巨龍砲は、ドンドルマで開発された対龍決戦兵器だ。
小型の飛竜種であれば易々と収まるほどに巨大な口径と、それを支える砲塔。さらに土台部に組み込まれた機構部まで含めれば、大きさは大型の古龍すら超え得る。
これを扱うには高密度滅龍炭が必要となる。タンジアのハンターたちが狩猟したジンオウガ亜種の素材と、強燃石炭、膨大な量の龍殺しの実を混合して焚いた特製の火薬だ。砲弾内部にも同じ火薬が使われていて、着弾時には龍属性エネルギーの大爆発を引き起こす。
効果の差異はあれど、古龍種には龍属性が有効だ。多量の龍属性を一度に受けると本来の力を発揮できなくなるという説もある。
この巨龍砲の実績も確かだ。以前、ドンドルマに錆びついたクシャルダオラが来襲してきた際に、その撃退の決め手になったのが巨龍砲である。ここに設置されているのはその模造品ではあるが、性能は全く見劣りしていない。
つまり、この砲弾が反撃の一手になる可能性は大いにある。故に、作戦の要として迎撃拠点の奥部に設置され、今までハンターたちを含めた人々が必死に守り抜いていたのだ。
やや熱さすら感じさせる風、その場にいるだけで濡れるほどの湿気、大地を揺らす足音。劣悪な環境下で、シェーレイは巨龍砲の傍の櫓に立っていた。
巨龍砲の前には木の障壁が築かれ、グラン・ミラオスの方から巨龍砲は見えない仕組みになっている。
それはこちらも直線的にかの龍を撃ち抜けないことを意味するが、巨龍砲はそもそもそういう運用をしない。砲身を傾かせ、木の障壁を飛び越し山なりの放物線を描くように放たれる。ただぶつけるだけの砲弾だ。
着弾地点は海上となる。件の龍が陸に上がってこない可能性を見越したものだ。そして、二足歩行状態のグラン・ミラオスはその着弾予定地まで一歩一歩と着実に近づいていた。
グラン・ミラオスのさらに後方を見れば、湾外で待機していた撃龍船が一隻静かに湾内に入ってきている。シェーレイの作戦通り、巨龍砲が着弾したと同時に砲撃を浴びせかけるためだ。
ガルムの姿は櫓からは確認できなかったが、どこかの塹壕か岩陰で状況を見守っているのだろう。かの龍が真っすぐにこちらを目指すというのなら、下手に手出しをする必要はない。
この一撃を外すわけにはいかない。
的は大きく、着弾位置も分かっている。外すなと言う方が無理な話と言えるかもしれないが、この大砲はスイッチの起動から発射まで十秒近い時間を要する。その時間差を考慮しなければ、望んだ結果は得られない。
巨龍砲は放熱と次弾の装填に一時間弱の時間がかかる。巨大故に砲弾も数を揃えることは不可能で、残り一発分しか用意されていない。だからこそ、かの龍の頭部に直撃されるくらいの重い一撃を狙う。
指示系統は入念に準備を済ませている。暴発の可能性もゼロとは言い切れないため、シェーレイ自身はスイッチを起動させない。スイッチ起動担当の砲兵が緊張の面持ちでグラン・ミラオスとシェーレイを交互に見つめている。
地響きがだんだんと大きくなる。そのまま歩き続ければ、あと数分もしないうちに着弾予定地に到達するだろう。
来い。そのまま、ここを目指して思いきり足を踏み入れて来るがいい。
湯立つ赤い海と赤い空、温い雨に打たれながら、シェーレイは迫りくる活火山を見据えていた。
海から陸に上がり、波が来ないところまで歩いて、エルタはそこで片膝をついた。
凄まじい発汗と倦怠感、そして眩暈。込み上げた吐き気を止めることもできず、胃の中のものを地面にぶちまけた。
「エルくん!」
「エルタ!」
駆け寄ってきたのはソナタとアストレアだ。先に陸に上がっていたらしい。地面に手をついてえずくエルタの背中をアストレアがさする。
「無茶したね。あんなに熱い海の中であれだけ動いてたらそうもなるよ」
「ごほっ……ぉ……おまえたち、ふたり、も」
