「新帝国八大都市構想…」
「そう、帝国の五大都市であるオルディス、バリアハート、ルーレ、セントアーク、そして帝都ヘイムダル…そこに、北西のジュライに北のハリアスク、そしてこのクロスベルを加えた八都市を新しい帝国の中核とする構想でね。明日から始まるクロスベル州議会では、それについて演説させてもらうつもりだ」
レーグニッツ知事が語りだしたのはそんな新しい帝国を築き上げる構想。
彼がこの場で語りだしたのは無論、このままいけば次の皇帝となるセドリックに理解を深めてもらうために他ならない。
「そ、そんな構想が…」
レーグニッツ知事の語る言葉にユウナは圧倒されたように呟く。
「…具体的には、どのような変化が?」
「いろいろとあるが、一番大きいのは税収だろうね。エレボニアでは、数多くの領邦ごとに税制が異なるケースが多いんだが、今回の制度で八つの都市については帝都と同じ基準が適用されることが予定されている」
「良い制度なんですよね……確かクロスベルは帝国の他の都市に比べて税金が高いという話でしたし」
逆にノーザンブリアなどは併合以来他に比べて安い税制が適用されていた。
これは無論ノーザンブリアという地が極貧の地であり、まずは立て直しを図らねばならないという事情が関係しており、そうした地域毎の不公正感がクロスベルの人間とノーザンブリアの人間の間に火種を燻ぶらせていた*1わけだが、ノーザンブリアの復興の目途が立ってきたことでそうした地域間の不公平感を緩和する方向に舵を切り始めるのだ。
統治に必要なのは公平感ーーー自分たちは不当に冷遇されている、あいつらは優遇されているという思いは強い対立を招き分裂を招きかねないものだということを帝国政府はかつて起こった内戦からも痛感しているが故に。
そういう意味でクロスベルに住まう者にとっては一般的に考えれば歓迎すべきものだと言えるのかもしれないが……
「クロフォード、知事閣下及び帝国政府はこの制度が良い制度であり帝国を正しく導くと信じていればこそ導入しようとしている。そんな方に「これは良い制度なんですか?」と問えば「もちろん、これは良い制度です」と答えるに決まっているだろう。この一年ハインリッヒ教官の下で政治の基礎については学んだはずだ。貴官は士官になるのだから安易に他者に答えを求めるな。自分なりに咀嚼して自分なりの考えで正誤の判断を下すことだ」
カール・レーグニッツはリィンも尊敬の念を抱く善良で誠実な人物だ。
だが善良で誠実な人物だからといってその行いが“政治家”---それも帝都知事という国家の中枢に位置する高官の行いが万人から支持されるなどということはあり得ないのだ。その行いで救われる者もいれば、切り捨てられる者も出るーーーその中で共同体に属する者の最大多数の幸福を目指すことこそが政治というものなのだから。彼が国を前進させるものだと信じて行う事は、視点を代えれば誰かにとっての後退であることなど日常茶飯事。故に良いものなのか悪いものなのか、それは自らで判断してみろとリィンは教官として窘める。
---最もそうして自らの意志に基づきユウナがそれは間違っている、納得できないという結論を下したとしてもそれが政府の決定ならば私情を飲み干して、従うのが軍属の務めだとこの男は言い放つのだが。
自ら考えられることのできる頭と教育によって培われた高い倫理観、そしてその上で非常時に於いては情に惑わされることなく理によって動く事のできる非情さ。理想の軍人、士官とはそんな相反する素養を矛盾なく同居させることが出来る人物に他ならないのだ。
「~~~~~~~~~~~!私は!良い制度、なんだと思います。やっぱり自分たちのところだけ税金が高いってなると納得し難いですけど、皆同じっていうのならそれなりに納得出来るでしょうし」
そもそも勝手に帝国の一部扱いされていること自体がクロスベルの人間にしてみれば我慢ならないーーーとは流石にユウナも口にはしなかった。彼女とて考えなしの馬鹿ではない。不本意だろうと歯を食いしばって頑張っていくしかないということはわかっている。帝国の名門士官学院を卒業したという経歴は、帝国の一部になってしまったクロスベルの中で頑張っていくに際して必ずや役に立つのだから。短気を起こして退学になってしまえば、今度こそユウナの夢は閉ざされてしまうのだ。
「よろしい、それが貴官の意見だな。さてイーグレット候補生、貴官はどう思う?私は無論知事閣下ひいては帝国政府のこの改革を支持するが、伯爵家の人間である貴官などにはまた違った意見があるのではないかな?」
「そうですね……いよいよ以て宰相閣下は我々領地持ちの息の根を止めにかかるおつもりのようですね」
「そういう事だな。内戦とケルディックの一件で貴族派の勢力は完全に失墜した。
我々革新派にとっては長きに続いた体制を変革する絶好の機会に他ならない」
