グラン・ミラオス迎撃戦記   作:Senritsu

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>>> 前哨戦(3)

 

 火竜リオレウス。この世界において最も高い知名度を誇るだろう飛竜の名だ。

 草木の生える温暖な気候の土地であれば、ほぼ全世界に進出している。セルレギオスやライゼクスといったライバルも多いが、個体数では群を抜いているだろう。

 熱気に対して強い耐性を持っていて、火山地帯にまで姿を現すことがある。対して寒気は苦手なようで、亜寒帯より北に姿を見せることはほとんどない。

 

 ある土地にリオレウスが現れると、ほぼ間違いなくそこの生態系の頂点に立つ。非常に高い攻撃性を持った竜だ。雌個体としてリオレイアがいるが、リオレウスよりも若干ながら危険度が下がるとされている。

 人々や家畜への被害も多く、狩猟依頼もよくギルドに届けられる。しかし、かの竜を狩れるハンターは一握りだ。それ故にリオレウスを狩猟することは多くのハンターたちの狩猟人生における目標であった。

 

 そんな強敵に挑むのはソナタ、アストレア、エルタの三人のハンターである。三人共にリオレウスの狩猟経験を有しているので精神的な余裕はあるが、油断はできない。

 チャチャとカヤンバもついて行こうとしていたのだが、村にもしものことがあったときのために残っていてほしい、というソナタのお願いに渋々と引き下がった。

 

 モガの森、一般のハンターには「孤島」と呼ばれるフィールドのベースキャンプへと辿り着いた彼らは、地図を囲みながら簡単な作戦会議をしていた。

 

「やっぱりムーファやアプトノスはいないみたい。彼らを追ってリオレウスも移動してくれたらいいんだけどね」

「いいねどこがあるから、えものが少なくてもそこを手ばなしたくないんだと思う」

「私も同じ意見。このベースキャンプから北西にずっと進んで、森と洞窟を抜けた先の海へ続く崖に大きな窪みができててね。モガの森を縄張りにした竜がよく巣を作るんだ」

「……交戦する場所は」

「いろいろ考えてたけど、ここから出て平野を登った先かな。天然のトンネルがあって、その先はちょっとした窪地になってるんだ。リオレウスと戦うには狭いけど、空から襲われる機会をできるだけ減らしたいから」

「この前、リオレウスの爪あとを見つけた場所。あれはなわばりを示すためにやってる。だから、昼にまたくるはず」

「いろんなモンスターが通る場所だから、マーキングにちょうどいいんだろうね。この夜のうちに移動しておいて来るのを待とう。先制は……アスティの投げナイフでいいかな?」

 

 ソナタがエルタの方を見る。エルタが弓使いやボウガン使い、あるいは猟虫を駆使する操虫棍使いであった場合、別の提案ができるのだろう。爆弾や罠の扱いに長けていて、今回のように相手が通るだろう場所が分かっているならば、先んじてそれらを設置しておくというトリッキーな奇襲も可能だ。

 しかし、エルタはそういう技術は持ち合わせていない。ソナタの提案に頷きを返す。

 

「投げナイフで順当に狩りに入らせてくれるなら、それに越したことはない」

「エル君のその武器、奇襲向けではなさそうだしね」

 

 ソナタの言葉にエルタは再び頷いた。

 人々を怖がらせないために布で包んでいたエルタの得物は、今それらを解かれて背中に担がれていた。

 黒を基調とした二対の武器。両手に持って戦う部類だ。双剣と同じように互いの形状は似通っているが、肝心の刃が存在しない。どちらかと言えば小型のガンランスのような、筒状の形状をしている。取手は側面から伸びていて、剣とは運用法が違うことは明らかだった。

 

「穿龍棍、だっけ? 名前は聞いたことあるんだけど、実際に使ってる人を見るのは初めてだよ」

「……メゼポルタで独自開発されてるから、使い手がいないのは仕方がない。ドンドルマとバルバレに少しいるくらいだ」

「ハンマーと同じように、なぐってこうげきするぶき、なのか?」

「ああ。……だがそれよりも、弓やランスのように『穿つ』ことが多い。実際に狩りで動きを見せられればと思う」

「楽しみにしておくよ。私は大剣使い、アスティは双剣使いだから、近接武器三人になるね。互いの立ち回りに気を付けていこう」

 

