「どうせ!! 私は!! 一生独り身でふよっ!!」
「まあまあ……アヴローラ、落ち着け」
「ミカサは下戸なんですから黙っててくだはいっ!!」
「飲めるのが偉いというわけではないぞアヴローラ」
軽巡洋艦・アヴローラ。
アズールレーンに所属しているこの艦隊で、唯一北の大国・北方連合に所属しているKAN-SENである。
日露戦争から二次大戦の終わりまで生き抜いた戦歴に反し、気さくでとっつきやすいお姉さんな彼女だが、今の彼女にそんな面影は欠片も無かった。
「良いでふか聞いてください皆していつも姉妹艦だの同じ陣営の艦だのと一緒に居るじゃないれふか私それがすっごい羨ましいんですよ聞いてますかミカサ同じ陣営同士だけで通じる話題とかあるじゃないですかでも私がヴォッカの話したって誰も食いついてくれないじゃないですかマヨネーズの話をしたって誰も食いついてくれないじゃないですかマヨネーズの消費量世界一位は北連なんですよ知ってましたか知るわけないですよねだって私だって他の陣営の皆はんばかりの前でわざわざ自分の国のローカルな話なんてしませんよするわけないじゃないですか唯でさえ艦隊で唯一の北方連合所属艦ですよ浮いてるんですよ皆さん親切ですしおくびにも出さないですけど私は知ってますからね分かってますとも自分が一番分かってますよ聞いてないですねミカサ分かりました分かりまひたよこうなったら徹底抗戦です私一人でこの鎮守府に赤き革命を起こしてやりますだって私のスキルの名前はレヴォリューツィヤですからアレそういえばガングートはどうして居ないんですかペトロパブロフスクは何処行ったんですかセヴァストポリは何処へ行ったんですかクロンシュタットは何時になったら建造されるんですか私寂しいです私達同じ連合の同志じゃないでふか私の事がきっと嫌いになってしまったのですねそうでしょう聞いてないでふねミカサ!!」
「聞いてるぞ、アヴローラ」
彼女が悪酔いするのは珍しい。自分が知っている限りではこの一回っきりだ。
同世代の艦船として、よく一緒に居る戦艦・三笠は呆れつつも親友同然の彼女を放っておけないのでそのまま彼女の部屋のベッドに寝かせてやっていた。
「大丈夫か? 三笠」
「指揮官……すまぬ。アヴローラが迷惑を掛けた」
「何故お前が謝るんだ。主犯は伊勢と日向とその他大勢だ」
「ああ……彼女達か」
よく彼女達と組んで出撃する三笠は、2人がどういう人物なのか知っていた。
普段こそ気の良い姉妹である伊勢と日向だが、一度お酒が回ると思考が吹っ飛んでしまうのである。
「あいつら、アヴローラが飲めるからって良い気になって一升瓶をイッキ飲みさせた」
「それでも彼女は酒に強いはずだぞ」
「そして酔った鉄血艦が彼女に飲み勝負を仕掛けた。鉄血と北方連合は因縁のライバルだからな」
「あやつらめ……今度たっぷり言って聞かせておく」
「今もヒッパーからたっぷり絞られているだろう」
KAN-SENだったからこれで済んでいるが、人間ならば死んでいた所である。
どうやらヴェスタルが怒って止めさせたらしい。もう少しで治療室のお世話になるところだったのである。
現にアヴローラは真っ赤になって悪酔いしていた。
こうして普段は人に言わないような怪文書ならぬ怪文言を垂れている。
「しっかり始末書は書かせておく。だけど、多分それだけじゃないと思うんだ。普段の彼女なら自制が効くから途中で抜け出せる」
「じゃあ何故こうなってしまったというのだ」
「最近ずっと出撃詰めだったからな……ストレスを抱えてたんだろう」
アヴローラは指揮官が鎮守府に着任した時からずっと此処に居た最古参だ。
そして、彼女の包容力や明るい性格に何度も指揮官は助けられた。
どんなに艦隊がピンチな時もそれは同じだった。
だからだろうか。指揮官は何時の間にか、アヴローラが明るく自分達の傍にいてくれるのが当たり前だと思っていた。
故に無理をさせてしまったのではないかと自責の念を感じていた。
「アヴローラは強い。艦としてはお前と同じく古いかもしれないが、KAN-SENとしてはどうだろう。お前と同じように、スペックだけではない強さがある」
