ちなみに人気投票の結果黄金の羅刹さんが最強だと思うキャラに輝いたようですが
当作ではリアンヌさんとマクバーンさんの二強という設定となっております。
え?理由?当作のシャーリィちゃんが何時かリィンの転生体に再び巡り会うのを夢見て200年間老いる事なく研鑽を重ね続けたのを想定してください。それが当作におけるリアンヌ様です。リアンヌ様は夢見たとかそういうアレじゃなくて呪いから解放するというもっと切実な動機に基づくものでしたが。
時刻は正午。
リィン・オズボーンがドレックノール要塞のゼクス大将とセントアークのハイアームズ候の元を訪ねて許可を取り付け終えた頃、演習地ではちょうど昼食の時間へと差し掛かっていた。そして休憩時間ということで生徒たちもどこかリラックスした様子で級友たちとの談笑へとふける。
「すごかったよね、昨日のクロウ教官」
「確かに……リィン教官に比べて不真面目な方だと思っていましたが、昨夜の教官はまるで別人のようでした」
「流石はリィン教官のかつての宿敵にして戦友たる蒼の騎士と言ったところか。その異名は飾りでは決してなかったようだ」
話題の種となるのはやはりなんといっても昨夜の襲撃の話だ。
キラキラと目を輝かせてサンディが昨夜のクロウの様子を讃えるとフリッツとエイダ、席次上位の優等生でありクロウのどこか不真面目な様子を苦々しく思っていた両名も見直したと言わんばかりにそれに応じる。
「ランディ教官を一撃で蹴散らした相手に見事に渡り合っていたもんなぁ。ひょっとするとリィン教官よりも強かったりするんじゃ」
そんな風にシドニーは軽口を叩く。
それを聞き、慌てた様子でフリッツとエイダが諌めようとするが遅い。
一度吐いた言葉を飲み込む事は出来ない。
「聞 き 捨 て な り ま せ ん ね」
案の定パパの悪口は許さないんだから!と言わんばかりに士官学院ーーーー否、帝国きっての獅子心将軍崇拝者たるアルティナ・オライオンがどこからともなく現れて猛然とシドニーの言葉に食いついていた。
言わんこっちゃないと言わんばかりにフリッツとエイダは黙って首を横に振る。
自身の失態を悟ったシドニーが必死に弁解を始めようとするが時既に遅し。
アルティナは鼻息を荒くしながら言葉を発する。
「クロウ教官の実力が本物である事を認めるのは私としても吝かではありません。なんと言ってもあの方はリィン教官の信認を受けたお方ですから。
ですが、帝国最強たるはリィン教官ーーーこれは決して揺らぐ事はありません。
我々に稽古を付けている際の力等ほんの片鱗に過ぎず、本気を出した際の教官の実力というのはあんな程度では」
「い、いや別に俺はリィン教官を侮辱するつもりで言ったわけじゃ」
「な ら ば 一 体 ど う い う つ も り で 言 っ た の で す か ?」
「えっと、だから、その……」
アルティナの怒涛の勢いに気圧されてシドニーはたじたじとなるが、アルティナの舌鋒はその程度では止まらない。助けを求めるように周囲を見渡すが級友たちは黙って目を逸らす。既に一年以上の付き合いでこうなった時のアルティナはそうそう止まらないということを良く知っているが故に。
不味いとシドニーは思った。このままでは残りの休憩時間がアルティナ・オライオンが語る「リィン・オズボーンがどれ程素晴らしい存在なのか」で終わってしまうと。
何か手は無いかと周囲を見渡して視界に写った同じチェス部の友人の姿を見て一筋の光明が彼に浮かんだ。
「どうやらシドニーさんはリィン教官がどれ程素晴らしいお方なのか、あの方に指導頂けている事がどれ程の幸運かがよくわかっていないようですね。良いでしょう、そういうことであればこの私が休憩時間の残りを使ってじっくりと」
「クルト!そういえばクルトってリィン教官の弟弟子で昔からの知り合いだったよな」
「?ああ、そうだけど」
「やっぱりリィン教官って小さい頃から今みたいな凄い感じだったのか?」
シドニーの中で浮かんだ光明。
それは弟弟子であるクルトに話を振る事であった。
アルティナ・オライオンがリィン・オズボーンと知り合ったのは十月戦役の時だったという。
ならばそれ以前のリィンの事は知らないであり、自分が知らない過去のリィンの事を知れる機会を彼女は逃さないだろうと踏んだのだ。
そしてその予測は正しかった。アルティナはまくし立てるのを辞めて、クルトの発言に対して聞き耳を立て始めた。
