「叔父貴が……死んだ?」
無線機越しに告げられた事実、それを聞いたランドルフ・オルランドの心になんとも言えない想いが去来する。シグムント・オルランドは世間一般で言えば間違いなく碌でなしの部類に入る人間だった。必要とあらば敵の撹乱のために無関係の村を焼き払ってまるで痛痒を感じないーーーそんな悪鬼羅刹の類いとして罵られても否定は出来ないし、当人も否定しないそんな男だった。散々に殺してきたのだから、殺されもするだろうとそういう理屈はランディも理解できるし、納得も出来る。
だがーーーそれでも、それでもシグムント・オルランドはランドルフ・オルランドにとって確かに家族だったのだ。普通とは到底言えないものではあったが、それでも彼のランディに対する思いには確かな彼なりの愛情と言えるものが存在していた。だからこそランディはその死を悼む。殺した相手を恨むような事をしないーーーそれに関しては叔父の自業自得である事は間違いなく、叔父自身も満足していただろうから。叔父が死んだことで快哉を挙げる者も居るだろうーーーそれをランディは否定しない。シグムント・オルランドが世間一般で言えば外道と呼ばれる類であることは確かな事実だから。だが、それでも家族である自分がその死を悼んでやる位は許されるだろうと、そんな風に考えて。
「パパが……死んだ?」
そしてそれはランディから見てシャーリィも同じように思えた。
先程までの気勢はどこへ行ったのか、シャーリィ・オルランドは忘我の境地に陥ったかのような様子で信じがたい事実を噛みしめるかのように一言だけポツリと呟くと、考え込むかのように俯いてしまった。ーーーそれはランディからしても初めて見る従妹の姿だった。
(当然だよな、世間的にはどうであれこいつにとっては叔父貴は確かに立派な父親だったんだ。その叔父貴が死んだなんて聞かされれば、そりゃ今までのように笑い飛ばす事が出来なくて当然だ。どれだけぶっ飛んでいようと、それでもまだこいつは成人もしていないガキなんだから)
ランディの目から見てシャーリィはかつて無い程に意気消沈しているように見えた。
それはそうだろう、シャーリィ・オルランドがシグムント・オルランドにどれ程懐いていたかをランドルフ・オルランドは幼い頃よりずっと見てきたのだから。世間一般的に見れば、異常ではあったのだろう。
だがシグムントの娘に対する思いには親としての確かな愛情があったし、娘の方は娘の方でそんな父親を尊敬し、父の言いつけをしっかりと守る孝行娘ではあったのだ。
そんな尊敬して止まぬ父親が死んだとなれば、如何に人食い虎のようなこの従妹であれど気落ちして当然だろう。
「シャーリィ……この辺りが退き際なんじゃねぇのか?」
故にランドルフ・オルランドは意気消沈して戦意を喪失したような従妹に対してそう提案を行う。
客観的に見て結社の側の勝機は消えたはずだった。何せ均衡状態だった中でこちらには三人の達人という強力な増援が来たのだから。此処でシャーリィが執心の英雄であれば、「このまま貴様も父親と同じところに送ってやろう」などとどちらが悪役なのかわからんような事を言いながらシャーリィ・オルランドを仕留めにかかっただろうが、従兄であるランディとしてはそこまで冷徹になることは出来なかった。
クロウ・アームブラストもそれに乗っかった。彼の場合はランディのような同情心によるものではなく、目前のストーカーの相手に疲れ果てていたからだ。親友への義理立て分は働いたし、この厄介きわまるストーカーの処理はその気にさせた親友の仕事であると考えたのだ。
「まあまだやり合うつもりだっていうのなら相手になってやってもいいが……そうなりゃ不利なのはそちら側だぜ」
ランディの言葉に乗っかるようにレクターは目前の鉄機隊の面々に対して勝ち誇った笑みを浮かべながら告げる。無論、彼の場合はランディのように相手に対する同情が為したものではない。戦況がこちら側が有利になったとはいえ、目前の敵手は紛れもない難敵。こちら側も相応に疲弊しており、何より生徒達という足手まといを抱えている以上、欲を張って手負いの獣を本気にさせるというリスクを避けたかったからという純然たる計算に基づくものだ。
クレアもそのレクターの判断を是としてミリアムは勝ち誇った顔を浮かべ、アルティナは若干不満そうな顔を見せたものの上官であるレクターの判断に従った。
遊撃士の3人も反対はしない。彼らがやってきたのはあくまで皇太子を始めとした生徒の保護のためであり、敵の殲滅のためではないからだ。
ミハイル・アーヴィングはといえばーーーこれはもはや言うまでもないだろう。ようやく先程から自分の胃を痛め続けていた
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……業腹ではありますが、確かに戦況が不利である事は認めざるを得ませんわね。止む得ません!アイネス!エンネア!撤退ですわ!!!