 ソナタの言葉に各々頷いて、三人は焚火などを消してベースキャンプを後にした。

 暗視や索敵が得意らしいアストレアが先行し、ソナタとエルタは彼女を追いかけていく。エルタは先ほどから気になっていたことをソナタに尋ねてみた。

 

「……ソナタ、アストレアが右腕に着けているのは、義手なのか」

「あれっアスティから聞いてなかった? うん。義手だよ。簡単なつくりだけど、その分頑丈なんだ」

「剥ぎ取りナイフを除けば一本しか剣を持っていなかった。それでいて双剣使いということは……仕込み刃か」

「ご名答。だから厳密には双剣とは言えないかも。動きも普通の双剣使いとはけっこう違うね。まあ、君と同じく狩りのときに動きを見てみるといいよ」

「そうさせてもらう」

「そう言えば、アスティと村でよく話してたよね。アスティが初めて会う人にあそこまで親身にしてるのを見たのは初めてだよ。何かあったの?」

「……特に何も思いつかない。ただ、なぜか放っておけないと言われた」

 

 よく分からないと言った風に首を傾げるエルタを見て、ソナタはくすっと笑った。

 

「ふふっ、その気持ちは分からなくもないかも。どことなくだけど、アスティに似た雰囲気を感じるもの」

「……そうなのか?」

「うん。アスティはその辺りの感性がかなり鋭いからね。さて、あんまり話してると怒られちゃう。先を急ごう」

 

 そう言って走っていくソナタの背中には、白く長大な剣が担がれていた。かの大海龍ナバルデウスの角を一本まるまる削り出して作られたという唯一無二の大剣だ。彼女が古龍を退けた本人であるということの何よりの証でもある。

 一枚岩のような月白の刀身は、夜の暗闇の中にありながら仄かな光を放っている。錨のような柄のデザインも相成って、美しさと荒々しさを共に感じさせた。

 

 彼女自身はまったく執着していないようであるが、古龍と相対した狩人と共に狩りができる機会などほとんどない。そのことをしっかり胸に刻みながら、エルタはソナタの後を追った。

 

 

 

 海水の浸る浅瀬の砂利道を走り抜け、やや急勾配の坂道を朝方まで時間をかけて登りきると、ソナタの言っていた三番地に辿り着いた。

 そこにあった自然のトンネルとはまさに言い得て妙であり、アーチ状の岩の下を小川が通っている。流水によって削れやすい岩質だったのかもしれない。

 トンネルを通った先は森への入り口となっていて、やや開けてはいるが大型モンスターと戦うには狭さを感じる。しかし、周囲は木々と岩壁に囲まれていて、ここではあのリオレウスも思うように飛べないだろう。

 開けた逃げ道は三方向ほどあり、小川も深さは踝程度までで気にはならない。地面の状態も苔の滑りに気をつければいい程度だ。悪くないコンディションと言えた。

 リオレウスはまだ来る気配がない。アストレアはある岩壁に歩み寄って、そこに刻まれた三本の抉られた傷を指でなぞった。

 

「リオレウスのつめあとだ。この前のより深くなってる。今日もきっとくるはず」

「うん。じゃあこの辺りに隠れよう。三方向に散って……アスティは森の中、私とエル君は迷彩布を被ってそれぞれトンネルの縁と洞窟の入り口で待機かな」

 

 ソナタの指示に従って三人は配置につき、リオレウスが来るのを待った。

 日が登り始める。三人は黙して語らず待ち続けた。ハンターの狩りはこうやって待ち伏せしている時間がかなりの割合を占める。下手に動いて小型モンスターなどに気付かれて戦闘になり、血の匂いがまき散らされたりなどしたら目も当てられない。

 

 

 

 待ち始めて数時間が経ったころ、そのときは訪れた。

 上空から強風が吹き込んでくるような羽ばたきの音を立てて、大きな影を地面に落としながら火竜リオレウスが舞い降りてくる。風に煽られて川の水が波立った。

 大きさは標準程度か。やや若い個体なのだろう。鱗の赤はくすんでおらず鮮やかで、脚もそこまで赤黒く血に濡れていない。

 地面に降り立つつもりはないようだ。マーキングのために立ち寄っただけなのだろう。ホバリングしつつ岩壁に近付き、以前の爪痕に重ねるように爪で引っ掻いていく。

 