「そうだな……出会った頃から尊敬に値する兄弟子だったよ。ただ、こう言っては何だが昔は今ほどの絶対的な差は感じなかったかな」
「へ?そうなのか?」
クルトの言葉にシドニーは目を丸くする。
シドニーの思い浮かべるリィン・オズボーン像は帝国の民衆がイメージするものとそこまで相違ない。
鋼鉄の軍人、帝国最強、そんな形容詞がピッタリの戦車のような存在だ。
日頃のスパルタっぷりから正直生まれた時からあんな感じだったのではないかとシドニーは疑っていた。
「いや、勿論僕のほうが強かったとかそういうわけじゃない。手合わせを百本やって一本取れるかどうか、そんな具合だったさ。ただそれでも、言い換えれば百回やれば一本取れる程度の実力差だったという事でもある。
今は違う。千本……いや、例え一万本やろうともあの人から一本たりとも取れる気がしない。正直、器の違いというものを見せつけられている気分だよ。あるいは、僕なんかでは生涯あの人に追いつく事が出来ないのかもしれない」
少しだけクルト・ヴァンダールは拳を握る力を強める。
思い起こすのは昨夜のシャーリィ・オルランドなる自分と同年代と思しき少女(?)の姿。
桁違いだった。自分よりも遥かに格上と思しき遊撃士の女性とオルランド教官でさえ一蹴するその力量はクルト・ヴァンダールとは文字通り桁が違っていた。
(結果的にクロウ教官の奮戦で事なきを得たがもしもあのままクロウ教官が敗れていたら……)
おそらく彼女を阻むことの出来る者は誰一人として居なかっただろう。
下手をすれば昨夜で自分たちは死んでいたのかもしれなかったのだ。
いや、死ぬことそれ自体はクルトはそこまで恐ろしくない。
ヴァンダール流の開祖ロランがそうであったように、いざという時には己が身を盾としてでも主君を守る事が守護役の使命なれば。クルト・ヴァンダールが死んだとしても、セドリック・ライゼ・アルノールが生き残ればそれはクルトの勝利なのだ。
(だけど昨夜の彼女を相手にしていたら例え命を賭したとしても、僕では時間稼ぎにさえならなかっただろう)
それがクルトには悔しくてたまらない。自分と3つしか違わない兄弟子ならばきっと彼女とも互角以上に渡り合う事が出来るだろうに。
だからこそ兄弟子の朝に語った言葉が体のいい方便だと薄々わかりつつもクルトはそれに従うしか無い。何故ならば付いていけば足手まといになるだけだという事がわかってしまったが故に。
そして自分ならばいざ知らずセドリックがこの国の皇太子である以上、リィンはそれを庇わざるを得ない。それは実力が伯仲した敵手との戦いに於いて致命的な隙に繋がりかねないのだ。
そしてクルト・ヴァンダールが222期生随一の使い手である事は誰もが認めるところ。
そのクルトでさえも足手まといにしかならないという事は他の者も同様という事だ。
それがわかっているからこそ問題児であるアッシュでさえも不承不承ながら大人しくカリキュラムの遂行に努めているのだ。
級友の燻る思いを感じ取ったのだろう、どこか重苦しい様子で沈黙したクルトに対してなんと声をかけたものかとシドニーは思案するが
「まあそう深刻になることもないでしょう」
そんなシドニーに代わって場の空気を入れ替えるようにミュゼがおっとりとした様子で発言する。
「つまりリィン教官とて最初から今のような英雄ではなかったという事。
多くの出会いと別れ、経験を積んで成長した結果が今のリィン教官なのです。
そして我々はまさしく今、そうした経験を積んでいる真っ最中なのですから」
かつてミュゼ・イーグレット、否、ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンは焦っていた。
自分が何とかしなければならないとそう気負い、思い込んでいた。
だけど今の彼女はそうではない。彼女は自分がまだただの小娘でしか無い事を認めた。
だからこそクルト・ヴァンダールの焦燥を理解した上で嗜める事が出来る。
「勿論、リィン教官はなんと言いますか色々な意味で
ですが、追いつかんと足掻き努力した事自体は決して無駄にはならないと思うのです。
だからクルトさんもそんなに難しい顔をして自分を卑下するような事を仰らないでください。
貴方は間違いなく我々222期生随一の使い手なのですから。
貴方が自分なんか等と仰っては、貴方に及んでいない我々は一体どうすれば良いのですか?」
「そうだぜクルト、教官は確かにそりゃ凄いけどよ正直俺から見ればお前だって十分ヤバイんだぜ?