「
「ああ」
伝承接続端子の異名を組み込んだKAN-SENの名に違わず、彼女達は例外なく自らの艦歴や逸話に関わる特殊な力を持つ。
ロイヤルの艦船が多く持つ煙幕のように艤装へ備え付けられた機能として発現しているか、逸話や自らの艦歴に基づいた能力として発現しているかは様々だ。
アヴローラのスキル、レヴォリューツィヤはどちらかと言えば後者であり、そしてとても強力な力を秘めていた。
最古参というのもあり、そして積み重ねてきた経験もあり、指揮官が彼女を手強い敵相手に起用することは度々あった。
だが、最近は激戦続きでそれも重なりに重なっており、ようやくこの頃落ち着いてきたのである。
「疲れていたんだろうな……酒で色々抱えてたものを爆発させたんだろう」
「聞こえてたのか?」
「全部じゃないが……あれだけ大きな声だと廊下からでも聞こえる」
「うっうっ……寂しいです……」
「……大丈夫だ。俺も此処に居るからな、アヴローラ。ほれ、水飲めるか?」
「う……飲みます……」
起き上がって水を飲むアヴローラ。
顔は真っ赤だが、それ以上に泣き顔だった。
「多分、本人も此処まで飲むのは初めてだったんだろうな……しかし寂しい、か」
「……指揮官。我では、彼女の孤独を癒せないのだろうか」
三笠の声色は震えていた。
歴戦の戦艦と言えど、異国の、ましてかつて敵同士だった艦船との友情に不安を感じてしまったのだろう。
「アヴローラは孤独じゃない。お前が、そして艦隊の皆が居る」
「……」
「でも、彼女もホームシックになる事だってあるさ。此処は彼女の故郷じゃない。そして彼女の僚艦は居ない」
「そう、だな……」
「だから俺達がそれを忘れさせてやるくらい、アヴローラと一緒に居れば良い」
指揮官は三笠を励ますように言った。
「彼女と一番付き合いの長い俺が言うんだ。間違いない」
「お主がそこまで言うなら……」
三笠は目を伏せた。
「アヴローラの事だ。きっと明日になったら謝ってくるよ。その時にお前がそんな顔しててどうするんだ」
「……分かったよ」
三笠だけではない。彼にとっても、彼女は相棒同然だった。
にも拘わらず、彼女が内心で寂しさを感じていたのはショックだったが無理もない事だった。
長い間1人だけで違う陣営の艦船達と一緒に居たのだ。いつかはこうなってもおかしくは無かったのだ。
「すまんかったな……」
指揮官はアヴローラの綺麗な銀髪を撫でる。
彼女はまだぐずっていた。
※※※
アヴローラは珍しく目覚めが良かった。
昨日どうやって寝たのか覚えてはいない。
「えと……どうしたんでしたっけ」
が──思い出した。昨晩の自らの痴態を。
「……わ、私は勢いで何てことを……」
顔が真っ赤になる。
今度は酒ではなく恥ずかしさによるものだった。
伊勢と日向に飲まされたり、その状態で鉄血艦に煽られたのが原因とはいえ。
「三笠に、指揮官に謝らないと……」
あれだけ飲んだのに不思議と頭は痛くならなかったし吐き気もしなかった。
すぐにこのまま走って、二人に謝りたかった。
最古参なのにこの始末。他の皆に示しが付かない。
何より皆に迷惑を掛けたのが居た堪れなかった。
「指揮官!」
気付けば彼の座っているはずの執務室の扉を開けていた。
「本当にごめんなさい、昨日は──」
「大大大ニュースだアヴローラ!!」
自分が部屋に入って来るなり指揮官は叫んでいた。
いきなりで驚いてしまった。
ああ、昨日の痴態が原因による自らの解雇通告だろうか。
否、それでも言うべきことはしっかり言わねばなるまい。
「あの、指揮官。昨日は本当にご迷惑をお掛けしました──」
「何を謝っているんだ、アヴローラ! それどころじゃないぞ!」
「……え?」
「今朝、明石が勝手にキューブを放り込んで建造をしたんだがな……出たぞ!」
「な、何がですか?」
「何ってそりゃお前……」
指揮官は立ち上がると言った。
「北方連合のKAN-SENに決まっているだろう!!」
アヴローラは自分の耳を疑った。
そんな馬鹿な。確かに、兼ねてから願っていた事ではあるが……。
