ただ一本の剣を鍛え上げることに
一生を捧げる者。
一人で一生をかけて探求して行く夢もあれば
嵐のように他の何千何万の夢を
喰らい潰す夢もあります。
身分や階級生い立ちに係わりなく
それが叶おうと叶うまいと人は夢に恋焦がれます。
夢に支えられ、夢に苦しみ、夢に生かされ、夢に殺される
そして夢に見捨てられた後でも
それは心の奥でくすぶり続ける
たぶん死の間際まで。
そんな一生を男なら一度は思い描くはずです。
“夢”という名の神の殉教者としての一生を
降りていく。クロウ・アームブラストは己が心の中を降りていく。
これまでの経験が走馬灯のように駆け巡っていく。
それはごく最近に経験したものから徐々に過去の記憶へと移り変わっていく。
聖女様にしごかれるここ最近の地獄の記憶。
今も隣にいる相方の呼び声で何とか親友と並び立ち魔神とどうにか引き分けた記憶。
親友の結婚式へと出席した幸福な記憶。
親友との激突の果てに和解した記憶。
親友の師にして教え子の父をこの手で殺した記憶
怨嗟の叫び声を挙げながら憎悪とともにこちらに向かってくる親友の記憶。
そして
「冷てぇなクロウ、結局同志なんて嘯いていてもお前にとって俺たちは目的達成の為の駒だったって事かよ」
「私たちは死んだ。あの男の息子にこうやって殺された。なのに生き残った貴方は一体何をやっているの?」
リィン・オズボーンに斬り殺された二人の同志スカーレットにヴァルカン、記憶の中の二人がクロウを責める。
お前にとって自分たち同志はどうでもいい存在に過ぎなかったのかと。
自分たちの死を忘れてぬくぬく仇の息子と友情ごっこに興じていて満足かと。
「光獅子機兵団第一機甲連隊副隊長、帝国正規軍中佐、ずいぶんとまあ見事な変わり身だなおい」
「真実を知っている者以外は誰も貴方が帝国解放戦線のリーダーだったなんて思わないわよね。ねぇ帝国の英雄獅子心将軍の懐刀の蒼の騎士様?」
「なぁどんな気分だよ《C⦆、憎かったはずの相手の犬に成り下がった気分は。そんなに居心地がいいものなのか?そんなんで満足出来るんなら最初から復讐なんてやらずにいれば良かったのによぉ」
「良い友人をお持ちで羨ましいわ。帝国の誇る英雄様のおかげで貴方の罪は帳消し。あれだけ好き放題やってたくさんの人を巻き込んだり殺したりしたのにねぇ。私たちはその報いで殺されたっていうのに貴方はのうのうと帝国の英雄様になっているんだもの。全く世渡り上手だこと」
「……ッ!」
かつて同志であった者たちからの嘲笑、それに対してクロウは反論することが出来ない。
何故ならばそれはクロウ自身の心の中にある想いだったから。
SとVをはじめとする多くの同志を犠牲にした。
自らの復讐の為に多くの人間を巻き込んだ。
それにも関わらず今の自分はと言えば帝国の英雄の懐刀だ。
かつての同志たちに怨敵の軍門に降ることを選んだ世渡り上手と責められればそれに対して返す言葉などーーーない。
どれほど言い繕おうとも同志達の死に報いる事よりも親友から差し伸べられる手を取ることをこそクロウ・アームブラストが選んだのは事実なのだから。
「クロウ……落ち着きなさい。これはあくまで貴方の心の中。彼らが言っている内容は貴方が自分で自分を責めているものに過ぎない。だから必ずしも彼らが今喋っているようなことを言っていたとは……」
「ああ、そうだな。死んだ奴が本当は何を考えていたかなんて生きている俺達にはわかりゃしねぇ。だからこうは思っていなかったとも言い切れないわけだ」
そう誰も真実相手が何を考えているかなどわかりはしないのだ。
その人物が何を考えているかなどその人物の行動や言動で類推する以外に術はない。
生きていれば直接相手にその意思を確認するという術もあるだろう。
だが死人には語る口などない以上もはや想像する以外に他ないのだ。
そしてクロウ・アームブラストが想像する二人は、散っていた同志たちが今の自分の有様を見て先ほど語ったようなことを言わないと断言することはクロウには決してできなかった。
何故ならば自分たちは
仲間や友人であれば目的の貫徹よりも相手の幸福を望む情が存在するだろう。
しかし自分たちはあくまで“復讐”という共通の目的によって紐帯された寄り合い所帯に過ぎない。
怨敵を打倒するために散ったというのにその意志を引き継ぎ目的を果たすはずだったリーダーがよりにもよってその怨敵の息子の友人となり、打倒するはずの相手の走狗に成り下がった光景を見てそれを喜ぶようなお人よしでは彼らはなかった。
「だからこの罵倒は俺が甘んじて受けねぇといけねぇもんなんだよ、ヴィータ」
