大陸最強の猟兵団赤い星座、獅子心将軍によって壊滅させられる。
その報は大陸中をすぐさま駆け巡った。
衝撃、は存在しなかった。
そしてそれと引き換えに浅くはない手傷を負わされ、一週間程度の療養を要する事になった報もまた同様だった。
あの赤い星座を相手取ったとなれば如何に獅子心将軍であろうともそれ位の代償は支払うことになるだろうとそんな具合だ。
そう、驚くに値する事ではないのだ赤い星座が獅子心将軍に敗れ去るという事は。
故に此度それを仕組んだ男もその報告を納得と共に受け止めていた。
「流石は我が盟友にして帝国最強たる英雄、それでこそだよ」
微笑と共にルーファス・アルバレアは自らが派遣した赤い星座の壊滅、それを動じる事無く受け容れる。
「随分とご機嫌ですわね、みすみす手駒を失ったというのに」
「なんと言っても私はリィン・オズボーンのファンだからね。憧れのスターの活躍を喜ぶのは当然というものだろう?」
「それはそれは随分とまあ過激なファンも居ることですわね、厄介極まるストーカーを送るだなどと」
「おいおい、私は赤い星座を送ったが、英雄に手傷を負わせた彼女を送ったのは君たち結社の方だろう?」
「あら、そうでしたか?」
ウフフとごまかすようにマリアベルは笑う。
それに合わせるようにハハハとルーファスもまたわざとらしく笑う。
「しかしそれにしてもまさかただご執心のスターの活躍を見たいが為だけに赤い星座を送ったわけではないでしょうね?」
「まさか。今回、重要なのはかつてこのクロスベルを襲撃した赤い星座が我が帝国の英雄によって打倒されたという事実さ。これでクロスベルの民には改めて我が帝国に対して消えぬ畏怖を植え付けることが出来たわけだ。それの効果を思えば彼らを雇うために要した費用など安いものさ。何せ依頼に失敗した以上支払わなければならないのも前金だけとなるしね」
今回のルーファス・アルバレアの打った一手のミソはどちらに転んでもルーファスに損がなかった点だろう。
依頼を果たして英雄を倒せるならばよしーーールーファスとしてはいささか拍子抜けして失望せざるを得なかっただろうが、それでも厄介極まる敵手が脱落する事には変わらない。
そしてルーファスの期待通りに赤い星座が英雄に敗北したのなら敗北したで今後のクロスベル統治が楽になる。
引き分けに近い形で終わったなら終わったでその後も赤い星座をビジネスパートナーとして用い続けるだけのこと、何せ別段ルーファスは彼らを嵌めたりしたわけではないのだから。
ただかの英雄を相手どれば、少なくない確率で壊滅する可能性もあるだろうと予見しただけのことで結局依頼を引き受けたのは彼らの意志なのだから。
どう転ぼうが損はないーーールーファス・アルバレアにとって今回の一手は要はそういうものだったのだ。
「怖い怖い、油断していたら私も散々弄ばれた挙句あっさりと捨てられてしまいかねませんわね」
「その辺りはお互い様だろう?」
そうしてしばしの間にルーファスとマリアべルはわざとらしく笑い合う。
二人はこの自らの同属とのこうした白々しい会話が決して嫌いではなかった。
友情と呼ぶには余りにも打算的すぎる関係であったが……
・・・
この世界の生命体は
そしてこの霊力を自らの意志で運用して戦いに用いる事が出来るようになった時、それは闘気と称されるものとなる。
闘気に覆われた肉体は通常をはるかに超えて頑強になり、常人をはるかに超越した身体能力を有するようになる。達人とはそんな闘気の運用技術に習熟した人の形をした兵器なのだ。その戦力たるや単騎で一個中隊にさえ匹敵する。
そしてそんな極一握りの者のみが至れる達人の中でも、さら理と称される武の至境へと至れる者はほんの一握りであり、当然のように常人が及びもつかぬ
なればこそ帝国最強と呼ばれる英雄の負った全治一週間という傷は紛れもない重傷であり
「危ないことはしちゃいけないっていつも言っているでしょう」
過保護なところのあるフィオナ・クレイグが愛する義弟を心配するのはある種必然と言えただろう。
シャーリィ・オルランドに負わされた傷は深く、リィン・オズボーンは帝都に存在する軍病院に一週間の入院を余儀なくされた。
胸元を貫かれたことで経口による栄養の摂取が困難なため、現在リィンの身体には多くの管が繋がれており、そこから治療に必要なための栄養を取り込んでいる。医学の進歩に彼は感謝するべきだろう。そうでなければそのまま女神の御許に召されることとなってもなんら不思議ではなかったのだから。
そして義弟がそんな状態になれば同じ帝都に住んでいるフィオナが見舞いに訪れるのは当然の道理。
かくして入院中のリィンは義姉からのお説教に晒されていたわけだが……
「心配かけたことは謝るよ。でも医者なんていうのはいつだって大袈裟に言うものさ。心配せずともそう大した傷じゃないよ」
大嘘である。常人にあれば確実に致命傷と言えるだけの傷であったし、闘気の運用に長けて治癒速度を加速させることが出来る達人と言えども本来であれば一ヵ月は療養しなければならない紛れもない重傷であった。たかだか一週間の入院で済むのは偏に、リィンの生命力と治癒速度が人間離れした
「全くもう……貴方ときたら本当に無茶ばかりして……ごめんなさいね、トワさん。こんな義弟で。いつも無理ばかり言って貴方を困らせているでしょう?」
