「樹海に霧が出てる……?」
「ええ。私はギルドクエストを終えた後だったからそのまま帰ったけど、ちょっと視界が悪かったの。雲も低く立ち込めてたし、後で雨になるかもしれない」
未知の樹海の調査隊のハンターからそんな話を聞き、ヒオンは眉を顰めた。
ちょうど、入れ違いで探索に出向こうとしていたところだ。そんなヒオンたちに注意する程度の感覚だったのかもしれないが。
「この時間に帰ってきたってことは、樹海を出たのは昼過ぎだろ?」
「そうね」
「じゃあ朝霧でも夜霧でもないってことだ……引っかかるな、それ」
「でも、霧が出ること自体はそれほど珍しいことでもないでしょう?」
むむ、とヒオンは口ごもる。
確かに、未知の樹海は霧も出る。それこそ、頭上の雨雲が覆い被さってきたのかという程に深く霧が立ち込めることもある。
しかし、最近の未知の樹海の気候は比較的温暖なはずだった。このときには突発的な雷雨や強風を引き起こすような雲が発達しやすいが、その予兆として霧が出るとは考えにくい。
「んー、他に何か思うところはなかったか?」
「そんなことを言われても……あぁ、そう。あなたは大丈夫だと思うけど、隣の相方さんはその格好だと少し寒いかもしれないわよ。外套を持って行った方がよさそうね」
「ん、んん?」
ヒオンの隣にいたエルタの方を向き、彼女はそう言った。声色が変わったヒオンを傍目に、エルタは僅かに首を傾げて答える。
「忠告はありがたいが、そこまで寒かったのか?」
「肌寒い程度よ。霧が出る日にはよくあることね。雨になったらもっと冷えるでしょうから気を付けて」
「ありがとう。……ところで、つかぬことを聞くが」
「何かしら?」
「樹海を歩くとき、いつもとは足音が違っていたりしなかったか?」
エルタがそう尋ねると、彼女は怪訝そうな顔をした。質問の意図を読み取れなかったのだろう。
だが、別に答えない道理もない。彼女はしばらく考え込んで、その後ぱっと思い出したかのような表情を浮かべた。
「ええ、ええ。ちょっと未体験の足の感覚があって驚いたの。土の地面がしゃくしゃく音を立てるなんて、あれは何だったのかしら」
「霜だ!」
「わっ、どうしたの突然」
突然声を上げたヒオンに彼女が驚く。ただ、エルタもヒオンの今の心情は理解できた。
快晴の日もある。大嵐の日もある。肌寒い日もあれば、うだるような暑さの日もある。大粒の雹が降ってくることだってある。
そんな未知の樹海でも、ごくごく稀か、もしくは全く現れない事象が存在する。
雪、もしくは霜だ。
「オレ、ちょっとギルドに報告してくる!」
「了解した」
駆け出していったヒオンを見送って、エルタと彼女は顔を見合わせる。
「大慌てで走っていったけど、一体どういうこと?」
「簡単に言うと、あなたは古龍に遭遇しかけたのではないかと思っている」
「あらそうなの? なら生きて帰ってこれたことに感謝しなきゃね」
そう言って彼女はくすくすと笑う。最近バルバレギルドに登録した若手とのことだが、エルタたちの話を信じていないのか、それとも信じた上でこう言っているのか。後者だとすれば相当な胆力がある。
しかし、とエルタは扉の向こうの未知の樹海の方角を見やった。まさか霜とは。
かつての竜人商人とのやり取りを思い出す。
何でもないはずの彼方の空が、冬空として隔絶されてしまっているかのように見えた。
数時間後、ギルドがヒオンとエルタの両名を指名し、未知の樹海の一区画の探索を緊急クエストとして発令した。
それまで未知の樹海は完全に閉鎖され、現在狩りに出ている他のハンターたちには信号弾で待機が指示される。
『未知のモンスターと遭遇した場合、その狩猟を許可する』という文面に多くのハンターたちは驚いた。調査活動を重視するバルバレギルドにしては珍しい姿勢だ。