そう受け止めるしかない。彼らの呪詛を。
クロウ・アームブラストはただ受け止めて背負い続けるしかないのだ。
それがかつて帝国解放戦線のリーダー《C⦆であった自分の責任なのだから。
「だけど悪いなお前ら。お前らが何と言おうが俺は進み続けるよ、死んじまったお前らと違って俺は今こうして生きているんだからな。俺のやらなきゃいけねぇ事を果たす。文句は色々とあるだろうが、それはお前らと同じ場所に俺が墜ちた時に改めて聞かせて貰う事にするわ」
生者は死者のことを忘れてはいけないーーー今を生きる者が彼らのことを忘れてしまえば彼らの死は完全に無意味なものになってしまうのだから。
だが死者に囚われ続けてもいけない。今を生きる者を彼らのことを胸に留めながら明日に向かって生きなければいけないのだ。
そうしてクロウ・アームブラストは投げつけられる呪詛をその身に受けながらさらに自分の心の奥深くへと潜っていく。
深く。深く。自身の始まりと言える場所にまで。
・・・
「爺ちゃん、飯出来たぜ。今日は自信作だ」
まだ小さかった自分はそう言って出来立ての料理を差し出す。
めっきり身体が弱ってしまった祖父が食べやすいように、されど少しでも元気になるように野菜と卵をたっぷり入れて作った粥が器に入っていた。
「ああ……それは楽しみだな……」
そうして祖父はベッドからやっとの思いで身体を起こしそれを受け取る。
そこにかつての老齢を感じさせぬ活力を満ちた市長の姿はどこにもなく、弱り切った老人の姿が存在した。
一目見れば誰もがもうそうは長くは生きれぬと判断するだろう。
ーーー実際にその見立ては正しい。これより数か月後に祖父はその息を引き取るのだから。
「クロウ……すまない」
そっと祖父はスプーンを置きそんなことをぽつりと口にする。
作った粥はまだ半分以上残っている。
「私のせいでお前には随分と苦労を掛けてしまっている、本当にすまない」
「何謝ってんだよ、気にすんなよ。二人っきりの家族なんだからこの程度であたりまえだって。
また元気になったら俺に色々と教えてくれよ」
クロウ・アームブラストは気にしていなかった。
祖父に爆弾犯の容疑がかけられたことで「爆弾犯の孫」などと揶揄してくる奴らも居たがそんな連中はクロウにとっては侮蔑の対象にしかならなかった。
真実を知らずーーーあるいは知っていながら意図的にそこから目を逸らしてまんまと帝国に踊らされている馬鹿な奴らだと逆に笑い返してやった。
黙って耐えることを選ぶ程にクロウ・アームブラストは殊勝な男ではなかったから。
弱弱しく謝る祖父の姿を見て自分の心に怒りが芽生えるのをクロウは感じた。
周囲から向けられる白い目と祖父を犠牲にして発展していくジュライの様子は故郷への愛着というものをクロウから奪っていった。
そうして冷たくなった祖父の埋葬を終えたころにはクロウの中に漆黒の決意が宿っていた。
“許さねぇ。祖父さんを陥れた鉄血の野郎が一番悪いのは決まっているが、それを見過ごして加担したジュライの連中もそして踏みつけられた者のことを考えようとすらせずに繁栄を享受している帝国の連中もみんな同罪だ。覚えていろ。祖父さんの無念は必ず俺が晴らしてやる”
「そう決意した。そう決意したはずだよなぁ。だっていうのにお前は一体何をやっているんだ?」
己が心の深奥。
たどり着いたそこでそう自分そっくりの姿をした男が問いかけてくる。
いや自分そっくりではないこれは自分そのものだ。
クロウ・アームブラストの心の深奥に宿る意志そのものなのだ。
「お前は何のために剣を取った?爺さんの仇を討つためじゃなかったのか?そのために大勢の同志を犠牲にして、多くの人間を巻き込んだんだろ?それが今じゃすっかり帝国の犬に成り下がってやがる!なぁ一体何をやっているんだよお前は!!」
「--------------------」
勢いよく胸倉をつかみかかってくるもう一人の自分に対してクロウは答えることが出来ない。
怒りがある。今も心の中に。大切な者を奪われた恨みは決して消える事はない。
奪われたものが大事であるほどそれを失ったときに生じる胸の空隙は大きくなり、その空隙を他の何かで埋めようとする。
ただ失ったのであればそれは別の友情や愛情、そういう
だがそれが
大切なたった一人の家族。優しくて茶目っ気のある自慢の祖父。それを奪った者に対する怒りがずっとずっとクロウ・アームブラストの心の中には燃え盛っているのだ。奪われたその日からずっと。
「親友と同じ景色が見たい?そんなもので本当にお前は自分自身納得できているのかよ?
