リアンヌ様の顔の傷は騎神による治癒能力を用いればとっくの昔に治せていたんだって。
でも黒に負けた時の屈辱と怒りを忘れないためにあえてそのままにしているみたいだよ。
リアンヌ様曰く「愛しいあの子が決して消える事の無い傷を刻まれたというのに、どうして私だけそれをなかったことにできるでしょう」という事みたいだよ。
『理』と称される境地が存在する。
そこに至れる者は千万人に一人と言われ、そこへと至った者はその時代に於いて最高峰の使い手と讃えられる事となるまさしく武の至境とでも言うべき境地だ。
曰くそこに通じればこの世に存在するすべてのモノを感じ取り、その流れを把握する事が出来るようになる境地。
相手どる敵手の肉の軋み、血流の移動、呼吸、重心の移動、目線の方向それら総てを視るのではなく感じ取り、次に相手が何をしてくるのかがわかり対峙したものはさながら予知能力者でも相手にしているかのように、自分の何もかもが通じないという絶望感さえ覚える事となるまさしく武を志す者にとっては至高と言える領域。
比喩抜きの一騎当千、それこそが理に通じた者達だ。
しかし、そんな理に至った使い手が三人がかりで今防戦一方へと追いやられていた。
たった一人の相手に。
「……ッ」
「これは参った……まるで近づけんな」
「何とかして突破口を見つけなければ……!」
神速の突きの乱舞、それを必死に掻い潜りながらも三人は何とかアリアンロードへと肉薄せんとする。
しかし、そうせんとした瞬間にその機先を制するように神速の突きがクロウ・アームブラストに放たれる。
---それはアリアンロードにとっては何の変哲もない一撃だがクロウ・アームブラストにとっては必殺の一撃。
アリアンロードの莫大な闘気が凝縮されたその一撃の前にはクロウの纏う闘気の鎧など紙切れ同然に一瞬で突き破られる事は疑いようがなかった。
故にクロウは全精力を回避と防御に費やし、ギリギリのところでその一撃を弾き、躱す事に成功する。
当然回避と防御に全精力を注いた以上攻撃へと転じる余力があるはずもなし、クロウ・アームブラストがその場に釘付けにされる事となる。
だが一人が動きを縫い留められたとしてもアリアンロードは単騎なのに対して、リィン達は三人がかりだ。
リィンとオーレリア、残りの二人がアリアンロードへと斬りかかる。
しかし、攻撃を放った次の瞬間にはアリアンロードの姿はその場から掻き消えている。
そして再び神速の突きがリィン目掛けて放たれる。
「ッ鬼気限定解放!」
それを前にリィンが選択したのはマクバーン戦でも用いた鬼気の限定解放。
鬼気を一挙に開放するのではなく移動のためにその脚の部分にのみ纏わせ、爆発的な加速を以てアリアンロードへと肉薄。槍が頬をその霞め当然のように頬の肉がえぐり取られるが、委細問題なし。
すぐさまその双剣に闘気を集束させ、十字斬りを叩きこまんとーーー
「ガッ!?」
寸前、放たれた掌底によってリィンの身体が後方へと弾き飛ばされる。
懐に潜り込まれてしまえば槍はその長さ故に不利になるーーーそんな道理を武神が知らぬはずもなし。
当然肉薄された場合の対処の仕方など文字通りその肉体のみならず魂にまでアリアンロードは叩きこんでいる。
彼女にとって時間だけはーーー腐る程にあったのだから。
「覇王斬!」
婿候補と弟弟子が作り出した好機。
それを逃しはしまいと肉薄したオーレリアがその戦技を叩きこむ。
その剣に込められた威力は絶大、回避は不能。
迎撃したとしてもリィンをその掌底で弾き飛ばした直後である以上戦技を放つには闘気のタメが間に合わない。
如何な聖女が相手と言えど相応の手傷を負わせる自信がオーレリアにはあった。
「シュトルムランツァー!」
「なっ……!?」
しかし、武神はそんな羅刹の想定の上を行く。
放たれたのは
それが羅刹の戦技を真っ向から押し返し、羅刹の身体を弾き飛ばし、壁面へと叩きつける。
そしてそのまま神速の突きが羅刹へ目掛けて放たれる。
「させるかよ!」
そのまま行けばさしものの黄金の羅刹であろうと串刺しにされ戦闘不能に追い込まれたであろう一撃、それの軌道をギリギリのところでクロウが逸らす事に成功する。
「荒ぶる神の雷よ、戦場に来りて汝の敵を打ち砕けーーーアングリアハンマー」
しかしそこから間髪入れずに放たれたのは先ほどオーレリアに放たれたのは別種の対集団戦用に聖女が編み出した戦技。
それがリィン・オズボーンが放たんとしていた戦技よりも
「「「ガアアアアアアアアアアア」」」
不遜にも武神に挑まんとする身の程知らずの者達の身を焼き尽くさんと雷が襲う。
身体を流れる電撃が三人の肉体を硬直させる。
それは気合でどうこうなる次元ではない、肉体の反射行動だ。
