「前略 親愛なる生徒たちへ
俺が休職をしてからもうじき一ヵ月だが元気にしていますか?
入学当初それまでの生活から一変した訓練の日々はお前らにとっては地獄のようなものだっただろうね。
きっと俺たち教官陣がリィン・オズボーンという名前の大魔王の手下の悪魔に見えていた事でしょう。
でも俺は断言します。今、俺が味わっているそれに比べればお前らの過ごす日々など天国だと。
そう俺はお前らが想像しているように長い休みをとってバカンスを満喫していたりするわけではありません。
酒池肉林で豪遊をしているわけではありません。
むしろその逆、俺は今この世の地獄を味わっています。
毎日毎日死にかけています。比喩抜きで。
川原の向こうで死んだ爺さんが手を振っている光景を何度も見ています。
でも死ねません。何故ならいい加減そう余裕こいてられなくなってきた年齢の外見と声だけはやたらと良い魔女がたちまちのうちに地獄に連れ戻すからです。
そこからはまた地獄が始まります。あの子なら出来ましたよ?あの子なら出来ましたよ?あの子なら出来ましたよ?と言わんばかりの態度で親馬鹿婆がとんでもない速度でその槍を振るってきます。
一応一緒にしごかれる立場の人はそれを相手にして嬉しそうに高笑いしている変態、もとい羅刹様です。
どっちも面だけは良いのはある意味救いですが、とてもじゃありませんがそんな目で見れません。
こいつらはどいつもこいつも人の皮を被った化け物です。
そんな日々がずっと続いています。
一体此処に来てからもうどれくらい経ったのかも定かではなくなってきました。
何故なら俺は寝ている間も魔女の秘術とやらで修行をさせられているからです。
何でもそれによってオルディーネとの同調率を深めているらしいです。
すごいですね、便利ですね。
おかげで寝ている時すら気が休まりません糞が。
そんな地獄に居る俺から、お前らに言いたいことは一つ。
友達は選びましょう。
学生時代、俺はそれを間違えてリィン・オズボーンとかいうトンチキ野郎と親友になってしまったがために今こんな目にあっています。
お前らがそうはならない事を祈っています。
平穏無事な一生を送りたいと願うなら“英雄”なんて呼ばれる存在とくれぐれも関わってはいけません。
先生との約束だ。
トールズ士官学院抱かれたい教師NO1*1 クロウ・アームブラストより 早々」
ブリオニア島での死闘の後、クロウ・アームブラストは地獄を見る事となった。
理由は他でもない、アリアンロードとの死闘を経てリィン・オズボーンがクロウ・アームブラストを置き去りにして聖女と同格と称す事の出来る程の高みに至ったからだ。
他の仲間であればそれはまたいつも通りに英雄の超人性を実感するだけで済む、それもクロウに限ってはそういうわけにはいかない。
何故ならば彼は英雄の相棒。
その後ろに付き従う者ではなく肩を並べて歩くものだからだ。
切り札足るヴァリマールとオルディーネの融合と神鬼合一、それを行うにはクロウ・アームブラストの発する神気がリィンの発する鬼気と張り合えるだけのものがなければ成立しない。
故にクロウ・アームブラストは更なる高みへと至ったリィン・オズボーンに追いつかなければならず、かくしてエリンの里で地獄の日々が幕明ける事となった。
「貴方には何としてもあの子に追いついて貰わねばなりません。
そしてその為にどうすればいいかは既に深淵とも協議しています。
これから一ヵ月、私が貴方を徹底的に鍛え上げます。
きっと貴方は何度も生死の境をさまようことになるでしょう」
「だけど心配する事はないわ。
私が決して貴方を死なせたりしないから。
そして起動者たる貴方が死の淵に立たされれば、オルディーネは決して貴方を死なせまいとする。
つまり貴方が臨死体験をするたびに貴方とオルディーネの同調は高まっていくというわけ」
何が心配する事はないというのか。
これを聞いて死なないなら安心だな!等と答える奴は間違いなく頭のネジが弾け飛んでいる変態だ。
甚だ不本意な事にそんな変態を良く知っている気がするが、俺は決してそんな変態と同類ではない。
「いやはや至れり尽くせりとはこの事だなアームブラスト。
かの武神に付きっ切りで稽古をつけて貰える等と武人としてまさに至上の喜びというもの。
おまけにしち面倒な仕事やしがらみについては全て上司たる中将がなんとかしてくれている。
全く以てお互い善き弟弟子と友人を持ったというものよな」
おっと此処に変態がもう一人居た。
これから地獄が待っているというのに何をそんなに嬉しいのだろうか、この羅刹様は。
というかいくら魔女の秘術と秘薬とやらで治療されたからってなんでもうそんなに元気なの?