その措置のいずれもが、ひとつの目標を掲げて未知の樹海の調査に協力してきたヒオンとエルタへの配慮だ。これまでギルドに貢献してきた古参のハンターたちの推薦も重ねられれば、ギルドもそれを無下にはできない。
そんな背景を知っている者たちは、既に出立した彼らに向けてそっと応援を送る。
受付嬢や同僚を心配させるような大物狩りに何度も出向きながら、毎回ぼろぼろで、しかし確実に戻ってきた彼らへと。
「死ぬなよ。また生きて帰ってこい」
「本当に霧が出てるな……」
鬱蒼と生い茂る森林の中で、小さな荷車を引きながらヒオンは辺りを見渡した。
いつもは頭上の木々の枝葉が影になって少し薄暗い森の中が、薄く立ち込める霧によって、まるで夜明け前のような暗さになっている。
重苦しい感覚はない。この辺りに霧雨でも降るのかと思う程度の、冷たく静かな霧だ。先に話した彼女がそこまで重視しなかったのも頷ける。
この霧を引き起こしている何かがいるとして、それはその場からほとんど移動していないようだった。
エルタたちからすれば幸運なことだ。こういったものたちは、日を跨ぐ頃には既に遠くへ行っていることが少なくない。ここの動植物にとっては歓迎できないことかもしれないが。
「寒いな。故郷の村を思い出す」
「フラヒヤ地方はかなり寒いんだったっけか。でも、ここでこの冷え込みはちょっと考えにくいよな……」
ほう、とヒオンが息を吐けば、それは白く染まって霧の中に溶け込んでいった。
彼女の忠告は正解だった。ウルク装備のヒオンは特に気にならないが、エルタにこの寒さは応えるだろう。ホットドリンクを持ってきて正解だった。
気温が低いと、湿度は逆に上がっていく。地面の苔や下草が水気を吸って、森の中はしっとりとした空気を纏っていた。
「普段あんなにうるさい鳥やら獣も……隠れてんのかね」
「寒さに耐性がないんだろう。巣穴から出ても、凍えてしまいかねない」
目立つことのないように小声で言葉を交わしながら、エルタは目の前にある竜草の葉をなぞった。
葉先から雫が落ちる。生命力が強い竜草もこの寒さは厳しいのか、少し元気がないように感じられた。
「勘なんだけどさ。寒さが険しくなっていく方に行けばいいんじゃないかな。あいつらってそういうものだろ」
「同感だ」
地図を開き、キャンプの位置と霧がかかった地帯への進入経路を確認する。そして、狩猟に必要な道具の入った荷車を、なるべく大きな音をたてないように二人で運ぶ。
互いに緊張はしているが、普段と変わらないやり方で探索を進めていく。その延長線上に、目指すべきものがいるはずだ。
探索を始めてから、半日が経過しただろうか。
エルタたちは、霧の中心部に迫っていた。
霧が濃くなる気配はない。僥倖と言えるだろう。濃霧の中での狩りなど、夜の狩りよりもずっと危ない。
ただ、気温は着実に低くなっていた。地面の土がところどころ白く色づき、さくさくと独特の足音を立て始める。草木に付着した雫も、白く侵食されつつあった。
霜だ。空気中の水分が凝固し、結晶化しつつある。
少なくとも、氷点下付近まで気温が下がっている。未知の樹海という温暖な地域の中で、それが指し示すものはほぼ一つだ。
「なあ、エル────」
「────伏せろ」
見晴らしのいい崖の上。眼下の小川が連なる広場をそっと見下ろして、ヒオンが何かを言いかけたそのとき、エルタが鋭く呟いた。
咄嗟に地面に伏せる。そのまま息を殺しながら後退し、互いに目配せをした。ヒオンがポーチから小さな双眼鏡を取り出す。
「いた……のか? ぱっと見何もいなかったけど」
「……目の錯覚でなければ。湖の方を見てくれ、ヒオン」
要領を得ない答えだ。その指示もよく分からない。それでも、ヒオンはエルタの言葉に従った。
少しだけ体勢を起こし、崖から顔だけを出すようにして、小川の水が流れ込む湖へ双眼鏡の焦点を向ける。
そのまま、十秒ほど沈黙が下りた。
「……なあ、見間違いってことはないか。ひょっとしたら、魚竜か大きな魚が跳ねただけかもしれ……な……」
