理由は主人公が余りにメタ視点で判断しすぎていると思ったためです。
具体的には根源たる虚無の剣はアルティナかミリアムで確定であるという判断が
「いやいや冷静に考えて計画の要になるような存在を戦死の危険性もある情報局員にするとかねぇわ。あの二人は実験データを取る為のサンプルか何かで本命は手元に居ると判断するのが妥当だろ」という風になっています。
「それで皇帝陛下の説得は如何でしたか、殿下」
「……「卿らはアレを余りに甘く見すぎている」その一点張りだったよ」
副宰相の執務室、そこでリィンは久方ぶりに副宰相であるオリビエとの会合を行っていた。
表向きの理由はハーキュリーズ掃討作戦に当たっての打ち合わせとなっているがそれ以外の目的も多分にーーーいや、それ以外の目的の方こそが本題と言って良いだろう。
当然のように執務室にはオリビエの親衛隊の隊員を務めるエマによって結界が展開され、万一にも盗聴される恐れがない状態となっている。
「……ご子息である殿下の御説得にも応じられなかった以上やはり黒キ星杯での決戦に賭ける他ないかと」
「…………」
沈痛な表情でオリビエは黙り込む。
皇帝は自らの意志で囮となり、その命を以て予言を達成する事で三人の我が子に塁が及ばないようにしているという情報をリィンは伏せる事無くオリビエへと伝えた。
どのみちオリビエの立場ならばすぐにでも皇帝が勅命を以て自身の護衛を務めていてアルゼイド子爵をハーキュリーズの掃討へと回したという事は知ることになる。
そして予言の内容についてはオリビエも承知な以上皇帝が自らを囮にしようとしているという答えには容易にたどり着く。
ならば下手に隠し立てするのは相互の信頼関係に罅を入れるだけであり、秘匿する意味は薄い。
そう判断したリィンはオリヴァルトの所有するアーティファクト*1を以て連絡を入れた。
オリビエが皇帝の説得に尽力するならば良し、皇帝という宰相の後ろ盾でもあるこの国における最高権威が味方に付くのならばそれこそクーデターという強引な手段に打って出る必要はなくなり万々歳。
失敗したとしてもそれはそれで当初の計画通りに実行するだけの事だと、ほんのわずかな期待を眼前の皇子に込めて。
「何か……他に手はないのだろうか……」
「在るのかもしれませんが現状私に思い浮かぶのはこれが限界です。
黒キ星杯にて黒の騎神イシュメルガ及びその起動者ギリアス・オズボーンを討つ。
そして公的な声明において皇帝弑逆の罪を以てギリアス・オズボーンを粛正した事を発表し、速やかにセドリック殿下に即位して頂き殿下は帝国宰相となり、レーグニッツ知事閣下には副宰相となっていただき、軍部に関してはヴァンダイク大元帥閣下に現役復帰して頂きにらみを利かせていただく。これこそが国政への混乱を最小限に収めるーーーベストではなくともベターな方針かと」
淡々とした様子でリィンは語る。
されどその言葉はどこか自分自身にも言い聞かせているような色が多分に含まれているようにオリビエには思えた。それも当然だろう、何せオリヴァルト・ライゼ・アルノールが父の死を看過しなければならないというのならばリィン・オズボーンは自らの手で父を討たなければならないのだから。
そして代役は居ない。それはリィンが起動者だからというのもそうだが、政治的な理由も大きい。革新派の今日の隆盛はギリアス・オズボーンという巨人によって支えられたものだ。そのギリアスが皇帝弑逆の罪によって失脚するとなれば当然革新派はその勢力を大きく後退する事を余儀なくされる。
当然革新派は猛然と反発する事になるだろう、濡れ衣を着せられたのだと。これは追い詰められた貴族勢力による陰謀なのだとーーー最悪この国が再び二つに割れかねない。
だが宰相を討ったのがその腹心にして次代の指導者と目されていた実の息子ならばどうだろうか?
