獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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ノーザンブリアとかいう一国だけ君主ガチャ大外れを引いた可哀想な国。

ちなみにリィン・オズボーンがアルノールの忠臣をやっているのは
オリヴァルト皇子とアルフィン皇女が内戦中にきちんと皇族の務めを果たして上に立つに相応しい器を示した事が大きいです。
基本この男は皇族のために国があるんじゃなくて、国のために皇族が居るのだと思っている男なので
もしも塩害に際して国民見捨てたような糞君主だった場合「貴様にこの国の王たる資格はない」とか言って普通にクーデター起こして国の実権奪い取りにかかるタイプの男です。


軍事は政治に従属し、政治は経済に従属する

 

 北の猟兵。それはノーザンブリア自治州に於ける英雄の名であった。

 突如現れた塩の杭という未曾有の大災害によって国土を侵された同国は元々の気候の厳しさも相まって、ゼムリア大陸の最貧国へと転落した。

 そんな最中猟兵として外貨を稼いできてくれるバレスタイン大佐を始めとする元公国軍人たちによって結成された北の猟兵は良くやってきたと言って良いだろう。

 猟兵という行為に賛否はあれども、それでも彼らの稼ぐ金銭によって多くのノーザンブリアの民が助かっていた事は事実なのだから。

 しかし、それはあくまでノーザンブリアの理屈であり、彼らの信ずる正義である。

 そして当然世の中というのは彼らの道理によってのみ動くわけではない。

 彼らが故郷のためと言って犠牲とした者達にとて当然その者達にとっての正義と理屈が存在する。

 そして正義と正義がぶつかり合う時、双方に理性が働けば話し合いによって決着が図られるだろう。 

 しかし、言葉によって決着がつかなければ、その時人は最も原始的な方法によって己が道理を押し通す事となる。

 

 “力”だ。

 それを野蛮だと罵る資格は彼らには存在せぬだろう。

 何故ならば、自国の民のために他国の人間を踏み台にする事を選んだのは他ならぬ彼ら自身だったのだから……

 

 発端は内戦の折に起きたある悲劇であった。

 ケルディック焼き討ち、よりにもよって自領を焼き払うという貴族の名声を地に落とす事となった蛮行。

 帝国政府はこの責任を首謀者たるヘルムート・アルバレアのみならず、その実行犯として働いた北の猟兵に対しても求めたのだ。

 帝国政府より通達された多額の賠償請求。それを巡ってノーザンブリアの自治州議会は当然のように紛糾した。

 何せノーザンブリアはゼムリア大陸における最貧国、北の猟兵の稼ぐ外貨によってなんとか最悪の寸前で踏みとどまっている状況、帝国政府より伝えられた損害賠償請求に応じる余力など当然存在しない。かといって真っ向から拒否するには帝国は余りに強大過ぎた。そして、北の猟兵はノーザンブリア自治州と関係ない存在とその関係を断ち切る事も出来なかった。それは故郷によって英雄と慕われる彼らを切り捨てるような真似をすれば、民からの反発がどうなるかわからないという現実的な思考と、評議員の面々自身も彼らに対して少なからぬ感謝を抱いているからこそでもあった。何よりもそうして関係を断ち切ってしまえば、北の猟兵の稼ぐ外貨を失った自治州はいよいよもって秩序が完全に破綻するのは目に見えているからでもあった。

 

 かくして会議は踊る、されど進まぬままに回答の刻限のみが無慈悲に近づいて行くのであった……

 

・・・

 

「というわけで准将、ノーザンブリアの併合これを君に頼みたい。

 仔細は君に一任する故、アランドール少佐とリーヴェルト少佐と協力して上手くやってもらいたい」

 

 そしてそんなノーザンブリアとは対照的に帝国は迅速に動いていた。

 鉄血宰相ギリアス・オズボーン、豪腕を以て祖国を束ねる稀代の指導者の下で。

 

「我々は軍人です。それが祖国と皇帝陛下の御為とあらば、例えそれが極北の地であろうとなんなりと行きましょう。

 ですがあえてお聞きします宰相閣下、これは本当に我らが帝国(・・・・・)の為になるのかと」

 

