アレはまさしくその通りだったんでしょうね。
ロイド・バニングスという男の英雄伝説に於いて碧の軌跡までの話は英雄としてスタートラインに立つまでの話。
彼の真価が試されるのはあの後だとそんなつもりで描いたのが今回の話になります。
アリオス・マクレインがクロスベル警察へと出頭してより3日後。
そのアリオスより未来を託されたクロスベルの英雄ロイド・バニングスはクロスベルの良心として市民より讃えられ、自身も尊敬して止まぬヘンリー・マクダエル州議会議長の邸宅を訪れていた。
曰く、お爺様より貴方に折り入って話したい事があると仲間でありエリィ・マクダエルに言われて。
ヘンリーの孫娘でありロイドの大切な仲間でもあるエリィ・マクダエルも交えて三人*1は穏やかな会話を交わしながら、夕食を共にした。
「いや、久しぶりに楽しい食事だったよ。どうにも最近はこうして誰かと食事を共にする機会というのがめっきり減ってしまったものだからね」
政治家にとって、いやある程度以上の地位になった者にとっては食事の時間さえも人脈を作る為の仕事の一つとなる。その機会が減ってきているのは即ちヘンリーが逆境の中にある事を意味している。
「………」
「きっとまた増えていきますよ。先生はこの国にとって必要な人なんですから」
「ありがとう、だが私もいい加減に歳だ。
何時までこうして働き続けることが出来るかはわからない。
---総督閣下にもそろそろ引退を視野に入れた方が良いのではないかと言われてしまったしね」
「それ、は」
ヘンリーの告げた言葉に自然とロイドの浮かべる表情は険しいものとなる。
ヘンリー・マクダエルは既に70を超える高齢だ。
そんなヘンリーが
だがロイド・バニングスは知っている。
そもそもヘンリー・マクダエルが表向きそういう理由で引っ込めざるを得ない状況に他ならぬルーファス自身が仕向けていたことを。
いよいよ以て体裁を整えて彼を排除する方向に動き出しているのだという意図がそこにある事は明白であった。
「無論、今すぐに引退するつもりは毛頭ないとも。
だが、総督の言う事に一理ある事も確かだ。
どれほど頑張ってもこの仕事を続けられるのは後4年といったところだろう」
政治家というのは真面目にやればやるほどすさまじい労苦を背負う事となる。
そんな労苦を自らの意志でこの歳まで背負いこんできたのは偏にヘンリー・マクダエルという男の使命感と責任感の賜物である。
しかし哀しいかな。人間である以上どうしたとて肉体というのは劣化していく。
自らの身に宿る霊力が豊富でかつ運用する術を身に着けた達人と呼ばれる人種であれば老化を遅くすることが出来る。
だが生憎とヘンリー・マクダエルにはそうした心得はない。
州議会議長という激務をそう何時までも続けられない事は彼自身が良くわかっていた。
「…………」
ヘンリーの語る内容はロイドにも理解出来る。
しかし、同時に今のクロスベルの置かれた状況の中でヘンリー・マクダエルが政界より退いてしまえばどうなるかという事に思いを馳せて自然とその表情は固いものとなる。
ヘンリー・マクダエルはクロスベルの政界における良心であり重石だった。
腐敗に塗れて魔都と称されたこの地に於いてそうした惰弱に染まる事無く、時には老獪と称されるような強かさを見せながら睨みを効かせ続けてきた。
ロイド達特務支援課が活躍できたのも警察内部に於いては上司たるセルゲイ・ロウが睨みを効かせて自由に動けるように取り計らってきてくれたからだが、そんなセルゲイでもどうしようもない上からの圧力からロイド達を守り、後ろ盾となってくれていたのがヘンリーなのだ。
そしてそれはクロスベルが自治州から帝国領クロスベル州になって、ロイドがかつての上司セルゲイよりも偉くなってしまってからも例外ではない。
ロイド・バニングスの英雄的な活躍はヘンリー・マクダエルというクロスベル政界の重鎮が後ろ盾として存在あってのものだったのだ。
そのヘンリーが政界から去ってしまうという事はすなわちよりこの地におけるルーファス総督の一強状態が加速するという事だ。
ルーファス・アルバレアに現状明確な失着というのは存在しない。
むしろ統治者として極めて優秀と言って良いだろう。
ロイドにとっては複雑なところはあれど、正式な帝国領となった事でかつてよりも良くなってきた部分は確実に存在する。
ただ、それでもロイド・バニングスはルーファス総督と接していて漠然とした不安というものが消えてくれないのだ。
