自分に向かって放たれるブレスを避ける方法は、二種類ある。
ひとつは、見る前から回避行動を起こすこと。基本的にモンスターのブレスは直線的に放たれる。その軸上から自分を逃がすというものだ。
もうひとつは、見てから回避行動を起こすこと。ブレスが放たれたその瞬間に、軌道や着弾位置を読み取ってすれ違うように避けるというものだ。
前者が賢明であることは言うまでもなく、後者は判断力に難ありとされる。できるだけ被弾のリスクを減らしたいハンターにとって、紙一重とは望ましいことではない。
そんな定説の上で、アストレアというハンターが選択したのは────。
「…………ッ!」
見てからの、回避だった。
大地の割れ目の如きその口からブレスが放たれて、アストレアの元まで届くのに数秒とかからない。アストレアが十秒以上走ってもかの龍に届かないほどの距離は、かの龍にとってないにも等しいものだ。
着弾。轟音と共に地面が砕け、溶解した破片が周囲に飛び散る。横っ飛びしていたアストレアの身体を爆風が襲った。
風に煽られて、着地した先で体勢が崩れる。しかし、アイルーのような身のこなしで手足をがりがりと地面に食い込ませたアストレアは、再びグラン・ミラオスへ視線を向けた。
その直後、二発目のブレスが放たれた。
咄嗟の状況判断を迫られる。右へ跳べば先ほどのブレスの着弾の土煙に身を隠せるが、自らも息を止めなければ
右へ跳んだ。直後にブレスが着弾する。アストレアが立っていた場所は土埃と砂塵に包まれた。息を吸いたくなるのを堪え、砂塵の中で目を眇める。
間髪置かず、三発目のブレスが放たれた。
ややぼんやりと見えた炎の輪郭。それだけを頼りに、アストレアは再度右へと跳んだ。
直感は────当たった。鼓膜を打ち砕かんとする爆発音がやや遠い。左に跳んでいれば直撃していた。つまり、死んでいたということだ。
これが、かの龍相手に見る前からの回避が難しい理由。偏差射撃を用いてくることだ。ハンターが今そこにいる場所ではなく、その進行方向へ向けてブレスを放ってくる。エルタを始めとする狩人たちはこれに苦渋を舐めさせられていた。
故に、見てからの回避。
読み合いに失敗すれば即死の勝負に出るよりも、その瞬間ごとの命の危険を背負いながら回避に臨むのがアストレアの選択だった。
それを成すためには、当然ながら迫りくるブレス、すなわち死を見据えなければならない。人であれば本能的に目を瞑ってしまいそうになる。けれど、目を背けてはならない。
ずん、とグラン・ミラオスが一歩を踏み出す音がした。その間にもブレスは止まない。
後方に回避する。焼け焦げた破片が彼女の頬を打って、細かな火傷を負わせた。
彼女が請け負った役割は、グラン・ミラオスの誘導だ。攻め込むことではない。近づきすぎれば、ブレスの回避が間に合わなくなる。離れすぎれば、かの龍はアストレアへブレスを放つのをやめて別の進路を取るかもしれない。
アストレアにとっては間一髪で回避できる距離を、グラン・ミラオスにとってはあと少しで彼女を捉えられるという距離を、保ち続ける。
かの龍を、一人の少女を撃ち殺すことに執着させる。
ひとつの命に向けるにはあまりにも大きな殺意が、自らに向けられているのをアストレアは感じ取った。
膝が震える。身が竦みそうになる。幾多の飛竜とも正面から相対してきた彼女の心が、全力で警鐘を鳴らしていた。
とても、人ひとりに抱えきれるような圧力ではない。その視線だけで圧壊させられてしまいそうだ。山そのものに押しつぶされるような、或いは、深海の果てで溺れるような。
こんな殺意のもとで、エルタとソナタは戦っていたのか。
はぁぁ、と震える息を吐いた。
途方もない、本当に途方もない域だ。
彼らを見上げてしまいそうになる。途方に暮れそうになる。
けれど、違う。アストレアは彼らに並び立ち、そして一人立ちするのだと決めた。あなたなんか怖くないと、かの龍に向けて言い切って見せた。
その覚悟を貫き通す。遥か後方に立つ彼への道筋は、わたしが切り開いてみせる。