レンズに映り込んだものを見て、ヒオンは言葉を失った。
思わず双眼鏡から目を離し、肉眼で凝視する。いる。いた。一体いつから。
いや、それよりも、状況が飲み込めない。
ケルビやガウシカといったモンスターに近しいものを感じさせる四本足。そういったモンスターより遥かに屈強で大きいことは見て分かるが、注目すべきはそこではない。
その獣の、立っている場所だ。
見た目に反してかなり浅いのかと思った。しかし、湖の岸の色合いから、逆に水深は深いはず。
あの場所だけ何かが浮いているのか、それとも堆積地なのか。しかし、そんな風には見えない。ただただ、水面だ。その足元に白い靄が漂っているというだけで。
踏み出した足の先の水は、深く凍り付き。
去り行く足の先の氷は、砕けて水中に没して。
木の葉が池に落ちるかのような波紋を、点々と、点々と。
「水の上を、歩いてる……!」
思わず、声が震えた。
火山から雪原に至るまで、これまで様々な地を渡り歩いてきた。様々なモンスターと出会い、その生き様を見た。
しかし、今見ている光景は、それらとは一線を画している。自らの中でいつの間にかできあがっていた常識が、認識が、今まさに突き崩されている。
わずかな情報と短い時間でギルドが書庫をひっくり返して調べ、かろうじて推測したその名は、霊獣キリン。幻獣キリンと対を為す存在。
紛れもない、古龍だ。
あまりのことにしばらく言葉を失っていたヒオンは、一度目を瞑って気持ちを落ち着かせた。
やはり古龍だった。ヒオンたちはこれを狩る、とギルドに向けて啖呵を切ってきたのだ。
内心は大騒ぎだが、周囲は依然として静謐に包まれている。あるいは心音がかの霊獣に届いているのではないかと、ヒオンは心配になった。
狩りの前にできる限り情報を得なくては。ヒオンは改めて双眼鏡を覗く。
体躯は圧し固められた氷のように黒く、そこに縞のような白い筋が何本か走っている。大きさは実際に近づいてみないと分かりづらいが、おおよそ鳥竜種の長よりも一回り大きい程度だ。
何よりも目を引くのはその角か。額から生えている紫水晶色の一本角は、古龍の能力はその角で制御されるという逸話を体現するかのような神々しさがある────。
「ヒオン!」
え、と言葉を発する間もなく、ヒオンはエルタに突き飛ばされるようにして地面に転がった。
一体どうしたと言おうとした矢先、先ほどまでヒオンがいた場所が目に映った。
そこには、人の身丈ほどもある、美しく鋭い氷の剣山が屹立していた。
「────ッ!?」
何が起こった──いや、今は状況を整理しているような場合ではない。
気付かれたのだ。そして狙い撃たれた。肉眼では彼方が豆粒ぐらいにしか見えない、あの距離から!
古龍に奇襲は通用しない。竜よりもなお格の差が明確でありながら、面と面を向かわせての戦いを強いられる。
その通説の真実を思い知らされる。視覚に依存しない特殊な知覚器官を用いていると言われれば、今はそれを信じてしまうだろう。
「下ろう! あっちが森まで来たら最悪だ。回り道してあの広場に出る……!」
「分かった」
素早く身を起こし、走って木々の間に飛び込む。二手に分かれ、崖の下の湖のほとりに向かうべく急峻な坂を下った。
あの古龍はモンスターとしては小さい部類に入る。それはつまり、木々の生い茂る森が避難場所にはなり得ないということを指している。
図体の大きなモンスターの突進などは、木々を盾にすればいくらか抑えられるし、避けやすい。しかし、この場合ではむしろ逆、簡単に各個撃破される危険性が非常に高い。
脚を挫かないように細心の注意を払いながら、できる限り早く坂を下る。
ざざっと防具を掠っていく小枝や葉を手で払いのけつつ、ヒオンはこの後の狩りについて考えを巡らせていた。
正直に言って見当もつかない。念のためといくつか組んでいた作戦は、既に出鼻を挫かれている。