屈辱にその愛嬌のある顔を歪ませながら鉄機隊の筆頭たるデュバリィも撤退の決断を下す。
彼女はポンコツなところはあれどそれでも退き際を見誤る程愚かではない。
既に自分達の側が勝機を失い、これ以上この場に拘泥しても意味がないという事位は理解していた。
しかし、それでもシャーリィ・オルランドは意気消沈したかのように顔を俯かせたまま動こうとしない。
そんな様子に業を煮やしたようにデュバリィは叫ぶ。
「聞こえているでしょう!シャーリィ・オルランド!!!お父君が死んでしまい、意気消沈するのはわかりますが、その死を悼むのはこの場から退いてからですわ!」
しかし、シャーリィは応えない。そんな様にデュバリィは舌打ちして再度叱咤しようとした瞬間
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アハ♥」
漏れたのは父を失ったばかりの娘にあるまじき深い深い情念の籠もった吐息。
うっとりとしたその表情には艶かしいまでの女としての色気に満ちていた。
「アハハハハハハハハハハッ!!!!アーーーハッハッッハハハハハハハハハハ!!!!!!!!アハッ!アハハハハハハハハハ!!!!アーーーハッハッッハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
狂気と女の情念に満ちた哄笑がその場にて響き渡る。
「そっかそっか!パパってばやられちゃったんだ!凄いよリィン!あのパパをやっちゃうだなんて!
やっぱり貴方は最高だよ!!!もうたまらない!!!!」
誰もが呆気に取られる中、シャーリィ・オルランドは言葉を紡ぐ。
愛おしそうに切なそうに。夢見る乙女そのものの様子で。その言葉には狂おしいまでの情愛が込められていた。
シャーリィ・オルランドにとってシグムント・オルランドとは最高の父親だった。
シャーリィは生まれた頃より父の強く優しくたくましく、勇ましい背中を見て育った。
シグムント・オルランドとはシャーリィにとって生まれた頃より何時か超える事を目指していた憧れだったのだ。
そんなシグムントの頼みであればこそ、シャーリィは今回の父の
「俺も人の親だ。父として娘が惚れ込んだ男がどれ程のものかは確かめたくなるのが
という頼みに渋々ながらも頷いたのだ。自分が恋したあの勇ましく素晴らしい英雄ならばきっと父が相手だろうと
ーーーとんでもない誤りだった。
「パパを相手にして生き残るどころじゃなくてパパを返り討ちにしちゃうだなんて!!!そんなの完全に想定外だったよ!!!
駄目だなぁ私ったら、リィンの事をちゃんと評価しているつもりだったのに無意識の上にパパの方がまだ格上だなんて思い込んでいたんだもの。
これじゃあいつまでも独り立ち出来ていないファザコンみたいで恥ずかしいよ」
テヘッとばかりに頭をコツンと叩く。
それは彼女の外見と年齢だけを考えれば可愛らしい仕草だったかもしれないが、周囲の人間からすれば彼女の事を可愛らしいなどとは到底思えなかった。
「な、なんなのあの人……お父さんが死んだっていうのにどうしてそんな態度が取れるのよ……」
ユウナの言葉はその場に居る者たち全員の代弁だっただろう。
ーーー何故あの少女は実の父を失いながらそれを喜んでいるのだろうか?
ーーー実は仲が険悪でせいせいしたと思っているのか?
ーーーいや、そうは見えない。彼女は真実父親を慕っているように思えた。
ーーーならばそんな慕っている実の父親が殺されてどうして嬉しそうにしているんだ?
