新Ⅶ:初っ端から「アッハッハ!それじゃあ歓迎パーティを始めよっか!」
うーんこの難易度の差
七耀暦 1207年4月
セドリック皇太子を含むトールズ士官学院222期生は先輩であった221期生を見送り、*12年生となった。
厳しい訓練を乗り越え、トールズ士官学院伝統の地獄の行軍訓練*2も乗り越えようやく一端の士官候補生といった顔つきになった彼らに対して時期は来たとばかりにさらなる試練が課されようとしていた……
「特別実習……でありますか?」
「そうだ。諸君らも小耳に挟んだ事はあるだろう。第220期生、ちょうど諸君と入れ違える形でこの学院を巣立った代に於いてオリヴァルト殿下が立ち上げた特科クラスⅦ組が存在した事を。そのクラスで行われていた特別実習ーーーこれを今年度より実施する。ただし、一クラスだけではなく2年生全員でだ」
久方ぶりに姿を現した2学年主任にして多忙を極める英雄、リィン・オズボーン中将は2年になった事で行われる特別カリキュラムの説明を行っていた。
「一年かけて我々は諸君に士官としての基礎を叩き込んできた。
しかし、当然ながら計画を如何に周到に練ろうが実施の段階では様々な不確定要素が絡んでくる。それを諸君には身を以て味わってもらおうという我々からの計らいだ。この機会を活かして諸君らがさらなる飛躍を遂げる事を望んでいる」
そうして語られた内容ーーーそれはかつて試験的に行われた特別実習をより本格化したものであった。
かつては宿泊する宿の手配、現地の有力者との折衝、そうしたものを教官が事前に行っていた*3。
これはかつての七組の面々が未だ入学したばかりの1年生という事が関係していたわけだが、それを班長として率いていた真面目という言葉ではもはや生ぬるい一周回ってただのドMなのではないかという領域で向上心に満ち溢れた当時の首席にして副会長を努めていた男はこう思ったのだ。
どうせなら教官にやっていただくのではなく自分達に任せていただければ、より経験を積めて更に成長できるのにーーーと。
かくして生徒思いの教官の有り難い配慮によって特別実習はよりハードかつ本格的な物となったのであった。
「期間は一週間。諸君には帝国各地にこのために特別に用意された専用列車デアフリンガー号を用いて趣きカリキュラムに取り組んでもらう。前半では周辺地域の魔獣の掃討、後半では各地の有力者からの依頼内容の対応を行って貰う。ーーーただし、そのための計画の策定、準備、各方面への折衝、そして実施は総て首席であるアルノール候補生を中心に自分達で行って貰う。無論、きちんと我々の方でも補佐はする、そのための人員も確保している」
リィンの合図と共に2名の士官が入室してくる。生徒たちはそれを敬礼して出迎える。
リィンの左右へと並び敬礼へと答礼をすると2人はそれぞれ笑みを浮かべながら挨拶を行う。
「皆さんの演習をサポートさせていただく事となった鉄道憲兵隊所属クレア・リーヴェルト中佐です。私自身も此処の卒業生ですので、どうか気軽にご相談下さい」
「同じく情報局所属のレクター・アランドール中佐だ。まあよろしく頼むわ」
・・・
「クレア教官!お久しぶりです!」
満面の笑みを浮かべてユウナ・クロフォードは自身の恩人へと挨拶をする。
それに気がついたクレアもまた親愛に満ちた笑みを浮かべて応じる。
「ええ、お久しぶりです。ユウナさん。どうでしょうか、トールズ士官学院での日々は?」
「……それはもうバッチリですよ!皆良い人達ばかりですし」
ユウナの語った言葉に誓って嘘はなかった。
同じ班員を始めとした級友達との仲は良好だし、属州出身者等と見下す者も居ない。
教官からそうした差別を受けた記憶もない。成績だって努力の結果席次を大きく上げて30位となったーーー10番以内に食い込んでいるルームメイトの2人には到底及んでいないが。
だからこそ、その言葉に嘘はなかった。
「……そうですか、それは何よりです」
言葉の中に陰りを見て取ったがクレアはそこに踏み込まなかった。