あのヴァンダールの次男坊で次席で剣の腕に関して言えばトップで、トドメとばかりにイケメンとかよ。
俺だってこれでも故郷じゃ散々神童とか持ち上げられたもんだってのにお前を見ていると正直自信無くしそうになるんだ。そんなお前が自分なんかって言ったらそりゃ俺達の立つ瀬がないだろ?」
どこか冗談めかすような悪戯っぽい笑みを浮かべながら告げたミュゼの言葉にシドニーが乗っかる。
自分から見ればお前だって十分凄いやつなのだと。級友たちからの気遣いを受けてクルトの顔が綻ぶ。
「まあリィン教官を崇敬するのは当然の事ですが、リィン教官に自分が及んでいないからと言って卑下する必要はないと思います。リィン教官は特別なお方なのですから。至らない我々は我々なりに努力して、あの方に続けば良いのです」
一応不器用な気遣い……なのだろう。
リィンを讃えているのかクルトを慰めているのかよくわからないアルティナの言葉を聞いてクルトは苦笑を浮かべる。
「ハハハ、そうだな。まあとはいえ弟弟子として何とか卒業までに10本に1本位は取れるようになってみせるさ」
「精進あるのみです。容易くその差を埋めさせてくれる程にあの方は甘い方ではありませんから」
えっへんと胸を張りながらまるで自分の事のように張り合うアルティナの様子に今度はクルトだけではなくその場に居た全員が苦笑を浮かべる。和やかな空気がその場を包み出す。
「ユウナさん、何やら元気がないようですがどうかなさいましたか?」
そんな中で普段クラスの中でも一際元気な友人の常ならざる様子を気遣いミュゼは声をかける。
「え?何言ってるのミュゼってば?そんな事はないわよ!元気さが私の取り柄だもん!!!」
「そう……ですか?あまり無理はなさらずに何か悩んでいる事がありましたら言ってくださいね。友人として力になりますから」
「アハハハ、ありがとう。でも本当になんでもないから気にしないで。さーてそれじゃあ、午後も張り切って行きますか!」
そうしてユウナは先陣を切るかのようにその場から立ち上がり、外へと飛び出す。
ユウナが考えていたのは他でもない昨夜負傷したランドルフ・オルランドの事であった。
ランドルフ・オルランドはユウナが憧れる特務支援課の所属であり、その中でも最強と称されるクロスベルでも屈指の実力者だ。彼よりも明確に上だと言える存在と言えば、それこそクロスベルでは風の剣聖アリオス・マクレインただ一人と言っていいだろう。
そのランディが文字通り一蹴された昨夜の光景はユウナにとって衝撃的であった。
そしてそんな相手とクロウ・アームブラストは渡り合い、トドメとばかりに告げられたのは帝国の英雄たるリィン・オズボーンはそのクロウ・アームブラストの上を行くという事実。
それは特務支援課を最も崇敬するユウナにとっては極めてショックな事実であった。
(別に直接的な強さだけが全てじゃない!だってあの人は軍人で、特務支援課の人達は警察官なんだもの!)
だからそう、必ずしも自分の信じるクロスベルの英雄が帝国の英雄に劣るというわけではないとユウナは必死に自らに言い聞かせる。そして燻る思いを振り切るように午後からの教練へと打ち込む。決して帝国人には負けない!と自分がクロスベル魂を示すのだと、そう決意して。
されど
「は、ずいぶんと気合が入っているじゃねぇの」
「当然さ、昨夜あんなものを見せられたんだからな」
「おっと一人だけ先に行こうったってそうはいかないよクルト。リィン教官を超えたいと願っているのは君だけじゃないんだから」
「……まあそれが実現できるかは置いておいて、目標は高く持つのは結構な事です」
ユウナの前に広がるのは自分よりも上を行く、帝国の未来を担う逸材達の姿。
この一年間、血反吐を吐きながら努力しても尚埋まる事がなく存在し続ける実力の差であった。
その事実を前にユウナは奥歯を強く噛みしめる。行き場のない想いがユウナの中で芽生える。
「……ユウナさん、本当に大丈夫ですか?」
されどそれが噴出する事は無い。
何故ならば掛け値なしの友誼を抱き気遣いを見せてくれる
「大丈夫だってば!ただ私も負けていられないなって気合を少し入れ直していただけ」
その行き場のない想いは太陽のような明るさを持った少女の心の中で燻り続けるのであった……
アルベリヒ「灰色灰色敗北者!ゴミ山将軍敗北者!」
アルティナ「リィンさん将軍大将軍!」(私を救ってくれた人を馬鹿にするな!)
特務支援課最強のラニキを一蹴したシャーリィと張り合えるクロウ。
そしてアルティナ曰くそんなクロウよりも強いリィン。
まあこの構図は特務支援課大好きなユウナとしてはショックだろうなって。