「アレ……僕は一体何を……?」
目を覚ましたジョルジュ・ノームは目前の光景を訝しむ。
見覚えのない景色、目の前に並んでいる見知った人物と見知らぬ人物、そしてどこか見覚えのない人物たちが並ぶ光景に頭の中が軽いパニック状態に陥る。
「あ……え……な……!?」
瞬間、ジョルジュ・ノームの中に駆け巡るのは自分で在って自分でない記憶。
ジョルジュ・ノームではなく地精の人間銅のゲオルグとしての記憶だ。
「おや目覚めたかねゲオルグ……いやもうその人格は消滅して今はジョルジュだったかな?まあ良い何にせよご苦労だった。君のおかげでこうして今回の計画の要の一つが我らの手に戻ってきたわけだ、長きに渡る潜伏実にご苦労だった」
「あ……う……僕は………」
任務の遂行を労う地精の長であるアルベリヒの言葉を聞いてジョルジュは自分が何をしてしまったのかを思い出す。自分の役目、それは黄昏を遂行するために必要不可欠な根源たる虚無の剣の素材であるOZシリーズの最終作アルティナを回収する事。それを怪しまれずに行う事が出来る立場としてトールズに入学して灰の起動者であるリィン・オズボーンと親友と呼べるだけの関係性を築き上げた自分が選ばれたのだ。
「全く以て苦労したのだよ、OZシリーズを根源たる虚無の剣へと昇華させるにはOZ74にはただの道具ではなく一人の人間としての自我に目覚めて貰わねばならない。そしてそんな自我に目覚めたOZ74が自らの意志でその身を捧ぐ事で初めて剣は聖獣を守る女神の加護を突破する聖の属性を帯びる事が出来る。大切な誰かを守るための自己犠牲の精神、それは女神や聖獣達がとても好む感情だからね。
しかし、そうした自我に目覚めてしまえば今度はこちらのオーダーにそう易々とは従わなくなってしまう。自我へと目覚めさせるには強烈な個我を持つ英傑の傍に置くべきと思いかの英雄の傍へと置いたがそうしてしまうと今度はそれを一体どういう風に回収するかという問題が発生する。
そこで白羽の矢が立ったのがかの英雄と親密な関係を築き上げていた君だったというわけだよ、ゲオルグ。君がジョルジュとしてかの英雄の友としてそしてかのシュミット博士の三番弟子として誠実に仕事を果たせば果たす程彼らもOZ74も君への信頼を深める。後は時期が来た時にその信頼を利用してOZ74をこうして連れ帰ってもらえば良いというわけだ」
内部に潜伏しての情報収集ーーーそんな事はやらせはしない。そんな怪しい動きをすればかの英雄は必ずや気づくから。
内部に潜伏してカレイジャスになんらかの細工を行わせるーーーそんなこともやらせはしない。シュミット博士は一見すると技術以外に何の興味もない冷血漢に見えるがアレで中々どうして己の弟子を良く見ている人物。そのような怪しい動きを目にかけている弟子がすれば必ずや勘づくから。
銅のゲオルグに黒のアルベリヒが求めた役目、それはこうして計画の要たるアルティナを連れてくることその一点のみであり、そしてそれは見事果たされたわけだ。
「ご苦労だったゲオルグ、これで君の役目は終わりだ。後は好きなように生きると良い」
「あ……あああ……うあああああああああああああ」
アルベリヒから告げられた言葉それを聞いてジョルジュ・ノームはその場でうずくまる。
他ならない自分が大切な親友を裏切りその友情に泥を塗ったというその事実を前に自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだった。
「さてというわけなのだがOZ74、我らの大望を果たす為にその命を捧げてくれないかな?」
「お断りします。私がこの命を捧げると定めた人物は貴方ではありませんので」
身体を拘束されてクラウソラスとの交信も封じられた状態でアルティナは毅然と目前の人物を睨みつけながら拒絶の言葉を伝える。そこにはかつての人形のような無機質さを欠片たりともなく、アルベリヒをそれを前に笑みを浮かべる。