あのまま水上に居座られれば遠距離攻撃手段がないヒオンたちでは打つ手がないことだけは確かだ。その場合は、注意を引いて場所を変えることが最優先になるか。
木々を抜け、平地へと飛び出す。砂利の地面に膝ほどの深さの流水。狩場としてはそこまで劣悪ではない。
すぐに霊獣の姿を探す。森の中での強襲は避けられたのに、その後に不意打ち受けてしまったら目も当てられない。
……いた。数十メートルの間を挟んでエルタとにらみ合っている。彼の方が、辿り着くのがいくらか早かったらしい。
水上から地上へ降り立っているのは不幸中の幸いだった。だがそれは、相手がこちらを見下すことなく敵視したということでもある。
先に動いたのは霊獣から。とはいっても、前足を上げて嘶いた。ただそれだけだ。
何かしたのか、と訝しんだ直後に、足元からそれは訪れた。
ひゅお、と風が集うような音と共に、ぎしりと何かが凍り付く。
足元を見てみれば、それまで砂利と苔の地面であったはずが、真っ白に染め上げられて強い冷気を放っていた。
「ッ!」
咄嗟に飛び退く。間髪置かず、そこから氷の結晶が突き上げられた。
先ほどの先制攻撃で使ってきたのもこれか。エルタの方を見てみれば、彼の方にも氷柱が築かれていた。霊獣はこれを複数同時に展開できるということだ。
竜種のブレスなどと違い、原理が全く分からない。少なくとも射程がかなり広いということだけは確かだ。
たかが氷とはとても思えない。剣山と揶揄したことに誇張は一切なく、あれをまともに受けようものなら、強靭な防具だろうと貫かれるのではないか。そう思えるほどにその結晶たちの先端は鋭利だった。
もしあのときにエルタがヒオンを突き飛ばしていなかったら、腹を串刺しにされていたかもしれない。そう考えると肝が冷えた。
だが、予兆はある。一秒にも満たないが、あるのとないのでは大違いだ。頼りきりではいけないが、特に勘の鋭いエルタなら、そう簡単には捉えられないはず。
一息の間にそこまで考えて、霊獣から視線が外れていたことに気付く。いくらその攻撃が特殊だったとはいえ、ハンターとしては下の下のミスだ。
それはなぜか。当たり前だ。そうやって基本を怠った者から死んでいく。モンスターがその動揺を見逃すはずがない。
氷柱によって、コップから溢れる水のように冷気が流れ出す。その靄の中から、猛然とその主が詰め寄ってきた。
「チッ……!」
遠いからと油断せずに抜刀していたのが功を奏した。盾で凌げるかは分からないが、避けられるような状況でもない。
身構えた直後、火竜の鱗を編み込んだその盾に、紫水晶色の角が正面からぶつかった。
「ぐっ……おぉ……!」
突き上げだ。頭を低く構え、盾をめくるようにその角で持ち上げるような挙動。
みしりと腕の骨が軋む音がする。予感はしていたが、霊獣の大きさは全くあてにならない。大型飛竜の突進に匹敵するか、それ以上の衝撃が襲う。
たまらず、盾で弾いて飛び退いた。負荷がなくなって振り上げられた角がヒオンの喉元を掠めていく。下手をすれば、あれで顎を砕かれていた。
追撃は受けきれない。何としても避けなければと覚悟したそのとき、キリンがその場から大きく飛び退く。
叩き付けられるは竜を喰らう牙。霊獣の頭部を狙ったその斧の一撃は避けられたが、ヒオンへの追撃も中断させられた。
見ているだけでは終われない。右腕の痛みを庇いながら、左腕に持った剣で攻めに行く。
振りかぶった炎の剣。身を逸らして避けられた。返しの前足のけたぐりを何とか避けて、その腿を切り裂く。
弾かれることはなかった。が、やはり硬い。こちらの攻撃が届くことが分かっただけでよしとする。古龍とは言えど、その血は赤いようだ。
まだ攻めに行けるか。いや、エルタの足音がする。前転してエルタのために空間を開ける。
ヒオンたちの立ち回りはこのように、互いに一気に攻め立てる苛烈なものへと変化を遂げていた。近接武器二人のペアであれば、そう珍しい戦法ではないかもしれないが。