「本当、ですか?」
「本当だとも! 今呼んでいるからもうじきに執務室に来るはずだ」
それが一晩で叶うものとは思わなかった。
遂にこの日が来たのだ。
しかし、此処まで上手く事が運ぶと猶更指揮官に申し訳なさが募って来る。
「私……私、あんなに酷い事を言ったのに……」
「何言ってるんだアヴローラ、ずっと同じ陣営の仲間が欲しかったんじゃないか」
「そ、そうですけど」
「さあ入ってきてくれ──」
誰だろうか。
ガングートだろうか。それともペトロパブロフスクかセヴァストポリか。
タシュケントなら前衛仲間だし、重巡だって北方連合には居る。
果たして誰が──
「──紹介しよう、彼女が新しい仲間の河川砲艦・ノヴゴロドだ」
──今、何て?
アヴローラが聞き返す前に、執務室の扉を開けて入ってきたのはくるくる回転する──円盤だった。
煙突や砲が付いた円盤が、ベーゴマのように執務室で回転していた。
だが、アヴローラはその正体を知っている。知っていながら、その存在を認めたくはなかった。
「な、何で113mm連装高角砲が此処に?」
「何言ってんだアヴローラ、こいつは砲艦・ノヴゴロドだ」
今もなぜか回転し続けているルンバを眺めながら、アヴローラは困惑を隠せなかった。
「いや、いや……でもこれは河川砲艦で海の艦ではないと言いますか、そもそも欠陥兵器と言いますか」
「仲間に欠陥兵器とか言っちゃいけないだろ!!」
「そ、そうですね、すみません!!」
しかし、目の前で回転しているのは最早人型ですらない。
ただ、砲と煙突が付いた円盤なのである。人格があるかどうかも怪しい。
これは本当にメンタルキューブで建造されたKAN-SENなのだろうか。
いや、絶対に違うと思う。
「砲艦・ノヴゴロドは主力艦隊の艦船だ」
「いや、でもこれが後ろに居たら明後日の方向から砲弾が飛んできそうなのですが」
「どうやら史実では河川で運用するために建造されたらしいな。川の戦艦、か。強そうだ」
「いや、だから……その、これは北方連合でも屈指の珍兵器で……」
アヴローラは全て知っている。
丁度ノヴゴロドが建造されたのは自分が建造される少し前だからだ。
そして自分が就役する少し前に除籍されたという。
その実態は、川で運用されることを前提にした砲艦であるが未確認航行物体と言った方が正しい。
船体はしつこいが円盤状となっており、奇抜そのもの。
理由は河川での座礁・転覆を防ぐためである。
──では何故猶更彼女を海で運用する必要があるのか。川にセイレーンは居ない。アヴローラは考えるのを止めた。
また、速力はたったの最大6.5ノットと非常に鈍足であった。
こんなに遅いKAN-SENは他に居ない。
──恐らく他の艦と随伴させたが最後、彼女は置いて行かれるだろう。アヴローラは考えるのを止めた。
そして何より、その形状故砲を撃つと反動で回転するのである。元に戻すのには時間が掛かる。
──では何故何も撃ってないのにノヴゴロドは回転しているのか。アヴローラは考えるのを止めた。
「駄目でしょコレ、やっぱり……」
「駄目じゃないよ!? 珍兵器でも戦えるはずだ! な!? ノヴゴロド!!」
ノヴゴロドは何も言わなかった。
ただただ回転しているだけだった。ベーゴマのように。
「……そうか。お前の熱い意思、俺には伝わったぞ!! 一緒に頑張ろう!!」
「何も言ってないですよね!?」
恐らく彼は絶対に何も理解していない。
円盤状の兵器にはロクなモノがない。ロイヤルのパンジャンドラムで何も学ばなかったのだろうか。
アヴローラは長年の相棒がすっかり珍兵器に絆されているのを見て頭を抱えてしまった。
ああきっと私が柄にも無く我儘を言った所為で、指揮官はおかしくなってしまったのですね。
「指揮官目を覚まして下さい! これはきっとセイレーンの罠か何かです! 今明石を呼んで問い質して──」
その時だった。
今までずっと物言わず回転していたルンバが突然発砲したのである。
弾はアヴローラの顔を掠めて──指揮官の座っている机に直撃し、
ズッガァァァァァァァーッン!!
