獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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積み上げるが良い。お前に残されたすべてを。
一言心の中で唱えるが良い“捧げる”と。
さすれば頂きより天に飛び立つ漆黒の翼を授からん。


そして英雄は決断した

 

 リィン・オズボーンは帝国正規軍に於いて中将の地位にある重鎮である。

 そんな地位に在るものが清廉潔白な聖人君子であるわけもない。

 その手は数千数万に及ぶ敵と味方の血によって汚れている。

 戦えば必ず誰かが犠牲になる。それを承知の上で、自分自身の命よりも価値あるものの為に命を賭けて戦えーーーそう命令するのが将足る者の務めなのだから。

 リィン・オズボーンが突き進んだ道は屍によって築き上げられたものだ。

 そしてそれはこれからも変わらない。

 エレボニアという国とそこに住まう民の幸福の為にこれからもリィン・オズボーンは敵と味方双方を殺して進み続ける。

 剣は凶器。剣術は殺人術。軍人というのは国家というものを運営するに当たり、必然的に生じる必要悪を担う存在である以上それが変わる事は決してない。

 そして国家の必要悪たる軍隊に求められるのは徹底した確実性だ。作戦を立案、遂行する事に際して自身の願望を投影する事は強く戒められる。出来るだけ犠牲を減らすように努力する事は出来る。だが、誰も犠牲にしないというのは軍事ーーー人間の中でも最大の悪徳とされる殺し合いを遂行するにあたっては現実として不可能なのだ。

 そう、だからこそリィン・オズボーンは理解している。何の犠牲も無しに何かを成し遂げようとする等というのは現実を理解していない幼稚な夢想家か、はたまた自身には総てを救うことが出来る等と思い上がった傲慢なる愚者かという事を。

 総て承知の上で突き進むと決めたのだ。

 

 覚悟という耳障りの良い言葉で誤魔化す人殺しーーーとそう糾弾されれば返す言葉もない。

 だが、それでも途中で止めるわけにも終わるわけにもいかないのだ。

 英雄とは即ち人々の希望を担う存在ーーーなればこそ途中で止まるわけにも終わるわけにもいかない。

 何故ならば、これはリィン・オズボーンが自分の意志で始めた物語なのだから。

 愛する祖国とそこに住まう人々の幸福ーーーそれを護る為にこそ戦うと誓ったのだから。

 こんなところで終われない。終わるわけにはいかない。

 リィン・オズボーンの代役を務められる者などいないーーーこれは自惚れではない厳然たる事実だ。

 此処で自分が死んでしまえば、もはや父を止められる者は居なくなる。

 そうなってしまえば祖国に待ち受けるのは破滅だ。

 そんな未来を断じて認めるわけにはいかない。

 

 だが、その道は今途絶えようとしている。

 認識が甘かったと言わざるを得ないだろう。

 自分は最大級の警戒を払ったつもりでいたがーーーそれでも敵はその上を行った。

 この世には人智を超えた存在が居るという事を思いあがった人間へと痛感させる生きる災厄ーーー魔神。

 それを前にもはやこちらの命は風前の灯火。

 勝機は皆無。どれほど気勢を上げても精神力で何もかもが押し通る程この世は甘くはない。

 いくら騎神が鋼の至宝よりその力を引き出していると言っても、限界は確かに存在するのだから。

 何らかの方法で()()()()を突破する以外にこの状況を打破する手立てはない事は明らかだ。

 

「蒼の起動者クロウ・アームブラスト、灰の起動者リィン・オズボーン。

 この場で相剋を果たしなさい。それが蒼の深淵ヴィータ・クロチルダが貴方たちに示す事のできる、たった一つの起死回生の手段です」

 

 だからそう、突き付けられた選択に対してリィン・オズボーンは決断をしなければならない。

 将たる者の務めは決断する事。それがどれだけ辛い事であろうと決断しないという事は決して許されない。

 これは、リィン・オズボーンが自分の意志で始めた物語なのだから。

 

・・・

 