彼にとって今行っている統治というのはあくまで上に立つものの義務として行っているに過ぎず、彼の望みというのはクロスベルと帝国の繁栄とは全く別のところに存在するのではないかと。
何せ彼は既に先祖より受け継ぎ自分自身も生まれ育った愛着があるはずのアルバレア家の領地を捨ててーーーアルバレア家当主という衣をあっさりと弟に渡してクロスベル総督という衣へと着替えたのだから。
いずれまたクロスベル総督という衣を脱ぎ捨てて新しい服へと着替えるつもりなのではないか?そしてその時に自分達クロスベルの人間は
それを抜きにしても、対抗勢力の存在は重要だ。
もしもルーファス・アルバレアが真に立派で高潔な統治者だったとしても全知全能というわけではない。
権力が濫用されないか見張り、チェックをする存在は絶対に必要であり、その役目を今クロスベルに於いて担っているのがヘンリー・マクダエルなのだから。
齎される空白を想像すると自然とロイドの気分は陰鬱なものとなる。
「そして、その四年の間に私は私の持てる総てをクロスベルの未来を担う、次の世代へと託すつもりだ」
そんなロイドの陰鬱な気分を吹き飛ばすかのようにヘンリーは未来を見据えた己が決意を表明する。
当然ロイドの抱いた懸念というものはヘンリーとて理解している。
口幅ったくはあるが、今のクロスベルに於いて自分が必要不可欠な存在であるという事も。
自分が去ってしまえば、この地に於ける重しが消えてしまうという事も。
理解しているからこそ、彼は今日ロイド・バニングスを自らの家に招いたのだから。
「それはつまり……」
そしてロイドはヘンリーの言わんとしている事を察する。
ヘンリー・マクダエルの跡を継ぐ者が誰かと言えばそれは彼の孫娘であり、ロイドにとっても大事な仲間であるエリィ・マクダエルに他ならないだろう。
孫娘であり、現在彼の秘書を務めている彼女が跡を継ぐとなればそれは周囲からも納得と共に受け止められる。
だからそう今日呼ばれたのは、その事を伝えて今後も仲間として彼女を支えてやって欲しいとそういう内容だと察して視線をやってみれば
「いいえ、違うわロイド。お爺様が後継者として見込んでいるのは私じゃない、貴方よ」
「え………?」
告げられたのは予想だにしていなかった言葉。
何かの冗談かと思って、今度は祖父の方へと視線をやってみれば
そこには重々しく孫娘の言葉に対して頷き、こちらを見つめるクロスベルの良心が居て
「それが今日此処に君に来てもらった理由だよ、ロイド君。
君には政治家となって私の跡を継いで貰いたいのだよ」
「----------」
勘違いのしようもない直球の言葉。
それを聞いてロイド・バニングスの衝撃の余りフリーズ状態へと陥る。
「い、いやいやちょっと待ってくださいよ。どうして俺なんですか?
俺なんかよりもエリィの方がよっぽど」
しかし、そうしていたのもほんの一瞬。
すぐさま再起動を果たして目前の人物へと問い質す。
ロイドにしてみれば訳が分からなかった。
何せロイド・バニングスはあくまで警察官だ。
周辺諸国へと留学したエリィ・マクダエルのように政治や経済について専門に学んだわけではないのだから。
「ねぇ、ロイド。政治家になるために必要なものって何だと思う?」
「え、それはやっぱり情熱と判断力じゃないのか?」
「そうね、情熱がなければあっさりと腐敗に染まってしまう。
判断力が無ければどれだけ情熱があってもそれが空回りしてしまう。
ええ、貴方のその回答は間違っていないわ」
「だろ、そしてその判断力の裏付けになるのは身に着けた知識だ。
そして俺がこれまで身に着けてきた知識はあくまで警察官としてのものだ。
政治家としてのものじゃない」
無知な者は専門知識をちりばめた詭弁を鵜呑みにしてしまう。
実情を知らぬ者は、点数稼ぎで得た見せかけの実績に惑わされてしまう。
真に使える本物なのか、使えるように見せかけるのが上手いだけの偽物かを見分けるには当人の能力が必要不可欠なのだ。
そしてその能力とは知識と経験によって支えられる。
身に着けた知識があれば、詭弁には惑わされない。
現場で培った経験があれば、その実績が見せかけのものなのか本物なのかの見分けをつける事が出来る。
ロイド・バニングスが身に着けた知識と培った経験はいずれも警察官としてのものだ。
政治家や統治者としてのものではない。
「足りていないのならばこれから身につけていけばいいだけよ。