「良いんです、もう諦めましたから。無理しないで、無茶しないでと言ったってこの人は聞いてくれませんから。だから、どれだけ無理や無茶してもちゃんと生きて帰って来てくれたなら、それで良いんです」
「そう……奥さんがそういうのならいつまでも私が出しゃばるものじゃないわね。でもちゃんと覚えておいて頂戴ね。あなたが無理して怪我をしたりすればちゃんとそれを心配する人間が居るんですからね」
「ああ、わかっているよ。肝に銘じているさ。だからこそ俺は今こうして生きているんだから」
シャーリィ・オルランドとの戦いは紛れもない死闘であった。
あそこで命を落としたのがリィンの側だとしてもなんらおかしくはなかった。
リィンが命を繋ぐことが出来たのは偏に、土壇場での生きる事への執念ーーー愛する者のところに何としても帰らなければならないという意志のおかげに他ならない。自分が命を落とせば悲しむことが居る人間は百も承知。ならばこそリィン・オズボーンは今よりも強くならなければならない。
なぜならば彼はフィオナ・クレイグにとっての義弟、トワ・オズボーンにとっての夫であるただのリィンであるのと同様に帝国最強の重責を担う紛れもない“英雄”なのだから。この世には決して敗北することが許されぬ立場というものが存在する。“英雄”とはそうした存在なのだ。
鍛えて鍛えて鍛えて鍛えてーーー戦って勝利して、鍛えて鍛えて鍛えて、勝利して勝利して勝利してまた鍛えて。その生涯を終えるまで勝ち続けることで遍く希望の拠り所と化すーーーそんな光輝溢れる地獄こそが英雄の住まう場所なのだ。
例えどれほど相手が強大であろうと敗北は決して許されない。
なぜならば戦士が身を置くのは命の奪い合いを行う戦場なのだから。
芸術やスポーツとは違う。敗者はすべてを失うーーーそれこそが戦場なのだから。
失いたくなければ、大切な者を守らんと欲するならば勝ち続けるしかない。
重い。とてつもなくその座は重い。しかし、逃げ出すつもりなどリィンには毛頭ない。
これまでも多くの者をリィン・オズボーンは殺してきた。
祖国のために、自らの理想のために。誰に強制されたわけでもなく己が意志で以て。
ならばこそ、そこから逃げ出すことがどうして出来るだろうか?
自分が戦ってきたのは決して祖国を破滅に導く為などでは断じてない。
勝利した末に愛する民草のーーー大切な家族の友の笑顔がそこに在ると信じているからこそ“英雄"は地獄で戦い続けられるのだ。
だからこそリィン・オズボーンは入院中であろうと決してその歩みを止めることはない。
無理をして修練を積むわけではない。そんなことをしても結局傷の治りが遅れてしまうだけだと理解しているが故に。
アリアンロードによって改めて見せつけられた格の違いを前に逸る心を抑えて、妻に持ってきてもらった本へと目を通す。
将官ともなれば軍事のことだけを考えていればいいわけではない。政治や経済も含めて広範かつ深い知識が必要となってくる。そしてそうした分野において副宰相秘書という地位に就いているトワはリィンにとってはこの上なく信頼出来て参考になる教師役だ。
リィン・オズボーンは宰相にして革新派のリーダーたる実の父ギリアス・オズボーンを失脚させんとしている。
しかし、悪の宰相を打倒してめでたしめでたしとなるのは物語の中だけ。
強大な指導者を失えば、当然その後に待つのは大きな政治的な空白と混乱だ。
だからこそ、それを防ぐためにもリィン・オズボーンは高みを目指し続ける。
「あなたは間違っている」と糾弾してその座から引きずり降ろそうというのならば「自分ならばもっと上手くやれる」と例え虚勢であろうと自信を以て言えずにどうするというのか。
そして自信というのは何時だとて日々の積み重ねによって形作られるもの。
なればこそ、英雄に立ち止まる時間など存在しない。
総ては勝利をつかみ取り、遍く希望を祖国と民に齎すために。
文字通り転んでもただでは起きぬとばかりに英雄は進み続けるのであった……
当作における大まかな強さ設定的なもの
初伝:凡人でも頑張れば理論上は到達できる領域。人格にさえ問題がなければ正規軍の精鋭と呼ばれるようなところでもやっていける水準(鉄道憲兵隊など)
中伝:いわゆる秀才と呼ばれる領域。大陸に於いて最精鋭と謳われる水準の部隊でも人格に問題がなければまずやっていける(光翼獅子機兵団)人格に問題がある場合でも赤い星座などの猟兵団がスカウトしにかかるレベル。
皆伝(達人):単騎で一個中隊にさえ匹敵する人の形をした兵器。天才と呼ばれる人種が年単位の血のにじむ修練の果てに到達する領域。人格に問題がなければ軍人、遊撃士といったところでまずエース級として重宝される。国の目が行き届かないような辺境でこの手の天才が生まれると村長といった村の有力者は娘なりを嫁に出したりして全力で身内に囲い込もうとする(ずっといてくれればまず魔獣退治などで心配がなくなるので)
理:比喩抜きの一騎当千。自分の流派を興したりしてもまず文句は出ない。エレボニア、カルバードといった大国でさえ理に至る使い手は通常片手の指で足りる程度の数。小国ならばまず以て「最強」と謳われて人格に問題がなければ「英雄」と称されるようになる。