皇帝となる皇太子が別にいる状況ならばともかく、皇太子が消えて皇帝となりうるのがアルフィンかオリビエのどちらかというあの状況だとオリビエの立場があまりにも重すぎるし、帝国と皇族の立場が厳しくなっている。オズボーンが盛大にやらかした形なので当然革新派は後退して、貴族派による揺り戻しがここぞとばかりに起こるでしょうし、そうなると必然的に皇子であるオリビエの嫁に当家の娘を、アルフィンの婿に当家の息子をと画策する貴族は雲霞のごとく出てくるでしょうし。
そうなると己が意志で結婚相手を定めるという人としての当たり前を通すのが大変難しくなる(その辺で我を通そうとしたがために悲劇を生んでしまった人が居ましたよね皇帝陛下)
まあそういう状況になると踏んだからこそ付け入る隙を晒す前にとっとと結婚したのかもしれませんが。
「しかし、兄上はともかくとしてまさかアルフィンまで来るとはね。少々意外だったよ」
挨拶もそこそこにオリビエとその護衛を務めるミュラーは部屋を後にした。
何でも今回の視察団の代表としてやらねばならぬことが出来たためという事だった。
当然秘書官であるトワも付いていこうとしたが、そこは「せっかくの機会だから自分に代わって義弟がどの程度成長したかを見て欲しい」という名目で行われた計らいによって彼女はこの場へと残る事となった。
そんな多忙な兄に対してコンプレックスを刺激されながらも努めてそれを抑えてセドリックは着席する。
そうして姉との会話を始めたのであった。
アルフィン・ライゼ・アルノールは紛れもない帝国の皇女だが、現在はまだアストライア女学院に在学中の身。帝都を離れるようなことはそう滅多にあるものではない。
「頼まれたのよ、ルーファス総督に是非視察に来て欲しいってね。私自身、前からクロスベルとノーザンブリアはいずれ訪ねたいとーーーううん、皇女として訪ねなければならないと思っていたからちょうど渡りに船だったというわけ」
どこか茶目っ気を見せながらも凛とした様子でアルフィンは答える。
そこには確かな皇女の芯を見た者に感じさせる風格が存在していた。
つくづく姉は成長したとセドリックは思う。
皇女として訪ねなければならないーーーそれはかつての姉であればきっと出なかった言葉だ。
無論こうなる前も無責任であったというわけでは決してない、されどそれでも内戦前の姉はセドリックから見て年相応の少女とそう言って良かった。
自由闊達に振る舞いながらもどこか自分には及びもつかない遠くを見据えている兄とは異なり、姉のそれはまさしく何不自由なく育ったお姫様のそれであったのだ。
(だけど、今のアルフィンは違う。紛れもないこの国の皇女だーーー本当に成長したものだよ)
姉の成長を寿ぎながらもセドリックは誰にも気づかれぬように手を握り締める。
心の中に芽生えた黒い澱んだ気持ち、それを必死に押し殺す。
自分はこの国の皇帝となるのだから、よりにもよって姉に嫉妬するなどという情けない感情を抱いてはいけない。
皇帝とは何よりも他者を受け入れる度量を持たねばならぬのだから。
姉の方がともすると皇帝に相応しいなどという雑音はこれからねじ伏せていけばいいだけの事なのだ……
「ルーファス総督直々にね……やれやれそうなるとやっぱり僕にとってのもう一人の義兄となるのはルーファス総督になりそうという事かな?」
努めて笑顔を浮かべながら、冗談めかした様子でセドリックは市井に於いて真しやかに流れる噂の真偽を問い質す。曰くアルフィン皇女とルーファス・アルバレア総督の婚約が水面下で進みつつあるーーーと。
「別にそういうわけじゃないわよ」
「ルーファス総督は嫌いかい?」
「嫌いとかそういうのじゃなくて、単にピンと来ないだけよ。だって私は総督の事を伝聞でしか知らないもの。
勿論、現状皇女である私が嫁ぐ相手として総督が最有力だっていうのは当然わかっているけどね」
どこか困った笑顔を浮かべながらアルフィンは応える。
ルーファス・アルバレアは極めて優秀な男だ。