 マーキングをしている間、リオレウスはその場から動かない。遠くから狙いを定めるには最適なタイミングだった。

 リオレウスが再び上空へ飛び立とうとする直前、アストレアのナイフが投擲された。刀身に陽光が反射して一瞬だけ輝きを放つ。

 リオレウスの翼の付け根を狙ったのだろうその投擲は、少し逸れて背中の甲殻にぶつかってしまう。かん、と硬質な音を立てて弾かれたナイフが地面に転がった。

 しかし、彼女の果たすべき役割としてはそれで十分だ。背後から攻撃を受けたことに気付いたリオレウスはひときわ大きく羽ばたいて身を翻す。既に姿を現していたアストレアを、その蒼い瞳が捉えた。

 

 モガの森に火竜の咆哮が響き渡る。それは空の王者と敵対した証拠であり、本能的な畏怖を引き出すものだ。ある程度距離が離れているはずのエルタですら顔を顰める程の大咆哮だった。

 しかし、エルタよりも近い距離にいるはずのアストレアは、耳を塞ぎこそすれどたじろぐことはなかった。胆力を鍛える程度ではどうしようもないはずなのに、毅然と立ち続けている。

 

 リオレウスが滞空しつつ首をもたげた。口元から火が漏れ出る──火球(ブレス)だ。リオレウスが火竜と呼ばれる所以である。

 撃ち出すように放たれたそれは赤々と燃え盛っていた。当たればただでは済まない。

 駆け出しのハンターは見てから回避をしようとするため、判断に遅れが生じて致命傷を負うことがままある。しかし、その点においてアストレアは先発を任されるだけのことはあった。ブレスが放たれる前には既に回避行動に入っており、危なげなくやり過ごす。

 アストレアを捉え損ねた火球は彼女の背後の木々に当たり、幹を黒く炭化させた。その光景を見る間もなく、二発目の火球がアストレアに向かって放たれる。これも来ることが分かっていたのか、反復横跳びの要領で避け切ってみせた。

 

 ならばとリオレウスは三撃目を放とうとする。いくら彼女が上手に避けると言ってもそう何度もは成功できないはずだと見込んだのだろう。

 空中に留まっている限り一方的に攻撃ができる、リオレウスはそう考えているのかもしれない。しかし、それは早計というものだった。

 ブレスを放つたびに反作用で自らが後退していくのはかの竜も分かっているはずだ。しかしその二回の後退により、隠れ潜んでいたハンターの傍に自身の尻尾が来ていることには気が付いていなかった。

 

「──ッ!」

 

 ぐしゃり、と。

 迷彩布が羽ばたきの風で飛ばされるのに構うことなく、力を籠め続けたソナタの大剣の一撃が尻尾に叩き込まれる。

 比喩でも何でもなく、リオレウスの尻尾が地面にめり込んだ。大剣そのものの重量を存分に活かした一撃。切断までは至らなかったようだが、甲殻が砕けて血が噴き出す。

 これにはリオレウスも悲鳴を上げて地に足をつけざるを得なかった。リオレウスがあの低滞空を行うのには繊細な翼の操り方をしなければならないという。それが例えば痛みなどに気を取られて維持できないとなれば、着地するしかないのだ。

 

 リオレウスが尻尾を持ち上げるのに巻き込まれないように、ソナタは大剣を引きずり出す。かと思えば、切先を地面につけたまま、柄だけを持ち上げて膝立ちでガードの構えを取る。

 直後、リオレウスの尻尾が大剣の腹を滑っていった。背後にソナタがいることに気付いたリオレウスが尻尾をしならせて振るったのだ。

 衝突の瞬間、刀身から水が湧き出していた。それが尻尾を滑らかにいなしたのだろう。あれが大いなる海の古龍の武器か。ガードの様子を見ていたエルタは驚くと共に、その武器の特徴を使いこなしてダメージをほぼゼロに抑えたソナタの技量にただ感嘆した。

 

