「久しぶりだなクロウ、
帝都に潜伏中のハーキュリーズ、その掃討作戦の仕上げを前にして帰還した親友へと微笑を湛えながらリィンはその成果を確認する。
「おかげさまでな、中々に貴重な経験を積ませて貰ったぜ」
思い出すのは地獄の日々。
結果として自分が一皮むけたという実感と達成感はあるが、それはそれ。
地獄はどこまで行っても地獄でしかなく、そんな地獄に叩き送ってくれた男に対しては嫌味の一つや二つ言いたくなるのが人情というものである。
だからこそ、そんな地獄に送ってくれた人間に多少の意趣返しはしてやりたくなるのが人情というもの。
「そういうお前はどうやら家にも帰らずにあの怪物娘と密会していたらしいじゃねぇか。なんだなんだ英雄色を好むって奴か?そういうのとは無縁な奴だと思っていたが中々どうしてやるもんだねぇ」
「生憎俺は妻一筋でな、アレはあくまで仕事の為の一時的な契約相手に過ぎない。黒を打倒した後の一騎打ちで今度こそ後腐れのないように関係を清算してやるさ。いい加減
「おうおう散々弄んだ挙句ポイ捨て宣言とは悪い男だねぇ全く」
「……そんなにアレが哀れだと思うならば代わるか親友」
「ハッハッハ何を言いますかリィン君。このクロウ・アームブラスト、ハンサムで二枚目な伊達男と自負していますが人の女を寝取るような悪趣味は持ち合わせていません。あそこまで親友にぞっこんラブな子を横から掻っ攫おうだなんてそんな事をするはずがないじゃないですか」
そもそもの話クロウが代役を務めようとしたところでシャーリィの方がお断りとなるだろう。
何せクロウ・アームブラストが目指すと決めたのは切り捨てられる少数へと最後まで手を差し伸べ続ける
彼女が逢瀬の相手に求めるのは自分に対する
「お前が蒔いた種だろ、ちゃんと自分で何とかしろよ」
「言われずとも無論そうするさ。現状アレが帝国や民に深刻な被害を齎していないのは奇跡的に成り立った薄氷の上の均衡に過ぎない。人の世を脅かす害獣は被害が出る前に狩人が仕留めねばならん」
薄氷、そう薄氷だ。
シャーリィ・オルランドが未だ目立った被害を齎していないのはリィン・オズボーンがその相手を務めているからに過ぎない。
何せ今や彼女を縛っていた赤い星座という最後の軛さえも壊滅した事で消え去っているのだから。
彼女にとってはもはやリィン・オズボーンとの逢瀬のみが真実生きる目的なのだから。それを果たすためなら文字通り
ならばこそあえてこちらから一騎打ちという餌をぶら下げる事によって、それまでの間その力を有効に使うのが最善と英雄は判断したのだから。
「……茶化した俺が悪かったけどよ、真面目にお前家に帰ってトワの奴と会った方が良いぜ。今のお前は内戦の時に西部でやり合った時の状態に大分近づいてきている」
国家という巨大な機構を問題なく回すための歯車足らんとしている在り方。
進む道に立ちはだかるものが存在するというのならば誰が相手であろうと轢殺して進み続けるという鋼鉄の戦車の如き精神力。
愛によって柔軟性を得て丸くなってきていたそれがまた再び戻り始めているーーー久方ぶりに会った親友を前にしてクロウが抱いたのはそんな危惧であった。
「諸々解決したら遠慮なくそうさせてもらうさ。
彼女の事は大切だ。失いたくないと心から思っているし、彼女やオリヴァルト殿下のような人こそ真の意味で強い人間だという想いにも偽りはないとも」
最後まで他者に対して手を差し伸べることが出来る優しさ、それは素晴らしいものだとリィン・オズボーンは心の底から思っている。
「だがそうした美徳がこと戦いに於いては悪徳となり得ることをお前とて知っているだろうクロウ」
「……」
リィン・オズボーンは知っている。獅子戦役という地獄を駆け抜けた獅子心皇帝の記憶を継承し、自分自身帝国の剣として多くの戦場を駆け抜けた身としてリィン・オズボーンは否という程に実感しているのだ。