「まあそういう答えになるだろうね。結構、製作者である私のオーダーに対してそういう返答が出来るようになったという事がつまりは君に条件を満たすだけの自我が芽生えたという証なのだから。実に結構だとも」
「……拷問でもするつもりですか?」
一連の話を聞いていたアルティナはそんな風に自らの意志で死を望ませるためにおそらく最も手っ取り早いであろう方法を思い浮かべる。
「まさか、そんな野蛮な事はしないとも。言っただろう他者の為に自ら命を捧げる自己献身、そうした女神や聖獣が好む感情で命を落として初めて意味があるのだと。仮に君を拷問によって痛めつけて自殺に追いやったところでその身に満ちているのは私に対する怒りであり、憎悪であり、もう終わりにしてほしい諦観であったりといった負の感情だ。それでは女神の加護を突破して聖獣を殺す事など出来はしない。もっとスマートなやり方で行かせてもらうさ」
どこまでも涼しげな表情で語るアルベリヒの様子、それにアルティナは言い知れぬ悪寒を覚える。
そしてふと視界の中に見知った顔を見つけて
「セドリックさん!」
奇妙な仮面をつけてはいるが間違いない、それはアルティナ・オライオンの学友でもある人物皇太子セドリック・ライゼ・アルノールの姿であった。
皇帝を死に至らしめた爆破に巻き込まれて負傷して療養中だと聞いていたが無事な姿を見てアルティナは安堵する。
「確かに僕の名前はセドリックだが……作られた道具風情が随分と馴れ馴れしいじゃないか。一体僕を誰だと思っているんだい?」
「え……セドリックさん……?」
余りにも冷たい言葉。そこには普段こちらに向けていた友誼に親愛、それらが致命的なまでに抜け落ちていた。
しかしショックに動じていたのもほんの僅かその明晰な頭脳から元凶が誰かを見抜きそちらを睨みつける。
「一体……何をしたんですか」
「ふむ何をしたとはこれまた抽象的な質問だね。それではこちらも答えようがない」
「とぼけないでください!セドリックさんに一体何をしたんですか!?」
「ああ、そちらの事か。何こちらは単に殿下の望みを叶える為の手助けをして差し上げただけだよ」
「手助け?一体セドリックさんから記憶を奪う事のどこが……」
「殿下はずっと苦悩されていた。皇太子でありながら王としての器に於いて兄君に劣っている事を。さりとて鋼鉄の意志を以て突き進む英雄と為れる器もない事を。迷い苦悩し他者に対して劣等感を抱いてばかりの自分を変えたくて変えたくてたまらないと思っていた。
だからこそ私はその願いを叶えて差し上げたのだよ。友情に愛情、そうした彼の心を惑していた
今のセドリックには家族との優しい思い出、トールズで過ごした学友との青春の記憶、そうしたものがごっそりと抜け落ちている。
故に今の彼を動かすのはたった一つの夢、自分は歴史に名を刻む英雄になるだという想い、それのみなのだ。
そしてその夢を父たる先帝の仇を討ち、宿敵共和国を打倒して、大陸を統一した史上初の皇帝となる事で果たそうとしている。
「貴方は……!」
自分たちが共に過ごした掛け替えのない思い出、それを余計なものと言われた事でアルティナはかつてない程の怒りを見せる。
「ふむ、つくづく良く育ってくれたものだ。まさか此処まで感情を露わにするようになるとは。全く以て素晴らしい。彼ーーーいや、彼らには感謝せねばなるまいな」
しかし、そんなアルティナの様子をアルベリヒはどこまでも興味深そうに眺める。
それは言葉とは裏腹にどこか無機質な印象をアルティナに与えた。
「だからこそ思うのだよ、君が心の底より大切だと思う彼らが命の危機に晒されたらきっと君は彼らを守る為に自らの意志でその命を捧げてくれるとね」
告げられた言葉、それの意味するところを理解した瞬間アルティナはそれを
「何かと思えばそれが貴方の計画ですか。だとするなら
「ほう、それは何故かな?」
「決まっています。貴方はこの世で最も敵に回してはならない方を敵にしたからです。
