獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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前話でハブられていた長男の話です。


禁断の果実

「ルーファスよ私の跡を継ぎ、アルバレア家を背負う。それこそがお前の存在価値だ。

 それが出来ぬのであれば貴様に価値など無い、良いな。努々その事を忘れるでないぞ」

 

 物心をついた時、ルーファス・アルバレアが父たるヘルムート・アルバレアに与えられた言葉はただそれのみであった。他に父親らしい愛情めいた言葉を受けた記憶ーーーそんな物はルーファスの心の中には一片たりとも存在していない。父だけではない、母親もそうだ。ルーファスの母はルーファスを産んですぐに“事故”によってこの世を去っており、そんなわけでルーファス・アルバレアという男は碌に家族の愛情というものを受けずに育った。

 物質面では一切不自由した事はなかった、だがこと精神面の充足というものをついぞルーファスは幼少期に覚えた事はなかった。それでもルーファスは来る日も来る日もアルバレア家次期当主として受ける英才教育に精力的に取り組み、その道の第一人者たる教師たちが舌を巻く程の優秀さを見せつけた。ーーー次期当主に相応しい様を見せれば父も褒めてくれるかもしれない、そんな純真さを幼少期のルーファスはまだ残していた。しかし、教師たちがルーファスを褒めてもヘルムートが喜ぶ様子を見せる事はなかった。

 

ーーーどうして、どうして父上は僕を認めてくれないんだ。僕は貴方に言われている通り、アルバレア家次期当主に相応しき様を示し続けているというのに!

 

 心の中に浮かぶ父への不満を必死にかき消しながらルーファスはあらゆる分野で完璧(・・)足らんと必死に努力し続けた。

 

ーーーまだだ、父上に認めてもらうにはまだまだ僕の努力が足りないんだ

 

 そう自分に言い聞かせながら、一心不乱に学問、剣術、作法、ありとあらゆるものに全霊となって打ち込んだ。

 誰もがそんなルーファスを讃え、これでアルバレア家は安泰だと顔を綻ばせた。ーーーされどルーファスが最も認めて欲しい人物がルーファスを褒める事はついぞ無かった。

 

ーーー何故、何故だ。どうしてだ。どうして父上は僕を認めて下さらない!

 

 焦燥感が募り始めたルーファスの努力は勤勉という言葉などでは到底評すことの出来ない、常軌を逸した領域へとなり始めた。

 そんなルーファスの様子が痛ましかったのだろう、幼少期からルーファスの成長を見守ってきたアルバレア家の家令たるアルノー・ジルベルトはヘルムートへと願い出た。

 

「差し出がましい事を百も承知で言いますが、ヘルムート様。

 一言で構いませぬ、どうかルーファス様に労いの言葉をおかけ下さいませぬか?

 ルーファス様は誰よりも貴方からのお言葉を欲しているのです」

 

 長年公爵家に仕えている忠臣からの言葉にヘルムートはしばし思案するかのような態度を取った。

 しかし、やがて静かに渋面を作り頭を振って告げた。

 

「無理だアルノー、お前だけは知っているはずだアレ(・・)が私の本当の息子ではないという事を。

 アレは確かに優秀だ、もしもアレが真実私の血を引いた息子であれば私とてお前に言われずとも労いの言葉の一つや二つとてかけただろうさ。

 だが、無理なのだ。アレの存在こそが我が妻が我が弟を相手に不貞を働いていたという揺るぎの無い証拠。

 我が公爵家の汚点(・・)だと思うとどうしても私はアレに優しい言葉をかける気になれんのだ」

 

 扉越しにその言葉を聞いていたルーファスはその場から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえ、自室へと戻った。

 

ーーー母と叔父の不貞の証拠?僕が?公爵家の汚点?誰よりも公爵家当主として、父上の息子として相応しくあろうとしていたこの僕が?嘘だ……こんなのは嘘だ……

 

 そう必死に自分に言い聞かせようとしてもルーファスは先程の父のーーー否、伯父の言葉が嘘ではない事を理解していた。

 何故ならば、そうであれば総て説明がついてしまうから。更にアルノーはそんな伯父の言葉を否定しなかった。

 どこかやりきれなさそうな複雑な思いをその瞳に宿しながらも、ただ一礼して結局引き下がった。

 

「ハハ……ハハハ……アーーハハハハハアハハハアハハハハハッハッッッッハハハハッッッッハッッハ」

 

 狂ったような笑いをルーファス・アルバレアはあげ続けた。

 何もかもがバカバカしく思えてきた。

 伯父を父と思い必死に努力を重ねてきた自分自身も。

 絵に描いたように貞淑な貴族令嬢であったはずが不貞を働いた母も。

 醜聞を気にして甥を息子として扱わねばらぬ伯父も。

 ーーー何よりもそんな事を強いる貴族社会総てが。

 

