獅子心将軍リィン・オズボーン   作:ライアン

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「あなた達…『覚悟して来ている人』………ですよね。人を「始末」しようとするって事は逆に「始末」されるかもしれないという危険を常に『覚悟して来てる人』ってわけですよね」


災厄の利用法

 勅命を受けたリィンは即座に光翼獅子機兵団の中核を担う己が幕僚、そして連隊指揮官たちを招集した。

 それは勿論、ハーキュリーズに対する作戦を決定するためであったが、もう一つ重大な情報を打ち明けるためであった。

 

「帝国軍情報局から次のような報告があった」

 

 リィンは一同を見渡し、司令官の視線を受けた一同は心持ちその背筋を伸ばした。

 

「先の戦役の際にもクロスベルで蠢動した共和国の最精鋭たる特殊工作部隊ハーキュリーズ、これが帝都ヘイムダルへと潜伏している。既に鉄道憲兵隊、帝国軍情報局、帝都憲兵隊がこれの摘発に乗り出しているが、残念ながら未だ一人として捕縛する事が出来ていないのが現状だ。

 そこで皇帝陛下より我らに勅命が下った、その力を以て帝都に潜んだ間諜を一掃すべしとな。タイムリミットは夏至祭が始まる7/18まで。それまでに事態の解決が為されなかった場合、夏至祭は中止。帝都には戒厳令が発令され、第一機甲師団も投入される事となる」

 

 そこで不意にリィンはその顔に微笑を湛える。

 それは自信と活力に満ち溢れたものではあったが、どこか不敵なーーー彼を憎む者達であれば「小生意気な」とでも評すようなものであった。

 

「まあいつもの通り我らに課された責任は極めて重大という事だ。民から給料泥棒の誹りを受けぬよう、諸君が与えられた待遇と地位に見合った働きをする事を期待する」

 

 どこか冗談めかしたその言葉に部下たちも笑った。

 後ろめたいところがある者ならばある種の釘差しともいえるそれもこの場に集まった俊英たちにとっては軽い冗談にしかならない。

 目の前に居る年若い司令官と共に幾多の戦場を駆け、今日の地位を自らの力で勝ち取ったという確かな自負が彼らの中には存在した。

 勇将の下に弱卒無し、帝国最精鋭にして最強たる光翼獅子機兵団に所属する者にとって無能も無責任も無縁の言葉であった。

 

「とはいえ、そう固くなる必要もない。リュッケ上等兵が淹れた珈琲を適宜飲みながら討議への活発な討議を期待する。珈琲を入れる腕を大分上げてな、美味いと思ったら各自会議終了後に労いの言葉でもかけてやってくれ」

 

 出席者がかける席の前には司令官付き当番兵*1たるリュッケ上等兵*2の淹れた珈琲が置かれている。

 

「では協議に移ろう。一体如何にして奴らを燻りだすかだが……その前に諸君に一人紹介したい人物が居る。ローゼリア殿、どうぞこちらへ」

 

「うむ。初めましてじゃの、魔女の眷属が長ローゼリアと申す。其方たちの上官たる灰の起動者とはまあそろそろ一年の付き合いと言ったところじゃ。よろしく頼むぞ」

 

 部屋へと入ってきた人物、それに一同は呆気に取られる。

 何せどこからどう見ても未だ日曜学校に通っているような外見の少女が魔女の眷属の長などという大層な肩書を名乗ったのだから。信頼する司令官の前置きがなければ何かのゴッコ遊びかと思い、優しくあやして送り返した後、警備責任者を呼び出し叱りつけるところである。

 

「私が過労の余り狂ったのかではないかと疑っているようだな、まあ無理もないが」

 

 訝しむ部下たちの様子、それを見たリィンは怒るでもなく苦笑する。

 自分の感覚が狂ってきただけで目前のこれこそが真っ当な人間の正常な反応なのだと再確認するように。

 

「だが生憎と狂気に身をゆだねる事が許されるような立場ではないのでね、至って正気だとも。

 皆も聞いた事があるだろう、女神が我ら人間に残し七つの至宝、そして女神に遣わされた聖獣について。

 彼女はかつてこの国に存在していた焔の至宝の眷属、その末裔達の長だ。

 ーーー250年前にはかの槍の聖女と獅子心皇帝陛下に助力し獅子戦役を終結に導いた功労者の一人でもある、くれぐれも外見に惑わされて礼を失する事のないようにな」

 