「何をやっているんだ、あの少女は……」
拠点からやや離れた位置に隠れて戦況を見守っていたディアブロス装備の男は、奇怪なものでも見たかのように呻き声をあげた。
彼の背後には別のハンターたちが待機している。彼のパーティメンバーだ。彼らはアストレアが作戦続行不能になり次第、誘導役を引き継ぐ手筈になっている。
彼は本心で、自分たちがすぐに出ていくことになるだろうと踏んでいた。
どこの誰とも知らぬ一人の少女。拠点では妙な迫力がありはしたが、その体躯でかの龍に挑んでも木っ端のように蹴散らされるだけだろうと。自分たちもそのように扱われる予感がしていたからこそ、拠点でギルドマスターから話を振られたときに即断できなかった。
そんな彼の予想が、今まさに、覆され続けている。
彼女はかの龍に攻撃を仕掛けようとはしなかった。愚直にかの龍の正面に立ち、そのブレスを避け続けることで誘導を図るという手段に出た。
ふつう、そんな方法は取らない。そもそも選択肢にないのだ。かの龍に肉薄して四足歩行にさせ、這いずりを誘発させる。そんな確証のない作戦がせいぜいだろうと思っていた。
彼はあのブレスの凶悪さを知っている。迎撃拠点から必死に生き延びたときも、ソナタとガルムが維持していた戦線の支援をしていたときも、あれは人々の脅威であり続けた。
大砲よりも遠方に届き、それができるだけの速度を持ち、兵器が一撃で灰燼に帰すほどの質量と熱量を持つ。直撃すれば大型の竜すら一撃で仕留め得るだろう。
エルタやソナタですら、このブレスが自分に向けて立て続けに放たれるのを避けて立ち回っていた。彼らですらも、そう何度も避けられるものではないと悟っていたのだ。
そんな状況を、彼女は自ら創り出している。
あの速さで、あの爆発規模で、十秒にも満たない間隔で連発されているブレスを避け続ける。
足場もかなり悪い。倒壊した家屋やテントが散乱する海沿いの通路が彼女に与えられた場だ。瓦礫の一つにでも躓けば、壁際に追い詰められでもすれば、それだけで彼女は死ぬ。
地面の様子、周囲の風景、グラン・ミラオス本体。全てに気を配らなければならない。それは一言で言えば、人間業ではなかった。
「彼女は何者だ? この地域の狩人なのか……?」
男もまた、タンジアに拠点とするハンターだ。ソナタのことは見知っていたが、アストレアのことは知らなかった。彼だけでなく、彼女を見ている人々のほとんどがそうだった。
まるで幻影でも見ているかのような感覚に陥るが、かの龍から放たれる熱波と地響きを伴う足音が、この光景が現実であることを物語っている。
気を抜いてはいけない。楽観視をしてはいけない。
まぐれが続いているだけとは流石に言うまいが、いつ彼女がその業火に飲み込まれてもおかしくはない。拠点まではまだ遠く、グラン・ミラオスの誘導は着実だが、遅い。
このような芸当がそう長く続けられるはずがない。いつ出られてもいいような心構えをしておかなければと、男はその眼を背けたくなるような光景を観測し続けていた。
そのときを待ち構えて、いつまでたっても訪れないそのときを、手に汗を握りながら見据え続けていた。
気付けば、長い時間が過ぎているような気がする。
音がはっきりと聞こえない。初めは大樽爆弾をまとめて炸裂させたかのような轟きが耳に伝っていたのに、今は小さくぼやけてしまった。まるで世界の全てが遠のいてしまったかのようだ。
視界も霞んできている。どれくらい前だったか、飛び散った炎の欠片が目に飛び込んできた。それで失明していないだけましかもしれない。片目では距離感を掴むのがとても難しくなる。つまり、死ぬ。
遠いな。とアストレアはそれだけを思った。ただただ、遠い。
自分に向かって放たれるブレスの数は、三十を数え始めたあたりからとっくに止めた。自分が今どこにいるかを把握する余裕など、とうに失われていた。
ただ、まだ辿り着けていないという認識だけがあって、その認識以外の全てを彼女はブレスの対処に向けていた。
