獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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堅実な手を打っていて勝てるのは優位な側。
劣勢の側が勝つにはリスク承知で攻める必要があります。


獅子戦記第4部-Spiral of Erebos-
ラストステージ


 七耀暦 1207年

 エレボニア帝国は黄金時代の真っ只中にあった。

 クロスベル併合、ノーザンブリアの併合、そして宿敵たる共和国相手の鮮やかな戦勝により、西ゼムリア大陸に於ける帝国の覇権はもはや揺るぎない物となった。「平和とは対等の友人同士の固い握手よりも絶対的優位に立つ強者が治める方がより強固になるものである」、帝国学術院所属のファニー・ヴァレンタイン教授はそのように評して「パクス・エレボニア」ーーー自分達の偉大なる祖国がこの大陸に永きに渡る秩序と平和を齎すのだと訴えた。無論、それは当然エレボニアにとって都合の良い(・・・・・)秩序という意味ではあるが、それでも小国が群雄割拠する戦乱の時代よりは多くの民にとってまし(・・)な時代である事は間違いがなかっただろう。

 

 少なくともエレボニアに併合されたノーザンブリアの民の大半はそう認識していた。なにせ、自治州時代の彼らは餓死者や凍死者が出るのが当たり前という悲惨極まる状態だったのだから。そうした心配が無くなった事を思えば、有り難さに対する感謝で「皇帝陛下万歳!」「帝国万歳!」と叫ぶ事への痛痒等というものは無かった。

 

 最もそれはゼムリア大陸の最貧国等と呼ばれた生きるために形振りかまっていられない状態だったノーザンブリアなればこそと言えただろう。これがゼムリア大陸でも屈指の繁栄を謳歌していたクロスベルの住民に聞けばまた違った答えも返ってくる。クロスベル総督ルーファス・アルバレアはまず以て善政と称して差し支えのない統治を行っていたが、それでも人民の有する権利と自由という観点に目を向ければ、明らかに自治州時代に比べて不自由になったからだ。ある程度の不満が出る事は必然と言えただろう。

 しかし、それでもその不満もあくまで日常的な細やかな愚痴として話される程度で、不自由なれど寄らば大樹の陰と言わんばかりに安定する生活を放り捨ててまで、総督府引いてはその後ろに存在するエレボニア帝国に喧嘩を売ろう等という者は圧倒的少数派であった。それをするには余りにも帝国は強大過ぎたし、命をかなぐり捨ててでも……等と思う程に総督府は悪政を敷いていなかった。むしろ、腐敗に塗れてマフィア勢力が政治家と結託して我が物顔で繁栄を謳歌していたかつてよりも“秩序”という観点で見れば自治州時代よりも良くなったのではないか?ーーーそんな声さえもチラホラとだが挙がりつつあった。

 

 故にこそエレボニア帝国は急速に領土を拡大しながらもほとんど盤石と言えた。ーーー少なくとも外から見れば。

 しかし、外敵相手に勝利した“英雄”に待つのは安息ではなく、次の戦いなればこそあるいはそれも必然と言えたのかもしれない。帝国に勝利を齎した若き英雄、《獅子心将軍》の渾名を以て讃えられるリィン・オズボーン中将及びオーラフ・クレイグ大将、そしてゼクス・ヴァンダール大将を中心とした軍部改革派と参謀総長マインホフ元帥、司令長官シュタイエルマルク元帥、参謀長カルナップ大将ら帝国軍三長官の対立は激化しつつあった。

 

 新兵種たる機甲兵の導入を端に発した両派の対立であったが、本来であれば改革派側の勝ち目など凡そ皆無と言っていいはずのものであった。なにせ軍部の大半を掌握している三長官に比べて、ゼクスにしてもオーラフにしても大将に昇進したのは先ごろの内戦時の功績による成り立て。リィンの方等それこそ未だ成人を迎えたばかりの若造だ。戦場での名将が後方での戦いでも同様に名手とは限らないーーー戦場での戦いが如何に敵を上手く打ち負かすかというものならば、後方での戦いというのは如何にして自分の味方を増やす事が出来るか?という物だったからだ。故に光翼獅子機兵団なる部隊が立ち上がり、それの司令官へと就任した際も彼らは沸き立つ民衆とは裏腹に冷ややかな目を送っていた。新兵器の導入と運用、それがどれ程困難な物か彼らは永きに渡る軍歴から熟知していたからだ。

