「フフ……ハハ……アーッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
響き渡るのはクロスベル総督ルーファス・アルバレアの大笑。
それは常日頃浮かべる帝国貴族の鑑と讃えられる貴公子の浮かべる優美な微笑とは異なる心からの快哉だ。
「……随分とご機嫌ですわねぇ、こっちは死にかけたというのに」
そしてそんなルーファスの様子に苛立たし気にマリアベルは応じる。
結社最強戦力足る劫炎が幻焔計画からの離脱を表明してから既に一週間が経過。
ようやく傷がある程度癒えたマリアベルはこうして同盟者であるルーファスの下を訪れたわけなのだが、そんなマリアベルを迎えたのは労いの言葉ではなく、ルーファス・アルバレアの浮かべる大笑だった。
「いやいや失敬。だが仕方がないだろう?かつても言った通り私はリィン・オズボーンのファンなのだから。
心焦がれた英雄の活躍を聞けばどうしたとて胸が躍ってしまうのだよ。こればかりは
---無論、我が同盟者足る君が無事ていてくれて良かったと心から思っているよマリアベル殿。
これに懲りたら、今後は軽挙を謹んで貰いたいものだね」
ルーファス・アルバレアは全てにおいて傑出した能力を持つ才子だ。
当然自分の能力と才幹に相応の自負を抱いている。
だがそれでも現状の状態で正面きっての戦いで好敵手たる英雄、その英雄をも凌駕する武神、そして超克の対象たる父に勝てる等と自惚れてはいない。
当然勝つための相応の
だがその秘策はマリアベルの協力無くして成立し得ない。
もしもマリアベルが倒れるような事があればルーファスの来るべき相剋での勝機はおおよそ絶望的なものとなるのだから、その言葉には万感の思いが込められていた。
「言われずとも私自身もう懲り懲りですわ」
珍しく心底参ったような口調でマリアベルもそのルーファスの言葉に応じる。
敵であろうと生かして捕えようとする
「ええ、正直言って侮っていた事を認めざるを得ませんね。
帝国の英雄獅子心将軍ーーーよもやアレほどとは」
「フフ、なんといっても彼は私の好敵手なのだからね。
そうそうこちらの思惑通りに全てが進む等というわけにはいかないさ」
「貴方の掌の上で踊っているクロスベルの英雄とは違いーーーですか?」
「いやいや、そう馬鹿にしたものではないさ。
彼らは優秀だよ間違いなくね。厳しい状況に立たされていながら、それでも尚見事その中で最善を掴みとった。
凡百の人間には到底出来る事ではないさ」
リィン・オズボーンが劫炎のマクバーンと死闘を繰り広げている最中、風の剣聖を捕縛するために実施された鳥かご作戦もまた一つの結末を迎えた。
風の剣聖アリオス・マクレインが自らの意志で衆人環視の下で自首したのだ。
「クロスベルを頼む」とロイド・バニングスに
そしてその光景はすぐさま導力ネットと有志の手によって作成された号外でクロスベル市民に瞬く間に広まった。
風の剣聖アリオス・マクレインは帝国の走狗たるロイド・バニングス軍警中佐によって捕縛されたのではなく、クロスベルの英雄ロイド・バニングスに全てを託して自らの罪を清算する事を選んだのだという形で。
それはルーファス・アルバレアの悪辣なる策謀によって苦境に陥ったロイド・バニングスを救う事の出来る紛れもない妙手であった。
何時までもアリオスを捕まられなければロイドはそれを理由に失脚させられる、さりとてロイドが自らの手でアリオスを捕まえればクロスベル市民から帝国の走狗に成り下がったと見なされてしまう。
だが、アリオスが自らの意志でロイド・バニングスに跡を託すという形で自首をしたならばそれは美しき英雄譚の継承だ。
かくしてアリオス・マクレインは自らの意志で出頭した。
新しい英雄に愛するクロスベルの未来を託して。
それはアリオス・マクレインが我が身可愛さに今日まで出頭しなかったわけではなく、愛する祖国の為に動いていた紛れもない英雄であったことの証左であった。
「ただそれでも貴方の想定の上を行ったわけではないーーーそうですわよね?」
マリアベルからの問いかけにルーファスは常と変わらぬ優雅な微笑を湛えて首肯する。
アリオス・マクレインのその決断は紛れもない英断であった。
しかし、それでもそれはルーファス・アルバレアの想定しうる範囲での最適解であり、想像を上回るものではなかった。
何故ならばルーファスは知っていたから。
アリオス・マクレインという人物の為人を。
いざとなれば祖国の為に我が身を惜しまぬ献身をする英雄と呼ばれる人種がこの世には存在する事を。
アリオス・マクレインが真にクロスベルの民の敬慕に値する存在であるならば、その程度の事はやってくるとさえ思っていたのだ。
「彼らは優秀だよ。---だが惜しいかな、余りにも彼らは清廉すぎる。
大義を為すためには時として容認しなければならぬ少数の犠牲ーーーそれを彼らは容認する事が出来ない。
勝つためには味方の犠牲を厭わぬという苛烈さーーーそうしたものが決定的に欠けている。
“駒”としては優秀だが、指し手になれる器ではないな。
ひたすらに正着を打っていて勝てるのはもともと優位な側か、または相手が失着をした場合に限るのだからね」
「それは当然でしょう。彼らがそうしたものを容認できるならばそもそも独立騒動の際にこちらと敵対していませんもの」
「それに関しては完全にベットするには君たちの計画が余りにも危険だったというのも大きいと思うがね。
本気で独立を勝ち取る気だったというにはディーター元大統領の行動は余りにも杜撰過ぎた。
アレでは国の未来を託すには聊か以上に不安というものだろう」
