空を覆う暗雲。響き渡る不気味な鐘の音。そして突如として帝都のあちこちに出現しだした超大型の魔獣と帝国の誇る最新兵器足る機甲兵に似通った巨大な傀儡、それらは内戦時にも出現した幻獣及び魔煌兵と称される存在だが一般の帝都市民は知らない、それらの異常事態は前にして帝都市民はパニックへと陥る。
当然といえば当然の話だろう、帝都ヘイムダルは大陸最大の超大国となったエレボニア帝国の首都なのだ。そこに駐屯している第一機甲師団にしても帝都憲兵隊にしても精鋭と称するに足る部隊だ。故に必然として辺境ならばいざ知らず帝都暮らしの人間ともなれば意図的に魔獣の生息域にでも近寄ったりなどという事でもしなければまず以て魔獣と遭遇するなどという事、それ自体が稀な事になる。平時に於いて魔獣を掃討し、街道の安全の確保、そして都市部の治安の維持に努める事が国家に於ける軍の重要な仕事である以上それは必然だ。それ故、帝都市民の多くは魔獣と呼ばれる存在に対する免疫がないーーー未知の危険と遭遇した時にどうすれば良いかという点に於いて基本的に無知なのだ。故に彼らは未知の事態に対して恐怖する。
「全帝都市民に告げる、戒厳司令官リィン・オズボーンである」
響き渡るのはこの非常事態に際しても動揺など毛ほども感じさせぬ威風堂々とした声。
そしてその名が告げられた瞬間に民の心より恐怖は消え失せる。
何故ならば彼は紛れもない英雄ーーー常に帝国に勝利と光を齎してきた存在なのだから。
そうだ今の帝都には我らの英雄が居るのだ、一体何を恐れる必要があるのかと民はその言葉へと意識を集中させる。
「現在帝都全域で起こっているこの異常事態、皆不安だろうと思う。
だが案ずる事はない。皇帝陛下の剣にして帝国の盾たる我らが必ずや君たちを守り抜く。
そして我々は既にこの異常事態の原因を突き止めたーーーカレル離宮だ。
この騒乱を巻き起こした者たちは畏れ多くも皇室の療養地であるカレル離宮を土足で踏みにじりそこでかの大逆の罪人クロワール・ド・カイエンと同様に怪しげな儀式を執り行っている!この異常事態はその怪しげな儀式によって起こされたものなのだ!」
吐き出された言葉は先日の実の父である宰相の演説を彷彿とさせる灼熱の憤怒が込められているものであった。
「無論ユーゲント陛下が崩御為さった直後にこのような蛮行を為した不心得者を許す道理はありはしない!
これより帝室の剣足る我ら光翼獅子機兵団はカレル離宮へと赴き騒乱の元凶へと鉄槌を下す!
諸君、我が愛する帝都市民諸君。今しばらくの辛抱だ!どうか後少しの間だけ耐えて貰いたい!!」
この段階ではまだ帝国宰相たるギリアス・オズボーンがこの騒乱の元凶だと名指しにはしない。
今この段階でそのような事をすれば不要な混乱と反発を招き、結果として無駄な犠牲を生むことになりかねないからだ。故に今告げるべきはこの騒乱を巻き起こした原因がカレル離宮に居るというそれのみ。
そしてギリアス・オズボーンを葬り、黒を封印して、死人に口なしな状態にしたうえで皇太子であるセドリック直々にユーゲント殺害の真犯人は宰相ギリアス・オズボーンであったことを公表してもらう。
ーーーそしてそれをするには当然敵の手に堕ちたセドリックをこちらの側へと引き戻さねばならない。
(不甲斐ない、皇太子殿下の教育係を拝命しておきながらこの体たらくとは。全く以て亡き師に会わせる顔がないというものだ)
挑む為にと遠くを見据えるが余り自身の足元を疎かにしてしまった事をリィンは恥じ入る。
この愚か者!と自身を叱責する亡き師の姿を幻視する。
しかし、それもほんの一瞬。反省するのも総てはこれを乗り切ってからの話だとすぐに帝国の英雄として自分の為すべきを果たさんとする。
「そしてこれを聞いている我が戦友諸君。今こそ、諸君らの日ごろの訓練の成果を民へと見せつける時である!
