グラン・ミラオス迎撃戦記   作:Senritsu

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>> 原初の星、見通す海(2)

 

 時間は少しだけ遡る。

 かの龍のチャージブレスの兆候が見えた直後、エルタは瓦礫が散乱していたり窪んだりしている周囲の地面を素早く見渡して、人が一人入り込めそうな隙間に滑り込んだ。

 さらに傍にあった瓦礫を、穿龍棍の杭を差し込んで跳ね上げ、疑似的な盾とする。片腕はそれの保持に当てて、もう片腕は地面に直接穿つことでアンカー代わりに。

 そして、衝撃に備えた。

 

 ここまで二秒。僅かな時を置いて、グラン・ミラオスのチャージブレスが炸裂した。

 大地が捲れあがる。眩い閃光が先に届き、衝撃波と爆風が重なって襲い掛かる。

 エルタが身を隠していた地形は一瞬で平坦にされた。それは土も容赦なく抉り飛ばす。

 盾としていた瓦礫も瞬く間に割れて吹き飛ばされた。エルタの身体に無数の瓦礫の破片がぶち当たる。

 アンカーとしていた杭は抜き取られた。地面ごと持ち去られたというべきか。エルタはすさまじい速度で吹き飛んで、広場の端の方に転がった。

 

 吹き飛ばされた中では、最も近い瓦礫の山の中に。四肢の欠損のない状態で。

 一分近く気絶していたエルタが目を覚ましたのは、大砲の音が耳に届いたからだ。視界がはっきりしたときには、グラン・ミラオスが大きな地響きを立てて地面に倒れ込んでいた。

 

 立ち上がろうとする。がく、と膝が抜ける。手で支えようとすれば、肘すらも立たない。どさりと地面に倒れ込んだ。

 片方の耳が強い痛みときーんという耳鳴りばかりを伝えて音を拾わない。滴る血を見て、鼓膜が破れたことに気付いた。

 強い衝撃を受けすぎて、自らの意志と身体が分離してしまったかのように、うまく応答していない。

 

「…………う……ご、け……」

 

 震える唇で、言葉を紡ぎ出す。声すらもうまく出ない中で、エルタは自身の制御を取り戻そうとする。

 ここで横たわっていてはいけないのだ。

 

「う、ご……け……!」

 

 歯の食いしばり、だん、と穿龍棍を杖にして身を起こす。

 ともすれば重病人のようなよろよろとした体勢で、膝立ちとなり、片足を持ち上げ。膝を震わせながら立ち上がり、浅く震える呼吸を整えた。

 大怪我を負ったわけではない。強すぎる衝撃に身体が驚いているだけ。たとえ全身の骨に罅が入っていようとも、まだやれる。歩ける。走れる。武器を振るえる。

 

 この状況を待っていたのは、他の誰でもない。エルタ自身なのだから。

 

 最初は歩くような速度で、徐々に衝撃の余韻から自らを引き剥がし、地面を掴んでいく。手に握る穿龍棍の感触を確かめる。

 グラン・ミラオスは倒れ込んだままだ。それでいい。そのままでいろ。エルタが目論見を果たすまでは。

 

 大砲を放ち、かの龍を怯ませた撃龍船のことは全く考えていなかった。目の前でグラン・ミラオスが倒れている。その事実だけに集中していた。

 走り続けたエルタが辿り着いたのは、グラン・ミラオスの頭でも、胸元の光核でもなく。折りたたまれた右翼の付け根。未だ天に向かって火山弾を放ち続けられる火口のひとつ、その根元。

 

 辿り着いた先で一呼吸おいて、強く穿龍棍を握り締めたエルタは、全身に気迫を漲らせ、右翼の付け根の一際太い光の筋に向けて、一撃を叩き込んだ。

 

 

 

 自分がかの龍の攻撃を掻い潜りながら打撃を与えていく程度では、埒が明かないだろうことは分かりきっていた。

 ならば、どうするか。ハンターには出せない火力を一度に叩き込める兵器を使う他ない。

 