 

「新兵種の導入と運用にあたって必要なのはベテランの経験ではなく、若さゆえの柔軟性である」

 

 そう言ってリィン・オズボーンが自らの部隊に若手ばかりを集めた事に失笑を漏らした。

 年寄りにとって経験とはすなわち力である。ベテランの経験こそが部隊に確かな強さを齎すのだ。

 成り立てのルーキーと勤続10年のベテランでは、数字上は同じ一人であっても実際に発揮される力に大きな差がある。

 

「軍規によって反抗する事が出来ない部下を嬲るような者はただの卑劣漢と言う。徒に力を振るう者は軍人ではなくゴロツキと言う。指揮官は自らの身を正し、その背を以て上に立つ者として相応しき様を兵に示せ。さすれば兵士は自ずと奮い立ち自らの指揮官を死なせまいと戦う」

 

 そう言ってリィン・オズボーンは上官の部下に対する私的制裁を厳しく取り締まった。

 これもまた多くの者に顰蹙を買った。帝国は武を重んじ、質実剛健を良しとする国であり、それだけに厳しく接すれば接しただけ伸びる、潰れたとしてもそれは潰れた側が軟弱であるという意識が強い。リィン・オズボーンに英雄としての確固たる名声が無ければ、それこそ軟弱者の誹りを受けていたことだろう。

 

「貴族と平民、そんな理由によっていがみ合う時代は既に終わった。生まれも育ちも関係ない。これからは共に手を取り合って戦おう」

 

 そう言ってリィン・オズボーンは貴族、平民、属州出身の別なく公平に取り立てた。

 彼の語っている事は若者の夢見がちな理想論と捉えられた。何事も言うは易し、行うは難し。

 先日まで互いに殺し殺され生じた溝を取り払い、部隊を統率してのける事は凄まじく困難だ。

 部隊を運用した経験がまるで無い若造にはそれらを統御してのける事などまず無理だと判断された。

 

「肉体というのはただ徒に痛め続ければ成長できるというものではない。平時に於いては快適な環境を用意して身体をしっかり休めてこそ、有事に全力で戦う事が出来る」

 

 そう言ってリィン・オズボーンはレミフェリアの医学者とも協議して訓練内容を策定した。

 兵士には清潔な官舎と仕事場を用意し、更にはそこにラインフォルト社が開発した導力クーラーを導入して夏でも快適に過ごせるようにした。これもまた老兵からは顰蹙を買った。平時に厳しい環境に身を於いてこそ有事にも対応出来るというのに、そのように兵士を甘やかしては兵士を弱くすると受け取られた。

 

 失敗するに決まっている。英雄と謳われても匹夫の勇。真実将としての器は有していない。やはり余りにも若く経験が不足している、部隊の運用について余りにも無知だーーー等と誰もが光翼獅子機兵団という部隊は見栄えが良いだけのハリボテに終わる、失敗すると見なした。

 

 しかし、それらの雑音をリィン・オズボーンはただただ結果で以て黙らせた。

 ノーザンブリアの併合、ノルド高原での勝利、そして第三次クロスベル戦役での勝利。

 何れの戦いに於いても光翼獅子機兵団は目覚ましい功績を挙げ、帝国最強にして最精鋭の部隊としての評判を不動のものにした。

 

 そうして確たる実績を手に入れた獅子心将軍は一挙に軍部内の主導権を握りにかかりだした。彼は必死だった。祖国を来るべき破滅から救う為にも何としても軍部を手中に収める必要があった故に。先の内戦の借りによって、三長官は事実上鉄血宰相の傀儡と化したが故に。それらを蹴落とし、オリヴァルトと協力関係にあるゼクス大将、そして自らの養父オーラフを筆頭とした自分達が軍部を抑えておく必要があると確信していた。

 

「恐れながら将軍閣下は些か焦り過ぎではないでしょうか?それほど焦らずとも、どのみち10年もすれば今のお偉方は軒並み引退です。それに対して10年後の閣下は未だ31歳というお若さですし、時間は十分過ぎる程にございます。閣下の理想を実現させるのはそれからゆっくり時間をかけてからでも遅くはないでしょう。閣下の行いが正しくとも、急激な変化というのはそれだけで反発を招くものですから」

 