 リィンの舌鋒は鋭く、礼節にこそ則っては居るもののかつて目前の人物に対してあった尊敬や親しみと言った温かみがその言葉から抜け落ちているようにクレアには感じられた。

 

「こういう言い方は余り褒められたものではありませんが、ノーザンブリアはクロスベルとは異なります。

 民衆は飢え、国土は荒廃しており、貴重な人員と多くの予算を投じて併合したとしても得られるものは極小。

 そんな国をわざわざ併合するのは何故ですか?実際に命を掛けるのは戦場で戦う事となる私の部下である以上、納得の行くご説明を頂きたいものですね。

 「この戦いはお前たちが命を掛けるに値するものである」と、そう部下達に対して言えるように」

 

 当然だが、領土というのは単に増えれば良いというものではない。

 豊かな資源なりなんなりがあってそれ相応の旨味が在ればこそ、貴重な人員と予算を投じて手に入れる価値があるのだ。

 かつてクロスベルを巡って幾度も共和国と帝国が激突したのも、そもそもクロスベルの地に七耀石の鉱脈が発見されたからであった。

 しかし、ノーザンブリアは違う。ゼムリア大陸の最貧国であり、その土地は塩害によってやせ細り、民衆は疲弊しきっている難治の地だ。

 これを手に入れるのはいわば不良債権を自分から抱え込むようなもの。なればこそこれまでも積極的に併合する事無く放置していたのだから。

 

「そうだな……質問に対して質問で返して申し訳ないが君はどう思う准将?何故ノーザンブリアという最貧国を君たちという貴重な人員を投じてまで帝国政府が、いや私が(・・)併合しようとしているのか?読める(・・・)かな?」

 

「……第一に結社身喰らう蛇なる犯罪組織の拠点を壊滅させる事。

 帝国軍情報局の調べで蛇共の巣穴が幾つかそこにある事は伺っております」

 

 無論、それだけの為に軍を動かしては国民の納得は出来ない。

 故にこれはあくまで裏の事情。表向きの理由、ノーザンブリア併合が帝国に益を齎すという精算は別のところに存在する。

 

「第ニにノーザンブリアを復興させる事で、レミフェリア公国、帝国政府の直轄地たるオルディス、ジュライの海上貿易を復興させて経済活動の活発化をさせること。カイエン公爵家が没落した今、これらの海上貿易で得られる利益は即ちそのまま政府の収入となります」

 

 それはかつてクロウの祖父、旧ジュライ市国最後の市長が行おうとしていた計画だ。

 かつて帝国政府はそれの妨害へと動いた。何故ならばあの時オルディスはカイエン公爵の治める地であり、ジュライ、オルディス、ノーザンブリア、レミフェリアの海上貿易が盛んになればそれだけオルディスが、政敵たるカイエン公爵が強大になるという事を意味していたから。

 しかし、今やジュライは帝国政府直轄たる経済特区であり、オルディスもまたカイエン公爵家が没落した事で政府の直轄地となった。海上貿易で得られる利益は総て帝国政府の収入となるのだ。

 長期的視野で見た場合の税収の増加、これによって財務省を説き伏せて併合のための予算を吐き出させたのだろう。

 

「第三にノーザンブリアの土地そのもの。

 塩害で国土を侵されたかの地は農作物がほとんど育たなくなった不毛の地となりましたが、逆に言えば工業地帯にするにあたって一切の支障がないという事でも在る。現在拡大を続けて、製品の生産が追いついていないRFグループ辺りなどはさぞかし魅力的に映る事でしょうね」

 

 クロスベルを併合したことで帝国の経済は隆盛を迎えている。

 帝国最大の企業RFグループ等はその恩恵を特に受けているわけだが、当然ながら製品を作るためには工場を作る必要がある。

 そしてこの工場の設立というのがそう容易には行かぬものなのだ。

 金だけ出せば良いというものでもなく、先祖伝来の土地を手放す事に抵抗のある者というのは農業が盛んな帝国では想いの外多い。

 加えて自国の食料を自前で用意できるだけの食糧生産量は国として最低限確保しておく必要がある以上、余り農地を潰して工業地帯にばかり変えるわけにも行かない。

 その点ノーザンブリアは工業地帯にするのに最適と言えた。何せ、既にボロボロの不毛の地なのだから。二束三文の値段で広大な土地を手に入れる事が出来るのだ。

 