 迎撃拠点ではその戦法を試し、即座に反撃を受けて瓦解してしまった。であれば、反撃されないようなタイミングを何とか探すしかない。

 そして、人々はそれを見出している。かの龍が巨龍砲の発射を阻止したように。かの龍が大噴火を起こす前の、明らかな隙を知っている。

 

 ならば、それを待つ。信じるも何も、時間稼ぎでもなんでもない。

 その機会が来るまでできる限り死なないようにする。それをできる者が表れるまで、生き残り続ける。

 死ぬまでそれを続ける。死んだらそこで終わり。ただそれだけのことだ。それだけの狂気だ。

 

 

 

 打撃の数は、もう十を数えたか。

 一撃を重ねて連撃と成す。もっと多く、さらに強く。

 直前まで膨大なエネルギーを右翼に供給していたらしいかの龍の右翼の付け根は、熱で軟化して杭を通すようになっている。

 殴りつけるたびに熱い血潮が噴き出すが、まだ足りない。まだ奥へと進み続ける。

 

 

 

 エルタは自分と同じ武器を使う狩人をほとんど見たことがない。

 それも道理だ。メゼポルタという街で開発され、独自発展を遂げている穿龍棍は、「狩猟」というよりかは「モンスターとの戦い」に特化した設計となっている。

 草木をかき分けたり、罠を設置したりといった一般的な狩りではむしろ使い勝手が悪く、扱える職人も少ないことから普及が進まないのだ。

 

 しかし、本来は悪手とされる、モンスターとの正面切っての戦い、一般的な狩りが通用しないこの状況ならば、穿龍棍は本領を発揮できる。

 そう。まさに今、このときだ。その武器の名にある通りだ。この武器を設計した者の願いがそこに在る。

 

 『龍を穿つ』(龍と戦える)武器であれ。

 

 

 

 削り取る。打ち破る。そして穿つ。

 ひたすらに、右翼の付け根を掘削し続ける。まるで穿龍棍で穴を掘っているかのようだ。

 グラン・ミラオスが呻き声を上げる。エルタの掘削の意図に気付いたか。身を起こそうとするが、身じろぎ程度にとどまっている。

 時間がない。もっと強く、速く。両足を地面に踏みしめたエルタは、反動で後退するたびに前へ、掘削が進むたびに前へ。少しずつ進み続けた。

 

 

 

 結局、巨大龍との戦いでは兵器の力がものをいうという論調は、間違ってはいない。

 ただ、人にだってできることはある。ハンターでなければできないことがある。

 

 それが、今エルタの行っている特定部位への集中攻撃だ。これは大砲やバリスタなどの兵器では難しい。精度をある程度犠牲にする代わりに大きな火力を得ていると言える。

 大まかな攻撃は兵器の方に任せればいい。それで生命力を削っていける。ならばハンターは、ハンターにしかできないことを。

 

 あまり他人に主張はしないエルタだが、ひとつだけ、人々に伝えたいことがあった。

 

 グラン・ミラオスは決して無敵ではない。かの龍はまだ、生物の範疇にある。

 傷や破壊したはずの部位が再生するのは、機能を取り戻しているだけだ。それが可能であるというだけで、再びそこに血を巡らせるために、確かに生命力を費やしているのだ。

 つまり、かの龍が眠るなどの体力回復行動を取らない限り、人々がそれを見過ごさない限り。迎撃拠点で与えた傷も、灯台で圧し潰した傷も、無駄にはなっていない。

 

 かの龍の生命力の総量は底知れず、圧倒的な不利は変わらず、ただの気休めに過ぎない事実であったとしても。エルタはそれを伝えたかった。

 絶望するなとは言わない。絶望的な状況であることに違いはない。かの龍がタンジアにここまでの被害を与えた時点で、もはや手遅れだ。

 

 だが、たとえ彼だけだったとしても。エルタは。

 

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 それを、証明する。

 

 

 

 がん、がん、がん、がんとひたすらに刻み続ける。一心不乱にその先を目指す。

 