お爺様だって何も今すぐに引退するわけじゃないんだもの。
その上で貴方には私に持っていない大切なものをいくつも持っている」
「エリィになくて俺にあるもの、それって一体……」
「帝国の爵位よ。
あなたは独立騒動の時に帝国の皇帝から直々に爵位を与えられている。
それは貴方を懐柔するためのものだったけど、同時に貴方の立場を保障するものでもある。
私がお爺様の跡を継いで何か言っても、帝国からすれば属州の一平民の戯言に過ぎないけど、貴方が言えばそれは皇帝陛下より直々に爵位を授かった国家の功労者の発言になるーーーこの差ってあなたが思っている以上に帝国では大きいのよ?」
本音を言えば目前の人物はそれ以外にも多くの自分にはないものを持っているとエリィは思っている。
それは人を惹きつける魅力であったり、決して折れる事のない燃え盛るような熱い情熱であったり。
指導者となるために必要な多くの資質をロイド・バニングスは有している。
しかし、今それを伝えても彼は謙遜して、それはエリィだって同じじゃないかーーーとかなんとかまたこちらが赤面するような事をサラリと言ってのけるだろう。
だからこそあえてここでは帝国の爵位という客観的な証拠を提示するだけに留める。
その辺りの自覚はまたおいおい持ってもらえば良いのだから。
「ロイド君、君はこのクロスベルの地における英雄だ。
この地に住まう多くの者の希望なのだよ。
知識や経験というのは学んで身に着ける事が出来る。
確かに政治の知識と経験という点で言えば、そこに居るエリィのように君以上の者はいくらでもいる。
だが、強い情熱を理性と知性によって御して明日を目指して進み続ける事が出来る人物等というのはそういる者ではない。
君は独立騒動の時も決して諦めなかった。
絶望的な状況から見事に逆転してディーター君を止めて見せた。
そしてだからこそ、我々には責任があると思うのだよ」
「責任……ですか」
「そう、責任だ。
ディーター君のアレは確かに暴走だった。
だからこそ私も彼を止める事を選んだ。
だがね、同時にこうも思っているのだよ。
---果たして私はクロスベルの為に正しい決断をしたのか?
あるいはディーター君達の取ろうとした道こそこの地の事を想えば正しかったのではないか?とそんな弱気に駆られる事がね……」
「それは……」
それはロイド自身も何度も自分に問いかけてきた事だった。
ロイド・バニングスにあの時の決断に対する後悔はない。
碧の大樹計画というのはつまるところキーア・バニングスに神となってもらうという事だ。
かつての幻の至宝の消失を踏まえて、改良を施したとイアン先生たちは言っていたが根本のところは結局代わっていない。
至宝の巫女たるキーアにかかる負担はかつての幻の至宝に比対するものに比べればしばらくはマシになったかもしれないが、やがてかつてと同じ運命をなぞらえる事となっただろう。
だからロイド・バニングスはあの時の自分の決断を決して恥はしない。
大切な少女が健やかに育っていく笑顔を見る度にこれで良かったのだという思いを強くしている。
だが同時に帝国の強大さを実感するたびに、これで良かったのかという思いを全く抱かなかったと言えばそれは嘘だ。
何故ならばイアン・グリムウッドもアリオス・マクレインも心からこのクロスベルを愛し、何度も現実に打ちのめされた末にそれをなんとかするために碧の大樹計画を実行したのだから。
尊敬する先達たちのその苦渋の決断を相手にして、自分たちの選択こそが絶対的に正しかったと言えるほどにロイド・バニングスは自惚れてはいない。
ヘンリーの抱いてた葛藤はそのままロイドも抱いてきた葛藤であった。
「無論、私はあの時の決断を誇りこそすれ、悔いてなどいない。
だがその上であの時の決断を誤りにしないためにも、私たちはこの現実を足掻いて行かなければならないのだと思っている。
しかし、そうは言っても私はもう歳だ。そろそろ次の世代にバトンを渡さなければならない。
そして私が心から安心してバトンを託す事が出来る者がいるとすれば、それは君以外にあり得ないのだよロイド君」
そうして長年クロスベルの為に闘い続けてきた老雄はしっかりと若き英雄を見つめる。
その瞳は燃え盛る情熱が強固な理性によって律せられ春の日射しのような暖かさに満ちていた。
「酷な事を言っているのは百も承知だ。
こう言っては何だが、政治家という職業程真面目にやればやるほど割に合わぬ仕事はないからね。