初めからこうなることは分かっていたはずだ。あのときのソナタに意識があれば、必死に彼女を止めようとしただろう。これは、それだけ無謀な挑戦なのだ。
彼女の数メートル先でブレスが着弾、炸裂し、爆風によって紙のように吹き飛ぶ。起き上がった先で、また爆炎が彼女の姿を飲み込んだ。身体から煙と血を散らしながら、倒壊した家屋に打ち付けられる。その数秒後には、その家屋は基礎の石積みごと炎に包まれた。
あまりにも一方的な状況だった。もはや少女はまともに立てている時間の方が少ない。
石ころのように転がされ、休む間など一秒すら与えられず、その身を炎で焼かれていく。血に染まっても白を残していた彼女の装備は、もはやぼろ布のようにしか見えなくなっていた。
見る人によっては、少女が蹂躙されているようにしか見えないだろう。
活火山そのもののような巨躯を誇る二足歩行の黒き龍。見上げるほどの高さにある口から放たれるブレスは、ただ一人の少女をいたぶり続けている。
だが、また別の視点から見れる者にとっては──いや、この場においてはそういう者しかいなかった──それはあまりにも信じがたい光景だった。
グラン・ミラオスはもう果てがないほどに強大な存在だった。もし神という存在がいたとして、かの龍がそれにあたると言われても信じない者がいないほどに。
しかし、この迎撃作戦において、人がいかに未知の可能性を内包した存在であるかも示されていた。それはエルタであり、ガルムであり、ソナタだった。彼らは伝説の存在に触発されるようにして、人の限界に挑戦していた。
そして、もう疑いもない。その人の限界に挑戦するもののひとりに、今、ひとりの少女が加わろうとしている。
何の反撃も許されてはいないだろう。焼け焦げて、見るに堪えない姿だろう。無様に地面に転がされているようにしか見えないだろう。
しかし、彼女は死んでいない。倒れない。
それが何を意味するか。かの龍のブレスの威力を鑑みれば、とても簡単な問いだった。
彼女がかの龍の誘導を始めてから今に至るまで、かの龍のブレスは彼女に一発も直撃していない。
彼女は、もう百を超えたかというほどに放たれたブレスの、その全てを回避しきっている────。
自分が死にかけているということが、これだけ身近に感じたのはいつぶりだっただろう。
モガの森に漂着したあの日、白海竜に拾われた日のことを思い出す。ああ、やっぱりあのときわたしは死にかけていたんだな、と今更ながらに再認識した。
今、アストレアが感じている死はやや特殊なものだ。身体の方が本当に死にそうになっているかと言えば、そうではない。それはもっと深くて、静かなところにある。
けれど、次の瞬間には死んでいるかもしれないという場に延々と居続けているというのは、ある意味で死にかけているのと同じだとアストレアは思っていた。
衝撃が彼女を真横から打ち据えた。みしりと腕の骨や肋骨が軋むのを感じ取りながら吹き飛ばされる。着地した先で、壊れたテントの支柱の先端がふくらはぎの肉を削ぎ、アストレアは呻き声をあげた。
こんなことではいけない。もっとしっかり避けて距離を取らないと、安定した受け身を取れない。そう考えることはできるのに、実践は途方もなく難しい。
再び彼女がかの龍の瞳を見据えたのと、かの龍の口が炎を纏ったのはほぼ同時だった。
負傷した脚を庇う暇も、回復薬を飲む暇すらも与えない。今彼女にできる全力での回避を毎回のように強いられる。
火傷で爛れた皮膚にあたる火の粉が痛かった。炸裂音に晒され続けた耳はきーんと耳鳴りするばかりで使い物にならず、霞む視界を何とかこじ開けながら、次にくるブレスの軌道を見極める。
耳は死んでいても、かの龍の足音は脚から伝わる衝撃から感じ取れた。
ずしん、ずしん、と、誘導を始めたときよりも早まっているように感じられる。苛ついている。いつまでたっても死なないアストレアを、何とかブレスで撃ち抜こうと躍起になっているように感じられた。
悪くない展開だと彼女は思う。ブレスの間合いに入るのがより大変になったが、自分が今どれくらいの位置に来ているかも分からないが、この調子でいけば、いつかは。
