グラン・ミラオス迎撃戦記   作:Senritsu

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>>> 目覚め(3)

 

 

「おい見ろ。後ろの船、急に方向転換しだしたぞ」

 

 標的に沿って一列に並んで砲撃訓練。その前から二番目、旗艦の後続を担っていた撃龍船の乗組員は、船尾の向こう側を指差しながら隣にいた同僚に話しかけた。

 

「本当だ。急にどうした? まさか敵襲かっ?」

「いや、いやそんなまさか……だって、空も海もさっきから静かなままで何も変わってないじゃないか。何かがあの船にぶつかってきたなら、音くらいは聞こえるはずだろ」

「……確かに。朝日のせいで海はちと見づらいが……魚影みたいなのもなさそうだ」

「だろ。いったいどうしちまったんだ。あの船」

 

 乗組員は首を傾げた。そうしている間にも、かの船は隊列からどんどん外れていく。急な方向転換によってかかる負荷のせいか、軋むような音が響く。

 他の五隻はただその様子を困惑しながら見つめていた。海からの襲撃は基本後手に回る。接触されるまでその姿が見当たらないからだ。だからこそ、なにも被害を受けていないはずのかの船の取った行動は異様に映った。

 

「ひょっとして、舵がいかれちまったか? 金具が外れたとか」

「こんなときに? だが、ありえない話じゃあないな……」

 

 同僚の口にする雑な推測をも吟味しつつ、彼は念のため、かの船の周囲をもう一度眇める。

 水平線から浮き上がった朝日と、燃えるような朝焼けに照らし出されているためか、()()()()()()見づらい。しかし、相変わらず波は穏やかで数日前から変わらない静けさを保っている。

 

「……まあ、旗艦が何か指示を出すだろうさ。あの船の穴埋めは遊撃の二隻に任せればいい。俺たちは今できる仕事を────」

 

 

 

 どっ、と。

 

 

 

 何もないとついさっき言ってのけたはずの海面が、突如として爆発した。

 

「なっ──」

「敵襲……!? お、おい! 警笛を、警笛を鳴らせ……!」

 

 船内は一気に騒然となった。誰も彼もが爆発のあった方向に注目する。

 

「直撃は避けたみたいだぞ!」

「さっきのはあれを避けるための動きだったんだ。だが、どうやってそれをさっ────」

 

 彼の言葉は途中で遮られた。

 爆発音とともに船ごと打ち上げられ、さらに吹き飛んできた木々の破片、誘発した砲弾に全身を打ちのめされ、同時にやってきた()()に肺を焼かれて。

 あっけなく、その命を散らした。

 悲鳴を上げる暇すらなく。看取る者など誰もいないままに。

 彼は、この戦いの一人目の死亡者となった。

 

 

 

 

 

 エルタたちの乗っていた船は、何とか転覆を免れた。衝撃から身を守ったあと、咄嗟の機転を利かせた船員たちが船の傾く方向とは逆側に移動することによって、重心を安定させたのだ。

 だが、それで安心しているような状況では一切ないことなど、誰もが分かりきっていることだった。

 

「おいお前無事か!? 無事だな! 被害状況を確認しろ! 人的被害と船の損傷を正確に把握してこい!」

「りょ、了解!」

「嬢ちゃん、次は予測できるか!?」

「できない! ここはもう、りゅうのけはいでいっぱいになってる!」

「──ッ、撤退提案の信号弾を上げろ! 船を止めるな。また標的になるぞ!」

 

 船の上は大騒ぎとなっていた。しかし、阿鼻叫喚の類ではないのは不幸中の幸いか。怒涛の指示を出しているのは船長のみで、船員たちはパニックに陥る一歩手前でその指示を聞いて動いている。

 直前にアストレアが動き、その言葉を信じた船長が回避と耐衝撃の指示を出していなければどうなっていたか。それを皮肉る余裕もなく、ただ目の前にその光景が広がっていた。

 

「船長! 前方の撃龍船はもうだめです……! 船底が破壊されて沈み始めています!」

 