打ち明けられたとしても、帝国軍人である自分では解決することの出来ぬ問題だと察したが故に。
「はい!だからありがとうございました!クレア教官!今の自分があるのもあの時クレア教官が助けてくれたおかげです!!」
「そう仰って頂けるのは嬉しいのですが、お礼ならば私にではなくリィン中将閣下に伝えて下さい。ユウナさんがこの学院に入学するにあたって色々と手を尽くして下さったのはあの方ですから」
「え……そ、そうだったんですか?」
予想だにしていなかった恩師からの言葉にユウナは目を丸くする。
「ええ、宰相直属等と言われて有り難い事に宰相閣下から目をかけていただいているとはいえ、私は所詮は一介の佐官。手の届く範囲というのは限られています。だからお礼を言うのならば中将閣下の方に言って上げて下さい……最も閣下ご自身は「当然の事をしたまでだ。いちいち礼など不要だ」と仰るでしょうけど」
一介の佐官、というクレアの言葉は余りにも謙遜が過ぎるものだっただろう。
名門トールズを首席で卒業して、なおかつ27の若さで中佐というのは俊英中の俊英と言うべき昇進速度だ。
20歳の若さで中将にまでなっている常識外の人物がいるせいでその辺の感覚が麻痺しがちだが。
「ですね。ユウナさんがその事を恩に思っているだとするなら一人前の帝国軍人になるのが一番の恩返しでしょう」
「アル……一体何時からそこに?」
今リィンさんの話をしましたか?しましたよねと言わんばかりに突如として話に混ざってきた友人にユウナは顔を引きつらせる。
「別段盗み聞きしていたというわけではなく、単に演習の事で相談に来ただけです」
最もそれは流石にユウナの考え過ぎだったようで、アルティナがこの場に来た理由を説明するとすぐにユウナの表情に納得の意が広がる。
「あ、そっか。アルは席次三番目だから今回の演習の参謀長役なんだっけ」
やるからには徹底的にと言わんばかりに今回の演習は極めて実践的な内容になっている。
2学年全員を一つの部隊と見て司令官、副司令官、参謀長、副参謀長といった役職まで決めた上で執り行なわれる。そしてそれらは席次10番以内に名を連ねる席次最上位者*4によって埋められているーーー司令官は首席であるセドリック・ライゼ・アルノール、副司令官は次席のクルト・ヴァンダール、参謀長は席次第三位のアルティナ・オライオンと言った具合にだ。
故に参謀長役となったアルティナは補佐役となったクレアへと助言を求めに来たという事だろう。
「わかりました。ユウナさん、それではまた後程」
「あ、はい。これからまたよろしくお願いします」
立ち去っていくクレアを敬礼をしてユウナは見送る。
そして演習の計画について真剣な表情で語り合う級友たちをどこか複雑そうに見つめ、ほんの少しだけ手を強く握ってその場を立ち去るのであった……
・・・
演習の計画を生徒たちがクレアやレクターの補佐も受けながら必死に練っている頃この演習の責任者たる男も当然のように動いていた。
「それではクロウ、現地では予定通りお前にはセドリック皇太子の護衛を務めてもらう」
「へいへい」
「……わかっているんだろうな、可能性が低いとは言え例の予言の古の血というのが皇太子殿下を指す可能性も十二分にある。そしてもしも皇太子殿下を害すのならば、それはこの演習はまたとない機会だ。何故ならば」
「皇太子に何かあれば演習の責任者であるお前も失脚させられて一石二鳥になるから、だろ?ったくそこまでわかっているんなら演習地をもっと安全な場所にするとかいくらでも手をあっただろうによ」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、という奴だ」
「俺は虎子なんか欲しかねぇぞ」
「諺に在り来りなツッコミを入れるんじゃない。話が進まんだろう」
「へいへい」
適当な様子で返答をするクロウにリィンは特に怒るでもなく仕切り直すように話を続ける。
「兎にも角にも打てる手はほぼ打ったと言っていい状態だ」
例の予言を知ってからリィンは精力的に動いた。