それでも硬直していたのはほんの一瞬、身体を襲う激痛をねじ伏せ三人が再起動を果たす。
しかしその一瞬の間にアリアンロードの姿がまたもや瞬間移動でもしたかのようにその場から掻き消え、そこは既に剣の間合いではなくアリアンロードの振るう槍の間合い。
襲い来るは閃槍の乱撃、三人は再び防戦へと追い込まれる。
戦闘開始から数分、常人であれば目で追う事すらできない攻防が両者の間で交差したが未だアリアンロードのその身には攻撃が霞めてすら居なかった。
リィン・オズボーン、オーレリア・ルグィン、クロウ・アームブラスト。
この三名が帝国は愚か、大陸有数の使い手である事は疑いようがない。
そんな三人をアリアンロードはたった一人で圧倒していた。
そしてそんなアリアンロードの強さを支えているのは劫炎のような
アリアンロードの闘気は確かに尋常なものではないが、それでも劫炎のような生まれながらの怪物には流石に及んでいない。
どれほど人間離れしていても、それでも彼女は人間だ。
劫炎のようにただその力を振るうだけで圧倒できる魔人ではないのだ。
ならばそんな
200年にも及ぶ研鑽の果てに至った速さと巧さーーーそれこそがアリアンロードの武神たる由縁である。
アリアンロードがしているのは何も特別な事をしているわけではない。
尋常ではない速度で繰り出される戦技も、瞬間移動としか思えない速度で移動するのも、それを成立させているのはリィン達も行っている闘気を瞬間的に爆発的に高め、それを一点へと集束させるという闘気を習得したものにとっては基礎的な技だ。
だだアリアンロードはリィン達の行うものが児戯にさえ思えるほどの早さでそれを行っているに過ぎない。
そしてそれを為し得ているのは才能の差等ではない。
ただ200年もの間積み重ねた努力、努力、努力、努力ーーー努力。
肉体を超えてその魂にまで染みつかせた愚直な反復練習こそがアリアンロードの神技を成り立たせているのだ。
それは本来であれば数十年程度しか生きられない人という儚い生き物でありながら、数百年その肉体が衰える事無く生き続けるという裏技を手にし、愚直に
「アレで全力ではないとは思っていたが、それにしても手を抜いていたにも程がある。ハーメルの時とはまるで桁が違うではないか」
こちらが全身全霊であったにも関わらず相手は手を抜いていたーーーそんなオーレリアにとってはついぞ記憶にない生涯で最大の恥辱を味合わされていた事が判明したというのに、不思議とオーレリアの口元は綻んでいた。
それはきっと幼き日に憧れた存在、それが偽物でもない本物だという事をこの上なく見せつけられているから。それがオーレリア・ルグィンにとっては嬉しくてたまらないのだ。
未だ自分など道半ばに過ぎず、たどり着くべき頂きはーーー自分が生涯を費やしたところで到達できるかどうかするかわからないはるか彼方にあると知れたから。
それがオーレリア・ルグィンにとっては嬉しくてたまらないのだ。何故ならば彼女はどこまでも高みを目指し、挑み続けるものだから。
「そうだ!負けてなるものか!!!我は黄金の羅刹オーレリア・ルグィン!!!かの槍の聖女を超えんとする者なり!!!!」
故にそうだ、深く深く感覚を研ぎ澄ませ。
今自分がやり合っているのは久しく会う機会のなかった自分のはるか先を往く偉大なる先人だ。
ならばこそ今一度謙虚な心で学び取れ。
肉の軋み、血流の移動、呼吸、重心の移動、闘気の移動ーーーそれら総てを視るのではなく感じ取り
どんな物事もまずは先人の模倣より始まるのだから。
「ッ!?これは」
戦いの状況は変わらない。
圧倒しているのはアリアンロードの側であり、圧倒されているのはリィン達三人の側だ。
アリアンロードの攻撃は致命打こそ未だ与えていないまでも着実にリィン達を追い詰めている。
このまま行けば、詰め将棋の如く順当にアリアンロードが勝利するのは疑いようがない。
アリアンロードが打つ手を誤ればその限りではないがーーー
こと戦闘に於いてアリアンロードは
その手筋に失着は決してあり得ず、最善手を最速で以て打ち続ける至高の打ち手ーーーそれこそが武神アリアンロードなのだから。
しかしそんなアリアンロードをして慮外の事態が起こり始める。
目前の三人の動きが研ぎ澄まされ、信じられない速度で成長しているのだ。
アリアンロードが数十年かけて到達した境地へとほんの数分の間に三人は至り始めていた。
(これは一体……まさか
リィン達三人の急激な成長、アリアンロードが数十年かけて上った階段を三人が恐ろしい速度で駆け上がっているのは無論才能の差によるものなどではない。
それは他ならないアリアンロードという先駆者相手の戦いだからこそ起こり得た事なのだ。
アリアンロードは先駆者だ、たった一人で200年もの間その技を磨き続けた。
