夢の中、自身の封印していた記憶を
以前から疑問に思っていた事だった。自分の持つあの特異な力の正体は一体何なのかと。
ヴァリマールと契約する以前の暗黒竜との決戦の際に発現した以上、あの力が騎神と契約した恩恵によるものではない事は明白だった。
それが今目の前の光景を見たことで全て得心がいった。
「なるほど、つまりお前は黒の騎神……いいや至宝の持つ“呪い”の力と俺の中に存在する憎悪や怒りが深く結びついた事で俺の中で生まれた力というわけか」
「そうだ……我はお前があの日抱いた激しい怒りによって生まれた存在……お前という英雄の光に生じた影……もう一人のリィン・オズボーンだ」
そこに居るのは鏡を見れば映っているであろう良く見慣れた顔。
ただし決定的に違うのは今のリィンはかつての黒髪に戻っているに対して影の方は灰色の髪と灼眼となりその身に鬼気がみなぎっているという点か。
「もう一人の自分か……俺という存在を構成する一部に過ぎない分際で良くもまあそんな事をほざけるものだ」
思わずリィンは苦笑してしまう。自分にもう一人も何もあるものか。
怒りも憎悪も自分という存在の大事な一部なのだから。
「一部……一部か……」
リィンの発言それをよくよく噛み締めるように影は暗く嗤う。
そしてその直後その内面にて渦巻く憎悪と憤怒を噴出させた。
「そうだ!我は常に貴様の一部だった!!貴様という主人格に常に服従させられてきた」
叩きつけられるそれを平然とした表情でリィンは受け止める。
「だがそれも終わりだ。貴様も理解しただろう己が本性を。我こそが貴様の本質。認めよ貴様の中にある獣を!我を!!」
雄たけびと共に影がリィンへと襲い掛かる。
技術は拙劣そのもの、だが力と速度は圧倒的。
それは達人級の使い手であれどそれを回避するのは困難と言えるだけの破壊力と速度の一撃だった。
「ああ、
しかしリィン・オズボーンはそれを真っ向から受け止めるのではなく横からいなすように弾き受け流す。
それはヴァンダール流の基礎にしてなればこそ極めることが至難と称される守護の型であった。
普段用いている力の大半を向こうに持っていかれているのだろう、今のリィンは激しく弱体化している。
故にヴァリマールとの同調を前提とした神焔の型は勿論の事、閃光の型麒麟といった先の先を取りに行く戦いをすることが出来ない。
だがそれが一体なんだというのか?リィン・オズボーンは鬼の力頼りの張りぼての英雄でなどではない。心技体を磨き上げ剣聖の領域へと至った本物の
無いなら無いでそれに見合った戦い方をするだけの事。何せスペックに於いて自身を凌駕する敵手との戦いなどリィン・オズボーンにとっては幾度も経験してきた事なのだから。
「わかっていたとも。俺が
リィン・オズボーンが初めてそれに気づいたのは士官学院の1年生だった頃クロスベルへと演習に赴きリィンたちが所有するARCUS、それを狙った敵と交戦状態に陥った時のことだ。
結論から言えば見事敵を退ける事に成功したわけだが、当然その時の自分には
クロウ・アームブラストとランドルフ・オルランド、既に経験を積んでいた二人*1を除いてみな一様に重く暗い表情を浮かべていたのだ。
常日頃どこか飄々とした態度を崩さないアンゼリカ・ログナーでさえそうだった。そしてトワ・ハーシェルとティオ・プラトーの両名など特に酷いものでその場で嘔吐してしまう程に衝撃を受けていた。
そんな中自分はと言えば彼らのそんな態度を
人の命を奪うという行為は重い。何故ならば殺す相手にだって家族なり友人なりその者を大切に思う者がいる。だからこそ人を殺す事は出来るだけ避けねばならない。
それ自体は紛れもない正論だろう。リィンとてそれに異論を差し挟むつもりは一切ない。
だがそれはあくまでも自分と味方に危害が及ばぬ範囲でそう出来るだけの余裕がある場合の
そして、そうしたリィンが正しいと感じ好感を抱く人間との齟齬を覚えたのは何もその時だけではなかった。
帝都ではエリオット・クレイグは
だからこそリィン・オズボーンは否応なしに実感せざるを得なかった、敵であるからという理由で