「ソウダ……滅ボセ……総テヲ……」

 

 瞬間ルーファスの心に聞こえ始めるのは自身を深淵に引きずり込まんとする呪いの言葉。

 ルーファス・アルバレアという男の抱えた闇、それを捉えてその影はルーファスを落とさんとする。

 

「ーーー生憎だがこの辺りの過去はとうの昔に乗り越えていてね。今更この程度で動じる程に私は繊細ではないのだよ」

 

 しかし、それを優美なる貴公子は振り払う。

 生ぬるいぞ、思春期の少年ではあるまいし、その程度の事で今更一体誰が動じるかと。

 

「これが騎神の第二形態……多くの起動者を奈落へと突き落とした魔の形態等と言うから、どれほどの物かと身構えていたが……造作もない。この程度さえも乗り越えられぬとは、歴代の起動者というのは存外腑抜けが多かったのかな?」

 

「ソウハ言ウガナルーファスヨ……ソレハドチラカト言エバソナタガソレダケ隔絶シテイルコトノ証左デアロウ」

 

「そうかな?少なくともこの程度、そよ風程度にしか感じずに確固たる意志で以て突き進む存在が二人ほど心当たりがあるが……まあ良い。第二形態へと到達するという目標は果たした。次回は第三形態への到達を目指すとしよう、ではなエル・プラドー」

 

 愛機を降りたルーファスはその外套を翻し、兵たちの敬礼を受けながら格納庫を跡にする。

 そうして総督府の執務室へと戻り、一心地つくとポツリと呟いた。

 

「勝てぬな、このままでは」

 

 ルーファス・アルバレアはあらゆる分野に秀でた才を示し、超一流と称するに足る男だ。

 その剣の腕も貴族の道楽等とは到底言えぬ領域であり、帝国で十指以内に食い込みうる程の使い手だ。

 更に加えてこの短い間に第二形態へと至り、恐らくそう遠くない内に第三形態にも至るだろう。

 “天才”という形容があるとすればそれはこの男の為にあるとさえ言っても過言ではない。

 

 だが、それが一体何だと言うのか。

 ルーファスが挑まんとしているのは“天才”程度で太刀打ち出来る程生易しい存在ではない。

 総ての分野に於いてルーファス・アルバレアは未だ超克を願う真の父に及んでいない。

 そしてその差を埋めるには生半可な正攻法では無理だろうと、ルーファスは踏んでいた。

 常に余裕に満ちた表情を浮かべているが、その実ルーファスにもそれほど余裕があるわけではない。

 何せルーファス・アルバレアは王者ではなく、挑戦者なのだから。

 ゆっくりと思考を整理する。果たして自分が勝つには如何なる手を打つべきかを。

 

(あるいは、此処は一先ず彼と手を結ぶべきか……?)

 

 ルーファスの頭に過ぎるのは獅子心将軍の異名を持つ若き義弟の存在。

 先ずはリィンと共闘する事で、鉄血宰相を打倒する。

 そしてその後で改めて真の後継がどちらかを決めるーーー現状それがルーファスの思いつく中では最も有効と思える手である。

 ルーファス・アルバレアは帝国宰相として政治の頂点に君臨し、リィン・オズボーンは帝国元帥として軍の頂点に君臨し、神輿となるオリヴァルト皇子は皇帝として権威の頂点へと君臨する。

 三者がそれぞれの分野に於ける頂点に立ち帝国を共同統治していくーーーそれはそれで悪くはない(・・・・・)未来に思えた。

 そう、悪くはない(・・・・・)未来だ。ルーファスが真に望んでいる未来ではない。

 ルーファスが真に望んでいる事、それは好敵手である獅子心将軍を下し、その上で父へと挑み、乗り越え真実の意味で自身が頂点へと君臨することだ。ーーーそうする事でルーファス・アルバレアはアルバレアの道具としてではない真の意味で己という存在がこの世へと生まれ落ちた意味を証明する事が出来る。

 

(彼と手を組んでの勝利……それは真の意味での私の勝利ではない。

 その場合の私の立ち位置はリィン・オズボーンという英雄の盟友という立ち位置で終わるだろう)

 

 主役となるのはあくまで鉄血宰相の実の息子たるリィン・オズボーン。

 ルーファス・アルバレアという男はそんな英雄の盟友として讃えられ、英雄の添え物としてその名を残す事となるだろう。

 それがルーファスには我慢が出来ない。何のことはないルーファス・アルバレアが勝ちたい相手とはギリアス・オズボーンだけではない、その息子たるリィン・オズボーンにもなのだ。

 無論、これはルーファスの個人的な感傷であり拘りだ。ルーファス・アルバレアがもしも帝国の忠臣としての生を全うしようと思うのならば、そのような拘りは捨て去るべきだろう。