つい数日前にその胸に大きな穴を空けられていたよな?
あんた起動者でも何でもないよな?
本当に人間?
「クッ……マスターから付きっ切りで指導を受ける事が出来るなど羨ましいにも程がありますわ!」
「……致し方あるまい、黒を打倒する事はマスターの悲願であり、それを為すためには彼に強くなって貰わねばならぬのだから」
「そして起動者ではない上に、未だ理にも達していない我らでは余りにも力不足。
リアンヌ様の臣としては悔しい限りだけど、私たちに出来る事はそれの補佐をする事だけ。
ーーーそれ位の事は貴方だってわかっているでしょう、デュバリィ?」
「~~~わかっていますわ!そんな事!
良いですか!アームブラスト!!!恐れ多くもマスター直々に指導いただけるという至上の栄誉に貴方は浴すのです!無駄にしたりしたら承知しませんからね!!!」
そう言って今にも血の涙を流しそうな勢いで悔しがりながら、
そんなに羨ましいなら今すぐにでも代わってやるぞ、いや本当に嫌味や冗談じゃなくマジで。
というか代わってくれ!頼むから!!!
「デュバリィ、アイネス、エンネア。
黒との決戦が終われば私の長き旅にも終止符が打たれます。
許されるのであれば、貴方達と残された時間を過ごす事が出来ればどんなにいいでしょうか。
ですが私にはーーー」
「皆まで言われずとも結構です。
事はマスターの祖国たるこの国、そして世界そのものの存亡に関わるのです。
である以上、勝利の確率を少しでも上げるためにはそうする他ないという事は私達も理解しております。
どうか我らの事は気にせず、ご下命を。
我ら鉄機隊、偉大なるマスターの為に万難を排してそれを為しましょう」
打って変わった恭しさでデュバリィは跪き、それにアイネスとエンネアも続く。
そこに先ほどまでわめいていた飼い主に構って欲しい犬さながらのとても成人しているとは思えないポンコツさは欠片もない。
一人の騎士が存在した。
ーーー感動的な光景だな。だが(俺が地獄から抜け出せるわけではないので)俺にとっては無意味だ。
「---ありがとう、デュバリィ、アイネス、エンネア。私の自慢の娘たち」
アリアンロードは微笑み、聞こえた者が居るかどうかもわからない小さな声で呟くと一転その表情を引き締めて己が臣へと命を下す。
「デュバリィ、アイネス、エンネア。
これより貴方方には彼らの不在の穴を埋めるために彼の補佐へと就いて貰います。
灰の起動者リィン・オズボーン、彼から下される命を私から下されたものとして受け止め果たしなさい。
---無論、それが余りにも不合理かつ受け入れがたいものでは従う必要はありませんがまあ彼に限ってそのような心配はないでしょう」
クロウ・アームブラストと黄金の羅刹が不在となれば当然リィン・オズボーンが自由に動かせる戦力は減る。
それを埋めるために為された提案が鉄機隊の三人のリィンへの貸し出しであった。
クロウとオーレリアの両名には及ぶべくもないが、彼女たちとて紛れもない達人。
その力は十二分にリィンの役に立つはずであった。
「イエス、マスター」
「ご心配なさらずとも、マスターと渡り合う程の勇者に限ってはまさしく杞憂というものでしょう」
「それこそリアンヌ様の御子息だと思って接しさせて頂きます。
ーーーなんといってもリアンヌ様が愛された獅子心皇帝の生まれ変わり、その御子息なんですもの。
そう的を外した認識でもないと思いますわ♡」
「---エンネア、余りそう人をからかうものではありません」
「はい、失礼致しました」
どこか冗談めかしたやり取り、それも終えると鉄機隊の面々はその場を立ち去っていく。
蒼の騎士と黄金の羅刹の不在を少しでも埋めるべく。
ーーー名案がある、そんな事をせずとも俺を帰してくれれば良い。そうすれば万事解決だ。どうだろうかこの天才的な閃き。
「リアンヌよ、修練場の準備が整ったぞ」
「ありがとうございます、ロゼ」
「礼など不要じゃ、わらわは汝とドライケルスめの友なのだからな。
ドライケルスの奴を黒の呪いから解き放つ為というのならいくらでも手を貸すぞ。
全く汝ら二人は大馬鹿じゃ、どうしてわらわにまず相談してくれなんだ」
「ーーー友なればこそ打ち明けられなかったのですよ」
「友なればこそ打ち明けて欲しかったがの。
まあ良い、散々待たせてくれたが素直に頼ってくれたのじゃからな。
---何としてもわらわたちでドライケルスを救い出すぞ、リアンヌよ」
「ええ、ロゼ」
そうして道を別った聖女と魔女は固い握手を交わす。
---感動的だな。だがry
「しかしまあ随分と思い切った事を考えたのう。
穢れし大地の聖獣めを今を生きる剣士たちの手で真っ向から戦って抑え込もう等と。
確かにドライケルスとロランを足したようなあの無茶苦茶な灰の起動者に蒼の起動者が並び立つにはそれこそヴィータめの援護が無ければ厳しく、決着術式を発動するにはエマ一人では無理である以上そうする他ないと言えば無いんじゃが……」
チラリとそこで800年の時を生きた魔女は計画の変更に伴い一番負担がかかる事となる者へと視線をやる。
しかしそんな気遣いを受けても黄金の羅刹は不敵に笑って
「リベールの剣聖カシウス・ブライトは若き日に空の聖獣たる竜と分けたという。
ならばこの黄金の羅刹オーレリア・ルグィンが大地の聖獣を抑え込めぬ道理はあるまい!
