晩餐会はつつがなく終了した。
そうして視察団のVIPを市内に存在する迎賓館に送る準備を整えている最中に
「!?」
それはハーメルの地で感じたどこまでも清澄なる闘気とは真逆の猛々しい闘気の奔流。
2年程前に遭遇した魔人の気配であった。
「バルフェット中佐、ヴァンダール中佐、ただちに両殿下をお連れしてこの場より退避せよ」
そしてこの場に居合わせる最上位の軍人にして最強の使い手たる男は即座に自らと同じくその気配を察知して臨戦態勢へと移ったミュラー・ヴァンダールとアデーレ・バルフェットの両名に指示を下すと矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「光翼獅子機兵団総員に告げる。屋上に“劫炎”が現れた。
これより
諸君は視察団の方々の安全をその命に代えてでも必ずや守り抜け。
アームブラスト中佐、アーヴィング中佐。皇太子殿下から決して目を離すな。
屋上はあくまで陽動に過ぎず、本命は要人の暗殺の可能性も高い。注意を怠るな」
リィン・オズボーンは軍人であり、中将という階級を持つ将だ。
必要とあれば部下に死ねと命ずることも厭わない。
だが、だからといって貴重な人材を無駄死にさせる気は毛頭ない。
現れたのは結社最強とも謳われる“魔人”---かの光の剣匠をして足止めがやっとであったという本物の怪物だ。
必要なのは
そして現在タワーに居る中でそれに該当するのはクロウ・アームブラストただ一人*1であり、劫炎が陽動の可能性も考慮に入れれば、皇太子の護衛も必要である以上これこそがベストではなくともベターだと判断する。
「クロスベル総督として現在オルキスタワーに居る全職員に告げる。
緊急時のマニュアルに従い、直ちに避難を開始せよ。
案ずる事はない、これはあくまでも万一に備えた念のための措置というものだ。
我ら帝国の英雄の足を引っ張らぬようにするための……な」
何があったのか?等という問いかけをする事も無くこのタワーの最高責任者たるルーファス総督もまた指示を下す。
それはまさしく多くを語らずとも通じる帝国の双璧の阿吽の呼吸とでも言うべき光景であった。
「それでは、任せたよ中将」
「ええ、お任せあれ総督閣下」
そうしてリィン・オズボーンは一筋の閃光と化した。
目指すは屋上。帝国最強たる男をして死を覚悟しなければならぬ魔人がそこで待っている。
・・・
「久しぶりだな、灰色の騎士。いいや、今は獅子心将軍様だったか?きっちり俺の誘いに乗ってくれたみたいで嬉しいぜ」
展開された人形兵器、それを歯牙にもかけずに一蹴しながらたどり着いた屋上で、リィン・オズボーンは魔人と相対していた。立ち上る魔気とでもいうべき莫大な闘気の奔流はかつて戦った時がほんのお遊びに過ぎなかった事を否応なくリィンへと理解させる。
「生憎帝国最強の名を冠す者として、その背に守る者が居る状態でこの身には見過ごすだとか逃げるだとかと言った選択肢は許されていなくてな。
例え、それが人の身を超越した魔人であろうとだ。この身に求められるは常に“勝利”---その二文字のみ」
その上でリィンの口より放たれるは熱き気概。
何故ならば彼は紛れもない英雄。
相手が自分よりも格上?生物としての格が違う?勝機が薄い?
それが一体何だというのか。
打破困難な難局、勝機の薄い難敵ーーーそうしたものに
勝ち戦でしか戦えぬ腑抜けに断じて英雄を名乗る資格など無し。
「ククク……随分とまあそそらせてくれるじゃねぇか。あの光の剣匠を差し置いて伊達に最強だなんて言われてねぇって事か。そこまで混じりながら正気を保っている辺り大したもんだぜ、
愉快気にマクバーンは笑う。それはかつて逃がした魚が期待通りの大魚となったことを喜び、此処まで育ったのだから十分だろうと舌なめずりをする捕食者の表情。髪は白く染まり、その瞳は灼眼へと変わる。そしてその身より黒い焔が立ち昇り出す。
「ああ、《鋼》の思惑何ぞ知ったこっちゃねぇ。戦鬼の小娘も逝った以上、もう遠慮する必要もねぇだろ。てめぇは俺の獲物だ、
空間の裂け目より取り出されるは《魔剣アングバール》。
常人であれば即座に気を失うであろう凄まじいプレッシャーがマクバーンの身より放たれる。
「
「ククク、気に障ったか?だったら、撤回させて見せるんだな」
「言われずとも。今すぐその身に刻んでやろう、我が双剣を以て帝国に挑んだその愚かさの代償を。
来るが良い
紡がれるは宣戦。
放たれるは鬼気。
そうして結社最強の魔人と帝国最強の英雄は激突を開始した。
・・・
「これは……」
「なんというすさまじい闘気……」
離れた距離でも否応なしに感じ取れる莫大な二つの闘気の奔流。
皇族の親衛隊長を務める紛れもない達人にして帝国有数の使い手たるアデーレ・バルフェットとミュラー・ヴァンダールをして格が違うと言わざるを得ないそれに、二人はほんの少し表情を歪める。
今回は魔人の相手を務めることが出来る英雄がこちらにも居たから良かった。
しかし、もしもその英雄が不在の時にアレに襲撃をかけられたら?