鉄血宰相へと帰せられた嫌疑は一気に信憑性を帯び、さらには宰相が失脚した事で起きる革新派の政治的な後退も最小限に収まる事となる。
ならばこそ鉄血宰相を討つのは灰の起動者にして次代の革新派を担う獅子心将軍リィン・オズボーンでなくてはならないーーー誰にもその代わりを担う事は出来ないのだ。
だからこそ目前の青年は弱音一つ吐かずにただひたすらに現実を見据えている。
そのことをオリヴァルト・ライゼ・アルノールも強く痛感させられたからこそ覚悟を固めるかのように深く息を吐き出して
「君の言うことが正しいのだろう中将、誰も犠牲にせずに何かを成し遂げる等という事は不可能だ。
つまるところ我々政治家の仕事というのは国家にとって何が最良かを考えて最大多数の幸福を追求する事に在るのだから。その切り捨てる対象に自らの身内が含まれるからと言って判断を誤ってはいけない。それが責任ある立場というものだ」
「ええ、なればこそ我らは決断しなければなりません。
それが例えわが身を削るが如き辛く苦しいものであったとしても。
それが我らの立場に課せられた“責任”というものなのですから」
「誰も犠牲にする事無く、誰もが笑って暮らせる未来が欲しいーーーそんな風に思うのはやはりただの夢想に過ぎないのかな」
副宰相という責任ある立場に就いたことでオリビエはほとほと痛感させられた。
政治に於いて中立というのは茨の道だ。
なぜならば妥協とはだれも傷つけないものではなく、片方が貧乏くじを引き一方的に損を被らないようにするために皆で平等に損を分担しあうという事だからだ。
革新派にとっての前進は貴族派にとっての後退、貴族派にとっての前進は革新派にとっての後退。
だがそれでも互いに一切歩み寄る事無く、対立し続けてはそれこそ国内に於いては内戦という形で、国同士に於いては戦争という形でどこかで致命的な破綻が起こる事になる。
だからこそオリヴァルト・ライゼ・アルノールは対話の姿勢を無くしてはならないと思っているし、彼の打ち出している外交政策、内政政策は極めて穏健的な物だ。
革新派の改革路線に理解を示しつつも貴族勢力に対しても配慮を行う穏健的な改革路線というべきもので、周辺諸国に対しても対話による協調姿勢を打ち出している。
そして
なぜならば集団を結束させるのには敵の存在が必要だからだ。
人の耳に一番快く聞こえるのは、敵を否定する言葉であり、人の目を一番惹きつけるのは敵に対して断固たる姿勢を以て戦いを挑む姿勢だ。
鉄血宰相ギリアス・オズボーンはそれをよく理解していた、平民出身である彼にとって軍部と民衆の支持は必要不可欠なものだった。
だからこそ革新派という派閥を纏めるに際しては貴族派という敵を用意し、エレボニアという国を纏めるに際してはカルバード共和国という敵を用意した。
妥協など一切不要というその強硬的な姿勢はまさしく帝国臣民が求める「強いエレボニア」を体現する指導者として映り確固たる人気を築き上げた。
一方のオリビエの言葉はかつてカイエン公が存在し貴族派が国内に於いて確固たる勢力を有している頃は革新派、貴族派双方からそっぽを向かれた。
支持を表明してくれたのはマテウス・ヴァンダール、ヴィクター・アルゼイド、テオ・シュバルツァーなどの一部貴族に留まった。
副宰相となって勢力が拡大できたのも内戦の失墜によって多くの貴族が鉄血宰相よりは
それを思えばやはり自分は余りにも夢を見すぎているのではないかとそんな弱気に駆られる事がオリビエとてある。
かの宰相の暴走を止めると豪語したものの、具体的にどう止めるかという点に於いてはその息子に頼り切りと言って良い状態であれば尚の事だ。
「……理想を追い求める事、それを私は笑いはしません。
むしろ殿下の在り方には敬意を抱いております」