 そしてまた、エルタも黙って二人の狩りを見ていたわけではない。リオレウスが尻尾を振るって身体の向きを変えたことにより、明らかな死角がエルタの正面にできあがる。

 その隙を見出したと同時に、エルタは迷彩布を脱ぎ取って駆け出していた。リオレウスとの距離を目で測りながら疾走する。走りながら腰に担いだ穿龍棍を掴み取り、一歩一歩を大きく強く踏み出していく。

 リオレウスがソナタを見て威嚇するように唸り声をあげ、突進を仕掛けようとする直前、エルタはリオレウスに肉薄した。

 

 一歩。走ってきた勢いを殺さぬように左足を軽く踏み込み、それを軸として身体を右方向へと捻る。

 二歩。左足を放し、右足でステップを踏んでくるりと躰を回転させる。穿龍棍を持った左手を広げてバランスを保ち、右手を大きく振りかぶった。

 再び正面を向いた時には、眼前にリオレウスの脚があった。

 

 三歩。撃ち抜く。

 助走の速度に回転の勢いをも重ね、右手に渾身の力を籠めて、その一撃を叩き込む──!

 

 どっ、と。リオレウスの後ろ足に穿龍棍の先端が深く突き刺さった。それとほとんど同じくして、エルタは取手のグリップを強く握り込む。

 がん、と続けざまに射出音が響く。穿龍棍の内部に内蔵された杭が、ガンランスの竜杭弾のように撃ち出されたのだ。その反動でエルタの踏み込んだ左足が大きく土を抉る。

 赤黒い(いかづち)が迸り、穿たれた傷口から盛大に鮮血が流れ出た。雷に触れた血は蒸発したかのように霧散していく。傷跡もまた赤い放電痕のような模様が染み、黒く変色していく。

 

 エルタの担ぐ武器の名は狼牙棍【滅獄】という。ジンオウガ亜種の素材を用いた穿龍棍だ。強力な龍属性を宿しており、リオレウスなどの龍属性に弱いモンスターには壊死毒に近しいほどの影響を与える。

 厚い表皮、さらに筋肉すら突き抜け、骨まで届いたその一撃にリオレウスは振り返るよりも先にがくりと体勢を崩した。

 右手の一撃の反動で仰け反ったエルタは、左手に持った穿龍棍の杭を肘から後ろの方向へと伸ばし、逆手に持った双剣を振るうように傷口へと叩きつけた。再び赤黒い雷が弾けて浸食を広げていく。

 

 その追撃によって背中から地面に倒れかけたエルタだが、右手を地面につけてその身を翻し、その場から離れる。

 助走をつけた一撃は条件が揃えば今のように大きな傷を負わせられる。しかし、他の武器とは違って衝撃が直に肩や腕に伝わるため、負担もかなり大きい。現にエルタの右腕は剣が弾かれたときのように痺れていた。

 

 後方に下がったエルタとすれ違うようにして、アストレアが駆けていく。左手に持ったのは白い両刃の片手剣。そして、右手に装着していた義手は先ほど見たときよりも細く、鋭利に。一枚の刃となって双剣の体を成していた。

 エルタが攻撃している間に義手の内側の仕込み刃を展開したのだろう。アストレアはその小柄な体格を活かしてリオレウスの足元へと潜り込み、エルタに向けて振り返るリオレウスの足捌きに対処しつつ、その腹に斬撃を叩き込んでいく。

 

 左手の片手剣は雷属性か。狼牙棍のそれとは真逆の青白い雷光がエルタの目に映る。右手の義手の仕込み刃の方は無属性のようだ。身体に直接装着されているのを考慮してのことだろう。しかしそれは左手に持った剣に劣るということは決してなく、むしろ切れ味は仕込み刃の方が勝っているようだった。

 仕込み刃の間合いが短いのもあってか、かなり変則的な動きをする。よく舞踏に例えられる双剣使いの剣捌きだが、アストレアの動きはまさにそれだ。手だけでなく胴体も使って仕込み刃をより深く切り込ませる。全身を駆使したその動きは、何故か血に汚れない白い防具も相まって見るものを惹きつけた。

 

 懐の内で暴れるアストレアのことは当然リオレウスも把握しているはずだ。しかし、かの竜はそれでもエルタを強く睨み付けた。脚に受けた一撃が相当こたえたらしい。

 エルタに向き合うな否や、リオレウスは突進を仕掛けてきた。足元のアストレアを巻き込むつもりだったのかもしれないが、一通り舞ったアストレアはその場から既に離れていた。