命を賭してでもそれを食い止めて主君を逃がすことが護衛の務めだが、アレを相手にしては命を賭してもそれが出来るかは厳しいと言わざるを得ない。
その事実に二人は歯噛みする。上には上が居るという事実ーーー久しく味わう機会を失ったそれを今一度この上ない形で実感させられたが故に。
特に兄弟子としての意地というものがあるミュラーは尚一層であった。
「フフフ、なるほど。これが我らが英雄の全力というわけか」
戦士としてみれば自身をはるかに凌駕するその力を感じ取り、ルーファスは笑う。
それでこそ私が認めた
弱者を相手に収める当然の勝利に価値などない、自分をして勝てるかどうかわからない難敵にこそ自分は勝ちたいのだと。
「・・・・・・・・・・」
ギリッと奥歯をセドリック・ライゼ・アルノールを噛み締める。
強く握りしめられた両の手には薄っすらと血が滲んでいる。
まただ、また自分を無様に逃げているーーーそんな思いが心の内を満たす。
憧れたのはあらゆる敵を前にしても一歩も退かぬ無敵の英雄。
暗黒竜を打倒した英雄帝のように、獅子戦役を平定した獅子心皇帝のように。
勇士たちに守られるのではなく、勇士たちと共に戦う皇帝ーーーそれこそがセドリックが成りたいと焦がれる皇帝だ。
だというのに、今の自分のなんと不甲斐ない事か!そんな思いがその胸に渦巻く。
「そりゃ」
瞬間、その場に居合わせた者はあっけにとられる。
クロウ・アームブラスト、皇太子の護衛を任された男がこともあろうにその皇太子に拳骨を落としたからだ。
セドリック自身も慮外の痛みに思わずその場で頭を抱えて蹲る。
「ア、アームブラスト!貴様!一体何をしている!!!!」
「何って避難中に余計な事を考えて気がそぞろになっている生徒が居たから、教官として気合を入れてやっただけだっての、なんか間違ったことしたかよ?」
「い、いや……それは……」
堂々とした様子のクロウに常識人たるミハイルは言葉を詰まらせる。教官と生徒という関係から見ればなるほど、クロウ・アームブラストの行動は筋が通ったものだろう。
しかし、相手はこの国の皇太子なのだ。それを相手にして一生徒と同列に扱う等という行為が出来るものなど一体どれ位居るだろうかーーー少なくとも圧倒的少数派である事は間違いないだろう。
「ごちゃごちゃ余計な事考えているんじゃねぇよ皇子様。
こういう時に何が何でも逃げるのがあんたらの役目。
命に代えてでも逃がすのが俺たちの役目だ。
お前みたいな立場の人間が血気に逸ったような真似をすれば、死ぬのはお前だけじゃ済まねぇんだ」
皇太子たるセドリック・ライゼ・アルノールが今屋上に赴くような真似をすればまずもって彼と同じ班の人間ーーーのみならず演習に来ている学院生、光翼獅子機兵団の面々はそれに付き合わざるを得ない。
当然の話だ、皇太子たる彼を一人戦場へと赴くのを見過ごしーーー結果彼が負傷、戦死したような事にでもなれば、その時点で彼らの人生は終わる。
流石にかつてのように死を賜る等という事にはならないだろうが、それにしても皇太子の学友でありながら、皇太子を見捨てて逃げた等という風評がこの国に住まう者としてどれほど致命的な物になるかはもはや語るまでもない。
無論、貴人が率先して前に出るという行為はそうした不利益ばかりではない、セントアークでの演習の時のようにその場に居合わせる者を鼓舞する効果を発揮する事とてある。故にその勇敢さを一概には否定することは出来ないだろう。
されど、今屋上に手英雄が相対しているは紛れもない怪物。帝国最強たる英雄をして格上と言わざるを得ない紛れもない魔人だ。
その場に未だ雛鳥でしかないセドリックらがのこのこと顔を出せばーーーそれはただの足手まといにしかならない。何せ魔人はその気になれば、このオルキスタワーそのものを燃やし尽くす事が出来るほどの図抜けた殲滅力を有しているのだ。英雄たる力を持たぬ
「ええ……わかっていますよ」
クロウの語るそうした
理解できていればこそ、今こうしておめおめと兄や姉と共に避難をしているのだから。
だがそういう常識論をこそ粉砕し、結果をたたきつけて黙らせる存在こそが“英雄”と呼ばれる存在のはずではないか。
だからこそセドリックは腹立たしい。無茶を通して道理を引っ込ませることが出来ない己が弱さに対する怒りが止まらないのだ。
そしてそんなセドリックの
「あのな皇子様、お前の憧れているあいつだって……」
最初からあそこまで
そこで皇太子へ向けて放たれた光弾それをクロウは双刃によって叩き落す。