「ソナタとわたしは、うみの中はなれてるから。でも、エルタはわたしたちよりうごいてた」
アストレアの言うとおりだった。
この三人の中では、エルタが最も泳ぎが下手だ。それは水中での消耗のしやすさに直結する。アストレアも体力はない方だと自ら言っていたが、ソナタよりはきつそうにしているものの、エルタほど消耗してもいない。
「グラン・ミラオスは……」
「私たちがいなくなったのに気付いたみたい。また歩き出している」
顔を上げて後ろを振り返ってみれば、湾の奥部へと二足歩行で歩いていく龍の姿が見えた。逃げるときは後ろを振り返る余裕もなかった。
岸からはバリスタの弾が放たれている。遠くからでも火薬の弾ける小さな光がちかちかと見えた。時折、グラン・ミラオスが反応して
「巨龍砲に誘導しようとしてるね。装填が間に合ってよかったよ」
ソナタは額の汗を布で拭いながら戦線を見やる。かの龍と直接対峙した者は、ソナタの言葉に大いに頷けるだろう。
ハンターたちが受けた損害はあまりに大きかった。火山と見まごう程の巨体から繰り出される大規模攻撃に翻弄され、何よりも、環境への対策ができていなかった。
エルタたちはクーラードリンクを飲んでいたからこの程度の消耗で済んでいるともいえる。多くのハンターは、海は冷たいという固定概念にとらわれてクーラードリンクなど持ち合わせておらず、熱中症になって自らの実力を活かしきれないまま戦線離脱していったのだ。
これは、人が生身で相手できる存在ではない。そんな摂理を当たり前のように示された。
これに対抗するには人の知恵、兵器に頼るのが最も懸命だ。タンジアの集会場で初めて作戦が公表されたあの日、俺たちは羊飼いかと憤っていたハンターもこれには口を閉ざすしかないだろう。
「……あれは、もう目が見えているのか」
「たぶん。宝石かってくらい固くて、表面を傷つけることくらいしかできなかったから」
「わたしも、つらぬけたけど、あさかった」
一撃で失明まで追い込めるほど柔ではないか。しかし、ハンターたちに逃げる余地を与えたというだけでもその功績は大きい。
見れば、アストレアの右肩、義手が装着されている部分が白い防具越しに赤く滲んでいる。突き刺すときに相当な力を込めたのだろう。血潮を浴びて火傷も負ってしまっているかもしれない。
強烈な吐き気の波は収まった。背中をさするアストレアを「もう大丈夫だ、ありがとう」と制して、エルタは立ち上がった。
「大丈夫? じゃあ次は傷の手当だね。いつまた私たちが駆り出されるか分からない。申し訳ないけど、動ける限りは応急処置だよ」
ソナタの言葉に二人とも頷く。
エルタはアストレアの成長に驚いていた。数時間前は怯えを隠しきれていなかったのに、今は落ち着いている。それどころかグラン・ミラオスの瞳を剣で突き刺すという荒業をやってのけ、今のこの状況下でも心が折れていない。
ソナタの言った『動ける限り』とはもちろん身体も対象だが、精神的な意味合いも強い。残酷な話だが、心が折れてしまった者は足でまといにしかならないからだ。
そこまで意識していないだろうが、ソナタは今のアストレアを見て、『動ける』と認識している。
やはり、アストレアは強い。彼女の悩みを解決するための精神的な下地は十分に備えている。ただ自覚ができていない、それだけだ。この戦いの中で、エルタもその手助けの方法を模索しなければならない。
「それにしても……」
ハンターや兵士たちの退避場所として急造された避難壕の中。エルタの火傷の手当てをしていたソナタが呟いた。
「あの龍はなんで、人と戦うんだろうね」
「…………」
「ジエン・モーランはただそこを通りたいから。私が戦ったナバルデウスは角が育ちすぎて気が立っていたから。あの龍にも何か理由があるのかな」