「敵はーーー我が父ギリアス・オズボーンを己が傀儡としている。
ひょっとしたら話し合いでなんとかなる
友情、愛、絆、そうした世に於いて称賛されて然るべき美徳に平然と付け込み利用する真正の外道。それが今回俺たちが挑もうとしている敵だよ」
思い返すだけで我が身が灼熱の憤怒で満たされるような忌々しい記憶、それを振り返りながら吐き捨てるようにリィン・オズボーンは告げる。
「ならばこそ今の俺に必要なのはそんな邪神を討つ為にとことんまで刃を研ぎ澄ませておく事だ。
ーーー鞘へと刃を納めるのは敵を討ち滅ぼしてからだ」
「……そうかよ」
そういわれてしまえばクロウもそれ以上の事は言えなくなる。
何せリィン・オズボーンは実の父たるギリアス・オズボーンを討とうとしているのだから。
躊躇いなく討つためには刃を曇らせる原因となるようなものをそぎ落とし、極限まで研ぎ澄ませる必要があるのだというリィンの言葉は決して間違いではないのだから。
愛情や絆と呼ばれる
「まあ、なんにせよよくぞ戻ってきた。
これで潜伏中のハーキュリーズの掃討作戦を最終段階へと進めることが出来る。
クロウ、修行の成果見せてもらうぞ」
「ああ、任せておけよ。俺がたどり着いた答えをお前に見せてやるさ」
・・・
結論から言おう。
帝都の地下へと潜伏していたハーキュリーズの掃討と暗黒竜の討伐は呆気ない程順当に果たされることとなる。
暗黒竜の瘴気に侵された事で理性を失った精鋭部隊では帝国最精鋭足る光の翼を纏う獅子の敵ではなく、目覚めたてで不完全な状態であった暗黒竜も同様だ。
魔女の支援を受けた銀、灰、蒼、緋の四機もの騎神を同時に相手取って勝てるはずもなし。
あまりにも呆気なく竜退治という偉業がリィン・オズボーンの綴る英雄伝説の1ページに追加されて終わる事となった。
そして後世に於いて多くの歴史書に記される歴史的な夜を迎える事となる。
「今日この日を迎えられた事、獅子心皇帝と女神の恩寵であろう」
帝国の中枢を担う要人たちが集められた夏至祭初日の夜皇城にて開かれた晩餐会。
出席者たちからの歓声を浴びながら家族と共に現れた主催者たるユーゲント皇帝がまず開会の挨拶を述べる。
「だがそれとは別にこの日を迎える為に尽力してくれた者たちが居る。
夏至祭前の騒乱を阻止した我ら帝国の剣である獅子心将軍とその旗下たる光翼獅子機兵団の諸君である。
皆、女神と獅子心皇帝が帝国へと遣わしてくれた我らが英雄に改めて拍手を」
自身と部下へと浴びせられる万雷の拍手、それをリィン・オズボーンはどこまでも堂々とした様子で受ける。
そしてそんな堂々とした英雄の姿を見て皇太子セドリック・ライゼ・アルノールは誰にも気づかれぬように己が手を強く握りしめていた。
ーーーああ、羨ましい
かつてはただ憧憬を抱くだけで済んだその姿も真実を知った今のセドリックにとっては心を妬く毒にしかならない。
英雄として何の衒いもなく周囲の称賛を受ける堂々たるその姿と姉の後ろに隠れていた自分の姿を否応なしに比較してしまう。
「それでは皆さん、どうか存分に食し、語り合い、杯を傾けられてください。
今宵は無礼講ーーーですがころ合いにダンスもありますので飲みすぎにはご注意を。
無論自分と姉を含めて未成年者は飲酒は禁止ですが」
しかしそれらを決して表に出す事無くセドリックは皇太子としての仮面を被ってユーモアも交えながらも挨拶を行う。それは彼の内気なところを心配していた家族にとっては士官学院の日々での成長を感じさせるものであり、それ故彼の纏った笑顔の奥に秘められた闇に気づくことが出来ないのであった……
・・・
「皆様ーーーお待たせいたしました。
まずは我が姉アルフィンが最初にダンスを披露致します。
待ちに待った方々も多いのではないでしょうか」
弟であるセドリック皇太子の言葉に合わせるかのようにアルフィン皇女が中央へと進み出る。
帝国の至宝とも謳われる可憐なる姫君に割れんばかりの拍手と撮影のためのフラッシュの光が浴びせられる。
