土が焼ける匂いと、血の味くらいしか感じ取れない。
巨龍砲が構えられていた土手をさらに進んだ先、崩れ去った迎撃拠点の湾の裏手で、一人のハンターが岩壁にもたれかかって座っていた。
傍に置かれた重弩は、傷と煤だらけになりながらも、まだ弾丸を撃つ機構は生きている。
けれど、身体の方がもう動かない。彼は自らの意志に全く応えず沈黙する両脚と、地面に倒れ伏した彼の仲間を見た。
「ちっくしょぉ……」
熱い。苦しい。悔しい。歯を食いしばれば涙が滲む。
迎撃拠点の陥落を悟った人々が次々と逃げていく中で、三人パーティの彼らは独断でグラン・ミラオスに追いすがった。
自分たちでかの龍を止められるとは思ってもいなかった。二十人近くの凄腕ハンターたちが水中戦に臨んで数時間と持たず蹴散らされたのだ。
あくまでも時間稼ぎ。ここから人々が逃げていくまでの間、かの龍の注意を少しでも引き付けて、あとは生存重視で立ち回ろう。炎の雨が降る中で、そう打ち合わせていた。
その結果がこれだ。陸上でも、まるで歯が立たなかった。
両翼の火口からとめどなく零れ落ちる溶岩と、凄まじい放射熱。攻めあぐねていた仲間の一人は、突如として頭上から迫り来た前脚の叩きつけへの反応が遅れ、灼熱の爪に引き裂かれ、潰された。恐らく即死だった。
仲間の死を見て動揺したのだろう。罠師だったもう一人の仲間は咄嗟に助けに入ろうとし、空から降ってきた火山弾に自ら飛び込んでしまった。こちらはまだ息があるだろうが、しばらくは動けない。
瞬く間に孤立無援状態となった重弩使いの彼は、それでも少しの間かの龍とやり合った。
そして極度の緊張の中で、普段はありえない弾切れのミスを犯し、その隙にかの龍のブレスを至近距離から受けた。腰から下が動かないのは、そのときの衝撃で脊髄を砕いてしまったからだろう。ハンター人生に関わる大怪我だった。
「ちっくしょぉ……!」
同じ言葉を繰り返す。グラン・ミラオスは既に島を縦断し、再び海中に没しようとしている。
遠くの海を見れば、湯気で霞みつつも小さな船影のようなものが見える。人々は無事に脱出できたのだろうか、その手助けはできただろうか。もしかせずとも、彼らがここで殿の役を務めていたことにすら気付いていないかもしれない。
三人はタンジアでずっと活動してきたハンターだった。失敗や怪我を交えながらも、運よく誰も死ぬことなく狩猟依頼をこなし続け、大型モンスターの連続狩猟もやってのけた。
タンジアハンターズギルドの中でも数少ないランク4に揃って昇格したときには、彼らのためだけに集会場が貸し切られ、大いに祝われた。あの日、酔っぱらいながらこれからもタンジアでやっていこうと三人で笑い合った。
そんな日々は、もう戻ってこない。
それは覚悟していたことだった。ハンターという職に身を置く限り、死別がいつ来るかもわからないことは、集会場で死亡者の報告を見聞きするたびに意識していた。
けれど、そんな彼らをいつも支えてきたタンジアが。武器を錆びさせる潮風に難儀し、商人たちはハンターにも容赦せず、けれど確かに彼らの帰る場所だったタンジアがなくなるのは、あまりにも耐えがたい。
もしあの港町がなくなれば、自分たちはいったいどこに骨を埋めてもらえばいいのだ。
もうどうすることもできない。ただかの龍が歩いていくのを見送ることしかできない。空から降ってくる火山弾に当たってしまえばそこで終わりだ。
それがあまりにも不甲斐なくて、彼は歯を食いしばりながら、悔し涙を流しながら、声を絞り出した。
「ごめん、ごめんな……。加工屋のおっちゃん、キャシーちゃん、ギルドマスター……タンジア出身の俺たちが頑張らねえといけなかったのに……!」
せめて、逃げてくれ。
あの災厄がタンジアに来る前に。港が火の海になる前に。
ふと、かの龍との水中戦で大立ち回りをやってのけた三人のハンターを思い出した。