 両手が焼けるように熱い。

 半ばグラン・ミラオスの翼の根元にめり込むようなところまで進んだエルタの両手の防具は、返り血によって煙を上げて溶け始めていた。

 鉄製のバリスタ用拘束弾さえ溶かしてしまう熱だ。いかに頑丈なベリオロス亜種の防具と言えど、延々とその血を浴び続けて耐えるのは難しいだろう。

 

 問題は、この身体の方が耐えきるかどうか。

 既に周囲から大量の放射熱を浴び続けて、顔や腕の皮膚が剥がれて溶けだして泡立っている。形容しがたい痛みだが、まだ耐えていられる。

 しかし、いかに根性論を掲げようと、筋肉が溶けだしたり、疲労が蓄積しすぎたりしてしまえば攻撃の続行はできなくなる。そうなる前に、速く、強く。

 

「おぉ……!!」

 

 龍属性が弾ける。片方の杭が削り取り、すかさず差し込まれたもう片方の杭がさらに先へと穿っていく。

 穿龍棍使いの間では、エルタのこの一連の集中攻撃を『穿極拳舞』といった。

 

 そして、その瞬間は訪れる。

 穿ち続けた先にあった、胸元の光核と変わらないほどの圧倒的な熱とまばゆい光を放つ、大きな血潮の流れ。あれが、光核と翼の火口とを結ぶ大動脈か。

 

 それを見つけ出したと同時に、倒れていたグラン・ミラオスが動き出した。

 前脚を支えとして、うつ伏せとなって四足歩行状態に。さらにそこから後ろ脚で立ち上がる。右翼は見上げるほどの高さに持ち上がってしまった。

 

 隠し切れない怒りか、かの龍の口元の炎は燃え盛っていた。

 右翼の根元を深くまで穿たれたこと。それは見えずとも把握している。それを成した者を見過ごすことはできない。

 

 周囲を見渡す────

 

 

 

 グラン・ミラオスがその身を起こす直前に。

 がしゅん、と小気味よい音を立てて、エルタの身体は宙を舞った。穿龍棍の杭の射出で空に飛びあがったエルタは、自らが翼の根元に作った穴にしがみ付く。

 

 逃さない。たとえ宙に逃げられても追いすがる。急上昇の負荷に耐え、翼と共に引き上げられて、その上に立った。

 立ち上がったことで重力を課せられ、自重によって拡げられた傷跡に、エルタは穿龍棍を重ねて構える。

 そして、人の胴を優に超す太さの灼熱の奔流、それを守る最後の障壁に向けて。トリガーを引いた。

 

 

 

 龍気穿撃。穿龍棍の瞬間最大火力。

 これまでの攻撃で蓄えられたエネルギーを一点集中して放つその一撃は、その大動脈を穿ち切った。

 

 

 

 オォ────ォォォ──……! 

 

 

 

 右翼の根元から、間欠泉のように血潮が噴き出した。

 巨龍が身を捩って悶え苦しむ。再び倒れるようなことこそしなかったが、その苦しみ様は先ほど大噴火を止められたときよりも激しいものだった。

 それと同時に、絶え間なく煙を吹いて火山弾を零していた右翼が、左翼と同様に黒く染まり、溶岩を失っていく。右翼全体の血の気がなくなっていく。

 

 グラン・ミラオスの両翼は、活動を停止した。

 

 

 

 滝のように流れ出すかの龍の血に混じって、同じく赤に染まった、全身に返り血を浴びた一人の狩人が翼の根元から落下した。

 受け身を取る様子はない。背中から落ちていく。このまま落ちればよくて大怪我、命を落としてもおかしくないのは誰の目にも明らかだった。

 

 その狩人が、地面に叩きつけられる直前────

 

 その真下で待ち構えていた二人の狩人が、その身体を抱きとめた。

 

「……ありがとう。あとは、任せて。……アスティ」

「うん。わかってる。エルは、しなせない……!」

 

 白い防具を身に纏った少女が、その狩人を背負って駆けだしていく。

 それを見送った蒼と橙の防具を着た女性の狩人と、黒の鎧を身に纏った大男は。それぞれ各々の武器、大剣と銃槍の柄を握って構えた。

 

 夜が明ける。舞台が変わる。

 原初の星は、怒りの咆哮を轟かせた。

 

 


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