我々が元凶を打倒し、この異変を解決するまでの間君たちには民を守って貰いたい!
君たちにはそれを為し得るだけの能力と意志、その双方が備わっていると私は信じている。アルノールの宝剣足る光翼獅子機兵団にーーーいいや、帝国軍に所属する者に弱卒はおらず皆が勇者なのだと私は信じる!故に我が戦友諸君、英雄諸君、ほんの少しの間私の留守を委ねるぞ!必ずや私は勝利と共に凱旋を果たそう!」
雄たけびが帝都の各所で響き渡る。
困惑と怯懦はもはや兵士たちから消え失せその身を熱き気概と誇りが満たす。
我らはかの英雄の戦友であり、帝国をーーー民を守る盾なのだと勇将に率いられた勇者達は奮戦する。
「往くぞ、敵はカレル離宮に在り!カレイジャス、発進せよ!!」
司令官であるリィンの号令の下飛び立っていく紅き翼、そしてその紅き翼を守護する帝国の守護神足る騎士人形。それらを帝都の市民たちは歓声を挙げながら見送る。もはや何の心配も要らないのだと。帝国の英雄の勝利と凱旋を疑う事無く、その雄姿に手を振りながら見送るのであった。
「我が好敵手はやはりここを決戦の時と定めたか。ならば私は私で動かせてもらうとしよう」
君ならばそうすると思っていたといわんばかりの不敵な笑みを浮かべて暗躍を始めた翡翠の城将の動きに誰も気づくことのないままに……
・・・
クルト・ヴァンダールは自分への怒りが収まらなかった。
殻を打ち破り皆伝の階を掴んだこと、それに浮かれて主君にして友人でもある存在の悩みに気づく事も出来なかった自分が情けなくて仕方なかった。
(何が守護役だ……何が殿下の友だ……こんな様では亡き父上に会わせる顔がない……!)
愚か者!とそうこちらを叱責する父の姿をクルトは幻視する。
守護役とは単にその身を守る護衛役には断じて非ず。
臣下としてその身を守り、友としてその心を寄り添うーーーそれこそがヴァンダールの一門が中興の祖たる獅子心皇帝より授けられて代々受け継ぎ担ってきた栄誉だ。
然るに今の自分は手にした力に浮かれた事で友の心の中で燻っていた闇に気づかず、護衛としては主君の身をみすみす奪われてしまった。全く以て何ひとつとして弁解の余地がない。
(それでもまだ手遅れじゃない……!)
