作者は影響されやすいので銀英伝を見ると主人公に権力闘争をやらせたくなって、進撃の巨人を見ると夢の続きを見るために屍で道を作ってもらいたくなります。
「マスターが……」
「膝を……つかれた……?」
「あ、あり得ませんあり得ません……こんなのあり得ませんわ」
膝をつく己が主君ーーーその光景を前に鉄機隊の面々は半ば忘我の境地に陥る。
それほどに彼女たちにとって、それは信じがたい光景だった。
至高にして最強の完全無欠の武神、それが彼女たちが忠誠を誓った存在。
そんな主君に刃を届かせる存在が居るなどという事は彼女たちにとってはまさしく想像の埒外であったが故に。
「どうやら、まだ理解していなかったようですねーーーリィン・オズボーンは不可能を可能にする不撓不屈の英雄だという事を。リィンさんに不可能など存在しないのです!」
そんな三人とは裏腹にアルティナは勝ち誇った笑みを浮かべ、その(友人たちとは対照的な平坦な)胸をふんぞり返らせる。そこにかつてのどこか無機質さを感じさせた機械染みた様子は欠片たりと存在しない。
「それは流石に買い被り過ぎだ、アルティナ。
私一人では彼女には勝てなかったーーーこの勝利はお前も含めた皆の協力があってこそだよ」
こちらを振り向く事無く発せられたその言葉を聞いた瞬間、アルティナの頭を満たしたのはただただ歓喜であった。
その頬を紅潮させ、緩ませ今にも天に昇らないような心地へとなったアルティナを周囲の級友たちはどこか生温かさを感じさせる目で見つめる。
そしてその柔らかな言葉から一転、刃を突きつけている目前の相手へと英雄は告げる。
「俺たちの勝ちだ、アリアンロード」
「ええーーーそして私の敗北ですね」
アリアンロードに負ける気など欠片もなかった。
必勝を期して臨んだ、必ずや目前の青年を呪われた運命から解き放つのだとそう誓った。
なればこそこうして膝をつき刃を突きつけられた状態はアリアンロードにとっては当然予期していなかった展開だ。
だというのに今彼女の胸を満たすものは屈辱などではなかった。
必勝を期した戦いで敗北を期したアリアンロードの心を満たすもの、それはどこまでも晴れ晴れとした清々しさだった。
「大きくなったものです……あの時の幼子がよくぞ此処まで」
向けられる慈愛に満ちた視線、それを受けてリィンは若干居心地の悪い思いをする。
ハーメルでの亡霊などという自嘲は韜晦に過ぎず、その実情は帝国を呪いから解放するために尽力してきたことが判明した今となっては目前の人物への敵意はほとんど霧散し、偉大なる先人として敬意を抱いている。
だが、それでもリィン・オズボーンにとっての母はカーシャ・オズボーンただ一人である。
目前の人物から自分に対して向けられる深い慈愛に対しては当惑するより他なかった。
決して不快というわけではないのだが、どう受け止めれば良いのかがわからないのだ。
ただ確実なのはもはや目前の人物に戦意がないという事、それを確認したリィンは静かに突きつけていた刃を鞘へと納める。
「結社の第七使徒アリアンロード……いいや、槍の聖女リアンヌ・サンドロット殿。
これで我々には発した言葉に見合うだけの力がある事をわかって頂けたはずだ」
「ええ、確かに。聊か以上に貴方を見くびっていた事を認めざるを得ませんね」
「だが貴方の言葉ーーー今の我々では黒に届かないという言葉を軽視するつもりもない。
武神たる貴方が言うのならば、それは確かにそうだったのだろう。
実際我々は三人がかりで貴方に挑み一度は為すすべなく敗れ去ったのだから」
アリアンロードの見立ては決して間違っていなかった。
何故ならば黒と戦おうと思うのならば因果律に干渉する術を身に着けておく事は最低限の条件なのだから。
その術を有していなかったリィン達では黒に挑んでも敗北する事は火を見るよりも明らかというもの。
そうこの戦闘が始まった時はアリアンロードのその見立てに一切間違いはなかった。
「だが貴方という壁にぶつかった事で俺はまた一つ高みへと至る事が出来た。
我が友も続き、必ずや俺と肩を並べる地平にまで至るだろうーーそれでも我々では届かないか?」
しかし、そんな武神の予想の上を目前の英雄は行った。
強大な壁が立ちはだかったというのならばより高く飛翔し、それを乗り越えるだけだと言わんばかりに。
高く高く光の翼を羽ばたかせ、さらなる高みへと至った。
---太陽に近づく事で己が身体が溶け落ちていく事すら厭わずに。
それはまさしく不可能を可能にする英雄だと周囲に信じ込ませるには十分なものであったが……
「……………」
目前の青年ならばやってのけるのではないかーーーそう期待する自分が居る。
それは余りにも黒を甘く見過ぎている、あの敗北の屈辱を忘れたのかーーーーそう楽観を戒める自分が居る。
「……かつての私が敗れた時の黒にならば打倒する事が出来るでしょう。
しかし黒は既に己が起動者を手に入れたーーーそれも器としては最上と評するに足る王をです。