「敬ってへつらうがよい」

 

 どこか得意気にふんぞり返るローゼリア。

 しかしその場に居合わせた者達はどこか呆気にとられた様子を浮かべる。

 余りにも非現実的な内容に無能とは対極に位置する彼らをして頭がついてきていないのだ。

 

「閣下」

 

 そんな最中副参謀長足るゾンバルト准将はいち早くその怜悧な頭脳を再起動させて己が上官へと問いかける。

 

「何かの冗談というわけではないのですね?」

 

「ああ、私は至って大真面目で語った内容は真実だ」

 

「承知いたしました。では私もそのように認識致します。

 ローゼリア殿、私は光翼獅子機兵団副参謀長を務めているブルーノ・ゾンバルトと申します。

 未だ若輩の身ながら将軍閣下のおかげで准将の階級を得ております。どうぞ以後お見知りおきを」

 

 我らが将がそう告げているのならば、()()()()()()()()()()と示すゾンバルト准将の態度。

 それを見せられた事で他の面々もそれに続き挨拶を行っていく。

 

「さて、挨拶も一通り終わったところで本題へと入らせてもらう。

 今回ローゼリア殿を諸君に紹介したのは他でもない、これから行おうとしている作戦が諸君らがこれまで培ってきた常識、その埒外のものとなるからだ」

 

「と、仰いますと」

 

「この帝都の地下に於いて英雄帝がかつて打倒したとされる暗黒竜、それが復活しようとしている」

 

「暗黒竜と申しますと……かつてこの帝都を死の都に変えたという、あの暗黒竜ですか!?」

 

 さらりと告げられたリィンの言葉、それに大げさすぎるほどに大きな声を挙げたのは参謀長を務めるローレンツ少将だ。副参謀長たるゾンバルト准将がこの部隊におけるアクセルならば、ローレンツ参謀長はブレーキ。こうしてことさら大げさに反応する事で、突拍子もない司令官の発言が皆に浸透するように努めるのがもっぱらこの部隊における彼の役目となっていた。

 

「そうだ」

 

「いや、しかしアレはそのなんと言いますか……」

 

「皇帝の権威を高めるための史実に脚色を加えた御伽噺……まあ常識で考えるならばそうなるだろうな。

 ところが事実は全くの史実だ。かつて暗黒竜がこの帝都を死の都に変えたことも。

 それを英雄帝がその命と引き換えに討ち果たした事も、それが復活しようとしている事もな」

 

「………わかりました、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ですが何故今になって復活しようとしているのですか?

 英雄帝が打倒して既に1000年もの時間が経過しているというのに……」

 

「それについては、()()()の愚行が原因だ。

 三年前の夏至祭、アルフィン皇女殿下の誘拐未遂事件があった事を諸君は覚えているかな?」

 

「ええ、それは無論。未だ士官学生たる閣下がその働きによって見事殿下をお救いになられたという」

 

「その際主犯格の一人たるギデオンは魔獣を操るアーティファクトを以てかの暗黒竜の死骸を操りーーーその結果地下に存在した残留思念と結びつき、かの竜は一時的な復活を果たした。

 まあ文字通りの搾りカスだったために未熟だった当時の私でもなんとか出来たわけなのだが……厄介極まりない事に話はそれで終わっていなかった。

 奴はどこまでも執念深く、そして諦めが悪かった。残っていた暗黒竜の残留思念とでもいうべき想念、それをこの次元とは別の霊的な次元とやらに移していた。そしてそこでこの帝国に渦巻く怒り、憎悪、慟哭、絶望、悲嘆ーーーそうした負の想念を吸い上げ力を蓄えていた、そうですよねローゼリア殿」

 

「その通りじゃ、全く以てそのギデオンという男はとんでもない事をしてくれた。

 よりにもよってかの暗黒竜の死骸を呼び起こすなどと、愚かにも程がある。

 アレを討つまでの間に一体どれほどの犠牲が出たか、人の身で御す事が可能な存在なのかそんなこともわからなんだとはな!」

 