わからないわからない。真っ当な人間である彼らからすればシャーリィ・オルランドは理解不能の怪物そのものであった。
「なんでってそんなの決まっているじゃん。
そんな周囲の様子など意に介さずにどこまでも恍惚とした様子でシャーリィは頬を染めながら応える。
そう、シャーリィが恋した男はいつもそうだった。シャーリィの予想を常に上回ってくる。
そんな姿がシャーリィの胸を甘く切なくときめかして、全身の血液が沸騰するような興奮を齎してくれるのだ。
「だ、だからそれがおかしいって言っているのよ!お父さんが死んじゃったんでしょ!普通悲しんだり、敵討ちだとかそういう事を考えたりするもんじゃないの!?」
「殺しているんだから殺されもするでしょ、そんなの当たり前じゃん。死ぬ覚悟も無しに戦場に立つ腑抜けなんて、
でもそっか、言われてみればリィンってば私にとってはパパの仇になったんだよね♪」
仇と言ったにも関わらずそこには本来仇に向けるべき怒りや憎悪ーーーそうしたものがまるで感じ取れない明るい様子であった。そんなシャーリィの様子にユウナとシャーリィとの間に存在する価値観の断絶を思い知る。
「仇討ち……仇討ち……うーん新鮮な響きだなぁ!そっかそっかリィンってばパパの仇なんだよね!それじゃあ“英雄”としては私からの
浮かれきった様子でシャーリィは告げる。
それは言うなれば片思いの相手と二人っきりでデートをする口実を手に入れた乙女の如き無邪気さであった。
「でも何時までも私からの一方的な片思いってのも切ないよね」
ポツリとその言葉を呟いた瞬間に相対していたクロウ達に凄まじい悪寒が駆け巡る。
「ちょ……貴方まさか……お待ちなさい!それを使うには余りに早すぎます!
此処は一旦退くのがどう考えたってこの場に於ける最善でしょう!」
ドン引きしていたデュバリィも慌てたように声を張り上げる。
そしてそれを聞いてシャーリィは考える。
最善ーーーそうそれは確かに最善なのだろう。だが、それはリィン・オズボーンによって用意された模範解答だ。
今宵の戦況、それは結局リィン・オズボーンの完全な支配下にあったと言って良いだろう。
シグムントを始めとする赤い星座の本隊を主力で以て討ち取り、皇太子の方は用意した護衛の戦力で持って押さえ込み、トドメとばかりに高位遊撃士三人を増援に用意していた。誰が考えても撤退するべきだろう。
だが、それでは駄目なのだ。その解答は今宵盤面を完全に支配していたリィン・オズボーンの想定した最適解なのだ。それではお色直しをした意味が無いのだーーーと。
シャーリィの中に存在する冷静な猟兵としての理性は告げる、此処は一先ず退くべきだと。
本命相手やどうしようもなく追い詰めらた状態ならばともかく、今はまだそういう状況ではない。撤退するのが賢い選択というものだろう。
しかし
「アハハハハハハハハ、知ったことじゃないよ!!そんなの!!!!」
シグムント・オルランドという最後のストッパーが英雄に葬り去られた今、もはやシャーリィ・オルランドを止めるものは存在し得ない。
故に自制を自らの意志で以て放り捨てて、いざ両思いになるべく、自分が父を奪われたのと同様愛しの英雄からも同じだけ大切な存在を奪おうとする。
「竜気解放」
そうしてシャーリィ・オルランドは自分の中に秘められた力を解き放った。
真紅の髪が愛しき英雄とそっくりの灰色へと染まっていく。
瞳も同様に真っ赤に燃える焔の如き灼眼へと変わっていく。
解き放たれた圧倒的な闘気に身体が悲鳴を挙げているが、そんなものは気にするな。
「さあ行くよ、クロウ・アームブラスト!貴方をこの手で殺して私はあの人の
クロウ「なんでや!?」
竜気解放とはなんぞやだとかシャーリィちゃんがどういうお色直しをしたかみたいな話はいずれちゃんとやります。とりあえず今はリィンのやっている鬼気解放と同種のものと思ってもらえればOKです。