これほど姉弟子孝行をしてくれる弟弟子に報いねば、それこそ女がすたるというものよ」
言い放つその総身には覇気が漲っている。
人の身で女神の遣わした聖獣を抑えるという難行を引き受けた黄金の羅刹はそれを厭うどころか歓喜していた。
何せ起動者でない彼女はどうしたとて黒との決戦に際して主役となることが出来ず端役となるはずだったのだ。
それが聖獣等という難敵とやり合える大役を任される事になったのだから、これが喜ばずに居られるだろうか?
オーレリア・ルグィンは何よりも己が武を全霊で震える強者との戦いを求めているのだから。
「では始めるとしましょう、蒼の起動者よ。
あなたには先を往くあの子になんとしてでも追いついて貰わねばなりません。
まず初めにこれより先戦闘時に纏っていた蒼き神気、それを常時纏いなさい。
そうする事により貴方の身体能力は飛躍的に向上するはずです」
「いや、アレ少し纏っているだけですげぇ疲れるし体のあちこちが破裂しそうになるんですけど。
とてもじゃないけどそれを常に纏うなんて出来るわけーーー」
「あの子はとうの昔にやっていますよ。
常時鬼気を纏い、戦闘時にのみそれを爆発的に高めています。
あなたは今からそんな彼と肩を並べようというのです、出来る出来ないではないのです。やるのです。
出来るわけがない、そう誰もが思う事を為してきたのが貴方の友ではないのですか?
---まあ所詮
どうしても出来ないというのならば致し方ありません、
その瞬間、それまでどこか逃避気味だったクロウの頭は一挙に沸騰する。
聖女だか武神だか知らないが、何故この女にそんな風に見下されなければならないのか。
少し前まで過保護全開であいつの事など何一つとして理解していなかった婆が一体自分とあいつの何を知っているのかと無性に腹立たしくなったのだ。
「上等だぜ武神殿!すぐに追いついてやる、そんで土下座させてやるよ。
貴方の器を見誤ってました、ごめんなさいってな!!!」
果たして自分はこんな熱いキャラだったかと疑問に思いながらも心より湧き出る衝動のままにクロウは蒼き神気を解き放ち身に纏う。
そしてそんなクロウの後ろから深淵の魔女ヴィータ・クロチルダはアリアンロードへとウインクをする。
ヴィータ・クロチルダがクロウに掛けたのは心を昂らせる秘術。
無論如何に蒼の深淵と言えどクロウ程の使い手の心を操るなど本来であれば出来ようはずもない。
ではなぜこれほど容易くクロウが術中に嵌ってしまったかと言えばそれはその存在の強大さ故にクロウの注意がアリアンロードの方にそそがれていたという事も理由の一つだが、クロウ・アームブラストが口ではどうこう言いながらもヴィータ・クロチルダの事をほとんど信じ切っていた事が最大の理由だ。
誰しも信頼する人間に対しては警戒が緩む、それは理へと至ったほどの達人であっても例外ではない。
無論それが悪意を以て発動した者であれば、即座にその肉体が思考を超えた反射の領域で反応するだろうが、ヴィータ・クロチルダにクロウ・アームブラストに対する悪意や敵意などというものは
今回この術をかけたのもひとえにクロウに生き延びて欲しいと思っていればこそ。
何せ彼はもはや選ばれてしまったのだから、この時代の主役たる英雄の親友という書き換えられる御伽噺における大役に。
なればこそヴィータ・クロチルダは魔女として己が起動者を導く。
彼らこそが悲劇で幕を下ろすはずのおとぎ話の結末を書き換える
「意気やよし。それでは始めるとしましょう。
そして見事至ってみせなさいーーー至高の領域へと」
こうしてクロウ・アームブラストにとっては地獄の、オーレリア・ルグィンにとっては至福の日々は始まったのであった……
焼きつけてーおくよー例えもう二度と会えないとしてもー