モガの村の英雄ソナタ、その傍らに立つ白い少女。そして、かの龍の胸を穿った異国の武器使い。
ああ、こんな時でも憧憬が芽生えるのは狩人の性か。あるいはひょっとすれば、彼らに希望などというものを見出しているのか。
明らかに
全てにおいて自己責任なハンターらしくない、他力本願な思考だ。けれど、このときばかりは。
「…………タンジアを、頼む」
その一言だけを残して、彼は目を閉じた。
迎撃拠点を過ぎた先は珊瑚礁の海が広がり、海から顔を出した三つの島には黒龍祓いの灯台が設置されている。
万が一の時のために要塞化が施されていたこれらの大灯台では、ランクの低い雇われのハンターと少数の海上調査隊員が派遣されていた。
「さっさと俺たちを逃がせ!! こんな場所、一秒だっていたくない!」
「それなら勝手に小舟で逃げ出せばいいじゃない! この火の海の中を生きて逃げられる自信があるのならね!」
「あ、あいつらは! 迎撃拠点の連中は何をやってるんだ!? 俺たちを残して逃げ出したのか……!?」
そこは今、パニックに陥っていた。
海と空が不気味に赤く染まり、迎撃拠点の方から突然大音量が響いてきたのが数時間前のこと。怖気づく彼らに一足早く訪れたのは、降り注ぐ火山弾の洗礼だった。
大灯台の中は比較的安全と言えたが、それもいつ崩れるか分からない。大灯台は人工物で、岩ほど頑強ではないからだ。事実、頂上部や壁は大きな損傷を受けている。
迎撃拠点からの連絡があれ以降途絶えているというのも彼らの不安を加速させた。彼らは言わば補欠の役であり、実戦経験の少ない者がほとんどだった。
彼らのいる大灯台の横穴の出口から見えるのは、海から顔と両翼だけを覗かせて歩いていく火山の龍の姿だ。
今、大砲を放てば頭部に直撃させられる可能性は高い。しかし、別の灯台の部隊はそうやって勇んで攻撃して反撃のブレスで焼き尽くされた。
彼らは何もできないでいた。かの龍が放つ威圧感、周辺環境の劣悪化は、戦い慣れしていない人々にとっては耐え難いものだった。
「張っておいた水雷は……?」
「だめ。あの火の雨でほとんど起爆してる……」
ときおり、海中から小規模の爆発がかの龍を叩く。タンジアの漁師たちの反対を押し切って設置した水中用大樽爆弾、簡易的な水雷原だ。
しかし、その多くが空から降り注ぐ火山弾によって誘爆させられてしまった。これでは望んだダメージは期待しにくい。それでも十回以上は当たっているというのに、かの龍が歩みを止める様子はなかった。
緊張と恐怖から来る緊張感が彼らの口数を減らしていく。
タンジアを守る立場であるという責任感と、失われるかもしれない自らの命。それらを天秤にかけなければならないという事実に向き合いきれない。
憔悴がピークに達しようかというころ。
彼らは、水雷原を突破したグラン・ミラオスに向かって、真っすぐに突っ込む大型船を見た。
「な、何をする気だ……?」
動揺する人々を差し置いて、その船はかなりの速度でかの龍へと突っ込んでいく。帆は畳まれている。今どき珍しい、海のモンスターを呼び寄せてしまうと嫌われている蒸気機関の船か。
当然、かの龍もそれを黙って見ているわけではなかった。巨大な口から紅蓮の溶岩が滴るブレスを撃ち出す。
その船はブレスを避けることすらせず、真正面からそれを受けた。角のように突き出した舳先がめきりと折れて、飛び散った溶岩が船首に火をつける。
二撃目、三撃目。それらも甘んじて受けて、もはや船首は拉げて船の形ではなくなってしまった。炎上する寸前で、竜骨も底板も砕け、半ば沈んでゆきながらも、その船は止まらない。愚直にグラン・ミラオスに迫る。
このときになって、ようやくかの龍はその船の意図するところを察したようで、方向転換しようと身を捻った。
しかし、遅い。既にグラン・ミラオスの目前まで迫っていた船は、速度を緩めることなくそのまま突っ込んだ。
衝突したのは、右の翼だ。ぐしゃりと船が潰れる。