鳴り止むことのない地響きにぱらぱらと天井から砂が落ちる。隙間から差し込む外光は赤い。日常からかけ離れた状況下で、蒼と橙の防具に身を包んだソナタは思案する。
アストレアもそれを聞いて考えを巡らせているようであったが、エルタは既に自らの答えを持っていた。
ただ、それを口にすることはためらわれた。それは生物の原理的欲求から甚だ遠いもので、例えていうならば、人がつくったおとぎ話のような説だからだ。
ただ。一か月という時間を彼女たちと共に過ごして、エルタの心境も変化していた。
おとぎ話のような出会いをしたという、ソナタとアストレア。
二人になら、話してみても真剣に取り合ってくれるのではないか。
「……あれは、人に挑んでいるのだと思う」
「挑んでる……? あんなに強い龍なのに?」
「ああ。……タンジアの港で総司令が演説をしたとき、かの龍は一度討伐されていると言っていたのを覚えているか?」
「うん。だからたとえ黒龍の系譜だろうと私たちで倒せるはずだって話だね」
「そのはなし、本当のことなのか。むかしの人があれにかったなんてしんじられない……」
アストレアが怪訝な顔で言う。確かに実際に相対した今ならば、あれに勝つというのがいかに難しいかが分かる。
「恐らく、その情報は正しい。もし過去に人がここで敗れていたら、この一帯に人は寄り付かなくなっているはずだ。ましてタンジアの港ができるはずもない」
「噂のシュレイド城下町みたいな感じかな。誰も人が寄り付かないっていう……。今ここがそうなってないことが根拠だとすると、まあ納得できる、かな」
ソナタは黒龍伝説などにも詳しいようだ。伝承好きを自称するだけのことはある。
グラン・ミラオスはろくに歴史も残されていない遥かな過去に出現し、人々と戦って討伐された。それを前提として、エルタの理屈は成り立つ。
「……もし、今ここにいるグラン・ミラオスが過去の記録と同じ個体だったとしたら」
「そんなことは……」
咄嗟に言いかけて濁らせたアストレアの言葉を、ソナタが引き継いだ。
「……ありえなくは、ない? 倒したっていう記録は確かにあるけど、証拠の素材とかはないってギルドマスターが……」
「古代の人々に致命傷を負わされたグラン・ミラオスが深海に沈んで休眠した可能性は少なからずあると思っている。その後から今日に至るまで姿を現さなかったなら、討伐とみなされても不思議じゃない」
古龍は竜種とは一線を画する生命力を持ち、また寿命は果てしなく長大だ。故に、エルタの突拍子もない仮説も一概に否定できない。
この場にいるほとんどの者は、この龍が何をしたいのかも分からないままに迎撃作戦に臨んでいる。このグラン・ミラオスが過去の記録と同一個体か別個体かなど別に気にも留めないだろう。
しかし、それを学者の領分だと割り切ることなく考えることで、見えてくるものもある。
「あの龍は、一度人に負けたんだ。だからこそ、今度こそはと人に挑む。グラン・ミラオスが人と戦う理由はそれなのではないかと僕は考えている」
「……だからこそ、あの大きさなのにわたしたちを無視しなかったのかな。まだエル君の話は飲み込めきれてないけど、そういうことなら……」
ソナタの後に続く言葉は言わずとも分かった。間違いなく、あの龍は手強い。
人と戦う術を識っている。
砲撃に敏感に反応して律義に撃ち返すのは、それ単体の与える損傷が小さくても積み重なることで無視できない傷になることを知っているから。
ハンターたちを無視してもよかっただろうにあえて応戦したのは、人ひとりは無力でも群れれば脅威になることを知っているから。
人と一度やりあったモンスターは戦い方を知って強くなる。そんなハンターたちの常識を、この規模で遂げられているというのは、途方もない話だった。
「巨龍砲……大丈夫かな?」
