獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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皆さま、タグでも明示しておりますが当作では原作に於いては生存したキャラも死にます。
そしてそれは何も敵ばかりではありません、主人公の味方と言える立場の人もです。
そのことを改めてご理解頂ければと思います。


灰色の決意

 

 バルフレイム宮ーーーそこは帝国人にとって神聖であり特別な場所である。

 この国に於いて最も尊き血脈たるアルノールの者達が住まうそこでは当然のように厳重な警備が敷かれ、そこへの参内を許されること自体が帝国人にとっては至上の栄誉とされる。

 最高峰の調度、最高峰の使用人、その空間に存在するものの中に最高峰の形容詞がつけられぬものは人も含めて何一つとして存在しない。

 そして人にせよ物にせよ超一流と称されるものは対峙する者に対してある種の畏怖を抱かせるものである。

 もしも、これは仮にの話だがそうした作法に精通していない一市民がこの空間に来るような機会があれば忽ちのうちに緊張で委縮してしまうことだろう。

 そんな中どこまでも堂々たる様子で宮殿内を歩く一人の偉丈夫が存在した。

 帯剣を許されない宮殿内に於いて堂々と双剣を腰に携えたその人物を警備の者はまるで咎めようとしないーーーどころか決して無礼のないように敬礼を施していく。

 それも当然、彼こそは帝国に於いて知らぬ者はいない英雄。

 皇帝より全幅の信頼を受ける帝国最強の騎士なのだから。

 

「リィン・オズボーン、参上いたしました」

 

 翡翠の名を冠す宮殿内に存在する屋内庭園。

 今日リィンをこの場に呼びつけたこの国における至尊の存在はそこに居た。

 ---リィンの実の父たる宰相を傍に控えさせながら。

 

「良くぞ来た、そなたのここ最近の働きは聞いている。

 セントアーク、クロスベル、オルディスのいずれの地でも目覚ましい働きをしたとな」

 

「恐れ入ります、これも一重に陛下の御威光の賜物。

 非才の身なれど今後も陛下より賜りし光翼獅子機兵団という宝剣の担い手として恥ずかしくないよう努め続けます」

 

「過ぎた謙遜は嫌味にしかならぬぞ。

 その若さで既に幾多の功績を立て帝国正規軍中将の地位にある其方をして非才だというのならこの世に才人と呼べる存在は誰一人として居なくなってしまう事だろうよ」

 

「恐縮です」

 

「まあ良い、今日この場に其方を呼んだのは何もその功を労うだけが目的というわけではない。

 他ならぬ其方を見込んで新たな命を下すためだーーー宰相」

 

 視線による皇帝からの合図、それに頷きギリアス・オズボーンが皇帝の前へと歩み出る。

  

「ハーキュリーズという名前の部隊については当然把握しているな、中将」

 

「無論。共和国の最精鋭たる特殊工作部隊、軍属足る身でそれを知らぬ等とほざく者が居ればそれは余りにも怠慢が過ぎるというものでしょう」

 

「そのハーキュリーズがこの帝都へと潜伏しているとの情報が情報局より齎された。

 現在私の直属たる鉄道憲兵隊と情報局を動かして摘発へと当たっているが未だ一人として検挙する事が出来ていないのが現状だ」

 

「無理もないでしょう、ハーキュリーズは共和国の最精鋭部隊。

 如何に精鋭たる鉄道憲兵隊と情報局といえども一筋縄ではいかぬ相手かと」

 

「最もな意見だな。だが、後一月もすれば夏至祭が行われるこの時期、呑気に敵を称賛してばかりも居られない。

 故にこそ共和国が最精鋭を投入してきたのならば、われら帝国もまた最精鋭をぶつけるまでのこと」

 

 そこでオズボーンは笑みを浮かべる。

 それは絶対の自信を抱いた威風堂々たる王者の浮かべる不敵な笑み……であると同時にどこか己が息子を自慢するかのようにも見える笑みであった。

 