皇帝の護衛にヴィクター少将とその旗下の第ニ連隊を多少強引な手も使いながらねじ込み、念の為と言わんばかりに皇妃殿下の護衛についてもオリエ師範代とヴァンダールの一門に頼み込んだ。
そしてオリヴァルト皇子の下にはミュラー中佐が、アルフィン殿下にはバルフェット中佐がそれぞれ親衛隊を率いて付いている。人格にしても実力にしても十二分に信頼に値する者達でまず安心と言える布陣である。
更にフェルデンツ大佐率いる第三連隊をガレリア要塞に、モルト大佐率いる第四連隊をドレックノール要塞に送り教導の任をこなさせると共にオーラフ、ゼクス両大将との関係性の親密化を図った。
そしてリィン率いる第一連隊は皇太子の護衛に付き、今回の演習にも同行する。それが現在の布陣だ。
これが戦争ならば戦力分散など具の骨頂と言うべきだが、現在繰り広げているのは戦争ではなく暗闘である以上、まず以て最善と言える布陣であった。
「そう護りはほぼ固めたーーーだが護っているだけでは勝てないのが戦いだ」
「つっても一応そっちの探りやらでエマのやつや放蕩皇子にも動いて貰っているんだろ」
「ああ、地精の本拠地に関してはローゼリア殿に、帝国政府が裏で進めている国家総動員法への対処についてはオリヴァルト皇子にそれぞれ頼んでいる。だが、それだけでは勝てない。勝つためにはリスクを承知で攻めなければならない」
「そんで、その攻める為の手ってのが特別実習の行き先を予めかかし男の奴が調査した帝国内で結社の連中の動きが見られるきな臭い場所にすること。そして演習を行うメンバーの中に含まれる皇太子殿下の護衛を名目にしてまんまとお前自身とその直属の部隊を動かす名分を手に入れたってわけだ。随分と悪辣な手を打つじゃねぇかーーーどっかの誰かさんを思い出すやり方だぜそれ」
口調は冗談めかしていたがそれを告げるクロウの目は先程までとは異なり決して笑ってはいなかった。
「勝つためだ。そして誓って生徒たちを犠牲にするつもりはない。
そのために戦力は十分過ぎる程に用意した」
「たりめぇだ。もしもてめぇが端からあいつらを捨て石に使おうってんならぶん殴ってでも止めてやるよ」
釘は刺せどクロウが親友を止めない理由はそれだ。
少なくとも目前の男には生徒を守ろうというちゃんとした意志がある。
それを思えばまあ獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすいつものスパルタと言えなくもないだろうーーー彼らは士官候補生。民間人ではなく自らの命を賭して戦いを生業とする職業に就く事となるのが前提となる者達なのだから。
「そうか。それは助かる。正直言って、時折自信が無くなるんだよ。
俺の思考は呪いに侵されているせいでどこかで一線を超えているんじゃないかとな。
ヴィクター卿を皇帝陛下の護衛に回してしまった現状、お前が俺を見張っていてくれるならば安心だ」
「……言っておくが俺はトワの奴やアルティナのやつに恨まれたくねぇからな。
ちゃんと一発ぶん殴ったら正気に戻れよ。ガチでやり合うなんて御免だぞ」
「ああ、わかっているさ、それ位」
「わかってんならいいさ、てめぇが死んだらてめぇの惚れた女が泣くそんな当然の事をリの付く誰かさんはしばらく忘れていたみたいだからな」
「ああ、相談もせずに突っ走った場合に周囲の人間がどれ程苦しみ悲しむかはクの付く誰かさんが散々教えてくれたからな。それを反面教師にしたいところだ」
両者の間に沈黙が降りる。どちらも笑っているのに目は笑っておらず、間にある空気はどこか張り詰めている。
「フ」
「へ」
しかしやがてどちらも苦笑し、互いの空気は弛緩していく。そして両者は拳をぶつけ合う。
「頼りにしているぞ、親友」
「ま、大船に乗ったつもりでいな。皇子様達の護衛はきっちりと俺が努めてやるよ」
ぶつけ合った拳に確かな友誼と絆を感じて。かつて死闘を繰り広げた灰と蒼の起動者は此処に戦いへと赴くのであった……
囮役だけど捨て石ではないのがミソ