教え子の物騒な表現に対しても動じることなくリィンは堂々とそれを肯定する。
エレボニア帝国という国に長きにわたって君臨し続けた諸侯と呼ばれる領地持ちの貴族。
彼らは自らの領地においてほとんど絶対的な権利を有する謂わば王であった。
そして権力を支えるのは治安を維持するための武力であり、その武力を支える財力であり、その財力を支えるのは民からの徴税に他ならない。
八大都市構想というものをつまるところ諸侯から自らの生命線たる徴税権を奪い取るものに他ならない。
当然諸侯にとっては看過しえるはずもないが、内戦によって最大の諸侯であったカイエン公爵家が取り潰されたのを筆頭に諸侯の勢力は大きく失墜した。
ケルディック焼き討ちは領民たちの間に己が領主に対する大きな不信感を植え付けた。
領邦軍は規模を大規模に縮小されて、仮に反発して内乱を起こしたところで帝国最強たる獅子将軍とその旗下の部隊によって瞬く間に鎮圧されることが目に見えている。
宿敵たるカルバードも帝国国内が荒れたとしても付けこむような余力を残しておらず、万一共和国が居たとしてもクロスベル総督たるルーファス・アルバレアが居る。
改革を行うのは今が最大の機会なのだ。
例えその結果
「企業の経営者として私見を述べさせてもらうのなら、八大都市構想はぜひとも実現して頂きたいものですわ。その辺りのバラつきで私どもは相当苦労させられておりますので」
リィンの言葉に乗っかるようにイリーナもまた経営者として八大都市構想に対する歓迎の意を表明する。
「そうですね……お二方の立場ならばそういう意見になるのは当然の事でしょう。
ですがわたくしもイーグレット伯の孫娘として私見を述べさせてもらうのならば反対です。
我々貴族にもまた背負うものが多く存在致します。そしてそれを支えているのは我らが治める領地であり、領地からの税収に他なりません。政府のしようとしている改革は確かに大局的見地に基づくものならば合理的なものかもしれませんが、それに切り捨てられる側としてはおいそれと賛同することは出来かねますね」
普段のどこか茶目っ気のある様子ではなく凛とした確かな芯を感じさせる言葉でミュゼ・イーグレットはイリーナ・ラインフォルトとリィン・オズボーンに己が確かな意志を見せる。
「……まあ当然懸念はあるだろう。その辺りを調整して互いに納得のいくところへと落とし込んでいくのも政治家の役目の一つだからね。今回私とオリヴァルト殿下ーーー副宰相閣下がクロスベルを訪れたのもその辺りを話し合うためでもある」
だから余り心配しないでほしいとカール・レーグニッツは穏やかな笑みを浮かべる。
彼の言葉に虚偽はないし、彼とオリヴァルト・ライゼ・アルノールが誠実で良心的な政治家であることも疑いようがない。
だが、それでも彼らは帝国のトップではない。
そして帝国の頂点に現在立っている男は彼ほどに悠長ではない。
必要とあらばあらゆる反発を踏みつぶして成し遂げる鋼鉄の男であり、軍事力とはそうした反発をねじ伏せるための力に他ならない。
いよいよとなったときには覚悟しておく必要がリィンにはあった。
「その失礼ですが、州議会ではマクダエル議長ともお話されるご予定なんですよね?」
一方ユウナ・クロフォードが懸念しているのは何よりもその事であった。
その光景を目にして以来ユウナの心の片隅にもやがかかっていた。
「ああ……そのつもりだったんだがどうも体調を崩されてしまったようでね。今日の晩餐会も欠席なさるという事みたいだ。明日の議会までには回復しておられると良いのだが」
「何分ご高齢の方ですからね、無理もないことでしょう」
クロスベルの重鎮たるヘンリー・マクダエルの不在。
その理由を知りながらリィンは素知らぬ顔で表向きの欠席の理由を肯定する。
個人として好感を抱いている人物ではあれど、是非もなし。
この一件に関してのルーファス総督の判断は帝国軍人としてみれば間違ってはいない。
ーーーいや、この一件に限らずこれまでのところルーファス・アルバレアという男の判断に誤りはない。
彼が祖国に多くの益を齎す優秀な人物であることは個人的には気に食わないリィンをして認めねばならぬ事実だ。
だからこそ、性質が悪いのだが。
「……まあこちらとしては議長閣下と話が出来ないのはいささか残念だけど、最大の目的は達成したので良しとするわ」
「最大の目的というと……あの新型の列車砲ですか」
イリーナの言葉にクルトたちが思い起こすのはクロスベルへと運び出された新型の列車砲。
そしてその問いかけにイリーナは無言でうなずくことで肯定の意を示す。
「どうしてあんなものをクロスベルに……1年前の共和国との和約でもうクロスベルに列車砲は配備しない事が決まったはずじゃないですか!?」
一年前に起こったタングラム要塞への新型列車砲に端を発した共和国との戦争。