 憤懣やるかたないといった様子でローゼリアはリィンの言葉へと応じる。

 ローゼリアがこれほど怒りを露にすることは珍しい事だったが、それもやむ得ない事だろう。

 何せかの暗黒竜が出した被害というものは獅子戦役が霞む程に酷い。

 時代に冠絶する英傑にして長きアルノールの歴史においても屈指と称するに足る器の持ち主であった英雄帝ヘクトル・ライゼ・アルノール。

 それに付き従った千人の勇士たち、先代の長を筆頭とした優秀な何十人もの魔女、そして地精。

 その者達が文字通りその命をなげうちやっとの思いで討ち果たした存在なのだから。

 まさしく()()()()()()()()()()()()()()()()というのがローゼリアの率直な考えであった。

 

「まあやむ得ないところもあるでしょう、彼は優秀な存在でしたがそれでもあくまで政治学者。

 あなたのようにそうした裏の事情を詳細に知っているわけではない。

 むしろ、そうした事態に至ったのは貴方方魔女の眷属の秘密主義にもその一端があるように私には思えるのですが?」

 

「……わかっておるわい。だから今、こうして其方に協力しているのではないか」

 

 そうしてローゼリアは拗ねたような顔を浮かべるとそっぽを向く。 

 それは事情を以前から知っているリィンとヴィクターを除けば、子どもそのものといった様子でとてもではないが数百年を生きる超常の存在には見えなかった。

 しかし、彼らの指揮官は重大な会議の場でそのようなふざけた冗談を言うような男ではなく、副司令官たる光の剣匠までもが常と変わらぬ実直そのものの様子を見せている以上、それが事実だと判断する他なかった。

 

「ひとまず閣下の仰った内容、()()()()()()()()()()()で意見を述べさせていただきます」

 

 そんな風に前置きをした上で口を開いたのは第四連隊隊長を務めるモルト大佐だ。

 謹厳実直を旨とする真面目な常識人たる彼にしてみれば如何に信頼する上官の言葉と言えど未だ半信半疑といった様子を見せていた。

 

「かつて帝都を死の都へと変えた暗黒竜、それが真実復活するのだというのならば事はこの帝国の存亡に関わってくるほどの事態では?もはや夏至祭の開催など到底不可能でしょう、ただちに陛下と宰相閣下にその情報を伝えて帝都全域に戒厳令を発令すべきです。そうして我らのみならず帝都防衛の任を担う第一機甲師団やドレッグノール要塞のゼクス大将旗下の部隊の動員も視野に入れるべきではないでしょうか」

 

「モルト大佐、それは流石に弱気が過ぎるという物だろう。我らは何だ?帝国最強たる光翼獅子機兵団だぞ。もはやカビの生えた伝説など新しき伝説によって更新されるが定めというものだろう!」

 

 慎重論を述べるモルトに対して意気揚々と反論を述べるのは第三連隊隊長を務めるフェルデンツ中佐だ。

 その目には己の力に対する自負と己が上官への信頼が満ちており、敗北する事など欠片も考えていないことが伺える。

 

「そうだ、我らは帝国最強の部隊だ。なればこそ我らが敗北してしまえばどうなる?

 帝国臣民の動揺は図り知れず、みすみす周辺諸国に付け入る隙を与える事になるだろう。

 それならばもはや最初から戒厳令を発令する事を前提にして、動員できる最大戦力を以て共和国の間諜と暗黒竜双方の速やかな撃滅を目指す。これこそがベストではなくともベターというものだろう」

 

 確固たる意志の下発せられたモルト大佐の発言にフェルデンツ大佐は反論したい思いに駆られたが結局黙り込む。慎重論を述べる者を臆病者と誹り、論を封殺するが如き行いはフェルデンツが敬愛する上官は好まない。で、ある以上モルト大佐の意見を聞き、どう判断するかは上官たるリィンの決定する事と判断したのだ。

 

「……とモルト大佐は申しておりますが、閣下は如何にお考えですかな?

