グラン・ミラオス迎撃戦記   作:Senritsu

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>>> 月を追う者(3)

 

 バルバレという街で最も有名な古龍と言えば、大砂漠の巨大な岩船、豪山龍ダレン・モーランだろう。

 エルタたちの訪れたその時期、当の龍はちょうどバルバレから遠ざかっていく活動周期に入ったようだった。次に訪れるのは一年後か、十年後か。それなりの期間が開きそうなことに変わりはない。

 

 ヒオンは悔しがっていたが、もとより今のエルタたちのハンターランクでは、ダレン・モーランと相対するための砂上船に乗ることすら許されない。

 今はとにかくバルバレギルドからの評価を上げて、古龍の情報が出回ったときに優先して調査や狩猟に出向けるような立場になるしかない。二人は頷き合い、方針を固めた。

 

 そうと決まれば、あとは行動に起こすだけだ。二人はバルバレギルドの管轄する未知の樹海の探索に目を付けた。

 ギルドクエストとも呼ばれるそれは、大砂漠並みに広大な樹海に赴き、生息するモンスター、鉱物資源、遺跡などを調査するというもの。できるなら道の開拓や経済活動まで手を広げたいらしいのだが、モンスターの活動が活発でかなり難航しているようだった。

 

 そこの調査隊員にエルタたちはハンターとして志願した。

 死亡率も高い危険な役回りだが、もとよりハンターなど狩場では常に死と隣り合わせだ。ギルドから正式な評価が得られるだけマシだとヒオンは笑っていた。

 ギルドとしてもヒオンたちの志願は願ったり叶ったりだったようで、審査はあっさりと通過した。直前のネルスキュラの狩猟実績も評価されたらしい。

 

 バルバレは、あらゆるものが流動していく街だ。それはハンターだろうと変わらない。

 バルバレに長く留まろうとするハンターはそうそういない。ほとんどが護衛で訪れただけの者や旅人であり、一月もせずに街を去っていく。

 そんな中でバルバレを活動拠点として選んだヒオンたちは、バルバレギルドの職員をはじめとする『根を下ろした草』の人々から暖かく迎え入れられ、さっそく未知の樹海へと放り投げられた。

 

 

 

 

 

「はぁ……。あれはやばいな。迷ったら戻ってこれなくなりそうだ」

「見渡す限りの平地に見えて、複雑な生態系と階層構造の併せ技か。古龍が棲むと噂されるのも頷ける」

 

 数日後、集会場という名の酒場の席にどっかりと腰を下ろしたヒオンは、天井を見上げて深々とため息をついた。

 何か大物を狩ってきたわけではないが、単純に未知の樹海の規模と奥深さに圧倒されたのだ。竜の巣窟の異名は伊達ではない。

 

 高所に設置されたキャンプから見下ろしたときには、地平線の向こうまで緑が広がっているだけだった。

 しかし、実際に足を踏み入れてみれば、その景観は表面上のものに過ぎなかったことを思い知らされた。

 

 切り立った崖を滝が流れ落ち、底の見えない洞窟へ繋がる大穴がぽっかりと口を開け、深い森が急に途切れて砂地になったと思いきや、数分も歩かないうちに苔むす湿地に移ろっている。

 植生も、地質も、気温さえ異なる。それに合わせてモンスターの縄張りも複雑怪奇の体を成しており、ランポスとジャギィといった本来相容れない肉食獣が隣り合って生きている始末だ。

 

 探索だけで疲れるのも無理はない。環境の変化についていくだけで精いっぱいだった。

 新入りを笑顔であの地に送り出したバルバレギルドもなかなか容赦がないが、これで腰が引けているようであれば、これから先やっていくことは難しいのだろう。

 

「古龍は確かにいそうだけど、出逢うのに一生かかりそうだぞあれ……まあ、そのための調査隊だもんな。我慢強くやっていくしかないか」

 

 ぱんっ、と頬を叩き、ヒオンは気合を入れ直す。

 どうして、エルタたちはこの街を訪れたのか。それは、世界各地から訪れるキャラバンを通じて、数多の情報を得ることができるからだ。それらもまた、価値ある商品として扱われている。

 

 やみくもに未知の樹海を歩いても遠回りになるだろうことは初回の探索で分かった。これからは、ヒオンたちの方から古龍に逢えるように行動していく段階だ。

 他人からは地に足のついていない夢を抱く若者のように見えていたかもしれないが、ヒオンたちは至って真剣だった。

 

 

 

 

 

「古龍、古龍ね……すまないねえ。力になれそうにないよ」

 

 そう言って首を振ったのは、中程度のキャラバンを引き連れる女性の商人だ。

 

