「離脱を許可した覚えはないのだがね」
「な、確かに意識を失わせたはずーーー」
「裁きを受けるが良い」
極・ジャッジメントバレット
融合が解除されたと同時、リィンとクロウの二人の姿が騎神のコアから飛び出る。
その身体は満身創痍。文字通りの限界を超えた全霊を振り絞った一撃を放ったことで精も魂も尽き果てたーーーといった状態だ。
しかし、まだ戦いは終わっていない。
魔神マクバーンは消えたが、魔人マクバーンは未だ健在。
此処で倒れてはこれまでの苦労が水泡に帰す以上、まだ倒れるわけにはいかないーーーと英雄は死力を振り絞り立ち上がり、目前の魔人を見据える。
「……悪い。なんつーか色々と迷惑かけちまったみてぇだな」
しかし、人の姿へと戻ったマクバーンは憑き物が落ちたかのようにとても晴れやかな様子でそんな事を口にする。
そこに先ほどまでの存在するだけで他者を圧迫する圧倒的な魔気は無い。
思わずリィンもそんなマクバーンの様子にどこか毒気が抜かれる。
基より今のリィンは気力でどうにか立っている状態で、クロウに至っては完全に力を使い果たしたためか気を失っているこの状況。
遺憾ながらもこれ以上の交戦は困難だと将としての冷静な部分が告げている。
ならば、敵に戦意がないというのに藪を突いて蛇を出すよりはしばらく様子を見るのが吉と判断した。
「そして……やってくれたじゃねぇかカンパネルラ、ええ!?」
「そう言われてもね、別にこちらとしては
圧倒的な格上たる魔人からの詰問、それを受けても道化師はまるで気にした様子もなくいつも通りの飄々とした様子で肩を竦めながら答える。
そんな道化師の様子にマクバーンは苛立たし気に舌打ちをする。
「チッ、身喰らう蛇とは良くいったもんだぜ。まあ良いてめぇらに世話になった事も事実だ。多少の事は大目にみてやるよ。
だが、同時に目の前の奴らにも借りが出来ちまった。なのに、素知らぬ顔をしてこのままお前らに協力するってのは流石に筋ってもんが通らねぇだろう」
「あーそうなるとやっぱり」
「ああ、「便宜上執行者は使途からの指示に従い動くがそれは強制ではない。執行者は盟主よりあらゆる行動の自由が保証されているからやりたくないならやらなくていい」俺を勧誘した時に確かにそう言っていたよな?
今回の計画含めて、今後帝国での活動は控えさせてもらうぜ。またあいつらとやりあったら、今度こそこの世界を
「まさか。それは盟主直々に君たち執行者に与えられた神聖な権利だ。好きにすればいいよ。……君が欠けてしまうのは正直痛手ではあるけどね」
繰り広げられる到底秘密結社とは思えない余りにも軽すぎる会話を聞いてリィンは信じがたい思いを受ける。
劫炎のマクバーンは紛れもない結社最高峰の戦力のはずだ。そして現在結社がリィンの愛する祖国エレボニア帝国で何やら暗躍をしているのは明白。
そんな最中に負傷などの止む得ない事情があるならあるばともかく、ただ気が乗らない等という理由での離脱を認めるなどーーー余りにも緩すぎる。
規律の信奉者たるリィンにしてみれば全く以て信じ難いとしか言いようがない。
(いや、あるいは組織の幹部ではなく外部協力者やそれこそ貴族が抱える食客のようなものだとでも考えればある程度の筋は通る……か)
どうにも組織としては余りにも遊びが多く不可解な部分は多いが、余り考え過ぎても仕方がない。
帝国に害を為さないというのならば良し、もしも仇名すというのであればその時はどれほど強大な存在であろうと全身全霊を以て叩き潰すーーーそれだけの事なのだから。
「つーわけだ、詫びと言っちゃなんだが今後俺はお前達帝国には手だししねぇし、ぶっ壊れちまった建物までは戻せねぇが俺とやりあって消耗した分は今回復する……これで今回の件は納得しちゃくれねぇだろうか?」
その言葉と共にマクバーンから流れてくるのは神聖なる焔。
膨大なーーーされど害意のない霊力がリィン達の傷を癒し、ヴァリマールとオルディーネを修復していく。
「……それを信じろと?」