今の黒がどれ程の領域に至っているかは私にとっても完全なる未知数、正直どれほどの存在となっているかは皆目見当がつきません」
「だからこそあなたは確実を期すために他の騎神総ての力を手に入れた上で黒へと挑むつもりだった。
確かに確実性で言うならばそれが一番だろう。だが、それは……」
「ええ、貴方にとっては到底看過し得ぬ事でしょうね。
相剋を果たすためには世界そのものを揺りかごにする為に、この世界を闘争の意志で満たす必要がある。
内戦の折に行った深淵の実験によって、必ずしもそれを世界大戦の規模にまで広げる必要はない事を証明出来ましたが、多くの血が流れる事になるのは変わらない。それを止めるべく動くというのは軍人として、何よりも人として当然の事でしょう。
ですがその事を百も承知で言いましょう、
黒が勝ってしまえば世界そのものが終わってしまう以上、一か八かの博打は極力避けて確実を期すべきーーーそう私は考えます。
将たる身として私の言っている事がわからないという事はないでしょう?」
目前の人物の意志とその器を推し量るようにアリアンロードはその言葉をぶつける。
それは剣を用いた先ほどまでの戦いとは異なる、言葉を以て互いの意志をぶつけ合う舌戦だ。
力を示した事で武神を交渉の場まで引きずり込む事には成功した。
その上で彼女をを味方に引き入れんとするならその意志と言葉で以て説き伏せ、納得させなければならないのだ。
「ええ、理解できますとも。
確実を期すならば貴方の方に分がある。
だが犠牲を一番少なくすることが出来るのはこちらの方だ」
「だから、それに賭けると?それは余りにも青さが過ぎるというものです。
敗北とは絶望です。積み重ね続けた栄光も勝利も、一つの敗北に微塵と砕ける。
ましてあなたは紛れもないこの国の英雄。貴方の敗北は貴方一人のものではない。
貴方に希望を見た者。夢を託した者。貴方を信じて散った者ーーーその者達全てにとっての絶望と終わりを意味するのです。その事を貴方は本当に真実理解していますか?」
「理解しているとも。俺がこの手で作り踏みつけてきた屍も、俺の事を信じこの背中に続いてきてくれている者の事も、この双肩に背負う責務も一瞬たりとて忘れたことはない。この身に敗北が決して許されぬ事もな。
だからこそ俺は
それは公の為に自分を殺すのではなく、公人としての責務を果たしたうえで私人としての自らの望みも果たすという意志の表明。
無論リィン・オズボーンは理解している、それらを常に両立させることが出来る程に世界は甘くないという事も、己が責務が軽くないという事も。
どちらも果たす等という事が出来ずどちらかを捨てる事を、選択する事を突きつけられる時があるのだという事を。
承知の上で最大限それらを両立させるべく動く事、それこそが内戦の折親友との激突を前に最愛の妻が気づかせてくれた大事な事だ。
最期の最期まで両立できるよう足掻き、その上でどちらかを選択しなければならない時が訪れたらその時は心して選ぼう。奇跡とは最後の最後まであきらめず足掻いた者こそが手にする事が出来るものなのだから。
「己が重責も、世界が終わるかどうかの瀬戸際だという事ーーーそれらを全て承知の上で貴方はそれでも尚賭けに打って出ると、そう言うのですね」
「その通りだ。そしてその賭けに勝つ確率を少しでも上げるために、貴方の力を貸して欲しい。
偉大なる我が帝国の先人よ、この国と
---リアンヌ殿、貴方の力を私に貸して欲しい。この国と民を守りたい、その想いを我らはきっと共有しているはずだ。どうかこの通りだ。
「---ーー」
戦いの時のすべてを焼き尽くさんとする鬼気に満ちた瞳とは異なる真摯な瞳がアリアンロードを射抜く。
そしてそれがアリアンロードの中にあった決して忘れる事の無い思い出を呼び起こし、心を揺り動かす。
(ドライケルス、やはりこの子は紛れもない貴方の意志を継ぐ子なのですね)
自然とアリアンロードの口が綻ぶ。
そして心の中の天秤は完全に賭けに出る事へと傾いた。
「良いでしょう、私も深淵殿と同様に貴方に賭けてみる事にします。
銀の起動者リアンヌ・サンドロットは我が主君ドライケルス・ライゼ・アルノールの魂と帝国を怨敵イシュメルガから解放するため、灰の起動者リィン・オズボーンへと助力する事を誓いましょう。
ーーーかつて偉大なる獅子の心を持つ皇帝に仕えた騎士として」
「その誓いに心よりの感謝を。
そして私もまた誓いましょう。灰の起動者リィン・オズボーンは必ずや我が父ギリアス・オズボーンと愛する我が祖国エレボニア帝国を黒き邪神の支配から解き放つ事を。そして偉大なる先人達が築き上げた世の礎へと続く事を」
そうして両者は重ねた槍と双剣を高々と天へと掲げる。
それは空におわする女神に対する騎士としての誓約。
決してその誓いに背く事無く進み続けるという意志と覚悟の表明だった。
リアンヌ・サンドロットが仲間になった!