 小さな商館とも呼べそうな大型竜車の中で、商談用の椅子に座って彼らは言葉を交わしていた。

 竜素材を加工したのだろう、格調高い椅子だ。それに、花香石が焚かれていのか甘い香りがする。狩人にはやや馴染まないかもしれない。

 

 ここが彼らの戦場だ。彼らとは生きている世界が近いようで、案外離れている。

 そして、この席に就けるようになるまでに、相応の月日がかかっていた。

 

「アタシらが知ってるのは同業の連中の噂くらいさ。お得意サマのあんたたちには、申し訳ないけどね」

「いや、そういうのでいいんだ。オレたちよりも、場数は踏んでるはずだから信頼できる」

「おっと、それはアタシの何を指してのことなんだい?」

「もちろん、若くしてキャラバンを率いるカリスマ性ってやつかな」

 

 彼女の軽口を危うく躱し、ヒオンはにこりと微笑む。幸いなことに、彼女にヒオンの冷汗まで問う嗜虐心はなかったようだ。

 

「あんたたちは同業じゃあないからね。知りたいなら応えよう。────アタシらにとっての古龍ってのは、だいたい災難なのさ」

「それはまあ、そうだろうな」

「大抵はキャラバンの足を止めるし、運悪く鉢合わせると大抵生きては帰れない。それは竜でも同じことが言える。そういうのに振り回されることを想定済みで動くのも、アタシたちの流儀なんだけどね」

 

 商いと狩りが似ているかと問えば、まあ、強引に結びつけることはできるだろう。すぐに結果が出ることもあれば、長く耐え忍んで得られる成果もある。

 ただ、商人の方は物事をより長い目で見る必要がある。さまざまな事故を想定して動く。この点で見れば、刹那的になりがちな狩人とは対照的かもしれない。

 

 ぎしり、と彼女の座る椅子が鳴った。彼女が少し身を乗り出したのだ。

 

「古龍絡みだと、どうも天気の異変がそれなんじゃないかってアタシは思うよ」

「……嵐とか、干ばつとか?」

「いいや、嵐も干ばつも起こるときは起こる。それを動かない理由にしたらすぐに同業に出し抜かれるさね。でも、雨雲が変な色をしてたり、太陽と同じ向きに虹が出たりしたら、少なくともアタシは動かないよ。むしろ、逃げる算段を立てる」

「……『いる』かもしれないから」

「ああ、そうさ。やっと口を開いたね。不愛想なの」

 

 ここに来てから一言も言葉を発していなかったエルタの方を見て、彼女は不敵に笑った。

 その呼ばれ方は、エルタも自覚しているので受け入れるしかない。黙ってその先を促す。

 

「確実な危険だけを確実に避ける。アタシたちの目指すところさ。その指標として、アタシたちは悪い天気じゃなく、変な天気を重く見てる。アタシもそれに従った。その結果として」

「今まで生き延びている、と」

「察しがよくていいね。あんたたち見込みあるよ。出逢おうと思えば出逢えるんじゃないのかい?」

 

 古龍の姿なんて一生見ない方がいい。知らない方がいい。それが旅する彼らの方針だ。

 それを為すための指針をひとつ、彼女は自らの内に見出していた。変な天気、それを避けるようにと。

 それを徹底し続けた結果、『古龍について直接的な情報を提供できない』彼女がここにいる。

 それは翻せば、『そこに古龍がいたかもしれない可能性を全て潰した』のかもしれないと。彼女はそう言っているのだ。

 

「信用するかしないかはあんたたち次第さね。なにせ、実際にそこに何かがいたかどうかは結局分からず終いなんだから」

「いや、助かったよ。情報の判断材料がひとつ増えた。お金払わなくてもいいのかなこれ?」

「いいのさ。この席に金はいらないって最初に行ったのはアタシだから、渡されても受け取らないよ。それよりも、次にここに来たときに贔屓にしてくれた方が嬉しいねえ」

 

 首を傾げるヒオンに対し、彼女は小気味よくそう言った。

 

 未知の樹海で採取した特産品やモンスターの素材を、ヒオンたちは主にこのキャラバンに卸していた。

 そういったものは商人の間で取り合いになる傾向が高く、より高値をつけたところを、と商店を転々とするハンターがほとんどだ。

 

 ヒオンたちはそれよりも、ひとつの商店に絞ってそこが所属するキャラバンとの信頼関係を築こうとした。

 どちらが正しいということはない。ヒオンたちに目的があったからそうしただけの話だ。キャラバンのリーダーと面会の約束を取り付けるという、目的が。

 

