じゃあ辞めるわって言って帝国が引き上げたら当然、投下された帝国企業の資本も引き上げることになるだろうし、RF社が主導してやっているらしい塩害除去とかも一斉にストップする事になったと思うんですけど。
エレボニア帝国によるノーザンブリア自治州の併合。それは大陸中に衝撃を齎した。
帝国の勝利、それ自体は驚くべきことではない。クロスベルを併合した事で覇権国家となった帝国とゼムリア大陸でも最貧国たるノーザンブリアが戦えば、帝国が勝つ事等明らかであったのだから。理に至った達人がポムを相手に奥義を炸裂させるようなものである。
衝撃を齎したのは、その驚異的な速さにこそあった。
北の猟兵が議事堂を占拠するのと同日の宣戦布告。
わずか3日でほとんど犠牲らしい犠牲を出さぬ鮮やかすぎる電撃戦。
遊撃士協会や七耀教会に共和国、そして隣国たるレミフェリア公国等の各勢力が動こうとしている間に総ては終わっていたのであった。
帝国は当然のようにこの戦勝に湧いた。
若き英雄が祖国に齎した勝利と栄光に誰もが酔いしれた。
ノーザンブリア自治州は最貧国である難治の地であるが、そうした事がわかるのは高等教育を受け政治や経済について専門的に学んだエリート位で、大多数の国民にとっては戦争に勝利する事、領土が拡大する事、それ自体が慶事なのだ。
軍事に携わる者達はその驚異的な速度と手腕を驚きと共に受け止めた。
いくら精鋭を集めたとは言え、結成してわずか三ヶ月しか経っていない部隊、それも領邦軍と正規軍ーーー数ヶ月前まで殺し合いを演じていた者達を抱えながらも此処まで見事に統率するのみならず、新兵器たる機甲兵を此処まで見事に運用してのけるとは!
一般的に経営者にせよ、将軍にせよ、政治家にせよ「上に立つ人物の力量と動きの速さは比例する」とされている。
組織の行動の速さというのは往々にして組織の規模に反比例する。
巨大になればなるほど、内部の調整に時間がかかり、行動に移るのが遅くなり、そうした放っておけば烏合の衆と化す集団を纏め上げ、一つの方針に向けて行動させるのがトップの役割だからだ。
その点わずか3日でのノーザンブリア併合という速度は脅威的な速度と言えた。
同部隊の特別顧問を務めるオーレリア客員将軍は「統率の天才とは彼の事であろう」と10以上も年の離れた年少の将軍を讃えた。
クロスベル併合後の清浄化作戦の時の手腕と併せて、もはやリィン・オズボーンは、その将器を疑う者があらば、逆に疑った者の見識が妬心によって曇っていると見做される存在となりつつあった。
政治に携わる者達は戦争の早期終結と北の猟兵の指導者が降伏したという後腐れのない完全なる形での勝利を喜んだ。
何せ戦争というのはとにかく金食い虫であり、部隊を一日動かすだけでも莫大な予算が発生するのだ。
そして占領地の軍がゲリラ化していつまでも頑強に抵抗し続けるというのは為政者にとっての悪夢である。
それを思えば、わずか3日で終結させ、更には北の猟兵を降伏させてそうしたゲリラ化を防いだリィン将軍の勝利の仕方は文官達にとっても最善と言える形であった。
リィン将軍が自治州議会の面々との交渉に訪れた使節団に対しても戦功に奢ること無く、礼節を以て迎えた事も彼らの将軍に対する好意を後押しした。
七耀暦 1205年7月20日
交渉の結果、ノーザンブリア自治州の自力再建はもはや不可能という結論となり、ギルドや教会、隣国たるレミフェリアからの懸念と共和国からの激しい非難もあったが、当のノーザンブリア自治州の代表である議員たちが完全に帝国への畏怖(彼らは故郷の英雄たる北の猟兵をあっさりと蹴散らして、議場へと王者のような風格と共に現れた灰色の騎士の姿をその目で目撃している)を植え付けられた事、他ならぬ彼ら自身が当の昔に自分たちの祖国は詰んでおり、大国からの資本の投下でも無ければ、もはや復興は不可能だと痛感して居たこともあり、エレボニア帝国に帰属することが決定。皇帝ユーゲントⅢ世は併合の立役者たるリィン将軍を一先ずの暫定統括官とする勅命を下した。
「体制への民衆の信頼を得るのに必要なものは2つだ。