結果は帝国の双璧の活躍も相まって、帝国の圧勝を以て幕を下ろし、クロスベルとノーザンブリアの帝国への帰属が国際社会にも正式に認められたわけなのだが、同時に両国の緊張を招いた列車砲は撤去し、以後も配備しないことが決定した。故にもしもタングラム要塞にあの新型の列車砲を配備したとなれば、それは明確な条約違反なわけなのだが……
「ユウナ、だったかしら?条文については正確に記憶しておくべきね。
かの条約で執り決められたのはあくまで国境付近への列車砲の配備を禁止すること。
国境付近ではない都市部に配備しておく事は何らかの条約に背くものではないわ。
そして我々企業は顧客からの求めに応じて商品を作っているだけのこと。
如何なる意図でアレを求めたかという事について聞きたいのであれば政府か総督府ーーーあるいはその両者からの信認の厚い軍の高官にでも聞くべきね」
そこでイリーナは帝国宰相とクロスベル総督の信認厚き中将という軍の高官へと視線を向けて
「如何かしら?中将閣下、今回政府と総督府が新型列車砲を弊社に発注したのは如何なる意図に基づくものかしら?」
「無論、戦略兵器という抑止力を用意することでこの地を守るためでしょう。強盗から身を守るために必要なのは言葉ではなく、こちらを襲えばただでは済まないと知らしめるだけの力ですからーーーそれがまあ一番の理由ですがさらに述べるならばいざという時に敵の選択肢を削ぐためでしょうね」
「選択肢を削ぐ?」
キョトンとした様子でリィンの言葉にユウナが問いかける。
「ああ、列車砲は純然たる戦略兵器だ。一年前がそうであったように、民意というものに動かされる共和国はこれを無視することは出来ない。どれほど不利であろうと、それを破壊するために死力を尽くさねばならぬわけだ。すなわち列車砲を配備した場所がそのまま共和国にとっては最重要な攻略対象となるということ。こちらからすればいともたやすく、敵の思考を誘導できるわけだ。軍事的に見れば、これほど有利なことはそうはあるまい」
軍の高官としての軍事的合理性に基づき告げられた言葉にユウナは血相を変える。
「それじゃつまり、戦争になったらクロスベルが真っ先に狙われるって事じゃないですか!」
「列車砲が配備されてなかったとしても共和国と戦争になったらこの地を真っ先に戦場になるさ。そういう地だよ、此処はな。だからこそ、それを守るためには力が必要なのさ」
力なき正義に何ら意味がないことをリィン・オズボーンは幼き日に知った。
平和を維持するためにはそれを守るための力がーーー奪わんとする敵を完膚なきまでに粉砕するだけの力が必要なのだ。
「そして自制なき力はただの暴力となる。なればこそ我ら軍人は自らを強く律しなければならない。そうでなければ秩序はたやすく崩れるのだから。そのことを軍属として諸君も努々忘れぬ事だな」
自制?一体何をどう自制しているというのだろうか。
あの日力によって自分達クロスベルの誇りを踏みにじり、マクダエル議長を脅して強引に帝国へと併合させた張本人が!あなたの言う秩序というのはつまるところ貴方たち帝国人にとっての都合のいい秩序ではないかーーーそんな思いに駆られながらもユウナは黙って歯を食いしばる。
きっと自分の中に燻ぶるこの思いをぶつけたところで目前の英雄は一切動じることなく傲然と言い放つのだろう。「その通りだ。自らが忠誠を捧げた祖国にとっての最善となるように力を以て威を示すのが我ら軍人の役割だ」と。
そう予測したが故にユウナは必死に
「補足するが中将の語った言葉はあくまで最悪の事態を想定してのものだ。最悪の事態に備えるのが彼ら軍人の役目というものだからね。そしてそもそも最悪の事態を未然に防ぐのが我々政治家の役目だ。君たちのような若者を戦場に送らぬためにも私としても最善を尽くすつもりだ。
その上で君たちには知っておいてもらいたかったんだ。帝国とクロスベルがおかれた現状…将来の可能性と、厳しい状況の双方をね。特にいずれ至尊の地位に就かれるセドリック殿下、貴方には」
帝政たるエレボニアに於いて最終的な決断を下すのは皇帝だ。
どれほど実質的な指導者は鉄血宰相だなどと揶揄されていたとしてもそれは変わらない。
宰相に任せるという形で皇帝が決断をしていなければ、かの宰相と言えど此処まで絶大な権力を振るう事は出来なかったのだから。
なればこそ皇帝という地位は限りなく重いということを、その決断に左右される数百万、数千万の命が存在するということをレーグニッツ知事は若き皇太子に知っておいて貰いたかったのだ。
「ええ、包み隠さず話していただいたこと感謝します。決して今宵話して頂いたことを誓って無駄にはしません。
真剣な面持ちで確かな自負と共に告げられた自国の皇太子の頼もしい言葉。
それを聞き届けたレーグニッツ知事は満足気に頷くのであった。
ルーファスは支援課を利用する方向だったはずなのになんで鳥かご作戦発令しているかって?
それはアレです、狡兎死して走狗烹らるって奴です。