 小官の私見を述べさせてもらうなら、大佐の言にも一理あるかと。

 代わりに政治的にはやや面倒な事になるかとは思いますが事態が事態です。

 ここは確実性と安全性を最優先にすべきではないかと小官も大佐の意見に賛同させて頂きます」

 

 そうゾンバルト准将はモルト大佐の意見を援護する。

 だがその言葉は上官を説得にかかる参謀というよりも、自分の想像の上を往くものを己が信仰対象たる存在に見せて貰いたいと願う崇拝者のように列席者には思えた。

 

「二人の意見には一理ある、だが生憎だが今回の一件私は我が部隊のみで解決出来ると判断している。

 ……というよりもだ、ハーキュリーズに対してはともかく暗黒竜に対してはただ数を増やせば倒せるという物ではない。奴を討伐するにあたって必要なのは、数ではなく質なのだよ。

 故に議題に挙げておいてなんだが、奴の討伐については限られた極少数の精鋭を以て行うつもりだ。諸君に相手をして貰いたいのはあくまでハーキュリーズのみとなる」

 

「?それではなぜ我らにそのような話を?」

 

「至って簡単な事だ、奴らをこの帝都から一掃するための作戦それを諸君に理解して貰うにあたってかの竜の存在を諸君の頭に入れて貰う必要があったからだ」

 

「と仰いますと?」

 

「ハーキュリーズは共和国の誇る精鋭だ。何よりも彼らが厄介なのは隠密行動に長けた特殊工作部隊という点にある。

 正面から戦えばまず我らに負けはないだろうが、そもそも補足して戦闘へと持ち込むのが至難という点が今回の任務の最大の障害となる事には諸君にも同意して貰えるはずだ」

 

 リィンの言葉に全員が頷く。

 光翼獅子機兵団は最強だ、戦えばまず負けはない。

 ではそんな最強たる相手に真っ向から戦いを挑むような愚をハーキュリーズがするかと言えば当然否だ。

 

「戦えば負けるとわかっている相手と正面からやり合おうとする阿呆が最精鋭部隊に選抜されるはずもない。

 まず以て我らと遭遇した場合に彼らがとる行動は戦闘ではなく、逃走だろう。

 そしてこの帝都には我々すら完全に全容を把握できていない広大な地下通路が存在する、それを利用すればこちらの追跡を振り切る事はそう難しくはない……そう()()()認識している事だろう」

 

 そこでリィンは笑った。

 それは先ほどまでの味方へと向けていた温かみのある笑みではない。

 獲物を仕留めんとする捕食者の攻撃的な笑みだ。

 

「だがそれこそが最大の悪手となる、なぜならば今の帝都の地下は既に暗黒竜の纏う瘴気が充満しているからだ。

 彼らは優秀だ、閉所や暗所での耐性も含めて相応の訓練を積んでいるだろう。

 入念に計画を練り、不測の事態にも対応する事が出来る精鋭揃いだろう。

 だが果たして精神を侵す瘴気、そんな物を想定しているかな?」

 

 一同は戦慄する。

 もはや彼らの司令官の意図するところは明白であった。

 

「これより諸君にはまず二週間かけて鉄道憲兵隊、帝都憲兵隊、そして情報局とも協力して彼らを帝都の地下へと誘導して貰う。それから更に10日の間完全に奴らを地下にて封殺する。

 そうすればもはやそこに心技体を兼ね備えた共和国の誇る最精鋭部隊は存在しない。居るのは暗黒竜の瘴気によって精神の均衡を完全に崩した哀れな傀儡だ、生け捕りにすることも容易いだろうさ」

 

 暗黒竜という災厄、それを共和国の精鋭を捕えるために利用する。

 それが高潔にして清廉潔白なる英雄として絶大なる人気を誇る彼らの司令官が考えた策であった。

 

*1
将校のお茶くみや荷物持ちなどを担当する召使いのようなもの

*2
北の猟兵解散後、家族を食わせるために帝国軍に志願したノーザンブリア出身の16歳の少年。その境遇への同情とノーザンブリア出身の者でも分け隔てなく評価するという喧伝の意味、双方からリィンは自身の当番兵へと取り立てた




ロゼお婆ちゃん(こいつほんまにロランの奴にそっくりじゃのう、実は奴の生まれ変わりじゃなかろうか)(顔を引きつらせながら)

暗黒竜の復活について感づいたのはロゼお婆ちゃんです。
エマと一緒に霊脈調べて気づいてやっべってなって灰の起動者で盟約結んでいるリィンに相談しました。
そしてそれを聞いたリィン将軍は妻や娘や義姉には見せられないやべぇ笑顔を浮かべましたとさ。
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