それと同時に、船体中央部から紅の炎が花開いたかと思えば、瞬く間に船全てを包み込む連鎖爆発を引き起こした。
数秒遅れて、大砲の音を何重にも重ね掛けしたような轟音が見ていた人々の耳と胸を打つ。巨大な波紋がその船を中心に広がっていく。
大型船の積み荷にありったけの大樽爆弾を詰め込んだ、自爆攻撃だった。
オォ────。
グラン・ミラオスが吼えた。
「き、効いた!?」
「龍が怯んだぞ……!」
大灯台の内部の人々はそれを聞いて驚く。迎撃拠点にいなかった彼らは、そもそもあの龍が怯むということすら想像できていなかったのだ。それだけ彼らにグラン・ミラオスは絶対的存在として見えていた。
煙が晴れた先には、木っ端微塵になって火のついた木片が赤い海に浮かぶのみとなった船と、右翼をより赤く染めたかの龍の姿があった。
翼を失わせるまでは至らなかったようだが、大きく傷ついている。生々しい赤色は外殻の内側の血潮が流れ出ていることを示し、何より、翼から零れ落ちる溶岩の量が減った。うまくそれを生成できなくなったのか。
つまり、あの船は単体で右翼の部位破壊を成し遂げたのだ。
残骸となった船を、人々は息を飲む想いで見守っていた。
突っ込むだけだったとしても、そこには必ず一人以上の人が乗って舵を取っていたはずだ。あれだけの爆弾を乗せて自爆すれば、彼らが生きているはずもない。
恐らく、タンジア出身の人々だ。生半可な攻撃は通用しないことを察し、船ごと突っ込むことで、自らの命と引き換えにグラン・ミラオスの権能をひとつ奪った。
「特攻……」
誰かが呟いたその言葉は、遠国より伝わる、捨て身の攻撃を示すものだった。
「……待って、あの龍、沈んでいくわ!」
「海の中に潜るのか!?」
刻々と戦況は変化していく。壮絶な自爆を受けても、かの龍は止まらない。
グラン・ミラオスは二足歩行から四足歩行へと移行する。両翼と首筋の火口が海中へと沈んでいく。
数十秒後にはかの龍がそこにいることを示す渦潮も解かれて、その行方は分からなくなった。火の粉と赤空、赤い海のなかに彼らは取り残される。
「……今なら、逃げられるよな」
「……はぁ、この期に及んで、好きにすればいいじゃない。あたしはタンジアに戻る。今のことを調査隊の人たちに伝えなきゃ。今ので撃退したとは思えない……」
火山弾が降っていないというだけで、そこはかなり平穏になったように思えた。異常な環境は何一つ変わってはいないものの、憔悴した彼らの感性には僅かな救いだった。
逃げるもの、タンジアに戻ろうとするもの、留まるもの。生き残った人々は各々で判断を下し、灯台群での戦いは終息する。
熱気と湯気熱気と湯気を放つ赤い海は、その後も元通りになることはなかった。
丸一日が過ぎた。
火山弾の被弾を避けるために大回りしてタンジア帰ってきた撃龍船は、既に赤く染まった海と大騒ぎになった街に出迎えられた。
不幸中の幸いと言うべきか、グラン・ミラオスはまだ出現していないようだった。確かな情報を得るために、船から降りたエルタとソナタは集会場へと急いだ。アストレアは撃龍船内で待機させている。
集会場もまた、人々が入り乱れて忙殺されている状況だった。普段は表に出てこないギルドの職員たちもなりふり構わず飛び交う情報への対応に追われている。
律義に待っていては埒が明かないのは明白だ。エルタたちは人々をかき分けてカウンターに辿り着いた。
「キャシーちゃん!」
「──ソナタさん! エルタさん! う、うぇぇぇん……!」
カウンターに詰め寄る人々を必死に捌いていたキャシーにソナタが声をかけると、彼女は途端に涙を溢れさせ、カウンダー越しにソナタを抱きしめた。
「よかった、よかったぁ……! 絶対生きてるって信じてたんですけど……もしかしたらみんな死んじゃったんじゃないかって……!」
「ごめんね。不安にさせちゃって」
肩を震わせるキャシーの肩をソナタがぽんぽんと叩く。もう一人の受付嬢のローラや銅鑼担当のエリナもほっとした顔を見せていた。