 二発目の爆発の直撃を受けた先行の撃龍船。その様子を観察していた船員が、悲痛な声で報告する。

 衝撃で着火した火薬によるものか、それとも爆発そのものが炎を纏っていたのか、船は炎上しながら徐々に海中に没しようとしていた。

 

「ラギアクルスの突進に耐える装甲を、一撃で破ってくるか……」

 

 ぎりっと船長は歯噛みした。これまでに経験したことのない破壊力だ。あの爆発の前では、船底の厚い木板と堅竜骨の骨組みなど意味をなさないらしい。

 沈みゆく撃龍船から零れるようにして人が落ちていく。アストレアもそれを見たのか、言葉を失っている。無理もない。あまりにも唐突に事が進みすぎている。

 

 あの船に乗っていたハンターは無事だろうか。ほとんど不意打ちに近いかたちだったはずだ。彼らが動かなければ救助もままならない。

 手助けに行くべきか。エルタが船長に提案しようとしたところに、どたどたとこちらへ走ってくる音が聞こえた。現れたのは、大剣を担いでラギアシリーズを着込んだソナタだ。

 

「船長。私を海に出させてください」

「……目的は」

「今の攻撃の正体を探ってきます。できるなら、注意を引き付けます」

 

 船長とソナタの視線が交錯する。判断は迅速だった。

 

「頼んだ。正体を確かめてきてくれ」

 

 ソナタはこの海域での最高戦力と言っても過言ではない。そんな彼女をこの船の守り人として留まらせずに索敵に向かわせるのは、勇気のいる行動だったはずだ。

 事前の打ち合わせで彼女が潜水を得意とすることを船長は知っていたのだろう。深くまで潜っての活動は海のハンターでも難しい。今回の状況にソナタは適している。

 

「ありがとうございます。十分以上分経ってこの攻撃が止まずに私が戻ってこなかったら、そのときは私に構わず撤退してください」

 

 ソナタはそう言って踵を返し、船の縁からそのまま海に飛び込んだ。この状況下でもお手本のような飛び込みだ。

 そのまま潜っていくかと思いきや、彼女はすぐに海面から顔を出して「エル君!」と大声で言った。船の縁に駆け寄ったエルタは聞こえている、と合図を送る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……! みんなにそれを伝えて!」

 

 ソナタはそれだけをエルタに言うと、とぷんと海中に姿を消した。このまま一気に自らのいけるところまで潜っていくのだろう。命綱などつけようとする素振りすらなかった。もしこの攻撃の主を見つけたなら、本当にその場で注意を引き付けるつもりか。

 そして、彼女の言っていた海の異変。エルタは船長にそのままを伝えた。ほとんどなかったらしいこの船の被害報告を受けていた船長は、その言葉に唸る。

 

「ついさっき、嬢ちゃんから海の色が赤くなっていたことを聞いた。それと関係がありそうだな……」

「……この古龍が、操る力」

「そう考えるのが妥当か。ちっ、相変わらず規格外な生き物だ」

 

 どうっ、と。今度は音の衝撃のみが響いた。それだけでもびりびりと肌を打つほどの振動だ。

 次いで大波が押し寄せる。船が転覆するほどではないにしろ、ぐらりと船体が上下に揺らいだ。

 三撃目。位置は遠い。ここからでは確認しづらいが、標的は先頭の旗艦か。どうやら直撃はしていないようだ。先の被害を受けて、各々の船は独自に回避行動を取り始めていた。

 しかし、目の前の沈もうとしている撃龍船は、今の大波を受けてその勢いを加速させた。いよいよその腹部が裂けて、へし折れようとしている。

 

「……船長、この船には小型船がいくつか用意されていたはず。あの船の乗組員たちの救助に行かせてください」

「…………」

 

 エルタに請われ、彼は沈黙する。

 

「彼らはここで捨て置くには惜しい人材だ。回収する価値はあります」

「──ッ」

 

 エルタは損得で話を進める。隣にいたアストレアがエルタの方を見て何か言いたげにしたが、見損なうならそれで構わないと思った。実際にエルタはそうとしか思っていないのだから。

 言っている間に四つ目の爆発が、再び旗艦を狙った位置で起こる。今のところどうにか逃れられているようだが、このままでは直撃を受けるのも時間の問題だろう。

 

