エタる気は毛頭ないのでどうか気長にお待ちいただければと思います。
ハーメル村へと至る山道、そこをリィン達は進んでいた。
地図から消されたハーメルへの道が整備されているはずもなく、そこはもはや荒れ放題であり魔獣が跋扈する地となっていたが、一行の道中は不気味な程の静謐さに包まれていたね。
「なんか静かだねーてっきりこうそれこそ足を踏み入れた瞬間に例の人形兵器の大群がお出迎え!みたいなのを予想していたんだけど」
「敵も馬鹿じゃないからな。無駄に道中に罠を仕掛けてもこの面子相手じゃ足止めになりゃしないだろうとわかっているんだろうさ」
ミリアムの疑問へとクロウは淡々と応える。
何せこちらには獅子心将軍に黄金の羅刹に蒼の騎士と比喩抜きでの文字通りの一騎当千と呼べる大陸最高峰の実力者が三人も居るのだ。並の敵ではそれこそウォーミングアップ程度にしかならず、せっかくの兵器がゴミになるだけなのだから。
この地にはびこっている魔獣に関しても同様だ。彼らは弱肉強食の世界に生きる存在だけに強者の存在に敏感だ。この地に踏み入れてきた存在が自分たちでは決して勝てぬ絶対的な強者だと瞬時に悟ったのだ。故に襲いかかるような真似をするはずもなし。自然界に於いて弱者がする最大の護身とはまず第一に決して強者に目をつけられぬように息を潜めて隠れる事。遭遇しないように逃げ回り、隠れ潜むことこそが最大の護身なのだ。
故にその道を阻む者は存在せず、一行は黙々とその道を突き進み続ける。
「………………」
「大丈夫レクター?」
常ならざる兄貴分の様子。それを見てとったミリアムは気遣いの言葉を投げる。
「……ああ、心配すんな。この先でまたあのとんでもストーカー女と会うと思ったらちょいと憂鬱になっただけだ」
誤魔化すように告げたその言葉は明らかに真意を語っては居なかったが、ミリアムはそれを追求するような事はせずに努めて明るい様子でそのまま話題へと乗っかる。
「ああ~確かにアレは強烈だったよねぇ。お父さんが死んだって聞かされても悲しむどころか喜んじゃうんだもん」
「おお、この仕事やって色んな人間見てきたが流石にあそこまで強烈な奴は見たことがなかったぜ。全く、我らが将軍閣下は大変な相手に好かれちまいましたねぇ」
しみじみと語りながらミリアムとレクターは同情に満ちた視線を悠然と進み続ける彼らの筆頭へと向ける。リィンの強さに信頼を置く彼らはそれで良かったが、気が気でないのは過保護な義姉のほうだ。
クレア・リーヴェルトもまた義弟にして今や自身の上官となったリィンの強さを信じている。信じている、だがそれでもやはり彼女は義弟の事が心配なのだ。この際もはやリィンの実力はクレアのはるか上を行くとかそういった理論的な話は何の意味も無い。何故ならば、それは義弟が危ないことをすればその身を案じるという義姉として極当然の思いなのだから。どれ程成長し、どれ程凄まじい傑物になろうとクレア・リーヴェルトにとってリィン・オズボーンは可愛い義弟なのだ。これはもう一人の義姉たるフィオナの方も同様だろう。
ただあくまで民間人に過ぎないフィオナと違い、クレア・リーヴェルトはどれ程似合っておらず本人自身も正直そろそろキツいと思っている異名だろうが《氷の乙女》と称される極めて優秀な軍人だ。昨夜見たシャーリィ・オルランドが既に自身では到底太刀打ちできない怪物となった事がわからぬ程に愚かではない。だが、それでもできる事なら愛する義弟にあんな危険人物の相手をして欲しくはないという
「ルグィン伯、如何でしょうか?彼女が相手ならばきっと閣下もご満足出来るような戦いが行えるのではないかと思うのですが」
故にクレアが考えたのは黄金の羅刹というジョーカーをぶつける事であった。