放たれた光弾はそれだけではない、アルフィン皇女にオリヴァルト皇子、そしてルーファス総督と言ったVIPの面々へと明らかに害意の込められた攻撃が放たれる。
しかし、それらは総て護衛の面々によって弾き落される。
怒りと共に光弾の放たれた方向へと視線を向ければ、そこには二人の人物が佇んでいた。
「フフフ、見知った顔も何人かいますが一応初めましてと言わせて頂きましょうか。
結社身喰らう蛇が使徒第三柱《根源》のマリアベル・クロイス。どうぞ見知りおきをお願いいたしますわ」
「そして僕は執行者No.0道化師カンパネルラ。よろしく、今や大陸最大の超大国となったエレボニア帝国の皆さ……」
「奥義!光鳳剣!」
「奥義!破邪顕正!」
告げようとした言葉は最期まで紡がれる事はなく、これが礼儀を弁えぬ招かれざる客に対する持て成しだと言わんばかりにアデーレとミュラーの両名が現れた結社の二名へと襲い掛かる。
「やれやれ、今屋上でマクバーンとやり合っている彼と言い、どうにも帝国の人達ってのはガチな人ばかりで困るなぁ。もう少しゆとりを持とうよ、ゆとりをさぁ」
「ウフフフフ、中々に手荒い挨拶ですこと。ですが、良いですわねぇ貴方。私のエリィ程じゃありませんけど、中々に私好みですわ。ええ、是非とも持ち帰って思う存分に私好みに染め上げてみたいところです」
しかし、その攻撃をカンパネルラは幻影のようにすり抜け、マリアベルの方は障壁を展開して防ぐ。
それを前にしてミュラーは舌打ちをして、舌なめずりをするマリアベルにアデーレは27年間守り続けてきた貞操の危機を感じ、悪寒がその身に走る。
「一体何の用かな、身喰らう蛇の諸君。総督府の門は常に民に対して開かれているが、訪ねてくるのならば相応のアポイントメントを取るのが礼儀というものだろう」
「
一応この街で暮らしていた人間として
「ハハハハハ、なるほど
「おっしゃる通り、今回の挨拶は貴方だけではなくそこらに居られる帝国の中枢を担うお歴々に対するものも兼ねての事です。
あわよくば
「我ら帝国を英雄頼りの国などと思ってもらっては困るな。
我ら帝国臣民は皆、祖国とそれを統べるアルノールの方々に絶対の忠誠を捧げている。
皇族を狙うという事はすなわち、皇族を守らんとする忠勇なる帝国臣民総てを敵に回す行為だと心得たまえ」
「あははは……!ゾクゾクしてくるなぁ……!これは少し、分が悪いかな?」
「そうですわね。いささか見くびっていたと言わざるを得ませんね。
劫炎を相手どるならば、それこそVIPの護衛を務める達人達が総がかりでやっと位かと思っていたのですが……帝国最強その名をどうやら伊達ではなかったようですね。
まさかたった一人で彼とやり合える等と……うふふ、宰相閣下にとってはさぞご自慢のご子息なのでしょうね」
マリアベルが告げた言葉にアルティナはフンすと鼻息を荒くしながら、得意気な顔を浮かべ、その未発達な胸を思いっきり反り返らせる。
「死線にヴァンダールの若獅子に戦乙女に蒼の騎士ーーーそしてそこの皇子殿下と総督閣下自身も中々の使い手と見えます。欲を張ってはこちらの身が危ないというものですわね」
自分ではなく兄を指す油断ならない使い手という賞賛、それを聞いてセドリックの胸に形容しがたいドロドロとした心の中に沈殿していたヘドロのように昏い思いが一瞬浮かび上がる。しかし、セドリックはそれを必死に抑え込む。
「ええ、納得致しましたわ。これほどに優秀な人材が揃っているのです。いつまでも帝国に忠誠を誓わぬ
何気なく放たれた無邪気なるマリアベルの言葉、それは彼女にとっては何の事はない一言であった。
しかしーーーそれは
「え………」
クロスベルの英雄をこそ敬愛する少女には落雷のごとき衝撃を齎したのであった……
ヘクトル帝に対する作者のイメージ:バー〇バリ
マリアベルがVIPの面々をなんで攻撃したかって?
この作品だとマリアベルとルーファスは裏でツーカーな仲じゃろ?
今回の晩餐会でマクダエル議長が欠席されているじゃろ?
そんな中、VIPの面々が襲撃された事件が起きるじゃろ?
しかもマリアベルは元はクロスベルの人間で議長の孫娘と仲の良い友人同士だったやろ?
さて、誰に疑惑が向けられるんやろうなぁ?
とまあ、そういう話です。
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次回帝国最強VS結社最強
Exceed!を準備してお待ちください。
オルキスタワー「やめろーーーーー死にたくなーい!!!」