「……わかった。行ってこい。だが、この船は止めない。あの船を中心に一回り円を描く。その間にできるだけ無事なやつを拾ってこい」

 

 この船の撤退提案の信号弾は彼らも見たはずだ。一方的な攻撃を受けているこの状況で下手にここに留まるほど愚かではないはず。

 だが、先ほどのソナタの行動で、この船は少なくとも十数分この海域から離れることはできない。逃げ惑うようにしつつ、彼女が帰還するか否かを確かめなければならない。故にこその船長の指示だと言えた。

 

「了解」

 

 エルタはそう短く返してその場で軽く屈伸し、異変が起こっているらしい海に飛び込む覚悟をした。

 

「エル!」

 

 その傍で名前を呼ばれる。エルタに声をかけた少女はほんの少し逡巡しつつもエルタの瞳を見た。

 

「わたしも、ついていく」

「……重傷者は助けない。見捨てる。それでもいいのなら」

「……!」

 

 エルタが淡々と放った言葉にぐっと言葉を詰まらせる彼女は、しかしその言葉にも頷いてみせた。恐らく、自分が何もせずに船に留まっていることを恐れたのだろう。

 エルタは船長の方に視線を向ける。彼は僅かに頷きを返した。

 

「……わかった。行こう」

 

 エルタの返答に対してアストレアはぐっと唇を結んで顔を上げた。

 それから彼らはすぐに海へと飛び込む。今は問答している時間すら惜しい。

 

「!?」

「これは……」

 

 どぼんと海に飛び込んだエルタとアストレアが即座に実感したのは、「海が熱くなっている」というソナタの言葉だった。

 まるで温泉に浸かってでもいるかのような、明らかに異常な熱さだ。海面からは湯気が立ち昇っているのを見て、その感覚が錯覚でないことを悟った。

 ラギアクルスが海面近くで放電したときには周囲の海水が沸騰するらしいが、明らかにそういった現象とは異質の、この大海そのものが熱せられているような底の知れなさがある。

 

 ああ、とエルタは心のどこかで納得した。

 相手は古龍だ。間違いない。この類はそれ以外にありえない。

 

 次いで、ざぱんっという音と共に小型船が海に投げ入れられる。撃龍船のお供として定番の二人乗り程度の船だ。

 小型船へと乗り込んだエルタとアストレアは互いの顔を見て頷き合い、炎上する撃龍船の方へ向けて漕ぎ出した

 

 

 

 

 

「……こちら、三番船のハンターだ! 助けに来た!」

 

 沈みゆく撃龍船の近くまで辿り着いたエルタは船の上に立ち上がって大声を上げた。

 周囲は惨状と言っても差し支えない。炎上する船が肌をちりちりと焼き、砕けた木の破片や布が周囲に漂っている。

 おーいという声のした方向を見れば、波間からエルタたちの乗っている小型船とそれに乗り込んだ人々が見えた。四人が乗り込んでいて明らかに定員を超えているが、先の大波にも何とか持ちこたえているらしい。

 

「救難感謝する……!」

「ほかにぶじなひとは!?」

「木板にしがみついているやつがまだ何人かいる。これしか船を出せなくて、これ以上は救出できない……!」

 

 白い身体と防具を晒したアストレアの姿に若干驚いた様子の彼らは、しかしすぐに現状を説明する。

 四人とも頭部や腹部から無視できない量の血を流していたが、手持ちの回復薬などで応急処置に努めているようだった。あれでも軽症の方なのだろう。

 

「ハンターたちは!」

「一人を除いては無事だ! 俺らの後ろにいる」

 

 彼らの指さす方向を見れば、防具を身に纏ったハンターたち三人が水面から顔を出しながら手を振った。船は彼らに譲ったということか。

 ひとりは行方不明のままだという。アストレアはそれを聞いて悲痛な顔をし海に潜ろうとするが、エルタはそれを諫めた。

 

「恐らく撃龍船の中だ。何らかの理由で脱出できなかった。それを助け出す余裕はない」

 