唐突に、脚の力が抜けた。
とっさに振り返る。つい直前に抉られて、血が出ていたふくらはぎ。かの龍に意識を集中させていたが故に、その痛みを無視してしまっていた。跳ぶなら、もう片方の脚を使うべきだった────。
少女の目の前で、赤黒く焚かれた溶岩の塊が爆発した。
「──かは」
これが、かの龍のブレスの本来に近い威力。掠るだけで四肢を一本持っていかれかねないエネルギーの暴力。それは、百発以上を連続で放とうと衰えることがない。
肺が潰れて、口から血を吐いた。白海竜の衣が千切れて素肌を焼く。右腕に装着していた義手は根元から砕けて、鋭い破片となって彼女の肩に突き刺さった。
血に溺れ、悲痛な悲鳴だけが零れ出る。
「っ、あぁ…………!」
分かっていたはずだ。こうなるだろうことは。
いつかは持ちこたえられなくなる。直撃は避けているとはいっても、完全に回避しきれているわけではない。その余波と地面に叩き付けられる衝撃だけで、彼女の身体には重すぎる負担がかかっていた。
それが表出したときが、本当に追い詰められている状況だ。もともと、薄氷の上で飛び跳ねていたようなものだ。少しでも回避が遅れて間近の爆発を受ければ、その後、本当に死が待ち受けることになる。
腕を押さえ、血を吐きながら蹲る。そして間髪おかずに放たれたブレスの直撃を受けて、焼死体へと変わる。
それは、彼女が拠点で手を挙げたそのときに、誰もが思い描いた未来だったのかもしれない。
今、彼女はその人々の想像の通りに、炎の塊に圧殺されようとしていた。
視ろ。わたしだけが持つ、竜の瞳で。
溢れた涙で視界は滲んでいる。それでも、赤く染まった世界の中でも、かの龍のブレスの業炎は一際明るく映った。
どんなに無様でもいい。赤子のような動きでいい。とにかく、その場から動く。もう動けないと悟ってブレスを放ってきたグラン・ミラオスを欺く。
立ち上がれず、転んで、半ば這うように後退して。また目の前で、爆炎が咲いた。
今度こそまともな受け身は取れない。膝を抱え込むようにして、衝撃からできるだけ身を守る。背中から瓦礫の山に叩き付けられて、鈍く重い痛みが彼女を僅かに痙攣させた。
回復薬を詰め込んだポーチは、いつの間にか千切れ飛んでしまっていた。もうまともに息をすることすら敵わず、涙を零しながら彼女はえずく。
それでも、それでもだ。たとえ動けなくても、瞳だけは、かの龍へ。
わたしはあなたなんか怖くない。全力で人を倒そうとするあなたに、人として向き合って、その意志だけでも抗う。
竜の瞳で、龍を見る。
かつてのモガの森の王を、純白の鱗を身にまとった双界の覇者の眼光を宿す。それに愛され、育てられた者として。それは人でなく、竜としてもかの龍に抗うのだという意志が宿っていた。
その意志を感じ取ってしまったが故に、グラン・ミラオスは何としても彼女を殺し尽くさんと執着したのかもしれない。
その龍の歩いてきた痕跡は、ただただ真っすぐに。その体長よりもずっと長く続いていて。
ともすれば、遠くにあったはずの急造の拠点が、もう目と鼻の先にある。
何度も歯がゆい思いをさせられた。しかし、それも最後だ。
そんな言葉が聞こえてくるかのように、かの龍は口から零れ落ちるほどの灼熱を充填し、それを放とうとしていた。
今度こそ避けられない。少し動いた程度ではどうにもならない。いつの間にかかの龍は間近まで来ていて、放たれてから着弾するまでの時間が絶望的にない。
アストレアはかの龍を見据え続けた。自らの身体は血だらけで、力なく横たわっていたとしても、迫りくる自らの死の、その先の瞳を覗き込み続けていた。
放たれたブレスは、これまでになく巨大なものだった。
それはかつて巨龍砲を撃ち抜いた、あの火球に匹敵するかという程で。
少女一人を跡形もなく消し去るには十分すぎる────。
「させるかああぁぁぁっ!!」
割って入ったその声は、酷く嗄れていた。けれど、その声に宿った裂帛の気合は全く霞んでいなかった。