「我が騎士、リィン・オズボーンに命ずる。

 旗下の部隊を率いて帝都へと潜伏する間諜を排除せよ。

 これは勅命である」

 

「御意」

 

 恭しく跪きながらもリィンは内心で共和国を罵倒する。

 よりにもよってなんという時期になんという連中を寄こしてくれたのか。

 目的は暗殺も含めた破壊工作か情報収集のどちらかはわからないが、共和国との全面戦争を目論んでいる鉄血宰相たる父がこれを利用しない筈がない。

 動く、この絶好の機会をギリアス・オズボーンが逃すはずがない。

 何せ皇族の暗殺という容疑を共和国へと押し付けて帝国民の憎悪を煽るのに格好の獲物が向こうから来てくれたのだから。

 全く以て共和国の連中は何を考えているのかーーーとリィンは内心で散々に罵倒した後に冷えた頭で何故共和国がこの時期にハーキュリーズを投入してきたのかを考える。

 

(いや、彼らの側にしてみればそれも止む無しか)

 

 既に共和国は帝国に二度大敗を喫している。

 そして当然のように勝利した帝国はより強大になり、敗北した共和国は弱くなった。

 正面切って帝国とやり合った場合共和国の劣勢が否めないことはまともに頭が働く者ならば誰とて理解している事だろう。おそらくその事を何よりも痛感しているのは共和国の国民ではなく共和国の軍首脳部だろう。

 そんな最中帝国が開戦の準備を水面下で進めている等と言う情報を入手すれば死に物狂いでそれを防がんと動く事は必然である。

 ではどうやって防ぐか?決まっている開戦を推し進めている男、怪物ギリアス・オズボーンの暗殺である。

 ギリアス・オズボーンは強大な指導者だ。

 それを失えば必然的に帝国の首脳部には巨大な空白が生まれ、それを埋めるには幾分かの時を要するだろう。

 そしてギリアス・オズボーンが凶弾に倒れた場合、今帝国に於いてその空白を埋める事となるのは副宰相たるオリヴァルト皇子だ。

 オリヴァルト皇子が対外政策に於いて極めて穏健的で対話を重んじる姿勢であることは既に内外に知れ渡っているし、革新派のNO2たるレーグニッツ知事にしてもそれは同様だ。

 ギリアス・オズボーンさえ消してしまえば、帝国の暴走は止まると考えたとそういう事だろう。

 暗殺を含めた破壊工作とただの情報収集のどちらか、そんなものはこの情勢下でなぜわざわざ最精鋭部隊を投入したかを考えれば自ずと明らかであった。

 ただの情報収集の為に虎の尾を踏む危険を冒すはずがない、虎穴に入ったのは住処で眠る虎を仕留める為なのだ。

 

(父の後継たる私はあくまで皇室と国家に対する忠誠心を以て自制すると判断されたか、それとも父共々消すつもりなのかはてさてどちらなのやら)

 

 前者であれば問題ないが、後者の可能性を考えれば対策を打たねばならぬだろう。

 リィン・オズボーンは暗殺など欠片も恐れていない。

 例え共和国最強の使い手が来ようとも真っ向から返り討ちにする自信がある。

 だが当然リィンの身内までもがリィンのような超人というわけではない。

 古典的かつ陳腐な手だが「人質」にされる可能性は十分にあるーーーそれを抜きにしても自分が討たんとしている敵がかつて己が起動者を手に入れるために何をしたかを思えばそれに倣ってくる可能性は十分にある。

 達人級の腕利きの護衛をつけておく必要があった。

 そしてくしくもそれに打ってつけの人物がちょうど3人存在する。

 

(リアンヌ殿には感謝せねばな……)

 

