わりのように……」
「それでも貴方の優しさに俺は救われたし、憧れた。そこに偽りなんて無かったと思っている」
罪悪感に顔を歪ませる二人に偽りなど何一つとして無い笑みをリィンは浮かべて
「改めて言うよ、俺にとってレクター・アランドールは大切な義兄で、クレア・リーヴェルトは尊敬する義姉だ。
だからこそ、俺は貴方達とは戦いたくない。俺たちの父を止めるために、一緒に戦って欲しいんだ」
万感の思いを込めて告げられた言葉にクレアとレクターは泣きそうな顔になって
「ずるいですよ……そんな事を言われたら、断る事なんて……出来ないじゃないですか……」
「ったく……本当に……これじゃ義兄貴として立つ瀬がないじゃねぇか……」
静かに義弟の力となる事を誓うのであった……
リィンを鉄血の子どもにした大きな理由は今回の話をやるためでも有りました。
レクターとクレア、結局原作に於いては親離れすることの出来なかった彼らの心に言葉を届かせる事が出来るとすれば、それは彼らと同じ鉄血の子どもの立場として、ギリアスを深く敬愛していた場合のリィンが親離れを果たしてこそだろうと。
これで大分戦力が充実してきましたね!勝てる!勝てるんだ!!!