「第四にノーザンブリアに住まう人そのもの。

 外貨を稼ぐために猟兵となる者達を内戦で失った多くの人員の供給源とすることが出来る。

 軍に志願しない者達もRF社の工場で働くようにすればいい。

 そうなれば、彼らは立派な帝国社会の一員となり、経済活動を促進する消費者となる。

 数年程度立ち上がるまで介助をしてやれば、注いだ投資に見合うだけのリターンが在る」

 

 何時の時代も軍隊の最大の供給源は貧困層だ。

 元より外貨を稼ぐ北の猟兵が英雄とされて多くの子どもが志願している土地だ。

 併合されて北の猟兵が解散したとなれば、必然彼らは新たな働き口として黄金の軍馬の紋章の下へと集うだろう。

 何故ならばそうしなければ生きられないのだから、命よりも「誇り」を選ぶ事が出来るのは何時の時代も圧倒的な少数派だ。

 そしてそうでないもの達は、RFグループが作る事となる工場で雇えば良い。何せ好景気に湧く今の帝国はとにもかくにも人手が足りていないのだから。

 

「そうして帝国の一部へと正式にしてしまえば、今後ノーザンブリアからの移民に悩まされる事はなくなる。

 どのみち悩まされ続ける事になるなら、いっその事完全に帝国領にしてしまったほうが面倒が少ない」

 

 ノーザンブリアの多くの民が、極貧となった祖国を捨てて新天地を求めた。

 そしてノーザンブリアと国境が接しており、大国たるエレボニアはずっとそのノーザンブリアからの移民に悩まされ続けていた。

 それはノーザンブリアという国が抜本的に改善されない以上、今後も続く事となるだろう。

 ならばいっその事完全に併合して帝国領にして帝国の一員にしてしまった方が良いと、要はそういう話である。

 

「そして最後にノーザンブリアを併合したことで《塩の杭》の本格的調査を行う事が出来る。

 上手くすれば原因を究明して、それへの対処を講じる事が可能となる」

 

《ノーザンブリア異変》と称される全国民の三分の一の命が失われる事となった大災厄。

 これを引き起こした《塩の杭》、それが何故起こったのかは未だ明らかとなっていない。

 つまるところ、ノーザンブリアで起きたこの異変がある日エレボニアに起こらない等と断言する事は決して出来ないのだ。

 天変地異として見れば、それは地震や台風等と変わらぬかも知れぬが、何せこれは原因が完全に不明なのだ。

 何故発生したのか?それさえ全く以て判明していない。正体不明のものほど恐ろしい事はない以上、それを解明して原因を究明して対処方を練り上げておく事は必要だろう。

 

「以上の事からノーザンブリア併合には、投じたコストに見合うだけのリターンが在ると帝国政府は考えた。

 それが私の結論です。如何でしょうか宰相閣下、採点の程は?」

 

満点(・・)だよ准将、総て君の推測した通りだ。

 既にノーザンブリアの復興のためにRFグループ会長とクライスト商会会長とは話を通している。

 彼らとも協力してノーザンブリアの併合を推し進めてくれたまえ。これが帝国政府よりの要請となる」

 

 満点と言われながらもリィンは空恐ろしい思いを感じる。

 ノーザンブリアを併合する事のメリットはリィン自身が述べたとおりだが、しかしこれを実行するには根本的なところで莫大な予算が必要なのだ。

 リィンの述べたメリットはあくまで長期的に見た場合の話、短期的に見ればそれを成功させるには多くのコストを費やす事となる。

 なればこそ、これまで帝国はその気になれば何時でも併合する事の出来たノーザンブリアを放置してきた。

 しかし、クロスベル併合によって総てが動き出した。クロスベルという金の卵を産む鶏を手に入れた事で帝国政府は莫大な財源を得た。

 それが、ノーザンブリアの併合を可能とした。

 