 だが、ルーファスにはこの自らの中に芽生えた欲を捨てるつもりなどさらさら無かった。

 

(そう、私は勝ちたいのだ。あの二人に)

 

 その結果敗れ去って、愚かしい大罪人謀反人としてその名を残す事になったとしてもルーファスは一向に構わなかった。そも戦いとはそういうものだろう。勝者は栄光を手に入れ、敗者は総てを失う事となる。そして自身が敗北して公爵家の醜聞が明るみに出たところでルーファスはむしろ望むところだ。ーーー消え去ってしまえば良いのだ、自身を縛り付けた下らぬ家の名誉等。

 

(さて、そうなって来ると私が打つべき手はやはり……)

 

「お初にお目にかかります、クロスベル総督ルーファス・アルバレア殿。

 結社身喰らう蛇が使徒第三柱《根源》のマリアベル・クロイスと申します」

 

「これはこれは、渡りに舟とはこの事かな。待っていたよ、マリアベル殿」

 

 突如として自身の執務室へと現れた人物、それを前にしても動揺するどころか、むしろ僥倖だと言わんばかりに笑みを浮かべてルーファスは唐突に現れた来客を出迎える。

 

「ウフフフ、中々に剛毅ですこと。我々結社が鉄血宰相の手札を削ぐために貴方の暗殺に訪れたとは思わないのでしょうか?」

 

「ハハハ、もしも君たちが真にそうした手段を取るというのならばそれこそ私等ではなく、劫炎に聖女殿といったそちらの最大戦力を引き連れて宰相閣下を暗殺せんとするだろう。単身で交渉に訪れてきた美しきご令嬢に怯えるほど、私は肝の小さい男ではないつもりだよ。急な来訪であったが為に、饗しの準備が出来ていないがね。望むのであれば、すぐにでも最高級の茶を淹れさせるとしよう」

 

「いえいえ、お構いなく。そう長居をするつもりはありませんので。

 ーーー単刀直入に言います。ルーファス卿、我ら結社と手を組むおつもりはありませんか?

 我らはこれよりそちらの宰相に奪われた幻焔計画の奪還へと動き出します。

 その協力者に貴方にはなって頂きたいのです。資金、情報、裏での政治工作、そうした有りとあらゆる側面に於いて。かつて私どもクロイス家が結社のスポンサーとなっていたように。無論、タダでとは言いません。こちらもそれ相応の見返りを貴方に用意させて頂きます。返事は今すぐにとは言いません。一週間後、今度はきちんとアポイントメントをとって再度訪問させて頂きますので、その時にでもーーー」

 

「喜んで乗らせてもらおう」

 

 闇へと誘う蛇より持ちかけられた取引、それにルーファスは即断を以て快諾の意を伝える。

 流石に予想していなかったのだろう、マリアベルも一瞬ポカンとその目を見開きルーファスをまじまじとその正気を疑うような様子で見つめた後に……

 

「フフフ……ハハハ……アハハハハハハハハハハハハーアーハハハハハハハハ」

 

 その瞳に理解の色が宿ると同時に愉快で愉快でたまらないと言った様子で哄笑を挙げ始める。

 

「なんだ、そういう事ですか……貴方、私の同類(・・)だったんですのね」

 

 そうルーファス・アルバレアとマリアベル・クロイスは紛れもない同類だ。

 才がある、理性がある、良識があるーーーそしてその上でそれらを自身の大望を果たす為なら平然と捨てることが出来る、そういう存在だ。

 受け継がれた使命等というのをカビの生えた骨董程度にしか思っておらず、祖国や他人がどうなろうと構わないと思っており、自身の大望を果たすためなら平然と他者を踏み台に出来る人非人。

 帝国の双璧等と謳われて獅子心将軍と並び讃えられる若き貴公子の本性がそんな自分と同じものなのだとマリアベルは気がついたのだ。

 

「フフフ、どうやら私はそちらのお眼鏡に叶ったという事で良いかな?」

 

「ええ、それはもう。貴方とならばビジネスパートナーとして良き関係が築けそうですわ」

 

「では、此処に契約は交わされた」

 

「ええ、共に己が大望を果たすために精々利用し合うとしましょう」




正直原作のルーファスは本当にそれで黒&ギリアスに勝てると思っていたのだろうか?って感があったので、此処のルーファスはガチで勝つために色々と下準備をしています。ルーファスの所持しているのは金の騎神で、マリアベルが目指しているのはアルス・マグナ(黄金錬成、大いなる秘術)、もうこれは二人に心温まる盟友関係を築いて貰うしか無い、そう思ったわけです。
ギリアスパパは地精と組み、ルーファスは結社と組み、リィンは魔女の眷属と組んだ。つまり……三つ巴の形になるな。
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