 その結果として、ヒオンもエルタも持ち合わせていなかった視点からの情報を得られた。対価としては十分で、ここでやっと、ヒオンたちの取り組みに意味が生まれる。

 商人相手のやりとりとはこういうことだ。あのときはかなり手加減してやったと後ほどの彼女に大笑いされながら伝えられたが、ある意味モンスターよりも怖いとエルタたちは思った。

 

 

 

 

 

 一年経てば別の街。バルバレは巷の人からそう評される。

 商人が訪れては去り、店が開かれては畳まれ、風にたなびく旗は二日として同じ色合いにならない。もちろんそれは、流通する品々も、顔を合わせる人も同じだ。

 その日のエルタたちは、バルバレ近郊で採れる素材を別の地方の素材へと交換するという竜人の商人のもとを訪れていた。

 

「天空の結晶を分銅九つ分……確かに受け取ったわな。そんじゃあ、これが交換品だわな!」

「おぉー、これがデプスライト鉱石、か?」

「そうだわな。質は保証するわな!」

「……シーブライトよりも色合いが深いし重い。ヒオン、恐らくこれで間違いない」

「そうか? 元の素材知ってるおまえがそう言うなら大丈夫かな……それじゃ、これでやっとおまえの得物ががっつり補強できるってわけだ」

 

 両手で持てるほどの木箱の中に入った深い藍色の石を見ながら、ヒオンは笑みを浮かべる。

 デプスライト鉱石。エルタの担ぐソルブレイカーの刃を強靭にするために加工屋から求められていた素材だ。今の刃を構成しているシーブライト鉱石が高密度化したものらしく、他の鉱石では代用が効かなかった。

 

「原生林とか未知の樹海とかありそうなところ探し回っても全然採れなかったもんな……けっこう珍しいんじゃないか、これ」

「それを言うなら、あんたさんたちの持ってきた天空の結晶も大概だわな」

「そうなのか? 岩竜岩の辺りに居座ればそこそこ採れるんだけどな」

「大地の結晶ならそう価値は高くないわな。でも、そこまで硬いものは今のところ未知の樹海くらいでしか採れないんだわな。まあ、その鉱石と同じくらい珍しいと思えばいいわな!」

「抜け目ないなあ。物々交換だし値引き交渉はしないよ。それよりも……」

 

 ヒオンは腰に提げられたポーチを弄り、そこから手のひら大の麻袋を取り出して竜人商人の手に握らせた。

 老齢の竜人は紫色の座布団に座ったまま、黙って袋の中身を確認する。その中には、指先ほどの大きさの種──竜仙花の種がぎっしり詰まっていた。

 

「ふむ……要件を話すといいわな。これを受け取れるかはその話次第だわな」

「おっと、これ以降の話はエルタに任せるぞ。さっきから話したそうにしてるしな!」

 

 そう言ってヒオンは一歩身を引いた。

 白く可愛らしい装備のハンターの代わりに、ハンターの訓練場などで見かけるような装備のハンターが前に出る。

 

「率直に聞く────古龍の素材を扱ったことは、あるだろうか」

「うむ、そりゃああるわな」

「出逢ったことは?」

「さてどうだったか、すれ違ったくらいならあるかもしれんわな」

 

 流石は竜人族。いきなり古龍の話を振っても戸惑うことなく応えてくる。生きてきた年数が人と桁違いなだけはあるということか。

 

「それなら、ひとつ問いたいことがある。竜仙花の種は、若輩者が先達の話を聞くための代金だと思ってもらえればいい」

「情報料ということだわな?」

「ああ。僕たちは、古龍を探している」

「……こりゃまた、物好きもいたものだわな」

 

 小柄な老人の眉が少しばかり持ち上がった。

 先ほど竜人がはぐらかすような返事をしたが、それはとても当たり前の反応だ。商人にとっては、身の回りのありとあらゆるものが商品になり得る。

 聞き手次第では、話し手が気にも留めていなかったことに大きな価値が見出されることだってあるのだから。引き出しの中身はできるだけ仕舞っておくに越したことはない。

 

 その垣根を一時的に省きたいがための前金だ。竜仙花の種は竜人族が好む薬の材料になる。天空の結晶と同じ、未知の樹海の特産品の一つだ。

 こうやって物品を差し上げる方が、直接金を支払うよりも意志は伝わるはず────。

 

 ややあってその竜人は、相変わらずの糸目のまま、どこか不敵に笑った。

 

「よろしい。商談成立だわな。嘘か誠かも分からぬ噂話か、古龍に詳しい者への伝手か、ひとつ話そうだわな」

「……それも魅力的だが、用件は別にある。僕たちよりも古龍に近しいだろう、あなたに問うものだ」

 