「……今までの戦いを見るに、あの龍は攻撃を受けてからそれに反撃している。当たり前の話だが……初撃は当てられるはずだ。ただ、二撃目はどうなるか分からない」
何にせよ、巨龍砲を当ててその反応を見ないことには始まらない。
巨龍砲は言わば超強力な龍属性攻撃であり、そしてエルタは実際にグラン・ミラオスと戦ってあの龍に龍属性が有効であることを知っている。間違いなく戦況は変化するだろうとエルタは予想していた。
そして、もし巨龍砲が有効であったならば、何としても二撃目を当てたい。エルタたちの次の役目はそこになるだろう。かの龍が巨龍砲を破壊しようとするなら砲兵たちと共にそれを阻止し、この場から逃げ出そうとするなら船に乗って立ち塞がる。何としても再装填までの時間を稼がなくてはならない。
エルタが考えを巡らせていたところで、アストレアがぽつりと呟いた。
「エルのはなしが本当なら、あのりゅうにどうやってかったのか、むかしの人にきいてみたい」
「本当にね。海底遺跡の撃龍槍とか水中用バリスタとか、古代の人たちって技術力すごかったみたいだし、兵器の力で勝ったのかも」
ソナタの返答にエルタも頷き返す。
世界各地の遺跡からその存在を明らかにしている古代文明。その技術力は今の文明を軽く凌駕している。それがどうして滅んだのかは、未だに世界の学者たちの悩みの種だ。
「あとは、古代の龍属性武器を駆使したんだろう。だからこそ、同じ属性の巨龍砲に期待できる────」
エルタはそこで言葉を切って、深刻な顔で口を手で覆った。地響きでぎしぎしと揺れる避難壕の中で、急に沈黙が訪れる。
アストレアがやや心配そうに声を掛けようとしたところで、エルタは弾かれたように顔を上げ、避難壕から飛び出した。
「エル!」
「エル君!? まだ手当てが終わってない……!」
尋常な様子ではない。アストレアとソナタもエルタの後を追う。
海の様子が見えるところまで一息に走ったエルタは、グラン・ミラオスが巨龍砲を守護する木造障壁の正面に立っているのを見て、ぎりっと歯を噛んだ。
なぜ、なぜそこまで知っていながら、それに思い至らなかったのか。
グラン・ミラオスには龍属性が有効だ。古代の人々もそれはすぐに分かったはず。今とは違い、古代文明は龍属性の鉱石を作り出せたのだという。その龍属性の兵器で以て、正攻法で勝負を挑んだのだろう。
つまり、グラン・ミラオスは古代兵器と強力な龍属性武器によって瀕死にまで追い込まれたのだと仮定する。そしてエルタの仮説によれば、今ここで、この龍だけは、古代と現代が連続している存在だ。
グラン・ミラオスは迎撃拠点となったこの湾の奥地を目指していた。紆余曲折はあれど、今も歩みを進めている。そして、その先には巨龍砲が待ち受けている。
誘いに乗った、と人々は考えていることだろう。視点を変える。
その目的は、何か。
ようやくだ。シェーレイは防護壁の向こう側にいるグラン・ミラオスを見やった。
改めて、その大きさを思い知る。今ここからでもグラン・ミラオスのいる海から百メートル以上は離れているが、実はもっと近い距離にいるのではないかと錯覚するほどの大きさだ。
威圧感も凄まじい。巨龍砲のスイッチを押す役目の部下が恐怖に駆られて早まらないかと若干の心配を覚えたが、シェーレイの合図をしっかり待っているようだ。
腐卵臭が漂う。これはグラン・ミラオスの吐き出す溶岩によるものか。さらに火薬の焦げた匂いも漂っている。これはかの龍に向かって放たれた百発近いバリスタの弾の火薬と、それがかの龍のブレスによって爆発したものだ。
グラン・ミラオスの上半身前面を散発的に、しかし大量に放たれたバリスタの弾はかの龍に少なくない損傷を及ぼしている。所々の鱗が削り取れて、真っ赤な血が流れ出しているのが見えた。しかし、それにグラン・ミラオスが動じる気配はない。