しかし、状況は一刻を争う。キャシーもそれは分かっているのか、すぐに涙を拭いてソナタから離れ、表情を整えた。
「灯台群から帰ってきた方々や、高台の観測所にいた方々から話は聞いています。……迎撃拠点は陥落しちゃったんですね」
「うん。これから生き残った人たちが戻ってくるけど……半分くらい、死んだよ」
誤魔化さず、しっかりと言い切る。キャシーもまた唇をぎゅっと結んだ。
「グラン・ミラオスはそんなに強いんですね……ギルドから必要な支援はありますか?」
「クーラードリンクを優先的に用意してほしいかな。あれがないと話にならない」
「……タンジアの現状は」
普段は無口なエルタも口を挟んでいく。
迎撃拠点の陥落は早い段階で分かっていたはず。そこから一日が過ぎているというのに、ここにいる人々の数を見る限り避難は順調に進んでいないようだった。
「それはワシから説明しようかのぅ」
そう言ってカウンターの背後の建物から出てきたのは、タンジアのギルドマスターだ。このときばかりはジョッキを手に持っていない。
「ざっくり言ってしまえばな、海からの避難ができんで皆困惑しとるんじゃ。陸路は山間の狭い道が一本のみ。そこは人で溢れておる」
ギルドマスターの説明は、エルタを納得させ得るものだった。
海の赤熱化は既にかなり進んでいる。それは間違いなくグラン・ミラオスがここに近づいている証拠であり、街の人々の恐怖を駆り立てる。
そんな中で、船で脱出しようと考える人はいないだろう。タンジアは迎撃拠点よりも大きな湾になっていて、そこさえ抜ければ船の方が比較的安全に逃げることができるはずだ。しかし、水平線の向こうまで海も空も赤くなっているとなれば、陸路を選ぼうとするのも道理だった。
人々の対応は再びキャシーに任せ、エルタとソナタはギルドマスターに迎撃拠点で起こったことを話した。
「なんと、巨龍砲を撃ち返されるとは……。総司令どのはどうなったかのぅ」
「……この目で見たわけではないですが、恐らくは」
「ふむぅ……独自に準備を進めておいて正解じゃったな。とすれば海上調査隊の連中の采配はどうしたものか」
「──それに関しては、某が取り持ちましょう」
エルタが振り向けば、そこには鈍色の銃槍を担いだ黒鎧の大男が立っていた。相応の気配と物音があったはずだが、この喧騒に紛れて気が付かなかったようだ。
ソナタと同じ単身古龍撃退者のガルム。エルタとは別の船に乗ってきて、やや時間をおいて到着したようだ。
「ガルムさん!」
「……先に謝罪を。シェーレイ殿を護りきることができなかった。某のみが生き残るという体たらくだ」
ガルムはそう言ってやや顔を落とした。あの大爆発をもろに受けて生きて帰ってきているという時点でその屈強さを物語っているが、自責の念が強いらしい。
ただ、彼はすぐに顔を上げて言った。
「某はただの狩人で軍学も知らぬ。だが、シュレイド地方の古龍迎撃戦で人々をまとめ上げた心得はある。どうだろうか。ギルドマスター」
ガルムの提案にギルドマスターは唸って考え込んだ。
ガルムは彼自身が優れたハンターだ。そんな彼に海上調査隊の総司令の代理という重役を兼任させるというのは、立場的な枷をかけることに等しい。前線に立つことは難しくなるだろう。
しかし先ほどの話によれば、シェーレイを含め海上調査隊の重役のほとんどが死亡している。今の調査隊は、誰から指示を仰げばいいのか分からない組織に成り下がっている。このまま放置すれば、その不安から街に損害を出す恐れすらあった。
「……仕方がない。ガルムどのに頼むぞぃ。ワシが臨時で担うよりも、上手くまとめ上げられるじゃろうて」
「承った」
ギルドマスターの言葉にガルムが頷きを返したところで、ギルドの服を着た男性がばたばたと駆けてきた。
「ぎ、ギルドマスター! グラン・ミラオスが姿を現しました!」