 ーーー死ぬとしたら俺の方だろうな。

 ヴィータの言葉を聞いて、まず真っ先に俺の中に浮かんだのはそんな思いだった。

 ヴィータとはそれなりの付き合いだ。悪趣味なところはあるが、洒落にならないような冗談やつまらない嘘を言うような奴じゃないし、何より悪ぶっているがなんだかんだで情深い奴だ。

 そんなあいつの今浮かべている表情を見れば、もう真実それしかないのだという事がわかってしまった。

 

 そしてそれを理解したら、自分でも驚くほどにすんなりと死を受け容れちまった。

 元々本来であれば俺はとうの昔に終わるはずだった人間だ。

 それがこうやって生きてきたのは、あの馬鹿に引っ張られてきたからに他ならない。

 死んで哀しむ人間だってきっとアイツの方が多い。

 だからこそ生き残るべきはあいつだろうとそう俺は自然に思った。

 気にすることはねぇ。もともと拾った命だ。両方仲良くくたばるしかなかったのが一人でも生き残れるならば上等だろうとーーー

 

「ならばーーー為すべき事はただ一つ」

 

 決して揺らぐことのないような鋼鉄な宣誓が告げられる。

 ーーーいや、こういう時にお前が躊躇わねぇ奴だとは知っていた。

 知っていたが、それはそれとしてそうも躊躇い一つ見せてないと流石に複雑なんだが。

 仮にも親友だろうが俺たちは。親友を殺すのに躊躇い一つ見せないってのはどうなんだよこの薄情者。

 

「俺たち二人でその運命をこの場で超越するまでの事。

 ヴァリマールとオルディーネを融合させる!」

 

「---は?」

 

 告げられた埒外の提案にクロウは絶句する。

 クロウだけではない、その場にいた誰もが余りにバカげた英雄の言葉に唖然としている。

 

「いや、お前人の話聞いていたのかよ……」

 

「聞いていたとも。騎神とは基より鋼の至宝を分割したものであり、当然のようにそれらが再び一つに戻ろうとしており、それこそが相剋に他ならず、その相剋は敗者の死によって果たされるとな。---その上でだ、なあそれは誰が定めたルールだ?」

 

「そいつはーーー」

 

「鋼の至宝の意志とやらか?だがだとしてもそれに俺たちが従わねばならぬ道理など存在しないーーーいいや、むしろ俺たちは従ってはならないんだよ。何故ならば俺たちが目指すのは鋼の至宝の振りまく呪いとやらを超える事にあるんだからな!」

 

 放たれるのは決意に満ちた宣誓。

 光の翼で天へはばたかんとする獅子の咆哮だ。

 

「かのリアンヌ・サンドロットが生存して結社に居るという事実ーーーそれを知った時から俺はずっと彼女が何故結社に身を置いているかを考え続けていた。亡霊などと自らを殊更卑下するように言っていたが、そんな存在でない事は彼女の放つ清澄なる闘気が証明している。

 そしてそこの結社の使徒である彼女の目的を聞いたことでようやくそれがわかったよ。槍の聖女リアンヌ・サンドロットは全ての相剋に勝利して鋼の至宝の担い手とならんとしている。そしてその上で鋼の至宝が内包した呪いを自身の意志で抑えようとしているーーーそう俺は推測した」

 

 蘇った彼女は知ったのだろうーーー自身が文字通り命を賭けて救わんとした祖国。

 それを蝕む元凶が存在する事をーーーそれを失くさぬ限りまた獅子戦役のような悲劇が幾度も繰り返されるという事を。

 そしてーーーそのために結社身喰らう蛇という組織に所属する事を選んだ。

 国家という軛に囚われては為せぬ事を為すために。

 “鋼”という彼女の異名はその名の通り、彼女の鋼の至宝の担い手にならんという宣誓であったのだ。

 

「だからこそ、お前を此処で殺すわけにはいかないんだよクロウ」

 

「……話が繋がってねぇぞ。何がだからこそなんだよ」

 

「簡単な話だよ。俺一人では彼女には届かない。

 だってそうだろう、彼女は200年間進み続けた偉大な先人だ。

 たかだか20年しか生きていない俺がたった一人で追いつける相手じゃない。

 同じやり方を選べば、多少の才能差なんて積み上げた歳月の前にあっさりと踏みつぶされて終わるさ」

 