「過去の出来事に起因すると俺は考えていた。幼い日母を目の前で失った出来事が俺の中に“敵”に対する排撃性を生んだのだと。だがそうではなかった、俺は
「そうだそれこそが貴様の、我らの本質!ならばこそつまらん擬態は止めるがいい!滅ぼしてやりたいはずだ!!この手で!!総てを!!!女神の下に送ってやるなど冗談ではない!総ての邪悪を苦悶の内にその魂さえも焼き尽くす!!それこそが
「……否定はすまい。認めよう、確かに貴様は俺の
邪悪なるもの全てよ地獄の業火に焼かれて苦悶に喘ぎ死すべしーーーリィン・オズボーンが至った破邪顕正焔の型朱雀はまさしくそんなリィンの
悪党が相手であったとしてもその改心を願う正義の味方ではなく、
「ならばーーー」
「だが、だからこそ俺は
軍人とは秩序の守護者なのだから。怒りという
怒りのままに力を振るってはそれこそ俺が最も憎む畜生共と何ら変わりがないのだから。
誰よりも強く在り続け、誰よりも己を律し続けるーーーそれこそが
軍人とは国家に於ける秩序の守護者であり、そして最大の暴力装置だ。
秩序というのは結局のところそれを乱した際に乱したものに対して制裁を加える“力”があってこそ成立する。
それはそうだろう好き放題にやっても何の罰も下されないというのならば秩序を維持するのは文字通り個人個人の良心頼みとなってしまうのだから。
そしてすべての人間が他者に対して思いやりを持ち行動出来るというのならそもそも国などというものは必要なくなるのだから。
だからこそ軍人は誰よりも強くなければならない。最大の力を持つ者の敗北はすなわち秩序の崩壊を意味するからだ。
そしてその力を私欲のままに振るった時それは圧政へと変わる。
正当なる力によって秩序を守る番人ではなく不当なる暴力によって民を害する邪悪へと成り下がるのだ。
だからこそ軍人は己を誰よりも強く律し続けなければならない。
「それこそが欺瞞だとーーー」
「
力によって多くの笑顔を俺は奪っている。ならばそれ以上の笑顔を齎さなければそれこそ力を振るう意味がないだろう。
俺は決して
揺らがないリィン・オズボーンの鋼鉄の精神はこんな程度では決して揺らがない。
こんな醜い感情が自分の中にあるはずがない!こんなものが自分の本質であるはずがない!などと叫び嘆くような
自らの邪悪さも度し難さも承知の上で自分はこう生きると決めたのだと宣誓する。
「……ッ」
「それこそがマテウス・ヴァンダールより守護の剣を授けられた帝国軍人リィン・オズボーンの生き様である。
誰に強制されたわけでもない俺が俺自身の意志でそう生きると定めた。
路は果てなく、背負う罪は重いがそれを誇りへと変えよう。
この道の先に祖国の繁栄と多くの民の笑顔があると俺は信じている」
剣術とは殺人術であり暴力に過ぎない。その本質から目を逸らす事無く直視しされどその本質に呑まれる事無く誰かを守る為にこそ剣を振るうという綺麗事を貫き続けることーーーそれこそが今は亡き師が教えてくれた守護の剣の在り方なれば自分はそれを貫き通すとどこまでも英雄は雄々しく宣言する。
そして舌戦と共に戦いの趨勢もまた定まりつつあった。
どれほど強大な力であろうともそれが統御されていないならばまるで恐れるに足らないと言わんばかりに自らの影が放つ猛攻をリィンは的確に捌き、受け流し、カウンターを叩きこんでいく。
そして影は自らがジリ貧だとわかっていながらも攻勢に出る事を止めることが出来ない。
何故ならば影はリィン・オズボーンの中にある怒りと憎悪の化身だから。
理性による掣肘を拒否し、感情の赴くままに暴れるだけの獣と変わらないから。
武の至境たる理にまで至った英雄の敵ではないのだ。
そして順当に訪れる結末。
ついに限界が訪れた影へと致命打が叩き込まれ影はその場へと倒れこむ。
そんな自分自身の一部である影をリィン・オズボーンは
「……ッ」
「改めて宣言しておこう。
俺は決して
英雄などと持て囃されていてもリィン・オズボーンの本質とは己が敵対者に対してどこまでも無慈悲になれる冷酷な殺戮者にすぎないこと、なるほどそれは真実だろう。