 すう、とエルタは息を吸う。こういった人物がこの街に訪れるのを待っていた。故に、どうしても胸中に期待が募る。

 それは、頓智よりも直接的で、論考よりも抽象的だ。

 故に、概念的に古龍を知る者の、その感性に可能性を見出した。

 

「────『もし、地の底で眠る大地の源が、龍のかたちをとって顕れ、そして世界を歩むとして」

 

 きっとそれは、意味のある問答になるのではないかと。

 

「その歩みはどこで、どうやって止まるだろうか』」

 

 これが、今のエルタができる最大限の配慮だった。

 後ろでヒオンが怪訝な顔をしているだろうことがエルタにもなんとなく分かった。エルタの問うていることの趣旨が掴めないのだろう。

 

 たったの二言。まるで、ぶつ切りのおとぎ話のようだ。そうだ。その通りなのだ。

 これはおとぎ話だ。そのかたちであることに大きな意味がある。

 人という短命な種族では、その根底に敷かれた意味に気付けない。一般の竜人族ですら、汲み取ることができるかどうか。

 

 しかし、ありとあらゆる場所を巡り、竜と、大地と、そして龍の素材をその手に取っただろう、彼ならば。

 

「そうさな……ワシが思うに、()()()()()()()()()()わな?」

 

 かくして、竜人族の爺はことなげもなさそうにそう返答した。

 

「……それは、何故?」

「ああこりゃあ、おまえさんたちにはちと想像がつかんわな。そうよな……海の水も足止めにはならんと思うわな。大地の源そのものという存在なら、そこに大地を敷けばいいわな。吹雪もその歩みを止められんわな。地に温泉があればそれが力になるわな」

「しかし、それでは寒さなど意味は……」

「場所の話ではないわな。実際の火の山を見るわな。北国だろうと火山はあるわな? その逆に、南国だろうと鎮まった火山はあるわな。その理由を考えてみればいいわな」

「それは────」

 

 ────寒ければ勝手に止まる。

 存在そのものが大地の源であり、熱源であるが故に、外からの冷気に関係なく在り続けることができる。

 しかし、現実の世界にも鎮まった火山はある。もとは火山だった山など数えきれないほどにあるのだ。

 そして、その長い永い眠りはいつも。その中身が冷え固まることで始まる。

 

「生き物で例えるなら、あんたさんたちが熱い場所へ行くときにしょっちゅう飲んでるわな?」

「ああ、ああ……確かに」

 

 深々とエルタは頷いた。その眼光は明らかに先ほどまでと変わっていた。

 

 極めて短い問いかけ。あれ以上は話せなかった。ほぼ初対面の相手に向けて、エルタの口からその先を語るのは憚られた。

 それが、エルタの契った約束だ。大切な、大切な約束。

 

 しかし、その問答で得られたものは、エルタにとって十分すぎるほどのものだった。

 

「ありがとう。今得られた考え方は、きっと僕だけでは辿り着くのが難しかった」

「どういたしましてだわな。あんたさん、難儀な道を歩んでいるようだわな」

 

 竜人商人とエルタは握手を交わす。年季を感じさせる四本指だ。

 商人の方は今のやり取りでエルタの事情を薄々感じとったらしい。

 無論、その経緯までは到底悟れないだろうが。そこを深入りしそうにないのもまた、年の功と言うべきか。

 

「…………めちゃめちゃ置いてけぼりを食らっているんだけど、話はまとまったのか?」

「ああ。僕はもう満足だ。対価は十分に得た」

「ワシもこの竜仙花の種をありがたくいただくわな。追加徴収するつもりはないから安心するわな」

「ふーん……ま、そっちで上手く話が進んだならそれでいいけど」

「おや、おまえさんの彼女はワシに嫉妬しておるようだわな?」

「彼女……? ち、ちが……っ! 別にそんなこと思ってない!」

「そうだったのか。すまない。ヒオン」

「おまえも話を拗らせるな!」

 

 顔を赤くしてエルタに詰め寄るヒオンを見て、やれ痴話喧嘩だと竜人商人が笑い出し、先ほどまでのやや緊張感のある雰囲気は霧散してしまった。

 彼は現在、個人商人なのだという。どこかのキャラバンにでも入ればより手広く商売ができるだろうが、生憎とその手腕に見合うキャラバンがない。ただ、この街ならばそのうち機会が巡ってくるだろうと思えた。

 その後、「ありがと300万ゼニー!」という謎の別れ言葉で見送られながら、エルタたちは彼の商店を後にした。

 

 






この作品はMH4の本編よりも前の時間軸なので、竜人商人はまだ我らの団に所属していないフリーの状態です。
でも、ある程度設定に矛盾はあるかも。この作品だとそういう人なんだな、と捉えていただけると助かります。

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