間一髪でアストレアの目の前に立ち、その背中に背負った大剣を振りかぶる。人の身の丈ほどもある純白の剣が、今まさに彼女を飲み込まんとしていた大質量のブレスに叩き付けられた。
「そ……な…………」
また、わたしは守られる────いや、違う。
彼女はそんなことを微塵も考えていない。ただただ、彼女にとってアストレアが何物にも代えがたいかけがえのない存在で。それを失いたくなかったから、満身創痍のまま飛び出してきたのだ。
庇護されていると感じていたのは自分だけだった。ソナタは最初から対等に、わたしを見てくれていたのだと。
「そな、た、がんば……って……!」
「あ、ああ……っ、あああああぁぁ……!!」
それは彼女たちが経験した中で最も長い、永遠にも感じられる数秒間だった。
剣から溢れ出た水が、一瞬で蒸発していく。大海龍の角を削り出して造られた大剣が、その刀身を削って水を創り出し、ブレスを削って割いていく。
ソナタは受け流すという手段を選ばなかった。この質量と速度の物体を受け止めれば、一瞬も拮抗できずに押し負ける。そうなればソナタも、アストレアすらも死んでしまう。
だからあえて、刃を向ける。ブレスに対して切り込んでいくなど狂人の所業だ。けれど、ソナタにはそれしか残されていなかった。
本当に、人に放たれるようなブレスではない。もはやこれは、巨大な溶岩の塊だ。
前傾姿勢が崩れそうになる。腕と脚が悲鳴を上げているのを感じ取る。あまりの熱量に全身が防具ごと溶け落ちてしまいそうだ。
けれど、自らの背後にアストレアがいるから、彼女ががんばってと言ってくれているから、なんのこれしき、と頑張れる。
そんなことを言えるような状況ではなくとも、それが力に変えられるのなら。
大丈夫だ。この剣は強い。グラン・ミラオスがナバルデウスより強かったとしても、こんなブレス一発で押し負けるほど、深海の主も柔ではない。
一秒以下の時間が限りなく引き伸ばされる。刀身に罅が入ったのを感じ取り、それでも、溢れ出す水が止まることはない。
悠久の時を生きた古龍同士が、姿かたちを変えてぶつかり合っている。
がりがりと石畳を削って後ずさりながら、歯を食いしばって声にならない雄叫びを上げながら。
その剣の先にある炎の壁を切り拓いて、切り拓いて、切り拓いて────。
「ああああぁぁぁっ…………!!」
斬った。
ソナタは大剣を振り下ろした姿勢でしばらく固まって、直後に糸が切れたように崩れ落ちた。手から零れ落ちた大剣は、半分近くにまで刀身をすり減らしていた。
その周囲の地面は抉れ、一部は溶解して異臭と共に赤黒く燻ぶっていた。石畳としての姿かたちを残しているのは、ソナタの背後だけだった。
倒れたソナタの身体を、這い寄ったアストレアが寄り添うように片手で抱く。そのまま意識を失ったらしき彼女たちを助け出すべく、待機していたハンターたちが動いていた。
あのブレスを真正面から受けて、人のかたちを保てていること。恐らくは、生きていること。それが、彼女たちの成した奇跡と呼べる代物だった。
ブレスを大剣で斬った。人の身で、竜ほどもある岩の塊を両断したにも等しい。まるで夢物語のような所業だ。
グラン・ミラオスは、土煙と蒸気が晴れた先で彼女たちの姿を見ていた。
彼女たちにとっては命をかけた一撃だろうと、かの龍にとっては大きく力を溜めた程度のもの。息を吸うように彼女たちに止めを刺すこともできたが、かの龍はそうしなかった。
遥か下界を見下ろす視界に、ある青年の姿が映ったからだ。
外見を隠す外套を身に纏っていたとしても、かの龍は既に気付いている。その者が、現状で自らに最も深い傷を負わせた油断ならない存在であると。
二人の少女から視線を外し、かの龍は一歩を踏み出す。
両翼は既にその火口を復活させようとしていた。かの者を倒し、再び火の雨を振り注がせれば、全てが決着する。人を打倒し、本来の目的を果たすことができる。
一歩を踏みだす。地面が響く。立ち尽くす彼を、一撃のもとに仕留めるために、かの龍は歩く。
一つひとつ、歩いていく。
エルタの元へと、歩いていく────。