安定した生活と将来への希望、この2つを与えれば積極的と消極的の差はあれど大半の者は体制を支持する。
生活基盤と将来の展望を投げ捨ててまで、“誇り”の為に命を賭ける事が出来る者等圧倒的少数派だからだ」
リィン暫定統括官は居並ぶ帝国本土より派遣された文武双方の部下たちの下で就任しての所信表明を行った。
「かつての異変に際して、民の生活を保障する義務を負ったこの地の大公家は恥知らずにも事態の収拾を図る事無く民を見捨てて逃亡した。
自分たちの君主に失望したこの地の民は怒りと共に革命を起こした。
北の猟兵が故郷に於いて英雄として讃えられたのも、統治者としての義務を捨てた大公家に代わり、外貨を稼ぎ民衆の生活の安定へと貢献したからだ。
故に我らは彼らに教えてやればいい、我らが仰ぐアルノールの血脈は恥知らずなノーザンブリア大公とは比べることすらおこがましい程に偉大である事を。
帝国の庇護下に加わる事でどれだけ生活が良くなるかを。我らと共に歩む未来がどれほど希望に満ち溢れたものであるかを」
そこでリィンは釘を指すかのように列席者達を一通り見回す。
「無論、それは彼らの抱く誇りを蔑ろにしていいという事ではない。
驕りは反発を招き、反発は怒りへと代わり、怒りは体制を破壊しようとする原動力へと変わる。
畏れられる事と、怒りを抱かれる事は全く別である。
畏れは鎖となって身を縛るが、怒りは燃料となってその者の身体を突き動かす。
媚びろとは言わない。されど決して増長し、彼らを見下すな。
彼らもまた我らと同じくエレボニアの同胞にして皇帝陛下の臣である。
彼らはただ、我らに比べてそこに加わる順番が少々遅かっただけに過ぎない。
先達として後輩の成長を見守り、後輩たちが喜び勇んで追いかけてくるような誇りと誠実さに満ちた背を見せる事を諸君には求める」
方針を定めた後のリィン統括官の行動は併合時と同様に早かった。
「クロスベルが栄養を取りすぎた肥満児だとするならば、ノーザンブリアは満足に栄養を与えられて来なかった病人だ。病人を回復させるにはまず十分な栄養を与える必要がある。魚の釣り方を教えるのは最低限自分の力で立てるようになってからだ」
その宣言と同時にただちに光翼獅子機兵団の旗艦たる紅き翼を使って皇帝ユーゲント3世からの御慈悲として大規模な食料の配給が行われた。遠き空より優美なるその翼が現れるといつしかノーザンブリアの民は歓呼を浴びせながら、迎えるようになった。今まで食べたこともないような甘いお菓子を携え、親しみやすい温かな笑みを浮かべながら配る帝国軍の兵士は子ども達にとっての人気者となった。
「諸君が今口にしているのは諸君が英雄と崇める北の猟兵によってかつて焼き払われたケルディックの地にて作られたものだ。
未だ彼の地に刻まれた犠牲と被害は余りに大きく、ケルディックの民の怒りと哀しみは冷めやらぬのが現状である」
そしてその上で、そもそもこの戦いの原因がノーザンブリアの側にあった事をアピールする。
今行っている食料の配布が
情報局の潜らせた工作員達が非はノーザンブリアの側にこそあったのだという流れを各地で加速させる。
「しかし、今日この日を以て総てを水に流そう。
憎しみと哀しみを乗り越え、共に歩んでいく事の喜び。
激動の時代にあって輝ける明日を共に目指す意志。
そうして最後にリィンは各地で太陽のような優しく温かな笑顔を浮かべながら代表者達とこれからの未来を象徴するからのように握手を取り交わし合う。
帝国から差し伸べられた手を取ることこそがノーザンブリアにとって最良の道なのだと、そう心から思わせるように。
その言葉を体現するかのようにリィン暫定統括官は《北の猟兵》への免責を皇帝より引き出した。
流石にリーダー格であったループレヒト・ラッカムとウィレム・ベッカーの両名まで完全な無罪放免とは行かなかったが、それでも一年分の給与をケルディック再建の為に返上するという極めて寛大な処置によって決着した。
司法局は渋ったが、現実問題彼ら両名を厳罰に処しては北の猟兵の面々や北の猟兵を英雄として崇めるノーザンブリアの民が納得しないのも相まって、その辺りが落とし所となったのだ。