爆音を立てた。
「指揮官──!!」
アヴローラはキッ、と回転し続ける未確認航行物体を睨みつけた。
だが、すぐさま指揮官に駆け付ける。
壊れた壁にもたれかかる人の身体。
どうやら原型は保っているようである。当然か。部下にセクハラする度に砲撃を食らっているような男がそう簡単には死ぬはずがない。
「大丈夫ですか、指揮官!! 今すぐヴェスタルの所へ──」
アヴローラは彼の顔を見て絶叫しそうになった。
確かに彼は生きていた。流石指揮官とでも言うべきか。
唯の人間ではないのだろう。しかし──
「指揮官、あ、あの……」
「え? どったのアヴローラ、俺生きてるよね?」
「い、生きているのですが……その……」
手鏡を彼に見せた。
「何で鏡にルンバが映ってるんだぁぁぁーっ!?」
指揮官の顔は──まさしくルンバのそれに変貌していたのである。
「お、おい!! これ元に戻るんだよな!! 何でルンバに砲撃されたら頭がルンバになるんだよ!!」
「指揮官も結局ルンバって呼んでるじゃないですか!!」
「とにかく逃げるぞ!! 艦隊の戦力を持ってノヴゴロドを止める!!」
だからロクな艦船ではないとあれほど言ったのに……ともあれ何もしていないのに暴れる兵器は危険だ。
ともなれば艤装が必要である。急ぎドックまで行かなければならない。
殺傷力は然程なくとも顔がルンバになってしまうのはまずい。
アヴローラは指揮官と一緒に廊下を駆けた。この事を早く他のKAN-SENにも伝えなければならない。
「おい見ろアヴローラ! あそこに誰かいるぞ!」
「あれはクリーブランドさんとヘレナさんとウィチタさん!?」
丁度良かった。ユニオンのエース前衛3人組だ。
共闘すれば、あのルンバを止める事が出来るかもしれない。
アヴローラは彼女達に事情を説明しようと割って入った。
「あ! クリーブランド! 丁度良かったです、実は──」
「ルンバァ……(挨拶)」
「ひぃっ!」
アヴローラは魂が抜けるかと思った。
既に三幻神は三ルンバへ変貌していたのである。
しかも、挙動からして正常ではない。指揮官の手を引っ張り、その場から離脱した。
「何でだぁぁぁーっ!! 何であいつらまでルンバに!?」
「既に砲撃を食らった後!? まずいです、これでは他の皆さんもルンバになっている可能性が!?」
「ま、待て、もしかして俺もあいつらみたいに言語を失う可能性が……!?」
「……」
「何故何も言わないんだ、アヴローラァ!!」
※※※
今朝は良い目覚めだった。
こんな日には、朝から指揮官様に会いに行くに限る。別に目覚めが悪くても会いに行くのであるが。
常に彼が行きそうな部屋の合い鍵を全て揃えている彼女の前ではセキュリティ等は意味をなさないのである。
早速部屋を出ようとしたところで、大鳳は咳き込んだ。
「けほっ……やはり乾きますわね……乾燥は喉と女の大敵ですわ」
最近寒くなってきたのもあってか空気が乾燥している。
喉を傷めては指揮官様に余計な心配をかけてしまうというもの。だが風邪を引いて彼に心配されるのもまたオツだろうか。
そんな事を重桜の装甲空母・大鳳は考えていた。しかし、彼に移してしまうのも悪いので大人しく何か飲み物で喉を潤わせることにした。
彼女は恍惚とした笑みで冷蔵庫に手を掛けた。
が、そこで彼女は手を止めた。
「まさか中にアルバコアが入ってない、ですわよね……」
この艦隊には自分以外にもセキュリティキラーというものが存在する。
その中には、自分と因縁のある潜水艦・アルバコアも含まれていた。
金髪幼女という外見に反し、狡猾な知能犯である彼女は悪戯の名人。
そして、史実で自らが沈めた大鳳の行く先々に現れる。