 アリアンロードから貸し出された三人の隊士ーーーそれを妻であるトワ、義姉であるフィオナ・クレイグ、そして妻の生家たるハーシェル雑貨店の護衛にそれぞれあてがう。

 各々に対しても身辺に対する注意を促すが、部隊を個人的な事情で動かすことができない以上はリィンが身内を守るという私事の為に講じられる策としてはそれが限度であった。

 

(エリオットの奴にまでは護衛を割くことは出来ないが、まあアレであいつも歴としたトールズの卒業生。自衛する程度の腕はあるだろう)

 

 それを言うならばフィオナはともかくとしてトワもまたそうなのだが、リィンはあえてその事実を無視する。

 それ程までにリィン・オズボーンにとってトワ・オズボーンは大切な存在であるが故に。

 残る身内と言えるような存在はいずれも軍属、自力で対処する事だろう。

 

(私事ばかりではなく、果たすべき公事についても考えねばな。

 帝国宰相の暗殺などという極めて機密性が高く重要な任務を課されているのだ、当然敵は皆己が命を賭して来ているだろう)

 

 仮に宰相暗殺が成ったとしよう、だがそれを行ったのが共和国の手によるものだと明るみに出てしまえばどうか?

 まず間違いなく帝国の民衆は怒り狂い、共和国への報復を求める事だろう。

 仮に鉄血宰相に代わったオリヴァルト皇子らが国民を宥める事に成功したとしても共和国が外交及び政治的に非常に苦しい立場になるのは必然。

 それを防ぐにはどうすればいいか?いたって簡単な事だ。

 宰相暗殺を行ったのが共和国の者だという痕跡を一切消せばいい。

 何せ鉄血宰相を憎み消えてほしいと考えている者など無数に居るのだから。

 明確な証拠さえ残さなければ言い逃れる手段などいくらでもある。

 共和国政界の妖怪サミュエル・ロックスミスにとってその辺りは十八番だろう。

 「エージェントは己が命を賭して使命を全うする」その言葉を体現するかのように共和国最精鋭たる名を冠す者達は文字通り死に物狂いで来るはずだ、全ては己の祖国を守るために。

 それを否定する事がリィンに出来ようはずもない、彼らもまた己が祖国を守るためにこそ戦っているのだから。

 心しなければならないだろう、決して侮ってかかっていい敵ではない。

 

「無論帝国政府も中将への協力は怠らない。

 鉄道憲兵隊所属クレア・リーヴェルト中佐、帝国軍情報局レクター・アランドール中佐、彼らと旗下の部隊を君に貸し与えよう。上手く使ってくれたまえ」

 

「ご厚意に感謝致します、宰相閣下」

 

 ギリアスが告げた言葉、それはいつもの決まり文句であり半ば既定路線であった。

 故に別段何らかの感慨を齎すものではなくリィンの返答もまた定型句と言えるものであった。

 だが次の瞬間、皇帝の告げた言葉にリィンは完全に虚をつかれる事となる。

 

「そして現在余の身辺の護衛に就いているアルゼイド少将とその部下たちの任を解く。

 彼らも用いて可及的速やかに間諜どもを帝都より一掃するのだ」

 

「は?陛下、今なんと仰いましたか」

 

「アルゼイド少将の任を解く、そう言ったのだ」

 

「……少将が何か陛下のお気に障るようなことをしたでしょうか?」

 

「いいや何も。アレはよく仕えてくれていた。

 ただ余を守るよりも優先すべき事が出来た以上そちらを優先させるのは当然の事であろう。

 名高き光の剣匠、それをこんな男の身を守るために何時までも割いておくなど人材の浪費というものだ」

 

「何を仰いますか、陛下こそわれら帝国人全ての父にして導。

 御身にもしもの事があれば、帝国臣民は悲嘆にくれる事となるでしょう。よりにもよって共和国の間者が紛れ込んだ事が判明したこの時期に、みすみすその警護を担うものを減らす事など臣下として承服致しかねます」

 