ソナタとエルタが弾かれたように振り向く。
早い。早すぎる。あのまま二足歩行を続けていれば、あと一日程度は猶予があるだろうと船長は言っていた。とすれば、途中から四足歩行で移動していたのか。
「かの龍はタンジア湾の5キロ沖合に出現、
望遠鏡での観測か。ここから見える距離でもない。まだ切迫した状況ではないと考えたのか、いくらか顔を和らげた人々がいた。
けれど、それは全くの見当違いだ。かの龍の
「ギルドマスター。キャシーちゃんたちにも伝えてください。──とにかく、地下か岩陰へ逃げるようにと」
否定の言葉は聞かない。あれの恐怖を正しく伝えられるわけがなく、そしてその恐怖を、空を見上げて知る頃にはすべてが遅いのだ。
ガルムは急ぎ足で集会場から出ていった。海上調査隊のパニックを防ぐためだろう。彼らの拠点にはタンジア最大の黒龍祓いの灯台がある。彼らをそこに集めさせられれば、ひとまず持ちこたえられるはずだ。
「私はアスティを呼んでくる。たぶん気付いているはずだから。エル君は?」
「……ここに残ろう。ギルドマスターたちを死なせるわけにはいかない」
「分かった。しばらく別行動になるけど……どっちも大切なことだしね、気を付けて」
そう言うとソナタは駆けて行った。ラギアシリーズを着て大剣を担いだハンターの疾走だ。人々は道を開けていく。
エルタは空を見上げた。いつの間にか、空は赤く厚い雲に覆われている。あのときの空と同じだ。
先ほどのギルド職員の報告を聞いていたのか、集会場に不満をぶつけに来た人々は、こぞって逃げ出そうとしたり迎撃拠点の人々へ恨み言を呟いたりしている。
ドンドルマと違って、災害慣れしていない。
過去のグラン・ミラオス出現から、永い時間が経ちすぎたのだ。
ひとつめの火山弾が炎を滾らせて降ってきた。
それが落ちてきた場所は、よりにもよってタンジアの外へ脱出するための唯一の陸路の真中だった。
「くそっ……進みが遅すぎる。いよいよ空も海もおかしくなってるってのに!」
「仕方ないだろ。逃げるって言ったって、いったいどこまで行けばいいのか……。……待て。周りが騒がしいぞ」
「ひ、ひょっとしてモンスターか? 皆空を見上げて────」
ごしゃっと鈍く無惨な音が響き渡る。
周辺の竜車はたちどころに燃え上がり、長蛇の列を作っていた人々は恐慌状態に陥った。
ただでさえ怯えきっていて御すのに苦労していた竜車引きのアプトノスたちは、気が狂ったかのように人々を撥ね飛ばし、引き倒して走り回る。その道は冷えて固まった溶岩の黒と、血の赤色に染まっていった。
タンジアからのたった一つの陸路は、いともあっさりと閉ざされた。
次いで商店通り、街、周辺の山々にも火山弾が降り注ぎ始める。避難せずに残っていた人々の悲鳴と怒号が入り混じる中で、雲を突き破って、炎の雨が降ってくる。
街が燃えていく。石造りの家屋をいとも簡単に砕き割って、残骸、そして火種へと変えていく。
森が燃えていく。既に至る場所から煙が出始めていた。あれらから火の手が上がれば大規模な森林火災になることは疑いようもなかった。
「逃げろ、逃げろぉーっ!!」
「建物の中はダメだ! 燃やされるぞっ! 岩山の方に逃げるんだ!」
「迎撃拠点のやつらは何やってたんだよぉ……! いやだ、死にたっ──ごはっ」
「誰か、誰か助けて! まだ息子が家にいるの! あ、ああぁぁぁ……っ」
「……どうして空から、あんなものが降ってくるの……悪い夢なら、醒めて……っ!」
タンジアが灼けていく。
紅く塗り替えられていく大地の、その沖合にて。
丸一日を経て現れたグラン・ミラオスは、かの船の自爆攻撃で受けた傷などなかったかのように、溶岩に満ちた両翼を広げる。
その眼は、真っすぐにタンジアの港を視ていた。
ヒント:グラン・ミラオスの翼の部位破壊条件
文中の挿絵はただの地図なので見たい方はどうぞ。物語の進行が少しだけ分かりやすくなるかもしれません。