 エルタは冷酷に接し続けた。実際にその通りだ。つい先ほど船腹が二つに裂け、五割近くが沈んだ船に近寄ることなどできない。周囲の海水もかき混ぜられて濁っている。

 アストレアはあまり他人に興味を抱く性質ではなかったはず。けれど、この状況下で見捨てるという判断を冷静に下せるほど無関心ではない。ぎゅっと目をつむり、首を振って、それでも毅然とエルタの方を見た。

 

「エル、まだたすけられてない人たちをさがして。わたしが泳いでつれてくる」

「分かった」

 

 エルタは今のアストレアの言葉をそのまま船員たちに伝え、固まってこの場に留まっているように指示を出して船を漕ぎ出した。

 立ち泳ぎで凌いでいたり、こちらへと助けを求めている人を、身長の高いエルタが見つけ出す。アストレアがその人を誘導し、船に乗せる。十分という限られた時間の中で、それを何度も繰り返した。

 途中、血まみれで木の切れ端にしがみついたまま意識を失っている船員もいた。エルタたちはそれを見捨てた。アストレアが辛そうな表情をしているのを見て、心に傷を負ってしまっているのではないかとエルタは連れてきたことを少しだけ後悔し、けれどそれは彼女の決断によるものだ。少しでも可能性のある命を救い出すことに努めた。

 

 

 

 

 

 十人。それが集められた人々の数だ。もともと乗っていた人の数をアストレアは知らないが、エルタは知っている。()()()()()()()()()()()。しかし、エルタはそれを彼女に告げなかった。

 海の向こうを見やる。彼らの撃龍船はもうほとんど沈んでしまった。そこから右を見ればこちらに腹を向けて航行するエルタたちの乗っていた船が見えた。

 

 救出活動を始めてすぐに、橙色の信号弾を旗艦が打ち上げるのをエルタたちは見ていた。

 撤退指示。未だにこの攻撃の主の姿は見えず、このままでは一方的に消耗してしまう。そう判断した作戦司令の人々が、全船に迎撃拠点への退避を命令する。

 エルタたちの船は実質的に殿の役となっていた。エルタたちとソナタの帰還を待っているのだ。他の船は既に帆を張って退避を始めている。

 

 エルタたちを待っていた小型船に並び、エルタは帰還に向けて指示を出す。

 

「これから、こちらに付いて北に進んでくれ。撃龍船は止まることなくすれ違ったときに引き上げをする────」

 

 

 

 背後で轟音が響いて、その数秒後にエルタたちは巨大な波に飲まれていた。

 

「────ッ!」

 

 湯気立つ海水が覆い被さる。()()。ひっくり返って平衡感覚が狂う中、口を閉じて防御の体制を取る。

 激しく身体が揺さぶられる感覚は長く続かなかった。目を開けても赤い濁りが視界を覆うのみで、その中で垣間見える水面のきらめきを目指して泳ぎ、顔を出す。

 

 大波によってうねる海。

 小型船は一隻が転覆してしまっていた。もう一隻も一回転したのか浸水が酷い。

 間を置かずしてアストレアを含めたハンターたち、船員たちが水面に顔を出した。そして辺りを見渡し、その表情を歪める。

 

「くそっ……!」

 

 嘆きにも似た悪態が誰かの口から漏れ出た。

 

 撃龍船にとどめを刺された。かろうじてかたちが見えていたはずのそこは火の海になってしまっている。

 その次の爆発が、逃げようとしていた遊撃役の撃龍船に直撃してしまっていた。船尾部分が燃え立ち、ゆっくりとその身を傾かせていく。エルタたちに救出しに行く余裕はもうない。どうしようもなく、彼らは見捨てられる。

 

 もう議論の余地はない。あれは火属性の攻撃だ。あの爆発そのものが火を熾す。だが、この海中からどうやって。

 何よりも、ソナタは。未だこうやって爆発が起こり続けているということは、相手は恐らく彼女の相手をしていない。つまり彼女は、この攻撃の主を見つけられていないのか、それとも──。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 






今回かの龍が繰り出している技はオリジナルのものです。爆発性の泡。海底火山のようなものですね。

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