出来ねぇよなぁ?だからこそお前だって一度はアイツらを裏切って復讐を果たすことを選んだんだろうが!
それを忘れたっていうなら……すっかり牙を抜かれてヘタレちまったっていうなら……いいぜ俺が代わってやる!」
「ッ!?」
雄たけびとともに振るわれた一閃。
それを間一髪のところでクロウは躱す。
しかし当然一撃で終わるはずもない。嵐のような乱撃がクロウ・アームブラストを襲いだす。
「世界だの国だのそんなもの
「大多数の幸福」を錦の御旗に個人をいとも容易く轢殺していく!それを知らねぇわけがねぇよなぁ!!!」
「ああ、知っているさ」
知らないはずがない。帝国解放戦線というのはまさしくそうして轢殺された者たちの寄り合い所帯だったのだから。
世界大戦とやらが勃発して帝国の国際的信用とやらが地に落ちようが、そんな事はクロウ・アームブラストにとってはどうでもいい事なのだ。
「多くの罪もない民衆が犠牲になる?民衆とやらがそんなお綺麗な存在じゃないことをお前なら知っているよなぁ!!」
「それも、当然知っているさ」
誰よりもジュライを愛しそのために働いていた祖父。
そんな祖父が鉄道爆破などというでっち上げの嫌疑をかけられたとき味方してくれる者は誰一人としていなかった。
積極的と消極的な差はあれど誰もがそれを仕方のない事だとして見過ごしたのだ。
そして祖父の絶望など無視してジュライの民衆も帝国の民衆も繁栄を謳歌していた。
そんな連中を守るために命を懸けられる程クロウ・アームブラストはお人よしではない。
「じゃあお前は何のために戦う!友の為とでも言う気か!仇の息子である!!!」
「何のために戦うかって?そんなもん決まってる」
そう自分が何のために戦うか、剣を取って戦うのか。クロウ・アームブラストにとってその理由は最初から変わっていなかった。
「
そうクロウ・アームブラストが剣を取った理由は自分の為だった。
誰かの為などではない。自分自身の中にある憎悪を晴らす為にこそその剣を取ったのだ。
「ならば何故あの男をーーー祖父の仇を討とうとしない!忘れたのか!あの恨みを!この胸を焦がす憎悪を!!」
「忘れるわけねぇだろ、お前はずっと俺の中でくすぶり続けてきた感情だ。ああ、俺はずっと悩んでいたさ。
このままアイツに付き従って良いのか?それは死んでいたあいつらを裏切るも同然じゃねぇのかってな」
「ならばーーー」
「だがアイツと同じ景色を眺めてみたいと思う自分も居た。俺はアイツの親友だからな」
鉄血宰相を憎む帝国解放戦線のリーダー《C》、鉄血の息子リィン・オズボーンの親友であるトールズ士官学院所属のクロウ・アームブラスト。
クロウにとってそれはどちらかが偽りというわけではないどちらも真実と言えるものであった。
かつての自分は前者を優先させ後者を捨てることを選んだ。
つい先ほどまでの自分は後者を優先させ前者の自分を押し殺すことを選んだ。
アリアンロードが自らの剣に“愛”が欠けていると評したのはそういう事だろう。
要は無理して背伸びをしていたのだ自分は。
どこまでも突き進む親友に付いていかねばらないとそんな風に思い込んで。
「だけど違った。俺は俺だ。どこまで行ってもリィン・オズボーンになれはしねぇ。
鋼鉄の決意で以て国の為にそこに住まう民の為になんてそんなの全く以て柄じゃねぇ。
そう、だから軍人なんてのは俺の身にあった服じゃなかったんだ」
軍人であることに心の底から誇りを抱いてそれに殉じるような生き方はクロウ・アームブラストには決して出来ない。
「そしてそれは
昔の俺はそうだった。どいつもこいつも同罪だからジュライや帝国に住む人間がどうなろうが構うものかと本気で思っていた。だけどそうじゃねぇ奴らが居ることを知った」
ーーー僕はね国とかそういうのに留まらず多くの人を幸せにしたいんだ。技術が発達すればいつかはきっとそんな誰もが笑って幸せに暮らせる理想郷が出来るとそんな風に信じているんだ。
---わかっているさ。今こうして私が好き放題やっているのはいろんな人間が身を粉にしてくれているからという事はね。ログナー侯爵家の人間として生まれ落ちたその時から私を誰かを踏み台にしているんだ。
帝国の士官学校に来て多くの友人が出来た。