何故か。
唯々驚かせるためである。
「……」
コンコン、と冷蔵庫をノックした。反応なし。
流石に長時間この中に入っていたら窒息死してしまうだろうが、潜水艦の彼女なら艤装を使って酸素補給が出来る。
温度に関しても冷たい海の中に潜る事が多い彼女なら平気なはずだ。
しかし、いい加減喉がイガイガしてくる。可能性を考えても仕方がない。
こんな事もあろうかと部屋の鍵は電子ロックまで付けておいたのだ。
幾らあの潜水幼女と言えど入ってこられるわけがない。
大鳳は意を決して冷蔵庫を開けた。左手には、念の為にか彗星が握られていた。
「そ、その手には乗らないですわよ、アルバコア──!」
「ルンバァ……(挨拶)」
成程、確かにそこには何時もの金髪幼女の姿があった。
しかし、彼女の顔は何をトチ狂ったのか、見慣れない円盤の形状に変貌していた。
一瞬、それを因縁の宿敵と認識できず、大鳳は目をパチクリさせる。
「アルバ……コア?」
「ルンバァ……(肯定)」
成程、分からん。
大鳳は気絶した。
効果は抜群だった。
※※※
「どうするんだコレ……」
万事休す。
鎮守府の中をノヴゴロド頭で徘徊するKAN-SEN達。
アヴローラと指揮官は、2人で身を寄せ合って隠れていた。
しかし、もしこれがノヴゴロドによるものならば、指揮官も直に徘徊している彼女達のようになってしまうのではないだろうか。
「……なあアヴローラ。1人で逃げろ」
「で、でも、指揮官を置いては逃げられません!」
「このままじゃ、俺もいずれ言語や理性を失ってしまう。クソッ……俺がノヴゴロドの性能を見誤ったばかりに……」
性能以前の問題だったような気もするが、アヴローラは敢えて突っ込みはしなかった。
「俺の責任だ。アヴローラ。だから──この鎮守府から避難するんだ」
「えっ……?」
つまり、それはこの場所の放棄を意味していた。
艦隊の仲間を、指揮官を置いて逃げる事を意味していた。
「北方連合なら、お前を受け入れてくれるだろう。そうすれば、同じ陣営の仲間がお前を迎えてくれる。お前にとっても、それが良いはずなんだ」
「……」
そんな問いかけ、答えは決まっていた。
「できません」
「……何故だ。君の無事を確保するのが、指揮官として出来る俺の最後の仕事だ」
「できません!」
アヴローラは叫んだ。
「私は、此処に最初に配属されたKAN-SENでした。最初は私1人だったけど、指揮官と最初に出会って、だんだん仲間が増えていって……気が付けば艦隊はこんなに大きくなってました」
「アヴローラ……」
「それを今更捨てるなんて、出来ません……! そんな事したら、本国の皆に顔向けできない!」
アヴローラは目を伏せた。
「私、ずっとこの艦隊に居て……皆の事を家族のように思っていました。指揮官の事も、ミカサの事も、そして皆の事も……」
しかし、陣営同士で仲良くする艦船達。
姉妹同士でスキンシップを取る艦船達。
カンレキ時代に同じ戦隊だった仲間同士で集まる艦船達。
彼女達を見ているうちに、ずっと同じ陣営の仲間が居なかったアヴローラの内心ではそれを羨む気持ちが芽生えていた。
「……子供みたいだって笑って下さい。馬鹿みたいだって罵って下さい。だって、私の近くには、ずっと指揮官が、皆が居てくれたのに……寂しいって思っちゃったんです」
「アヴローラ……」
「だからバチが当たっちゃったんですね。お酒に任せて我儘言ったから。三笠もきっと怒ってます」
そういえば三笠は何処に行ったのだろうか。
顔がルンバになったKAN-SENは沢山居たが、まだ彼女だけは見ていない。
歴戦の猛者である三笠の事だ。何処かに逃げ延びたのだろうか。