エルタに張り付かれるのを嫌がるように、霊獣は何度もステップを踏んで引き剥がそうとする。しかし、エルタはその動きに食らいついていた。柄を短く持ち、重心を自分に寄せて動きやすくしているのだ。
不意に氷柱が挿し込まれるように出現する。しかしそれすら避け通し、エルタと霊獣は互いに傷つけあいながら一進一退の攻防を見せた。
回復薬を一瓶飲み干して投げ捨て、ヒオンはその状況を俯瞰しながら動く。
氷柱の数、霊獣の足捌き、ときには凍てついた地面に剣を叩き付け、そこから得た情報をエルタへと伝える。
「氷は時間が経てば崩れるみたいだ! 長引けば不利になるような類じゃない! 氷ごと剣で砕いてもいいけど、刃にかなり負担がかかりそうだからなるべく避けてくれ!」
「ああっ……!」
エルタはかろうじて返事が返せるといったところ。そんなエルタと戯れる霊獣はヒオンのこともしっかり補足しており、氷柱を出現させてくるため油断はできない。
やられっぱなしでいられるものか。霊獣の意識がヒオンに傾いた瞬間を見計らって、盾に仕込まれた榴弾ビンに衝撃力の充填を行う。先ほどの角の一撃を受け止めた分と斬撃の分で、一撃分くらいは稼げたか。
さらに霊獣に回り込むようにして駆ける。氷柱によって不意を突かれたなら、それを真似しない手はない。雪兎の防具は雪に紛れる。凍土に生きる獣の本領を発揮する機会だ。
息を潜めて漂う冷気に潜り込む。霊獣の死角に……入った。極力静かに左手の剣を右手の盾に差し込み、深く押し込んでから引き抜く。
霊獣の体当たりがエルタにぶつかる。流石に受けきれず、剣斧を持ったまま数歩よろめいた。
エルタの腹部めがけて一本角を突き入れようとしたその真後ろ。氷柱の影から炎纏う斧が姿を現す。
炎斧ハルバリオン。近衛隊正式盾斧から派生した火竜リオレウスの盾斧。エルタとヒオンの成長の証であり、内包するビンは派生先と同じ衝撃力そのもの。
高出力属性開放斬りだ。
入った。これは当たる。浅はかな考えかもしれないが、この古龍は火の属性に弱いと思われる。これが有効打になり得るのであれば、それをもとに戦術を組み上げていけ────。
がきんっ! と。
これまでの狩猟生活で何度も聞いてきた、異様に硬質な何かに斬撃が弾かれる音が響いた。
目を見張る。炎斧によるその一撃は、粗鉄程度であればその炎熱と衝撃力で砕いてしまえるほどの威力を備えている。それをも弾くとは、どれだけその外皮は堅牢なのか。……いや、違う!
「ごほっ、ぁ」
腕から伝わった反動の衝撃から立ち直る前に、強烈な反撃がヒオンの胴体を捉えた。
後ろ足によるけたぐり。思い切り吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面に倒れこむ。強烈な胸部の痛みに歯を食いしばった。
耐衝性に優れるウルク装備で軽減しきれなかった。これは肋骨が何本かやられたかもしれない。
しかし、決定的な瞬間は見た。衝突したのは外皮そのものではない。その表面に張り付くように施された、甲殻にも似た氷の鎧だ。
斬撃が当たった部位は灰色に色褪せ、ぱらぱらと破片のようなものが零れ落ちている。あれがヒオンの斬撃の炎を相殺した。さらにその物理的な硬度によって、榴弾ビンの衝撃を殺したのだ。
霊獣が嘶く。平常時の延長線上にある雰囲気から一転し、脅威を排除する敵意へと。
その足先を薄く覆うように氷が生えた。さらに、身に纏う冷気が肉眼で白く見えるほどに高められる。
本番はここからだ。エルタは斧を構え、ヒオンも後方で剣を杖に立ち上がる。
これまでになく静かな未知の樹海で、人と古龍の戦いが始まった。
正式名はキリン亜種ですが、この作品独自の呼び名を採用しています。
実はこの節は本編の1/3くらいの長さがあって、話数多めです。
まだ続きます。お付き合いいただけましたら幸いです。