十月戦役の一件でその声望は衰えたものの、それでも帝国最強の一角たるその実力が衰えたわけではない。
いや、むしろリィン・オズボーンという弟弟子に刺激を受け、ラマール領邦軍司令官を解任されて司令官職について回る諸々の雑事から解放されたことで、剣士としての実力は更に増したと言ってもいい。彼女ならば怪物となったシャーリィ・オルランドとも十二分に渡り合えるはずであった。
「ふむ……そそられぬと言えばそれは嘘になるが……しかし、それでも彼女が執心なのは我が弟弟子という話。
義姉たる私が義弟の恋路を邪魔するわけにも行くまい。馬に蹴られるような趣味はないのでな」
肩を竦めながらオーレリアは応じる。熱烈な追っかけが出来るのは英雄の宿命だと言わんばかりに。
「では、クロウさんは……」
「おいおいおい、鬼かあんたは?何が哀しくて昨日に引き続き俺がこいつのストーカーの相手をしなきゃならないんだよ。言っておくが俺はもう御免だぜ、あんな気狂いとやり合うのはな」
やっとの思いで激烈なカウンターを叩き込んだというのに平然とーーーどころではなく恍惚とした様子で起き上がった昨夜の悪夢のような光景をクロウは思い出しながら首を振る。
リィンに匹敵する実力者二人から色良い返事を貰えずクレアは気落ちした様子を見せる。
「それほど私は頼りないか、リーヴェルト中佐」
そんな義姉へと苦笑交じりにリィンは言葉をかける。
「いえ、決してそういうわけでは……」
帝国最強と謳われる程に強くなった義弟の強さにクレアは決して疑義を抱いているわけではない。
ただ、それでも不安なのだ。それ程にシャーリィ・オルランドのリィン・オズボーンへの執着は常軌を逸している。心ひとつでなんとかなるほどにこの世は容易くはないはずなのに、ことリィンを相手取るとなればあの少女はどこまでも高みへと駆け上がっていき、それに呼応するかのようにリィンも遠くへ行ってしまうのではないか……とそんな埒も無い想像がどうしても頭を過ってしまうのだ。
「信じろ、リーヴェルト中佐。私は負けんよ。そこに居られるオーレリア殿やヴィクター殿を差し置いて畏れ多くも帝国最強等と呼ばれ、その重みを背負う者としてな」
そんなクレアに対してリィンは肩を軽く叩いて、燃え盛る焔の如き決意を宿したその瞳で射抜きながら告げる。
クレア・リーヴェルトの義弟としてではなく帝国最強の重みを背負うエレボニアの英雄、獅子心将軍としての言葉を。
「そうそう、クレアってば心配性すぎるよ。リィンに任せておけば平気だって。なんたって今やリィンは帝国最強だなんて言われていて僕らが束になっても敵わない位に強いんだもん」
「まあ心配は要らぬだろう。
業腹なところはあるが
その中将で危ういというのであれば、私が相手をしたとしても怪しいという事だ。
義弟御が心配なのもわかるが、此処は信じて任せるしかあるまい。基よりこの場に於ける最上位者は中将なのだからな」
当然だがこの一年の間に実力を伸ばしたのはオーレリアだけではない。
当然だがリィンもまたオーレリア、ヴィクターといった同格の強者と鎬を削り合う事で大いにその腕を上げた。むしろ一番腕を伸ばしたのはリィンと言って良いだろう。
一年前やりあった際には切り札を考慮に入れなければオーレリアの方がまだ上であったのに対して、今や鬼気解放を抜きにしてもその技量は完全なる五分。切り札を考慮に入れればリィン・オズボーンが自身を上回る実力者である事を業腹なれどオーレリアとしても認めざるを得なかった。
ーーー無論、黄金の羅刹オーレリア・ルグィンは勝ち戦でしか戦えないような腑抜けでは断じて無い。勝機の薄い自身と同格、あるいは格上の強者に全霊を以て挑むは武人にとっては何にも勝る幸福。もしも本気で死合うとなればむざむざとやられるつもりは毛頭ないが。
「アレ、でもさ考えてみたら別にリィンがタイマン張る必要ないんじゃない。