 一体何のために光の剣匠という貴重な戦力を皇帝の護衛に遣わしたかと言えば、それは予言を防ぐためだ。

 そして間違いなくギリアス・オズボーンは共和国が放った工作部隊が帝都に潜入したこの()()を逃さない。

 だというのにそのタイミングでアルゼイド子爵を護衛から外す事など臣下として承服できるはずもなかった。

 黒キ星杯の決戦に向けて準備は整えている、だがそれはあくまで予言を未然に防ぐという最善が果たせなかった場合の次善の策なのだ。

 

「共和国が狙うとすればそれはお飾りにすぎぬ余などではない、卿ら獅子の意志を持つ親子だろうよ。

 余の身辺を守る者であれば衛士隊の者達が居る。()()()()()()()()()()中将、貴官は()()()()()()()()()()を果たせ、()()()()()である」 

 

「------」

 

 有無を言わせぬ常ならぬ主君の強い口調。

 それによってリィンは全てを悟る。

 この方は死ぬつもりなのだ。

 恐らく皇帝に即位して史書の予言を見たその時からその日が来る事を覚悟していたのだろう。

 古の血が流れるというこの予言、それはつまり自身の血が流れなければ自分の家族ーーー三人の我が子のいずれかの血が流れるという事である。

 だからこそ皇帝は決めたのだろう、自身の血を以てその予言を成就させる事を。 

 それは君主としては落第でしかない選択だ。

 王とは無数の屍の上に君臨する者、その身を守るために多くの者がその命を散らす。

 安易にその命を投げ出していいわけがない、ましてやその死を彼が宰相の地位に任じた者がどのような形で利用しようとしているかを思えば尚の事である。

 

 だが、しかし

 

「……それが、陛下の御意志なのですね」

 

「そうだ中将、これこそが余の意志であり決断だ」

 

 そこに在るのはこの国を統べる皇帝としてではなく我が子を思う一人の父としての確かな愛。

 これこそがユーゲント・ライゼ・アルノールの運命に対して一矢報いる手段なのだと示す固い灰色の決意。

 もはやそれはあらゆる諫めの言葉が無意味であることを示し、臣下である以上下された命に従う以外の選択肢はない。

 何よりも理解も共感も出来てしまった。

 ---それが避けられぬものであるというのならば、自身が犠牲になったとしてもせめて我が子たちに生き延びてほしいと願う皇帝の父としての思いが。

 

「……勅命、しかと承りました。必ずやこの国を食い荒らさんとする害虫めを討ち滅ぼす事を此処に誓約致します」

 

 故にリィン・オズボーンもまた覚悟を定めるユーゲント・ライゼ・アルノールの死はもはや避けられぬものとして扱う事を。主君の死、それを既定の者として扱い看過するという臣下として許されざる大罪を犯す事を。

 そうしてリィンはその場へと跪き()()()()()()へと誓約する。

 その覚悟へと黒の打倒を以て報いる事を。

 それこそが自分に出来るせめてもの()()()()だと信じて。

 

「卿の武勲に期待する」

 

 そうして皇帝もまたそんな己が騎士の忠誠にそっとその表情を綻ばせ、退出の合図を送る。

 

「中将、くれぐれも陛下の()()()に背かぬようにな」

 

「ええ、無論ですとも宰相閣下。どうか吉報をお待ちください」

 

 そうしてリィン・オズボーンはその身を翻し、その場を去っていく。

 去り際に映るその雄々しくも堂々とした背中を皇帝はどこか眩しそうに見つめるのであった……

 




鉄血宰相「よろしいのですか?このまま私に任せても」(貴方死ぬことになりますけど)
皇帝「14年前に言ったとおりだ。それが避けられぬのであれば、まずは其方に任せると決めた(犠牲には余がなる。余が死んだ後の事はお前に任せる)。息子たちには苦労をかけてしまうが……それについてはそなたも同じだろう」
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