とてつもない重責を君には背負わせる事となる」
ヘンリー・マクダエルがロイド・バニングスに歩んでもらいたいと願っているのは茨の道だ。
万人に踏破できるものではなく、踏破出来たとしても踏破した人物は傷だらけになるだろう。
後に続く多くの者たちの為に自らが傷つくのを承知の上でその道を歩けとヘンリーはロイドに言っているのだ。
「だが、その上で私は君ならばそれが出来ると信じている。
ロイド・バニングス君、改めて言おう。
このヘンリー・マクダエルの跡を継ぎ、これからのクロスベルを担って欲しい」
「---わかりました、ヘンリーさん。
貴方の意志を俺が受け継ぎます。どうか任せてください」
ロイドの決断ーーーその背中を押したのはアリオス・マクレインより告げられた言葉だった。
---クロスベルを頼むとそうどこか誇らしげな微笑と共に彼は自分へと未来を託したのだ。
そうロイド・バニングスは託されたのだーーーこの地を守ってきた先人からその想いを。
不安はある、迷いはある。果たして自分がどこまでやれるのかと。
しかし、それを理由に立ち止まりはしない。
ロイド・バニングスはあの日、決めたのだから。
どれほど辛く厳しくとも奇跡にすがる事無く現実で戦いつづける事を。
「ありがとう、ロイド君……本当にありがとう」
「礼を言うのはこちらの方ですよ。
ちょうど警察官という立場での限界を感じてきたところでもありましたから。
よくよく考えてみると貴方のお話しは俺にとっても渡りに舟だったんですよ」
それはヘンリーに対する気遣いであったがすべてがそうというわけではない。
ルーファス・アルバレアという男と渡り合おうとするならば、警察官という立場では限界があるという事をロイド・バニングスは薄々感じていた。
しかし、ならば自分はどうすればいいのかと考えればその答えがロイドには見つからなかった。
そんな最中にヘンリー・マクダエルは政治家という道をロイド・バニングスへと教えてくれたのだ。
だからこれは重責を押し付けられたのではない、ロイド・バニングスが自らの理想を叶えるためにヘンリー・マクダエルが手を貸してくれたのだとーーーそんな風にロイドは思っていた。
「本当に敵わないわね……」
そしてそんなロイドの様子をどこかまぶしそうに見つめていたのも一瞬。
すぐさまエリィ・マクダエルもその瞳に決意を宿す。
決して彼一人にだけ何もかもを背負わせたりはしない、仲間として一緒に自分も戦うのだと。
「勿論、私も全力で支えさせてもらうわロイド。
お爺様ともども私が得た知識を精一杯あなたに伝えさせて貰うつもりよ」
ロイド・バニングスは政治家となる事を選んだ。
ならば必然、これまでは学んで来なかったことを学んでいかなくてはならない。
体系的な政治と経済の知識というものを身に付けなければならないのだ。
そしてエリィ・マクダエルならばその役目を担う事が出来る。
「ああ、頼りにしているよエリィ。これからもよろしく。
やると決めたからには全力さ」
ここにロイド・バニングスは決断した。
ヘンリー・マクダエルの跡を継ぐと言う茨の道を往くことを。
それは傷だらけになる苦難の、しかし彼ならばこそ踏破する事の出来る未来を切り開くための決断であった。
マクダエル議長の後継者がいない問題、個人的にはロイドが継げば解決するんじゃないかと思うんですよね。
警察学校首席だから地頭は良いんだから知識なんてものはそれこそエリィさんから教わって身に付ければ良い、まだ20程度なんだから経験なんていくらでもこれから積んでいけばいい。何よりも他者を引っ張っていくことのできる強い情熱が存在して、クロスベルの英雄として市民からの人気も篤い。
警備隊のソーニャ司令との信頼関係も存在するし、ランディというクロスベル随一の戦術家(ミハイル少佐談)とはマヴダチ。
エプスタイン財団ともティオという窓口が存在する。
警察の方は思ったよりも腐敗していないみたいなんでそれこそダドリー刑事やセルゲイ課長に任せれば良い。
エリィさんはリーダー役よりも補佐役で輝きそうな感じなのでそれこそ秘書になって補佐をしてもらえば良い。
クロスベルのあの状態だと必要なのは強固なリーダーシップを持ったいわゆるカリスマ的な指導者だと思うので、それが担えるのはロイドなんじゃないかなーと思ってこうなりました。
これで司法に詳しい熊ひげ先生と財界の雄であるディーターが収監されず補佐に回ってくれれば理想的だったんですが。