そんなオリビエの理想主義的な部分を意外というべきかリィンはむしろ肯定した。
見つめる瞳は誠実そのものでこちらに対する確かな敬意が宿っているようにオリビエにも感じられるものであった。
「しかし、上に立つものは
どれほど不本意でそれがわが身を裂くような痛みを伴うものであったとしても何を切り捨てて何を助けるかを選ばなければならない時が。
どちらも正しくてどちらも間違っている、そうした時にどちらに進むかを選ぶのが上に立つものの役目なのですから」
「……………………」
「そして
共和国との全面戦争を防ぐために我が父鉄血宰相ギリアス・オズボーンを討伐し、国権を我らの手で掌握する道をーーーそれがこの国にとっての最善だと信じるが故に。
もしも殿下が私が進むと定めた道よりも犠牲を出さずに済むやり方を知っているというのならば、私は喜んで殿下の御意志に従い万難を排してそれを遂げて見せましょう」
もしもそんな道がーーー父をこの手で殺さずに祖国を救う道を目前の皇子が見つけたというのならばリィン・オズボーンは歓喜と共に生涯の忠誠をオリヴァルトへと誓うだろう。
一体誰が望んで敬愛する実の父をこの手で討ちたい等と思うだろうか?
誰も犠牲にしないで済む道があるというのならばそんなものはリィンの方こそ教えて貰いたい。
「ですが殿下、そんな道は存在しないーーーいいえあったとしても我ら人の身では手の届かないところにある。違いますか?」
「……ああ、その通りだよ中将。そんな道は見つからなかった。
父上ーーー皇帝陛下の説得が出来なかった時点で閉ざされた」
今、オリビエの心に満ちるのは無力感であった。
結局自分は父の諦観を打ち破ることが出来なかった。
いや、父も自分たちに期待はしてくれているのだろう。
だからこそ自分には副宰相という地位を与え、目前の青年には直属部隊の司令官という権限を与えた。
その地位と権限があればこそ自分たちは鉄血宰相と黒の打倒へと踏み切る事が出来るのだから。
だがそれでも総てを自分達へと託して賭けられる程には信じさせることが出来なかったーーー要はそういう事なのだろう。
「であるのならばもはや我らに取れる道は一つだけです。
副宰相閣下ーーーご決断を」
静かな言葉には断固たる覚悟と決意が秘められている。
その為ならば実の父すら討つ事さえをも覚悟した。
そしてそれはオリビエを否応なく駆り立てる、捧げられた剣に相応しき器が自身にある事を示さなければならないという事を。
理想とは現実を見据えてそれを実現するべく動いてこそ価値があるもの。
ただ理想だけを見て、現実を見据える事をやめてしまえばそれは単なる逃避ーーー夢想へと成り下がる。
そして目前の英雄は己が剣を捧げる指導者に理想家である事を求めながらも夢想家へと堕する事を決して許しはしない。
「……わかった。君の言うとおりにしよう中将」
そうしてオリヴァルト・ライゼ・アルノールは決断した。
皇帝たる父を
それは上に立つものとしては間違ってはいない決断だっただろう。
だがそれはとても重苦しく、傍にいるのがリィンはなくリベールの仲間達であるのならば決してしないであろう決断でもあった。
「殿下の御決断に心よりの敬意と感謝を。
そしてそのご決断を
そしてそんなかつての仲間達であるならば決して是としないようなオリビエの決断をリィンは是とする。
それはオリヴァルト・ライゼ・アルノールが放蕩皇子でいられた時間がもうはるか昔に終わっていた事を示すものでもあった。
それはオリビエ自身覚悟して選んだはずの道だーーーそんな事はオリビエ自身よくよく理解している。
されどどうしようもない寂寥感が胸を満たす事をオリビエには止める事が出来ないのであった。
夢見るだけの輝ける時間はもう終わった。