「私は此度の事件の元凶たる宰相を討つ事で私の義務を果たす。故に殿下を闇から連れ戻すのは殿下の友であるお前たちに任せる」ーーーそんな風に師でもある兄弟子は自分たちへと語り、セドリック皇太子の説得と奪還を
だからこそクルト・ヴァンダールは奮起する。例え自分の命に引き換えにしようとも必ずやセドリックを連れ戻して見せるとーーー
「そりゃ」
唐突に走った頭部への鈍い痛み、それにクルトの意識が引き戻される。
「何をするんだ、アッシュ」
殴られた個所をさすりながら痛みを齎した元凶の方をクルトは睨む。
「いやー悪い悪い。見たことない位に余りにも隙だらけだったからついな」
「な……!」
「真面目な話、気負い過ぎだぜ気負い過ぎ。普段のお前だったらこんな程度の一撃あっさり躱せたはずだろうによ。気合入れるのは良いが、もうちょい肩の力を抜いても良いんじゃねぇのか?」
「……君にはわからないさアッシュ。
それこそが開祖ロランより受け継がれ続けてきた自分が生まれながらに背負った大切な使命なのだと、それを果たす事が出来ない自分には何の価値もないのだと言わんばかり剣幕でクルトは告げる。
「だというのに僕はセドリックの悩みに気づくことが出来ず、その身を守る事も出来なかった……!今回だけじゃない二度もだ!内戦の時に続いて二度目なんだ!だから僕は例えこの身に代えてでもセドリックを連れ戻さないといけないんだ!それが僕の……」
「生まれ持った役割だからーーーか?いい加減に気づけよクルト、皇太子だの守護役だのそういう役割に囚われた態度があの馬鹿を追い詰めたんじゃねぇのか?皇太子だから自分は誰よりも立派でなければならない、誰よりも強くならなければならないって具合にな。だからアイツは黒の騎神とやらの囁きに乗って宰相のところに行っちまったーーー違うか?」
自分もその囁きに操られてとんでもない事をしでかすところでそれをよりにもよって嫌っている男に止めて貰ったという憤懣やるかたない過去、それを思い出してアッシュの表情は自然と歪む。
とんでもないやらかしを止めて貰った側な以上本来であればアッシュ・カーバイドはリィン・オズボーンに感謝しなければならないのだろう。
だがそれでもああも無慈悲に叩きのめされてそれに対して感謝をするなどという事が出来るほどにアッシュ・カーバイドは人間が出来ていなかった。
いつか積み重なった借りは然るべき形で返してやると燃えながらも、そちらよりも先に落とし前をつけてやるべき元凶へと怒りを燃やしながら思いつめた様子の目前の
「それは……」
「別にそういうのの全部が全部、悪いってわけじゃないぜ。ただ貴族ってだけで自分は何も大したことやっていないのにふんぞり返っている連中に比べればそういう立場に相応しく在ろうとしているお前たちはまあ立派なんだろうさ。
けどな、馬鹿やった
「違う、確かに始まりはそうだったかもしれない。だけど決して
「ならぶつけるべきは
一人でやろうとするんじゃねぇよ、
「アッシュ……ああ、そうだな。頼りにさせてもらうぞ、親友」
「おうよ」
不敵な笑みを浮かべながら二人は拳をぶつけ合う。
そして不意に自分たちに向けられるどこか生暖かい視線に気づいて
「んだよ、そのにやついた笑みは」
「いや~別に。アッシュも成長したな~って思って別に他意はないのよ。ね~ミュゼ」
「はい、とても素晴らしい光景を見せていただき正直感謝の気持ちでいっぱいです♡」
「てめぇらな……」
「ごめんごめんーーーでもさ、二人だけで盛り上がらないでよね。
何も友情って言うのは男同士の間でだけで成立するわけじゃないんだから。
セドリック君とそしてアルへの想いは私たちだって二人に負けてないんだから!」
「ええ、想いは同じです。
頑張りましょう、私たち4人でセドリック殿下を闇から必ずや救い上げて連れて帰るんです。
そしてアルティナさんもセドリック殿下も一緒にみんなでトールズに帰るんです」
ミュゼの言葉に三人はうなずく。
それは決して青春の熱に浮かされた向こう見ずな暴走などではない。
目前に立ちはだかる数多の困難や現実、その強大さを承知の上でそれでも尚ただ立ちすくむのではなく望む未来へたどり着く為に明日へと向かわんとする確かな覚悟と意志がその瞳には宿っている。
彼らの師が、親が見ればきっとその成長を寿ぎ、笑みを浮かべる頼もしさに満ちている。
「総員、戦闘準備!これより本艦は黒キ星杯へと突入する。赴くは死地。全員死力を尽くせ!我らに勝利を!!」
艦内へと響き渡る威令、それを聞き若き獅子達もまた決意と共に己が得物を携えて駆け出す。
必ずやセドリックの目を覚まし、囚われの身となったアルティナを奪還し、全員で帰るのだとそんな“夢”を実現させるために……
帝国を、世界を覆う暗雲を祓う一閃となるか