「お父様は夢見がちな方でしたから。
そしてそれを諫めるべき立場にあったイアン先生の本命は碧の大樹計画にこそありましたから。
ーーーまあそんな先生も土壇場になって日和ってしまいましたし、層々いないという事でしょう。
夢想に逃げる事無く現実を見据えた上で不断の意志と断固たる覚悟を以て前進し続けることが出来る“超人”などというのは」
「ああ、その通りだ。滅多にいるものではないよ、そんな存在は。
ーーーそして真実稀少だからこそ、そのような存在に出会ってしまえば手を伸ばさずには居られない」
瞬間、ルーファスの脳裏に浮かぶのは鋼鉄の意志を宿した男の姿。
若き日己が依拠していた貴族の誇り等というものが幻想に過ぎなかった事を知り、全てがどうでもよくなっていた時に出会い焦がれた自らの真の父だ。
「そうーーー正着を打ち続けていて勝つことが出来るのはこちらが優位な場合か、さもなくば相手が失着を犯すような凡百の打ち手の場合のみ。
「まあこちらとしては他ならぬスポンサー様のご要望ですし協力する事も吝かではありませんが、貴方は貴方でお父様の事をどうこう言えませんわねぇ。市民から集めた大事な血税を自分の野望の為に遣おうとしているんですもの」
「ハハ、借りた分は利子をつけてしっかり返すさ。
私が彼と閣下を破り全ての頂点に立った暁にはね」
ルーファスとて別段望んで悪名を歴史に刻みたいわけではない。
目的のために必要とあらばいくらでも非情にはなるが、それでも自分が目的を果たし勝利を掴みとった暁には統治者として相応の責任を果たすつもりだった。
「なんにせよかの魔人殿が大暴れしてくれた事でオルキスタワーに大規模な改装を施しても怪しまれないだけの理由付けが出来た」
オルキスタワーは建造したばかりの建物だ。
そこに大規模な改装を加えるとなれば当然相応の理由付けというものが必要となってくる。
なればこそルーファスはかの魔人に襲撃をして貰ったのだ。
結社最強の存在を退ける事が出来る帝国最強の英雄が居るタイミングを狙って。
「そしてかの風の剣聖もクロスベルの英雄を守るために出頭した今、私は憂いなく来るべき戦いに備えることが出来るようになった」
計画を進めるにあたってルーファスが最も警戒していたのが風の剣聖アリオス・マクレインだ。
警察官足るロイド・バニングスが捜査へと踏み切るには、相応の法的な根拠というものが必要となる。
そしてその手の根回しに於いてルーファスのこの地における威光は絶大である以上、先ず以てその許可が下りる事はない。
よしんば彼が自らの地位を総て手放す事を覚悟して強制捜査へと踏み切ったとしても、特務支援課最強の実力者足るランドルフ・オルランドを欠いた状態ではまず以てルーファス直属の精鋭部隊の警備網を突破する事など不可能だ。
だがそこに大陸有数の実力者足る風の剣聖アリオス・マクレインが加われば別だ。
既に追われる身である彼の場合捨て身の特効戦術を取ることが出来る。
そして大陸有数の実力者である彼を実力行使によって止める事は至難の業。
突破されないにしても警備に相応の綻びが生じる事となるだろう。
そしてその綻びをロイド・バニングスは決して見逃さない。
そうして自らが何を企んでいるかが白日の下に晒されてしまえば、さしもののルーファスも御終いだ。
何せルーファス・アルバレアは未だ皇帝でも宰相でもないのだから。
しかし、もはやその憂いも消え去った。
風の剣聖アリオス・マクレインは自らの意志で出頭したのだから。
「後は零の御子を手に入れるのみ」
「ええ、そうすれば錬金術の秘奥たる
そしてそれによりこの地に存在した零の至宝の残滓の力とこの地に住まう者達の魂を吸収して金の騎神はかつてない高みへと至るーーーというわけですわ」
すなわちかつて獅子戦役の折オルトロス帝が緋の騎神テスタロッサをエンド・オブ・ヴァーミリオンへと進化させたように己が騎神を進化させる事。
それこそがルーファス・アルバレアの秘策であった。リスクはあるが成功した時のリターンもまた絶大。
むしろこれ以外にルーファスの勝機は存在しないのだ。
何せルーファス・アルバレアは起動者の中では最弱なのだから。
そんな者が本気で勝とうと思うのならば、相応の秘策というものが必要だろう。
例えその為にクロスベル50万の民を生贄に捧げる事になろうともルーファスには止まる気などありはしない。
それさえもルーファスが“勝利”し、大陸統一という大偉業を成し遂げた史上初の人物ともなれば“必要な犠牲”として扱われる事となるだろう。
歴史とは勝者が紡ぐものなのだから。
「“英雄”も“伝説”もそして“神”をも超えて私は天へと立つ。
勝利をこの手にーーー勝つのは私だ」
戦士としては起動者中最弱の兄上がどうやって勝つか。
その答えがこれです。
テスタロッサがEOVへと進化したのだからエル・プラドーが似たような事やっても不思議じゃないよね!
というかパパボーンやリアンヌ様に本気で勝つ気ならこれ位の事やって然るべきだよね!
ちょうどいい具合に零の至宝なんてものまでクロスベルにはあるんだから。
え?キーアには手を出さない約束をしたんじゃないかって?
はっはっは、やだなぁアレは「帝国政府」との間に結ばれた約束であってルーファス・アルバレア「個人」との間に結ばれたものじゃないですよ。
地の文でも書かれているでしょ?目的の為ならばいくらでも非情になるって。
イシュメルガが勝者となってしまえばそれこそ世界が終わるんですから、それを食い止めるためならばクロスベル50万の民の犠牲だって「必要な犠牲」って奴ですよ。
断腸の決断って奴です。