「……三笠……私……親友なのに」
「怒ってるかどうか、聞けばいいんじゃないか」
「……!」
指揮官の顔は──元に戻っていた。
「親友、なんだろ?」
「……でも。あんな姿見せてしまって、恥ずかしくて」
「それくらいで三笠はお前を嫌いになったりしないよ」
「……指揮官」
「行っておいで、アヴローラ。三笠の所に」
彼女は立ち上がった。
そして──廊下を走っていた。
速力の低いアヴローラだが、この時は──今までよりも強く踏み込み、走っていた。
親友の元へ、一刻も早く駆け付ける為に──
「っ……!」
何かに蹴躓く。
彼女の身体は大きく倒れた──
※※※
「っ!?」
頭が、痛い。
アヴローラは思わず目覚めと共に米神を抑えた。
気が付けばベッドの上だった。
では、先ほどまでの下りは──
「夢、だったのですね」
──溜息を吐く。ノヴゴロドは建造されていないし、まして顔がルンバのKAN-SEN達等居ない。
それは、すぐ傍で寝息を立てている三笠の姿を見て確信出来た。
悪夢、だったのだろうか。だが、大事な事を改めて思い出させてくれた気がする。
普段自分がどれほど周囲に支えられているのか。
そして親友の存在がどれほど大事なものか。
陣営など関係ない。同じ艦隊の仲間であることがどれほど素晴らしい事なのか。
「……疲れてますよね」
ずっと自分を介抱していたのだろうか。
彼女にはやはり世話になってばかりだ。
「いつもありがとう、ミカサ」
「……ん」
くぐもった声が返って来る。
外から威勢の良い鶏の声が聞こえてきた。
それを目覚まし代わりにしたのか、三笠は瞼を開けてアヴローラの姿を認めたようだった。
「……アヴローラ」
「ミカサ?」
「良かった……酔いは覚めたのか。心配したぞ」
「ええ。まだ頭が痛いけど……」
「水を飲むか?」
「ありがとう。いただきますね」
「伊勢も日向もたっぷり説教してやらないとな」
「程々にしてあげてくださいね」
「お主は、やはり……お人好しが過ぎる」
三笠は呆れ顔だった。
彼女も手の掛かる後輩が多くて大変なのだろう。
しかし、すぐさま真剣そうな顔で彼女は言った。
「なあ、アヴローラ」
「どうしましたか? ミカサ」
「……アヴローラ、お主は今、寂しいか?」
「……」
昨日ぶちまけてしまった言葉で心配しているのだろう。
アヴローラは笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、ミカサ」
「謝らなくて良い。ただ……我らに何か落ち度があれば、それはこちらの責任だ」
「ううん。でも、心配を掛けてしまいましたね。ミカサ、私は大丈夫なんですよ? 確かに寂しいって思った事が無いわけじゃないですけど……私はやっぱりこの艦隊が一番居心地が良いみたいです」
「え?」
「同じ陣営の仲間が居なくても……やっぱり、家族みたいだもの。指揮官が居て、ミカサが居て、皆が居る。沢山の思い出が詰まった此処を離れるって考えたら、胸が痛くなっちゃいます」
少しだけ照れ臭かった。
いつもは余裕を持った態度で皆に接している所為か、こうして本音をぶつけるのは久々だった。
それは三笠に対してもそうだった。
「ミカサ、私達は敵同士だったけど……私はミカサと親友になれて本当に良かったと思いますよ」
「……ああ。私もそう思うよ。心からな」
「ふふっ、嬉しいです」
彼女は身体を起こした。
そして、窓を開けた。
「ねえ、ミカサ! 綺麗な朝焼けですよ!」
「……そうだな、アヴローラ」
三笠の瞳には、彼女と──赤紫の朝焼けが重なっていた。
「私、今日の事絶対に忘れません! だって、ミカサと初めて一緒に見た朝焼けですから!」