「僕と同じく姉も18歳となり、公式行事では初の披露となります。
さてその栄誉に預かるのが一体誰なのか、それはーーー」
「皇女殿下、どうか臣めと一曲踊っては頂けぬでしょうか?」
皇太子の言葉を遮るという本来であれば許されぬ不作法。
それを行った人物は怖気づくこともなく前へと歩み出る。
どこか普段の優美な様子とは異なる浮かれたような様子で。
「ルーファス卿、皇太子殿下の言葉を遮るなど余りにも不敬であろう。臣下としての分を弁えよ」
「!?これは、なんと無礼な行いを。
申し訳ございません殿下、皇女殿下のお相手を他の誰にも渡したくないと思いつい気が急いてしまいました。
このルーファス己が不明をただ恥じるばかりで赤面の至りに御座います」
己が盟友からされた自身の不作法を叱責する声、それに我に返ったかのような姿でルーファス・アルバレアは応じる。それはさながらまるで恋を知らなかった男が慣れぬ慕情からつい気が急いてしまったようにしか見えない光景であった。
「謝罪を受けますルーファス卿。さてルーファス卿は君をご指名みたいだけど一体どうするんだいアルフィン」
「---ええ、ルーファス卿。私で良ければ喜んで」
「ありがとうございます殿下。今日が私の人生においての最良の日となるでしょう」
告げられた言葉に対してアルフィン・ライゼ・アルノールは否と言えるような権利を持たない。
何故ならば衆人環視の前でされたこの誘いを断るという事はそのままつまり誘いをかけた相手の面子を潰すことになるからだ。
そしてルーファス・アルバレアはこの国でギリアス・オズボーンとオリヴァルト・ライゼ・アルノールへと続く実力者で在り、自分の嫁ぎ先として最有力候補でもある人物だ。
このように公的な場で誘われてしまえばアルフィンにそれを断ることなどできるはずもなかった。
自身の身に課された責務をアルフィン・ライゼ・アルノールは既に知っているのだから。
「以前より噂にはなっておりましたがやはりルーファス卿で確定ですかな」
「まあ妥当なところでしょう。いささか年が離れておりますが、何十数歳程度の差は十分許容範囲内ですとも」
「しかしまあ羨ましいものですな。アルバレア公爵家の嫡男として生まれ文武双方に秀でて容姿も端麗、そして妻に迎えるのは帝国の至宝たる姫君などと。女神も聊か贔屓が過ぎるというものでしょう」
「しかしルーファス卿もとんと浮いた噂を聞いたことがありませんでしたが、なかなかに情熱的なお方ですな」
「年齢の割に隙のないお方だと思っていましたが、いやはやあのような面もあったのですなぁ」
そしてそんな常ならざる様子で皇女の相手役を務めて、今もどこか常に比べて浮かれた様子を見せているルーファス・アルバレアを見る列席者たちの視線はどこか微笑ましいものを見るような面持ちであった。
人はまるで隙というものを見せない完璧超人にではなく、そうした超人が時折見せる隙という人間味に対して好意的になるのだという論を証明するかのように。
同時に流れ出すのは
元よりルーファス・アルバレアはアルフィン・ライゼ・アルノールの相手として最有力である人物だった。
その人物があからさまに皇女に対して慕情を抱いており、なおかつ皇女の初めてのお相手を務めたともなればもはや相手となる人物はまずいない。
何せこれで尚皇女を己が妻にと望む人物が居たらその者はルーファス・アルバレアに勝たなければいけないという事なのだから。
ならばこそ
「アルフィン殿下、どうか私の妻となっては頂けないでしょうか?」
「---はい、ルーファス卿」
ダンスの終了と共に
祝福に沸く会場の中リィン・オズボーンは険しい顔で己が好敵手の姿を見据えているのであった……
恋や愛って人を変える物ですよね(棒)
ルーファス卿って恋や愛を経験したことがなさそうなのでそれを知ったら人が変わってもおかしくないですよね(棒)