その才覚、示した実績、クロスベル総督という地位、公明正大な人格、そしてアルバレア公爵家の嫡男という血統どれをとっても凡そ非の打ち所がなく、皇女を娶るに足る存在と言えるだろう。年齢は多少離れているがそれでも12歳程度の差は、王族貴族の政略結婚に於いては十分許容範囲と言えるものだろう。
そしてそんな極めて優秀な男だからこそ、国という観点から見ればどうしたとて首輪を宛がっておきたくなるのはある種の必然と言えるだろう。ルーファス・アルバレアは西ゼムリア大陸の要衝たるクロスベル州を統括する総督であると同時にそのクロスベル州と隣接している帝国東部クロイツェン州を治めるアルバレア家の当主でもある。内戦によってカイエン公爵家が没落したことにより、今やアルバレア公爵家ーーー否、ルーファス・アルバレアこそが帝国最大の貴族と言えるだろう*1。
そうそれこそクロスベルという地の特殊な事情も相まってルーファス・アルバレアが
無論実現の可能性が存在するからといってだから実行するとはならない。そのようなことをしてもルーファス・アルバレアにはメリットなどないのだから、聡明なる翡翠の城将がそのような乱心を起こすことなどまずあり得ないだろう。
さりとて全く首輪をつけないというのもまた
ならばこそ、第一皇女アルフィン・ライゼ・アルノールの嫁ぎ先としてルーファス・アルバレアこそが最有力となる。
そしてそれは長らくクロスベルに存在していなかった
「ええ……理解しているのよ。それが私の果たす義務だって事位……ね」
そうした事情をアルフィンとて総てではないが理解している。
基より皇族というのはそういう存在なのだと。
愛する者と結ばれるのではなく、
---されど、それに徹しきれるほどアルフィン・ライゼ・アルノールはまだ大人ではなかった。
何故ならば彼女とて皇女であると同時に一人の少女なのだから。せめて学生でいるうちは友人たちのように一人の少女として夢を見ていたいとそんな細やかな願いが存在する。
「まあそう焦る事もないですよ、姫様はまだ成人だってしていないわけですし。結婚するだなんてまだ当分先の話ですよ」
なればこそ、皇女としてのアルフィンに忠誠を誓い、少女としてのアルフィンを守りたいと願う騎士アデーレ・バルフェットはそんな皇女を駆り立てるのではなくその心を含めて守らんとする。
「だって姫様はまだ18歳ですよ18歳。なーんかハイアームズ家の三男と良い雰囲気になっているエリゼちゃんが進み過ぎなだけですよ。私が18の頃なんてそれはもうクレアと一緒にトールズの赤い雨と呼ばれてブイブイ言わせていた頃なんですから、そんな焦るような歳じゃないですって」
なぜか無性に泣き出したくなる衝動を務めて抑えながら、ケラケラと笑いながら場の空気をアデーレは努めて明るくしようとする。
何故ならば彼女は自分よりもはるか年下のこの少女が自分では及びもつかない重責を担い、果たしたことを知っているから。
その程度の細やかなわがまま程度いう権利がこの自慢の主君にはあると彼女を想っている。
もしもそれを責める奴がいるとすれば、それは自分のことを棚に上げて他者にばかり多くを求める屑か、それとも情というものが存在しない鋼鉄の戦車のように無慈悲な存在だろうと思う。
前者だった場合には容赦なく殴り飛ばしてやるし、後者の場合も国にとって必要だと理解はしつつも友達にはなれないだろうとアデーレは思うのだ。
そんな己が騎士の配慮の言葉にアルフィンは顔を綻ばせる。
「そうですよね、ちょっとエリゼの方が進み過ぎているだけで私が遅れているわけではありませんよね」
「そうですそうです、エリゼちゃんがちょっとおませさんなだけで、殿下が遅れているわけではありませんとも!ええ、それはもう!間違いないかと!」
「も、もう姫様に中佐はまた二人揃ってそんなことばかり……私はただパトリックさんと健全なお付き合いをしているだけで……そんな二人に言われるほど進んでいる等というわけでは……」
「それはつまりアレですかエリゼちゃん……20後半になっても交際経験がない私が暗に遅れているだけだと、そういいたいのですか……」
「い、いえ決してそういうわけでは……」
幽鬼のような表情を浮かべるアデーレにエリゼは気おされながら冷や汗をかく。