バリスタ部隊の人的被害は小さい。バリスタ同士の距離を放していたことが功を奏したか、反撃のブレスでその多くは木っ端微塵にされたが、誘爆はしていなかった。
砲撃部隊も反撃のときを待ち構えている。湾内の砲撃場はふたつが壊滅したが、残る二つは健在だ。密かに湾内へと入ってきた撃龍船も、グラン・ミラオスの後方に位置取ることに成功している。かの龍の包囲網は整った。
グラン・ミラオスの脚部は海中にあるため見えないが、断続的に揺れる地面と地響きがこの龍が一歩を踏み出したことを教えてくれる。その一歩でどの程度進むのかの概算はできている。
巨龍砲の起動スイッチが押されてから発射されるまでの十秒という時間差を考慮して、発射の合図を下すための残り歩数を弾き出す。
────あと三歩。
どん、と地響きが伝わる。そのときになればシェーレイは右手に持った旗を掲げ、それを振り下ろす手筈だ。
手の震えに抗うように、旗の柄を強く握りしめた。
────あと二歩。
迎撃拠点のほぼ全ての人々の注目が集まっているのを肌で感じ取る。
この一撃が決め手になるとは言い切れない。しかし、これを外せばここでの敗北がほぼ決定的になることは明らかだ。その不安と期待を一身に背負う。
────あと、一歩。
シェーレイは、旗を持った右手をゆっくりと上げた。
「もうあんなところまでいってる!」
「巨龍砲は……!」
急に避難壕から飛び出したエルタに追いついたソナタもアストレアは、エルタと同じ方向を見やった。
湯気によって霞んで見えるかの龍と木の防護壁。エルタは立ち尽くしてその光景を見守ることしかできなかった。猶予などもうない。今がそのときだ。
今、巨龍砲が放たれる。
シェーレイが旗を振り下ろした。
間髪置かず、砲兵が巨龍砲の起動スイッチを押した。
蒸気を吹きながら発射機構が動き出す。安全装置が外れ、高密度滅龍炭が点火。瞬く間に黒い稲妻が砲身を包み込む。その光景は遠方にいたエルタたちからも観測できた。
発射までの秒読みに入る。人々は固唾を飲んでその光景を見守る。
グラン・ミラオスはその場から動かない。これは、当たる。
膨大な量の龍属性エネルギーを纏った砲弾が、砲塔から飛び出そうと────
ぼごっ、と。
かの龍が放った炎が。
これまでで最大の大きさの燃え盛る溶岩の塊が、巨龍砲の内部へと吸い込まれていった。
直後に起こった大爆発は、周囲一帯を吹き飛ばし、焼き尽くした。
数百もの人命がその肉体ごと一瞬で奪い去られた。あとには、何も残らなかった。
どろどろに溶けて、真っ赤に赤熱化した大地を目の前に、黒龍は立っていた。
やがて、「ああ、思い出した」とでもいう風に。黒龍は身を屈めて力を溜める。
ゆっくりと、着実に。途方もない力が蓄えられていく。それは地殻変動の前触れを彷彿とさせた。そして、それを止められるものなど、誰もいなかった。
数十秒後に一気に解き放たれた黒龍の翼の砲塔から、これまでとは比較にならない膨大な量の火山弾が目に見えないほどの速度で放たれる。
あろうことか天まで至ったその火山弾は、しかしやがて、重力に従って落下を始める。
空を覆う熱い雲を突き破って、無数の燃え盛る火の玉が迎撃拠点に降り注ぐ。
砲撃場が燃えてゆく。逃げ惑う人々を火山弾が圧し潰していく。
撃龍船が燃えてゆく。海に飛び込んだ人々を煮え滾った海水が茹でる。
世界が、物理的に塗り替えられていく。
全身に張り巡らされた光の筋を黄金に輝かせ、かの龍は歩き始めた。
火山弾の噴出と共に流れ出した溶岩がその身体を伝っていく。穿たれたはずの胸の光核も、爆発の余波を受けて黒く焼けて拉げた甲殻も、血を流していたはずの体表も。その溶岩が塗り替えて。そこに在るのは、
グラン・ミラオス。それは遥かな過去、天地創造の光景を、煉獄を具現化させる古龍。
人よ。創世の理に従えと。
燃え盛る火の海の中心で、黒龍は新たな一歩を踏み出した。