当然今の境地に至るまでには膨大な試行錯誤が必要だったのだ。
しかし、今アリアンロードとやり合い、その技を学んでいる三人にはその試行錯誤が必要ないのだ。
何故ならば眼前にアリアンロードというこの上ない手本が居るのだから。
そして“理”に通じるという事は即ち世界のあるがままを感じ取り、その流れを読むという事。
それは
ならばこそ“理”に達している三人は急激な速度で以てアリアンロードの動きを学び吸収していく。
「だとしてもそれが一体何だというのか、そんな程度のものに屈する程私の200年は浅くはない!」
だが、だからといって一朝一夕で埋まる程にアリアンロードの積み重ねた歳月は安くはない。
100あった距離が50にまで縮まったーーー要はこれはそういう話だ。
故にこれが一対一の戦いであればとうの昔にアリアンロードの勝利で戦いの決着はついていただろう。
「覇王斬!」
「シュトルムランツァー!」
しかし、これは1対3の戦いである。
一人では未だ届かぬ差の距離があろうとも三人がかりであれば、それは
オーレリアの放った戦技、それをアリアンロードもまた戦技で以て迎え撃つ。
訪れた一瞬の均衡のすぐあと、吹き飛ばされたのはまたもやオーレリアの側。
「閃刃乱舞」
そこにリィンが間髪入れず追撃を叩きこむ。
しかしそれでも敵は至境に至りし武神。
迎撃が間に合わぬと悟るや否や閃光の如き乱撃をリアンヌは躱し、再びその掌底をリィンへと叩き込みその肉体を吹き飛ばす。
しかし、吹き飛ばされたリィンの口元に浮かんだのは以前とは異なる笑み。
「クリミナルエッジ!」
「ッ!?」
初めて生じた隙にクロウ・アームブラストが渾身の戦技を叩きこむ。
さしものの武神をしても戦技を放つ事は出来ず半手遅れる。
とっさにその一撃を槍で受け止めたものの、その威力を殺しきるまでには至らず武神の身体が初めて後方へと吹き飛ばされる。
当然のように間髪入れず追撃を行おうとした瞬間三人の身体に凄まじい悪寒が走り、三人は聖女から距離を取る。
「なるほど……大したものです。よもやこの短時間で三人が三人ともこれほどの成長を遂げるとは思いもしませんでした。単騎では未だ到底私に及ばずとも、三人がかりであればもはや彼我の力量差はほとんど離れていない。ええ、このまま武人として
「それはつまり俺たちを庇護対象ではなく肩を並べる相手と認めたという事かな?」
「いいえ、残念ながら貴方方が追い付いたのはかつて黒に敗れ去った時の私に過ぎません。
そしてそれだけでは
その宣言と共にアリアンロードの姿がその場から掻き消える。
「神槍・グングニル」
放たれたのは先ほどと何ら変わらない一撃。
それは確かに神槍と名乗るのが不遜でも何でもない速度と威力の一撃だった。
しかし、それでもかつてない高みへと至り極限の集中状態にある黄金の羅刹ならば十分に躱せるはずの一撃だった。
「な……に……?」
だというのにその一撃はあり得ないはずの軌道を以て黄金の羅刹を貫いた。
まるでオーレリア・ルグィンがその一撃によって刺し貫かれる事が
そして呆気なく黄金の羅刹は沈み込んだ。
「ッ!?クロウ!!!」
「おお!」
何をされたかのはわからない。
一つだけ言える確かな事はあの一撃を撃たせてはならない事。
そしてオーレリアが倒れて均衡が崩れ去ったという事だ。
形勢が一気に不利になったという事。
この一瞬で勝負を決めねば、こちら側が敗北する事は火を見るよりも明らかだ。
「蒼覇十文字斬り!」
如何なる一撃かは不明だが、オーレリア・ルグィンを一瞬で仕留める程の一撃だ。
それを放った直後ならば相応に消耗しており、少なくとも奥義を放つ事を出来ないはずだと、そんなか細い希望に縋り二人は最大最強の一撃をアリアンロードへと叩き込む。
「聖技グランドクロス!」
そしてそんな二人の行動はアリアンロードにとって掌の上であった。
聖なる十字が二人の作る十字とぶつかり、そして呑み込んだ。
「しばらく眠りなさい、リィン。これで貴方はようやく呪われた運命から解放されます。
後の事は全て私に任せてゆっくりと眠りなさい」
倒れ伏す我が子のように愛しき青年。
それに向けてどこまでも慈愛に満ちた言葉をアリアンロードは発するのであった……
黒の厄介なところは因果改変の能力。
つまり当たる可能性を100%にしないと1%の回避が成功した場合の未来にされるし、避けたはずの攻撃も当たった場合の世界線にされて当たったことになっているというわけです。リアンヌ様の神槍グングニルはそんな糞能力対策に編み出した因果逆転の一撃。要はFateの青兄貴のゲイボルグみたいなもんである。
どうやってリアンヌ様がそんな技を編み出したかはまた次回。
次回鋼の使徒アリアンロード第1083話「心を鬼にして」