「ああ……我もだ。本当に綺麗な朝焼けだ、アヴローラ」
※※※
「そうか。快復したようで良かった」
「ええ。今後は気を付けます。本当にすみませんでした、指揮官」
案の定、伊勢と日向、そして鉄血艦の数隻は始末書を書かされたという。
お酒は飲んでも飲まれるな。これは艦隊の大きな教訓となった。
ともあれ、今回の出来事がアヴローラの心境を変えたのは間違いない。
結果オーライだったのだろうか。親友よ。
「どうした? そんなに笑って」
「いいえ、なんでも。それより指揮官、酔っている私に何もしなくても良かったんですか?」
「……始末書を書かせるぞ」
「もう、冗談ですよ。ふふっ」
まだ身体の調子は悪いし頭は痛む。しかし、アヴローラはすっかり何時も通りのふるまいに戻っていた。
そう言った矢先、執務室の扉が激しく開く。
飛び込んできたのはクリーブランドとヘレナ、そしてウィチタの3人組だった。
「大変だ指揮官!! アルバコアの奴がルンバのお面被って大鳳を脅かして……!!」
「またヴェスタルのお世話になっちゃったみたいなの……」
「はぁ、大鳳は相変わらず肝が小さい。世界征服を目指すKAN-SENならもっと……」
「ウィチタ、言ってる場合か! 今すぐ行くぞ!」
指揮官は飛び出した。
まだアヴローラは頭が痛かったが、秘書艦として放置は出来ない。
廊下でずっと待っていた三笠が「何事だ!?」と叫んでアヴローラを追いかけていったのだった。
●
「──アヴローラ」
ふと口にしたその言葉は、不思議な気持ちにさせた。
まだ昏い暁の水平線に、船が汽笛を鳴らして進んでいく。
三笠の名を冠する女性は、ずっとその光景を眺めていた。
既に過ぎ去った過去の記憶。思い出す度に、今では胸が痛む。
「意味は、暁の女神、だったか」
もうじき、朝焼けが海を染めるのだろう。
そうなれば、少しは癒えるだろうか。胸を抉るこの傷も。
枷のようにして足に纏わりつく思い出も。
「……忘れようと思っても忘れられないよ。お主の事も、あの日の朝焼けも。お主が忘れても、我はずっと覚えている。我だけは……ずっと胸に焼き付けておく」
涙はとっくに枯れた。
悲しむ事は、彼女を弔う事にはならない。
「……なあ、一緒に朝焼けを見たのは──あれが最初で、最後だったぞ。もう一度、一緒に見たかったな」
手をかざす。
彼女の笑顔が、浮かんで見えるようだった。
「ありがとう。ミカサ。もう何も感じないんです。この手の温もりも」
最期まで、彼女はずっと微笑んでいた。
「ねえミカサ。私の代わりに、艦隊の事を頼みますね」
違う。
お主の居ない艦隊に居ても、何の意味も無いじゃないか。
「伝説の連合艦隊の旗艦、ですもの……何時の日か、きっと──」
「私」は、唯の艦船に過ぎない。
守りたいものも守れずして、何が連合艦隊の旗艦だというのだろうか。
そう何度も自分を責めた。だが、もう後戻りはできない。
「何の因果か……我は今、此処に居る。だが、お主に任されてしまったのなら、仕方ないな」
拳を握り締めた。
記憶がこびりついて離れない。
だが、その度に彼女は何度でも決意する。
例え水面に伏せても起き上がる。
それが呪いだったとしても、彼女は絶対に手放す事をしない。
「お主が守りたかった未来ではなかったとしても、ヒトの未来は我が必ず掴み取る」
ああ、かつての好敵手よ。
そして、今は遠き僚艦よ。
「今度こそ、お主との約束を果たしてみせる」
横須賀の海が、紫色に染まった。
我は確かに此処に居る。
同じ名を持つ戦艦の艦橋で、ずっと来るべき明日を見つめている。
「──待っててくれ。我が親友よ」
誤字報告、感想等があればよろしくお願いします。