流石にこれを前にして「そのような表情を浮かべるから殿方に敬遠されるんですよ」などと言い放つ度胸はエリゼになかったし、同時に無慈悲でもなかった。
「まあ結婚していてもおかしくない歳だってのに、付き合ったことすらないオボコってのは確実に遅れている方だろうな」
「現在の帝国の平均初婚年齢は、男性が25.1歳、女性が23.2歳。現在の中佐のご年齢的には初婚年齢を3つ上回っています。確かに生命の使命が須らく己が遺伝子を世に残す事ーーーすなわち子を作る事だという観点から考えれば、中佐はその点に於いては大幅な遅れをとっていると言わざるを得ないでしょうね」
そしてそうした豪胆さを有しているのがアッシュ・カーバイドであり、どこか常識に疎いが故に未だにそうした機微に疎いのがアルティナ・オライオンである。二人は何の躊躇いもなく平然とした様子で地雷を踏みぬき、アルティナはあくまで淡々とした様子で続けていく。
「ですが人間は社会的な生き物です。子どもを作るだけが人間の生きる目的ではなく、また社会に貢献する術ではありません。そして中佐はその若さで中佐という高位にまで昇り詰め、皇女殿下の親衛隊隊長なのですから、引け目を感じる必要性などというものはないと個人的には思います」
「そうでしょう!そうでしょう!何も結婚だけが女の幸せじゃないんですよ、ええそうですとも!私はせっせと社会的な責任というのを果たしているわけですよ!!!」
「はい、誇ってよろしい事かと。……まあそこのトワさんのように副宰相の首席秘書官という極めて社会的に高位な地位に就きながらも幸せな家庭を築いているお方も同様に私は知っていますが。現在は未だ子宝にこそ恵まれておりませんが、週に一度は時間を作り、必ず床に入っているお二人の仲睦まじきご様子からしてもそう遠くない内に……」
「ア、アルティナちゃんってば何言っているの!?ストップ!その辺でストップ!それ以上言うのは禁止!!!」
どこか得意気な表情を浮かべながら自分達夫婦の性事情まで赤裸々に語りだし始めたアルティナの口を顔を真っ赤にしながらトワは塞ぐ。
「まあそりゃ夫婦なんだからよ、ヤル事ヤッていてそりゃ当然なんだろうが……なんつーかこのちっこい秘書官殿と我らが教官様がってのはいまいち想像出来ねぇな」
「というか想像するとなんというか割とこう犯罪チックな光景よね。ひょっとしてあの人ってばそういう趣味なの?」
ひそひそとアッシュとユウナの二人が己が教官に対して好き勝手な論評を始める。
日頃隙らしい隙を見せずある種の鬱憤が溜まっている二人にとっては絶好の機会に他ならなかった。
英雄を敬愛するクルトとセドリックは沈黙を選び、ミュゼは何を想像したのかほんのりと頬に赤みが指していた。
「聞き捨てなりませんねユウナさん、良いですか確かにトワさんの外見に関してはそう私と変わりません。豊満な身体をお持ちのユウナさんやミュゼさんから見れば、女性としての魅力に不足があるように見えるかもしれません。しかし、それは外見のみで人を推しはかる愚行というもの。トワさんの魅力はそのまさしく女神のごとく深く優しい慈愛と包容力にこそ……」
そしてそんなユウナにアルティナは憤然とした様子でこの世で最も敬愛する二人の名誉を守るために食って掛かるが
「アルティナちゃん、ストップって言ったのが聞こえなかったのかな?」
「はい………」
女神のような深い慈愛を持つ女性がどこか空恐ろしさを感じさせる笑顔と共に告げた最終通告を前にあえなく消沈するのであった……
アルティナ「また私、何かやってしまいましたか……?」
アルティナちゃんがトワさんとリィン将軍について語るときは基本早口になります。
帝国の平均初婚年齢は大正時代の日本を参考に女性で高位の地位に就いているものが結構いることから女性の社会進出が進んでいると推測して+しております。
ちなみに結婚相手に関してばかりはリィン将軍も余り強く出れません。
自分もその手の権力闘争の有利不利を無視して己が我を通した側なので。
「俺の地位と力は父に与えられたーーーいわば借り物なのかもしれん。だが妻と友は自分で選んだ」