マクバーンの言っている事はあくまでも口約束だ。
つまるところそれを信じるか否かというのは劫炎のマクバーンという男を信じられるかどうかという話である。
「んだよ、50年もの間この世界を壊さないように自制してきたんだぜ?約束は守る主義だし、信じてくれたって良いんじゃねぇか?俺が本当にお前ら帝国を潰す気だったら、それこそあの内戦の時にいくらでもチャンスはあったって事くらいわかるだろ?こっちだってお前らに塩の杭なんてもん打ち込まれた挙句、首を刎ね飛ばされた件を水に流すって言ってんだぜ?」
マクバーンの言う事は理にかなっている。
もしもあの内戦の時、目前の魔人が全力を出していればそれこそ未だ理に至っていなかったリィン・オズボーンでは歯牙にさえもかけられず終わっていただろう。
光の剣匠や黄金の羅刹でさえも例外ではないーーー騎神のような女神の七至宝に類するものでも持っていない限りこの魔神が全力を出したら戦いのステージにさえ立てなくなってしまうのだから。
当然内戦の趨勢など容易く覆されていただろう。
それにも関わらずあくまで人の身でも抗える範疇に抑えていた事は、目前の男が極めて理性的な存在である事の証左に他ならない。
意固地になって排除に拘る事は得策とは言えないだろう。
「……良いだろう。その言葉信じるとしよう」
「理解して貰えたようで何よりだぜ、やっぱり日頃の行いって奴は大事だな。
じゃあな、リィン。お前達との戦いは最高に熱かったぜーーー鋼の奴に届くかどうか楽しみにさせて貰う」
その言葉と共に劫炎のマクバーンは姿を消す。
残されたのは劫炎の詫びのおかげでほぼ万全に近い状態となったリィン・オズボーンと灰の騎神。
そして結界の展開によって消耗した状態の身喰らう蛇の幹部。
---この状態でリィン・オズボーンが何を為すかと言えば、そんなものは明らかだろう。
「マリアベル・クロイス、先ほどまで結界を展開して貰った事感謝する。
そしてその上で貴様には先だってのクロスベル独立騒動の加担を始めとした数多くの容疑がかけられている。
大人しく同行するならば良し、そうでないならば死を覚悟する事だ」
「随分と恩知らずですわねぇ。藪を突っついて魔神を出した誰かさんからこの世界を護ったのは一体誰だと思っているのですか?」
「ああ、その件については感謝しているとも。
だがそれと貴様が裁かれるべき罪人である事は無関係だ」
「やれやれまったく本当に……これだから軍人という人種は好きになれませんわ。
生憎ですがあなたのような人を殺す為に生まれて来たような野蛮人とやり合うだなんて文化と知性をこそ愛する文明人の私は御免ですわーーーそれでは御機嫌よう」
マリアベル・クロイスは選択を誤った。
本来であれば彼女は結界が破壊された時点でこの場より離脱するべきだったのだ。
その決断が遅れたのはリィン・オズボーンがその時点では消耗しきっていたからというのもあるが、何よりも偏に
だがどれほど優れた技術であろうとやがては解析されて対策を打たれるのが人の世の定め。
結社身喰らう蛇との抗争状態に入った英雄が一番厄介なそれへの対抗手段を抗じないはずがないのだ。
「ヴァリマール!」
「応!」
「な!?」
掛け声と共に灰の騎神によって霊的な障壁が展開される。
そしてそれがマリアベルの発動しようとしていた転移陣をかき消す。
「生憎だが貴様ら結社の連中がその厄介極まりない能力を有している事は内戦の時に確認させてもらった。
ならば対策を講じておくのは当然の事だろう」
何故ならば今のリィン・オズボーンは数百年生きた魔女の長ローゼリアの協力を得ているのだから。転移の術自体はローゼリアも使えるものである以上、それを封じる手段を開発する事とてそう難しい事ではない。
ローゼリアの身内足るヴィータ・クロチルダは殺さないようにする事と捕縛する際には出来るだけ穏便なやり方に留める事を条件に彼女は