ラッカムにしてもベッカーにしても若干釈然としない想いはあったものの、それでももはや事此処に至っては強硬に帝国に反抗したところで得られるものと言えば小さな自尊心を満たす事が出来るのみである以上、帝国に協力する以外の道はなかった。
一部そんな両名に失望して、帝国に反旗を翻すもの達も居たが……
「既に自治州議会も北の猟兵も我らの手を取る道を選んだ。この上尚、帝国に反旗を翻すものが居るとすればそれは、すなわち結社身喰らう蛇なる犯罪組織に連なる
手を取り合い、共に未来へと進もうとしている我らの道を阻もうと言うのならば、望み通りに「誇りある死」をくれてやろう」
統治者に必要なのは畏怖と信頼。矛盾する二つを併せ持つ事である、かつてルーファスにクロスベルで語った事をリィン・オズボーンはこの地でも体現した。
慈悲は示したとばかりに鉄道憲兵隊、情報局と協力して反抗勢力を徹底的に叩き潰したのだ。
無論、降伏を認めない等という事はしない。そんな事をしてしまえばどうせ助からないならと捨て鉢の特攻に出る者が続出して、結果として被害が増えてしまうからだ。
「降伏すれば恩赦を与える。上の立場の者を捕らえて降伏すれば恩賞を与える。恩赦対象外の者を捕らえて降伏すれば恩賞を与える」と伝えて情報局の潜り込ませたサクラを利用してそれが事実である事を知らしめる。
家族が判明している者には家族に涙ながらの説得を行わせて、情へと訴えかける。
抵抗勢力の多くの者が次々と降伏し、ノーザンブリアに存在した抵抗勢力は一掃された。
そして畏怖を与えたならば信頼を得る必要がある。
住民の信頼を勝ち取る為にリィンは帝国本土では未だ活動が制限されており、とかく権力者に忌避されがちな遊撃士協会をノーザンブリアの地に積極的に招き入れた。
「私が望むのはこの地の繁栄とそこに住まう民の幸福であり、遊撃士協会は民間人の保護の為に存在する組織である。我らの立場は決して対立するものではない。もしも私の存在が、この地の民の幸福に寄与しないと判断したのならば遠慮なく逮捕なり拘束なりすればいい」
不敵な笑みを浮かべながら宣言したリィン統括官は直衛部隊の副隊長を務めるクロウ・アームブラスト少佐を中心に特務部隊を編成。同部隊がアームブラスト少佐指揮の下ギルドと協力しながらの住民生活に寄り添った活動を行う事となった。
さらに帝国軍を動員して同州内の治安の回復に務めさせた。工場の設立を決定したRF社を筆頭に帝国の資本が幾つも投下された。鉄道網を始めとしたインフラの整備も高速で進められた。
ノーザンブリアの地が復興し始めた事によって、かつて行われていたオルディス、ジュライ、レミフェリア、ノーザンブリアの四都市による海上貿易もまた復活を遂げつつあった。
そしてそれらは総て産業の無かったノーザンブリアの地に雇用を産んだ。
加速度的に良くなっていく故郷の様子にいつしか民の中から帝国への隔意は消え、変わって浮かんでくるのは畏敬の念。基より民衆というのはとかく皇子様やお姫様と言った綺羅びやかな存在に“権威”に弱いものである。
数十年前の裏切りによって、かつての君主で大公家に対する愛着等というものはとうの昔に失せている。
そしてこの数十年自分たちの生活を支えてくれた“英雄”たる北の猟兵も決して粗略に扱われる事無く、光の翼を纏う獅子として生まれ変わった。反発する理由などもはや探す方が難しい位である。
七耀暦 1205年11月。リィン・オズボーンが統括官へと就任してから三ヶ月が経過した帝国領ノーザンブリア州はかつての荒廃が嘘のように、急速に復興し始め、その地に住まう民の多くが笑顔と共に「リィン統括官万歳!」「帝国万歳!」「皇帝陛下万歳!」と唱えるようになっていた……
※リィン・オズボーン統括官はまだ19歳です。一年前はまだ学生でした。
ちなみにノーザンブリア出身者とクロスベル出身者は基本仲が悪い。
(ノーザンブリア出身者はクロスベル出身者に対して贅沢言ってんじゃねぇえええええとなって、クロスベル出身者にしてみると自分たちが稼いだ金をノーザンブリアに使われたに等しいので)
分割して統治せよは属州統治の基本だからね。しょうがないね。