それこそ鉄騎隊の方は昨日みたいに僕たちで足止めをして、その間にクロウにリィンに羅刹のおば……おねえさんの三人がかりで仕留めれば良いんじゃないの?」
何せこれから行うは決闘などではなく命を賭けた殺し合いなのだから。
相手が正々堂々の一騎打ちを求めたとしてもそれに応じる義理も義務もないではないかとどこまでも冷静に。
それは的を射た質問であっただろう。現に昨夜リィンはそうしてシグムントをオーレリアと二人がかりで葬り去ったのだから。
「お前の疑問は最もだが、向こうも馬鹿ではない。そうならないようにそれ相応の準備はしているだろうさ。
それにそうでなくても奴を相手にそうするのは得策ではないと思っている」
「それはアレ?武人の誇りって奴?」
「総てを捨てたわけでないにしても、それでも私はそこまでロマンチストではないよ。誇りはあるが責務はそれに勝る。故にそれで仕留められれば迷いなくそうするさ。仕留められるならばな」
そこでリィンはほんの少しだけ困ったように嘆息する。
「厄介な事に奴ら結社の人間は如何なる原理かは不明だが、転移の術を用いる事が出来る。
全く勝ち目がない状況とあらば奴とて馬鹿ではない、速やかに撤退するだろうさ。そして奴ほどの使い手に逃げに徹されるとなれば、それを仕留めるのは至難と言わざるを得ない。そうして退いた後に奴はどのような行動に出ると思う?」
「えーと……」
「恐らくだが、こう思うだろう。そちらが手段を選ばないというのならばこちらも選ぶ理由はない。何でもありで勝負がお望みならばこちらもそうさせて貰うだけだとな。ーーー最後の一線すら踏み越えて、それこそ私を釣り出す為に無辜の民草を害する程度の事はやりかねん」
リィン・オズボーンはシャーリィ・オルランドの良識だの理性だの矜持だのと言ったものについては全く信用していない。相手がそうした一線をこれまで守っているのはつまるところきちんとリィンが相手をしてやってきたからに他ならない。故にもしもリィンがあくまで戦略的優位を築いた上で危なげない勝利を求めた場合、シャーリィ・オルランドは決してそこには乗ってこないだろう。何故ならば彼女がしたいのは
「わかるだろう?だからこそ、私が奴の相手をするのが一番なのさ」
だがリィンが相手をしてやればシャーリィがそうした行動に出る心配はない。
何故ならばシャーリィ・オルランドはリィン・オズボーンへと恋をしているから。
最高級のメインディッシュが味わえる事が約束されていて、わざわざ粗悪なレーションに手を出す道理はないとまあそういうわけだ。
時に気まぐれでつまみ食いを行う事はあれど、その場合も一応相手は選ぶだろう。
故にこそ彼女を倒すならば彼女の想いに応えてやる事こそが最も被害を出さずに済むやり方なのだ。
「基より自分で蒔いた種だ。他者にそれを押し付ける気は毛頭ない。
シャーリィ・オルランドは私が責任を以て討ち果たす」
懇切丁寧に伝えられた言葉と何よりも圧倒的な覇気の宿った宣誓にクレア・リーヴェルトはぐうの音も出ない様子で押し黙る。
基よりクレアの懸念は極めて個人的かつ感情的な物から発せられたものである以上、筋道立ててそう言われれば返す言葉もなかった。
「わかりました……どうかご武運を」
「ああ、貴官も援護をよろしく頼む」
故に隠しきれぬ憂いを心に秘めたままにクレアも軍人として正しい言葉を選択する。
それに対して英雄はどこまでも雄々しい表情で応じる。
この人に不可能はないのだと、そんな
真面目に考えだすと転移の術ってすっごいチート。
要人警護とかする身にとってはマジで悪夢としか言いようがない。
まあ結社の本拠地に帰還する場合はともかく転移を用いて出現する場所とかには何らかの制限やらがあるんだとは思いますが。