そして騎神には基より精霊の道を利用した転移のように霊脈へと干渉する能力があるのだから、それを応用する事でヴァリマールを用いてその術を発動できるようにすることも帝国最高の頭脳足るシュミット博士の協力があれば難しい事ではなかった*1ーーーというわけだ。
「これで逃走手段は封じた。覚悟するが良い、マリアベル・クロイス」
「クッ……」
不味い。不味い不味い不味い。
何かこの場を逃れる手段はないかとマリアベルは思考を巡らせようとーーーする余裕も与えず英雄が双剣を携えて高速で以てマリアベルへと肉薄する。
苦し紛れに放たれたマリアベルの光弾ーーーそれを英雄は刀剣で防ぐ必要さえもないと言わんばかりの単純な見切りによって掻い潜る。
しかし、マリアベルも無策ではない。自身の身を護るべく三体の人形を呼び出し展開するーーーがその程度英雄にとってはもはや足止めにすらならない。
閃剣の乱撃が三体の人形を微塵に切り刻み、英雄はそのまま速度を緩める事無くマリアベルへと肉薄。
カンパネルラが援護をしようと試みるが、そうはさせじとクレアの銃撃、レクターの発動させた導力魔法が釘付けにする。
一刀目ーーー焔を凝縮した閃剣がマリアベルを護る障壁を粉砕する。
二刀目ーーー構えた杖を両断。威力が減衰された事で胴を両断するつもりで放った一撃は手傷を負わせるに留まる。
三刀目ーーーもはやマリアベルに防ぐ手立ては存在せず、頸を切断し確実に致命傷を与えるであろうその一撃をーーー放つ事無く王手をかけながらリィンは突如として急速離脱を行う。
直後、先ほどまでリィンが居た空間を神域の一撃が吹き飛ばす。
ヴァリマールの展開した結界をいともたやすく外側から粉砕して。
「流石ですね。今の一撃、よく躱しました」
姿を現したのは紛れもない武の至境にして結社最強たる人物。
結社第七柱アリアンロードがそこに居た。
「……助かりましたわ、聖女殿」
斬られた腹部を抑え、苦悶に顔を歪めながらマリアベルはアリアンロードへの謝意を伝える。
「礼には及びませんよ、根源殿。ただ少々油断が過ぎましたね。
我らが表の世界に姿を現してからもはや数年。
そろそろ各国も我らに対して相応の対策を講じてくる頃合いです」
技術の独占などというのはそう長く持つものではない。
百日戦役で勝利したリベールの空挺部隊も数年後には共和国や帝国で導入されたように。
やがては解析され、その対抗手段が用意されるのが歴史の常というものだ。
「ええ、肝に銘じておきますわ。たった今、殺されかけた身として。
君子危うきに近寄らず。今後彼の相手は貴方のような方に任せますわ」
こんな目にあわされた屈辱はある。
だがそれを晴らそうという想いよりも何よりもこの
「それでは今度こそーーー御機嫌よう」
姿を消してゆくマリアベル、それの追撃をすることがリィンには出来ない。
この相手を前にしてそんな余裕など一切ない。
全神経を集中させなければ、次の瞬間には神速の一刺しで串刺しにされていたとしても何らおかしくはない相手なのだから。
「そう警戒せずとも、私がこの場に来た目的はあくまで根源殿の救出。
貴方と此処でやり合うつもりはありませんよーーー我らが決着をつけるにはもっと相応しい場がある。
来るべきその日までの間に精々腕を磨いておく事です。
運命を超越せんとする
それだけ告げるとその仮面の奥でどこか優し気な微笑を浮かべ、アリアンロードもまたその場より姿を消す。
「それでこうしてわざわざ残っているという事は私に何か話があるという事かな、クロチルダ殿」
唯一離脱する事無くその場に残ったヴィータ・クロチルダへとリィンは問いかける。
そしてそんなリィンからの問いかけに魔女は妖艶な微笑を浮かべて
「ええ、ご明察よ将軍閣下。担当直入に言うわーーー私と、手を組むつもりはないかしら?」
御伽噺の結末を書き換える為に必要な物語の主役。
それをついに自分は見つけたのだと告げていた。
結果として離脱されることに変わりはなくてもこういうガチで仕留めにかかっている感が物語に緊張感を与えるものと作者は信じております。