 つまりギリアス・オズボーンはそこまで考えた上でクロスベルを併合したのだろう。

 領土の拡大によって帝国民の中には好戦的な空気が醸成され、それを後押しするかのようにノーザンブリアという新たな兵士の供給源が加わる。

 そうして行き着く先は唯一つーーー共和国を相手にした大戦。

 

 それら総てがギリアス・オズボーンの描いた絵図なのだ。

 改めて己が父ながら怪物と言う他ないだろう。

 こと戦略と政略の次元に於いて未だ自分は父に遠く及ばない。

 

「その要請引き受けました。総ては偉大なる祖国と皇帝陛下の御為に」

 

 だがその上で今は父の思惑に乗る他ない。

 無数の怨嗟を浴びる事を承知の上で、それでも為さねばならぬ事があるのだから。

 それが帝国のためとなるのならば是非もない。行き着く先はどう在れ、ノーザンブリア併合は確かにエレボニアに益を齎すと確認できたのだから。

 例えそれが北の猟兵の矜持を踏みにじる事だろうと是非もない。

 なぜなら自国の正義(・・・・・)力によって押し通す(・・・・・・・・・)のが軍人の役割なのだから。

 その点において自分と北の猟兵は同じ穴の貉だろう。

 なればこそリィン・オズボーンには一切の躊躇いも迷いもない。

 これから行うのは即ち同属同士の生存競争なのだから。

 

「ではこれより部下と共に具体的な作戦計画を練らなければ行けませんので、私はこれにて失礼致します」

 

 そうしてリィンは儀礼的な敬礼を施すと王者の如く外套を翻し、宰相の執務室を跡にする。

 親子の語らいなどそこには存在しない。帝国宰相と光翼獅子機兵団司令官としての事務的なやり取りのみを行ったのみだ。

 クレア・リーヴェルトはそんな義弟に何かを言おうとしてその背に手を伸ばさんとするが……結局胸に渦巻く思いを言葉に出す事は無く、自分もまた宰相へと挨拶してその場を跡にし、鉄道憲兵隊少佐として上官たる帝国正規軍准将の跡へと続く。

 

「やれやれ、本当に似た者親子だねぇ」

 

 肩を竦めながらレクターは告げる。

 

「私がアレ位の年の頃はもう少し可愛気というものがあったがね。

 そういう意味でアレの器量は私を凌ぐと言えるかもしれん。

 最も父親としてそう簡単に譲る気はないがね」

 

 その言葉は常と変わらず圧倒的な覇気に満ちている。

 だがレクターからすると、単に己が息子を自慢しているどこにでもいる親ばかにしか聞こえないものであった。

 

「それでは宰相閣下、私もこれにて失礼致します」

 

「ああ、義兄として義弟を支えてやってくれたまえ」

 

 そうしてレクターも一礼をして執務室を跡にする。

 そうして部屋を出ようとした瞬間

 

レクター(・・・・)アレ(・・)は決断した。

 なればこそ君にしてもクレア(・・・)にしても遠からず決断しなければならないぞ。

 この私に就くのか、それともリィン(・・・)へと就くのかをな」

 

「ーーーああ、わかっているさ」

 

 そうしてレクターが立ち去った事で静寂さが戻った執務室でギリアスはそっと立てかけてあった写真を見つめる。

 その瞳はどこまでも優しく慈愛に満ちたものであった……

 

 

七耀暦 1205年7月5日

 

 エレボニア帝国政府からの要求に反発した猟兵団《北の猟兵》がノーザンブリア自治州議会を占拠し、帝国政府に賠償請求の拒否を伝える。同日、帝国政府よりのノーザンブリア併合の要請をリィン将軍は受諾。旗下の部隊へと出撃命令を下す。

 後の世に《北方戦役》と謳われる戦いの始まりであった……




クロスベルはともかくノーザンブリアは正直帝国に併合されて幸せだったのでは感が拭えない(猟兵が外貨を稼がなければ冬に餓死者が出る詰んでいる国とか……ねぇ)
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