リィン・オズボーンは不可能を可能にする英雄です。さぞや卑劣な罠を用意しているんでしょうが、お生憎様ですね。そんなものにあの人は決して負けません」
そう黒のアルベリヒの告げた計画には決定的な穴がある。
それはリィン・オズボーンが敗北する事を全て前提にしているという点だ。
だがそんな事は決してあり得ない。リィン・オズボーンはあらゆる道理を蹴飛ばし無茶を押し通す英傑なのだから。幾度となく不可能と言われるような事を可能としてしまう奇跡をアルティナ・オライオンは目の当たりにしてきたのだから。
「随分と信頼しているものだ。まあそれも当然といえば当然か。
確かに彼は破格の人物だ。人形に過ぎなかった君がそんな存在の間近に居続ければそうなって当然といえば当然。だがそれでもイシュメルガ様には決して敵わない。例えかの伝説の聖女の協力を得て最高と言えるだけの布陣で以て彼が臨んだとしてもだ。あのお方こそが真に絶対。この世を統べる神となるお方なのだから。
彼がどれほど優れて居ようとそれはあくまで人の範疇での話。獅子の心を持つ王さえも従えた神には決して届かない。
故に明言しておこうか、我らは今回の決戦に際して罠の類は
これまで施してきた仕掛けや細工の類はあくまで彼にこの地での決戦を選ばせる為にこそあった。
正面きっての
「それはこちらのセリフです。貴方達が頑張って積み重ねた悪だくみも全てリィンさんの手によってご破産です」
「君を見ていると英雄帝や獅子心皇帝の臣下達もきっと君のような心持ちだったんだろうと思うよ。
だが歴史に名を残す英傑たる彼らでさえイシュメルガ様の掌の上から外れる事は決してなかった。君の信じる英雄もきっとそうなる事だろう。
故に改めて告げておこう。君の信じる英雄もイシュメルガ様から見ればその程度の存在ーーーもしも君がその命を捧げるというのならばそれに免じて見逃しても問題ない程度だという事だ。
私としては今の内に君がその命を捧げる事をオススメする。そうすれば君が大切だと思う彼らは無駄な苦痛を味合わずに済むのだからね」
「だったらリィンさんはその二人さえも超える器を持ったお方というだけの事です。
そんな脅迫にすらなっていない
ぶつかり合う言葉、それはさながら信仰の対立にも似ていた。
どちらもが自分の信じるものの勝利を疑っていない。
どこまで行っても主張は並行線でもはや言葉を交わすだけ無駄だと両者は共に思ったのだろう。
それで二人の会話は終わり、アルティナはこんなどうしようもなく物分かりの悪い相手よりも優先させねばならない者へと声をかける。
「ジョルジュさん、だからそんな風に気を落とさないでください!
大丈夫です!ジョルジュさんは操られていただけで取り返しのつかない過ちをしてしまったというわけではないんですから!ちゃんと謝ればリィンさんはきっと許してくれますよ」
「アルティナちゃん……」
自身を励ますアルティナの言葉、それを有難く思いながらもジョルジュはアルティナほどには楽天的にはなれなかった。何故ならばジョルジュ・ノームは知ってしまったから。流れ込んできたゲオルグとしての記憶が1000年もの間この日の為に暗躍してきた地精ーーーひいてはそれを操る黒の騎神イシュメルガの恐ろしいまでの妄念を。かの獅子心皇帝でさえもその妄念によって張り巡らされた陰謀の糸に絡み取られ、かの槍の聖女でさえも敗北を喫した事を。
リィン・オズボーンが神でも何でもないどれほど最善を為そうがその最善でも届かない事も存在する一人の人間に過ぎない事を知っているジョルジュとしては果たして本当に勝てるのかと、どうしても不安を抱かざるを得ないのであった……
アルティナ「リィンさん英雄!大英雄!奇跡を起こす大英雄!!!」
アルベリヒ「イシュメルガ様絶対!絶対神!総てを統べる絶対神!!!」
根源たる虚無の剣周りの設定はいつものように改変して独自設定になっております。
セドリック殿下が寝たままの状態のアルティナちゃん殺そうとしていたのを見るに原作には特に自己犠牲によって死ななければならない設定はないと思います。