 淡々とリィンは事実は口にする。

 リィン・オズボーン単騎ではアリアンロードには決して届かない。

 何故ならば彼女こそが人を超越して武神の領域にまで踏み込んだ、紛れもない武の至境にして到達点だから。

 それを相手に単騎で勝とうというのはまず不可能。それを認めなければならない。

 

「だが俺たち二人でならばきっと可能性は生まれるはずだ。

 何よりも至宝によって敷かれたレールに沿って動いてどうして至宝の支配から逃れることが出来る。

 此処で奇跡の一つや二つ、起こして運命を超越できなければどの道破滅を食い止める事など出来ないさ」

 

 この場で親友をその手で殺せばリィン・オズボーンの心の中には黒い染みが生まれる。

 今もこの胸の中で猛る衝動に付け込まれる事となる黒い染みが。

 それではいけないのだ、何故ならばリィン・オズボーンが為そうとしているのは運命の超克というこれまで誰も為しえなかった前人未踏の領域。

 それを本気で果たさんというのならば敷かれた最適解を選び取るだけではいけない。

 状況によって迫られた不本意な選択ではなく、決して揺らぐ事のない断固たる決意で以て真に進みたい道を自ら拓かねばならぬのだ。

 “英雄”とは暗闇の荒野に道を切り開くもの。無理無茶不可能ーーーそんな風に愚者と断じる周囲の雑音を結果で以て黙らせる大馬鹿なのだから。

 

「出来るはずだ()()()なら」

 

 そして英雄が告げるのは己が相棒に対する絶対の信頼が込められた言葉。

 それがクロウ・アームブラストの心の中に存在する躊躇いを吹き飛ばす。

 

「全く……本当にとんでもねぇ奴と親友(ダチ)になっちまったもんだぜ」

 

 呆れ切った様子でクロウは告げる。

 されどその口元は愉快気に。

 

「ああ、やってやるさ!付いていってやるよどこまでもな!!!」

 

 語るべき事は終えたと言わんばかりに黒焦げの騎神二体が揃ってその手を重ね合う。

 そしてその霊力を振り絞り、共鳴させ高め合う。

 

(無理よ、そんなの出来るわけがない)

 

 そうヴィータ・クロチルダは両者の試みを断じる。

 帝国の呪いはそんな生易しいものではない。

 どれほど互いに深く信頼し合っていようと。

 そんな事は不可能なはずなのだ。

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」」

 

 何故ならば彼ら二人は違う存在だから。

 夫婦だろうと恋人だろうと親友だろうと親子だろうと兄弟だろうと。

 人というのはどこまで行っても他人でしかない。

 どれほど心を通わせたつもりでいようと、真実心を共有させるとなればどうしたって拒絶反応が起きる。

 それが起動者に選ばれるほどに確固たる意志を持った存在であるならば猶更の事だ。

 真実の一心同体ーーーそんな状態になれるはずもない。

 そう、二人がやろうとしているのは余りにも無謀な事だ。

 常識的に考えれば、ヴィータは静止するべきなのだろう。

 現実から目を背けず、選べと。

 そう叱咤するべきなのだ。

 

(だけど、これを見ている私自身が思ってしまっている……()()()()()()って)

 

 それはその決断が決して現実を理解していない幼稚な夢想によるものではないから。

 前人未踏の荒野を往かんとする確かな決意と覚悟がそこに存在するから。

 故に今こそ英雄は超越を果たす。

 たった一人では届き得なかった領域へと。

 くそったれな御伽噺をーーー輝ける英雄伝説(サーガ)へと塗り替えるべく。

 

「「超越(アライブ)」」

 

 降臨するは蒼白の騎神。

 運命を切り開く存在しえなかったはずの第八の騎神ヴァリマール・デスティニーが此処に顕現した。

 




炎って赤のイメージを持たれがちですけど完全燃焼した炎って青白く燃えるんですよね。

どうでも良い作者のイメージですが
リィン・オズボーンをウォー・グレイモンだとするなら
クロウはメタルガルルモンって感じのイメージです。

主人公とその相棒は割と脈絡なく合体して良い。
古事記にもそう書いてある。
アリアンロード様を超えるならむしろこれくらいやれないと。

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