---俺、ずっとクロウ兄ちゃんの事を心配していたんだよ。だからまたこうして会えて本当に嬉しいんだ。
故郷に居た弟分はそう言って自分との再会を心から喜んでくれた。
---クロウ、いろいろと大変だろう。こいつはおまけだ。持っていきな。
---クロウ、これは滋養強壮にもってこいって言われているんだ。おまけしておくからお祖父さんに食べさせてあげな。
弟分だけではない。自分や祖父の事を気にかけてくれた人は確かにいたのだ。
それは真っ向からクロウの祖父の弁護をしてくれる擁護してくれるほどに強いものではなかった。
それでも彼らは確かに祖父の事を気にかけてくれていたのだ。
ただ胸の中に育った怒りと憎悪がそれらから自分の目を逸らさせていただけで。
誰一人として自分たちの味方をしてくれるものは故郷にはいなかった。
そんな風に思った方が復讐をするのに都合が良かったから。
「じゃあてめぇにあった服ってのは何なんだ!」
「決まってんだろ」
クロウ・アームブラストが心の奥底でずっと憧れていたもの。
そんな存在などいないのだと諦めて。
今更自分に目指す資格などないのだと思い込んでいた存在。
「
そうクロウ・アームブラストはずっと求めていた。
祖父の罪は冤罪だとそう叫んで祖父の名誉を取り戻してくれる誰かが現れて自分たちを助けてくれることを。
辛いとき苦しいときどこからともなく駆けつけて助けてくれる無敵のヒーロー。
子どものころ誰もが憧れるであろうそんな存在を。
「何を言ってやがる!そんな存在はいなかった!だから祖父さんは絶望しながら死んだんだろうが!!」
「ああ、そうだなそんな存在は居なかった。あるいは居たとしても俺たちのところには来てはくれなかった」
「だったらーーー」
「だから
気合の喝破と共にクロウはもう一人の己を吹き飛ばす。
「そんな資格が今更お前にーーー」
「ねぇのかもしれねぇ!俺が犯した罪は決して消えやしねぇ。
そういう意味じゃ俺は完全無欠のヒーローにはなれねぇだろうさ。
だけどそれが目指すのを止める理由にはならねぇだろうが!」
何せ自分はずっと間近でバカみたいな理想を本気でかなえようと走り続けている大馬鹿を知っているのだから。
そんな大馬鹿と真に対等になろうと思うのならば自分自身の本当の願いから目を背けてなんて居られないだろう。
「お前は本当にそんなーーー」
「だーーーごちゃごちゃといつまでもうるせぇな!
いい歳した大人がいつまでも殺された恨みだの復讐だの、そんな後ろ向きなことをうだうだと情けねぇとは思わねぇのか!
男なら、過去を引きずり続けるんじゃなくて、過去を背負った上で未来への夢を語って、魅せやがれぇ!!!」
雄たけびと共にクロウはもう一人の己を思いっきり殴り飛ばす。
憎しみと怒りのみに囚われて突っ走った過去の己と決別を告げるかのように。
「どうやら私の助けは要らなかったみたいね、蒼の騎士様」
ずっと見守り続けた弟のような青年。
そんな男が今確かに一皮むけたことを悟り、感慨深さを覚えながら魔女は騎士へと語り掛ける。
「いいや、そうでもねぇさ。男って奴はいい女が傍で見ていてくれるだけで情けねぇところを見せられねぇと気合が入る生き物だからな。
だからありがとよヴィータ、俺が醜態晒さずに済んだのはお前が傍で見ていてくれたおかげだ。
今回のことだけじゃなくてここまで俺を導いてくれて、ありがとな」
「------」
ほんの一瞬、ヴィータ・クロチルダは忘我に陥る。
それは彼女にとっても久しくなかった体験。
見惚れてしまったのだ。目前の青年が見せたまるで高原を吹き抜ける風のように爽やかなその笑みに。
それはクロウ・アームブラストがずっと抱えていた己が闇を飲み込み真の意味で前へ進むと決めた証。
現実の辛酸を味わい、それでも見果てぬ少年の頃の夢を目指す“漢”の顔であった。
彼らは、優秀な部下です
何度も一緒に死線を超えてきた
私の思い描く夢のために
その身をゆだねてくれる大切な仲間
でも、私にとって友とは違います
決して人の夢にすがったりはしない
誰に強いられることもなく
自分の生きるわけは自らが定め進んでいく者
そしてその夢を踏みにじるものがあれば
全身全霊をかけて立ち向かう
たとえそれが私自身であっても
私にとっては、“友”とはそんな“対等の者”だと思っています。