 腹心たる参謀長ローレンツ少将は年長者として、優秀だがその優秀さ故か何処か焦りの見える年若い上官を諌めた。彼にしてみれば帝国の共和国への優位が確立され、実績と声望に加えてラインフォルト社を始めとする財界とのコネクションも存在し、実父たる鉄血宰相を筆頭とした政界の後ろ盾、そして皇族からの深い信認を得ており、いずれ軍の頂点に立つことが確実視されているこの上官がそれ程までに焦る理由が皆目わからなかったが故に。

 

 三長官を筆頭としたリィンに反発して居る者達とて決してただの無能というわけではない。彼らのリィンに対する反発の原因はつまるところ急激な変化に対する忌避感だ。「貴方達のやっていたことは非効率的だった。こちらの方が効率的ですよ」と言われて「なるほど、そういう事ならばそうしてみよう」等と受け容れる事が出来るののはよほどその提案した人物に対して深い信頼を抱いており、自分よりも正しい判断を下すと信じられる場合位だ。そして彼らには彼らのやり方で成功したという自負が存在し、リィン・オズボーンとは彼らの半分も生きていない若造だ。そんな若造に自分達のやり方を、積み上げてきた人生を否定されて唯々諾々と従う事など出来ようはずもない。何故ならば彼らには彼らのやり方で今日の地位まで登り詰めた確かな自負が存在するのだから。そうした自負無きものが上へ登り詰める事など不可能だから。

 自分こそが(・・・・・)祖国や組織をより良く導く事のできるという信念と自負が無い者はどれだけ優秀だろうと頂点に立つことはない。そうした自信のある者の補佐役に甘んじる事となるだろうーーー最もそれが一概に悪いことだとは言えないが。

 時間さえあればリィンも己が腹心の意見を容れていただろう、当面は今のトップの補佐に周り、力を蓄え、地盤を整える。そうして10年ほど時間をかけて頂点に登り詰めたら、今度はそこから更に数十年かけて改革を行っていくーーーそんな風にかの獅子心皇帝が獅子戦役の終結後にやったように。

 

 しかしリィンの方には急がねばならぬ理由があった。なにせ父である鉄血宰相が地精と組み目論んでいる巨イナル黄昏までそう多くの時間は残されていないと感じていたが故に。軍の頂点に立つのが10年後では遅いのだ、多少の反発(・・・・・)を買おうとも早急に軍部を掌握する必要があった。

 そんな強固な信念を以て突き進むリィンの姿は老兵からの反発も買ったが、同時にそれ以上に若手からの支持を大きく集めた。流石はかの鉄血宰相の後継者だ、と。雑音を物ともせずに鋼鉄の意志で以て突き進むその様はまさしくお父君の生き写し(・・・・・・・・)だと。

 

 そして戦い続けているのは何もリィンだけではなかった。

 副宰相オリヴァルト・ライゼ・アルノールも水面下で着実に自身の勢力を伸長させていた。

 四大名門ーーー否、各地を収める三大名門の領主シーゲル・ハイアームズ、アンゼリカ・ログナー、ユーシス・アルバレアらと協力関係を築き上げていた。

 革新派のNO2であるカール・レーグニッツ知事を筆頭とした革新派の中でも穏健的と言われる政治家と対談し、密やかに帝国政府ーーー否、鉄血宰相ギリアス・オズボーンが《国家総動員法》の導入を目論見、国の総てを我が物にしようとしている事を示唆するなどして水面下でいざという時の協力を取り付けていた。

 司法監察院に所属するマキアス・レーグニッツを始めとする信頼できる監察官達にそれらの調査を頼んでいた。

 

 そうして自らに牙を突き立てんと足掻く若人達の姿を見て、獅子の心を持つ王は愉快げに笑う。

 さあ若者よ、見事この老害を討ち果たし世の礎を築き上げてみせろと。

 

「さあ、それでは始めるとしようか。ルーファス、オリヴァルト皇子、そしてリィンよ。

 帝国のーーー否、この大陸の行く末を決める最後の遊戯の時間だ」

 




外敵との戦争の後には今度は内部での権力闘争!本当に英雄の進む道ってのは地獄だぜーーーーー!!!
本来ならパッパからその辺の地盤全部貰えるイージーモードだったのにね。そのパッパに反旗翻すつもりだからしょうがないね。
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