だが決して
ならばこそリィン・オズボーンは自省も自戒もすれど自虐はしない。
自身を過度に貶める行為ーーーそれは自分を大切に想い尽力してくれた人たちの信頼と愛情も貶めるのと同じだと理解しているが故に。
殺戮者という自己の本質を直視し、されどそれに呑み込まれる事無く、自分は誰かの幸福を守る為に戦うのだという綺麗事を掲げ続けるのだ。
此処に格付けは完了した。
猛り狂っていた影がリィン・オズボーンの中へと吸い込まれていく。
それと共に漆黒だった髪は再び灰色へと変わっていく。
されどその瞳に宿るのは憎悪ではなく怒りという激情を強固な理性によって律するもののみが有する事のできる圧倒的な覇気。
怒りという感情に呑まれる事無くそれの持つ
そうして自己の内面へと向き合う作業の終わったリィン・オズボーンの意識は現実へと浮上した。
「なるほどな、俺は貴様の
夢の中で向き合った自身の影、それは確かにリィン・オズボーンの一部であり彼の中に存在する怒りと憎悪が結晶化した存在であった。
だがそれと同時にその影に外からの介入と干渉があった事を見て取ったリィンは吐き捨てるように口にする。
「だが生憎だったな、母と父が繋いでくれたこの肉体貴様如きに断じて明け渡しなどしない」
夢を見た事で確信した。
黒の騎神イシュメルガは決して全知でも全能でもない。
何故ならば彼は父をーーーギリアス・オズボーンを自身の起動者にするにあたってギリアスに取引を持ち掛けて己が意志でそれを承服させるというプロセスを経る必要があったからだ。
そしてギリアス・オズボーンの前世たるドライケルス・ライゼ・アルノールの頃にそれが叶わなかったのはアリアンロードとイシュメルガ自身の「200年間待っていた」という発言からも明らかだ。
「つまりは俺がかつての獅子心皇帝と同様に自分を強く律し保ち続け、奴に付け入る隙を与えなければいいだけの事」
今回封じられていた16年前の真実を見せたのも揺さぶりのつもりだったのだろう。
過去の真実と自己の本質を直視させれば怒りと自己に対する嫌悪から精神の均衡を崩し、それだけ付け込む余地が生じると。
「覚悟しろイシュメルガ、貴様は俺がこの手で滅ぼす。貴様の駒でしかなかった俺が貴様に終焉をくれてやる」
告げられた宣言には鋼鉄の殺意が宿っていた。
例えこの身に引き換えにしてでも元凶たる黒を討つと。
それこそもしも自分が黒の傀儡に堕するようなことがあればその時は
「ああ、わかっているさ。俺だってむざむざ死ぬつもりはない。ちゃんと君のところへ生きて帰るさ」
妻に叱られた気がしたのだろう。
不意にその表情を綻ばせてそっとリィンは立てかけられた写真へと語り掛ける。
あくまでそれは最悪の場合を想定した時の話であって最大限自分自身も生かす努力を怠るような真似は決してしないと。
親から与えられた惜しみない愛情がある、師から授けられた教えがある、友と紡いだ絆がある、妻が教えてくれた優しさがある。
ならばこそリィン・オズボーンは自己の本質に呑まれる事無く決して揺らがない。
“運命”へと射止められた生贄は飛翔の果てに遍く民の“希望”の担い手たる“英雄”と為り1000年もの間紡がれ続けたクソッタレな御伽噺に“終焉”を齎すのだ。
「勝つのは俺たちだ」
紡ぎ築き上げた力の総てを結集して貴様に勝つと“英雄”はどこまでも雄々しく宣言するのであった。
ロラン・ヴァンダール「1万ヴァンダールポインツっ!!!」
リィン・オズボーンはヴァンダール家に生まれていたら多分ヴァンダール250年の最高傑作だとか言われてました。長男よりも優秀な才を持った次男とか貴族的にはある意味ですごく扱いに困るポジですね。長男自身も次期当主に相応しい人格と能力の持ち主だからこそ余計に。
まあリィン・オズボーンがここまでやべぇ奴になったのは先天的才能もありますけど運命がまさしくお前は英雄になるんだよぉ!おらぁ!とでも言わんばかり見事にかみ合った結果なのでヴァンダール家の次男として生まれていたら此処までにはならなかったでしょうけど。