 むしろ危険なのはエルタの方だった。避ける行き先が既に塞がれていたのだ。

 リオレウスが足に怪我を負っていたのが仇になった。翼を大きく広げ、半ば倒れ込むように迫ってくる巨体。立ち続けたままの突進ならば潜り抜けようもあるが、これは逃げられない──。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし、今はまだそれを使うべきときではない。エルタは覚悟を決めた。

 穿龍棍を両手に抱いて、エルタは横っ飛びしてリオレウスの正面方向から軸をずらす。さらに着地後、今度は後方へと大きく飛び退き、そして衝撃に備えた。

 

 衝突。エルタの視界がぶれる。翼の根元の部分にぶつかったようだ。エルタは身体の真横からその衝撃を全身で受け、大きく吹っ飛ばされる。背中から地面に激突して穿龍棍を抱えたまま二転三転し、岩壁の傍に生えた茂みに突っ込んでようやく止まった。

 派手に吹き飛ばされたが、その割にはダメージを抑えられたか。今起き上がろうとしてそれが困難なほどの激痛や眩暈がないのが何よりの証拠だ。全身の痛みと頭を揺さぶられたことによるふらつきはある程度時間が経てば引く、とエルタは自身を落ち着かせる。

 

「エル君!」

「大丈夫だ!」

 

 ソナタの声に応えてエルタは立ち上がる。リオレウスはエルタへの突進後に倒れ込み、その隙に駆け付けたアストレアとソナタによって足止めされていた。

 ソナタとエルタの渾身の一撃、さらにアストレアの乱舞を受けて少なくない血を流したというのに、リオレウスはまだ十分な体力を残していると言わんばかりに暴れ続ける。それが大型の竜との戦いというものだ。

 これまでの狩猟経験で思い知っている通り、まだまだこれからだ。エルタは気を引き締めて手に持った穿龍棍を握りしめた。

 

 

 

 穿龍棍というのはその見た目に反して複雑な内部機構を持つ武器のようだ。エルタの立ち回りを垣間見ながらソナタはそんな感想を抱く。

 柄を持つ手から先は打撃というよりもその名の通り穿つことを念頭に置いているようで、先端部分は鋭く尖り、撃龍槍のように撃ち出したり引っ込めたりできる。

 その逆側、肘から後ろもリーチを延ばせる仕様となっていた。どうやら先端部分の杭を引っ込めて後方に押し出すことでそれを実現しているようだ。こちらは遠心力を活かしてその杭の腹の部分を叩きつけるという使われ方をする。

 さらにその杭を内蔵する武器本体も長さの変更ができるようで、これまでの話は武器本体が長い形態に該当する。短い形態にすると後方に杭が伸びなくなり、ほとんど腕の伸びる範囲程度までリーチが短くなる代わりに、深く懐に入り込む立ち回りができるようだった。

 

 複数の形態と杭の出し入れを、状況に応じて完全に使いこなしているのだから恐れ入る。修練も積んでいるだろうが、才能が必要とされる域に思えた。

 今のエルタは武器を短い形態にして、アストレアと入れ替わったり向かいの位置に立ったりしつつ彼女と似たような立ち回りをしている。リオレウスが短く跳んで踏み潰そうとしたり、突進で蹴飛ばそうとするのをステップや回転回避でひらりひらりと避けていく様は明らかに場慣れした者の動きだった。

 しかし、とソナタは思う。

 最初に見せた一撃の威力と比べると、かなり控えめな攻撃力に落ち着いている。甲殻を殴りつけて鱗を弾き飛ばし、表皮が露出すると杭を打ち付ける。先ほどのように追撃で杭を撃ち出すことはしないため、そこまで深い傷にはならない。

 

 それを攻撃力不足だと咎めるつもりなど全くない。かの竜の自然治癒力を上回ることはできている。もとより三人パーティなのだから、堅実にダメージを重ねていく手法でも十分に通用するのだ。

 一撃でリオレウスの体勢を崩したあの攻撃の印象が強すぎるだけだ。そのせいで大剣のような一撃重視の武器と勘違いしてしまっていた。手数による攻撃を主体とし、その上で性質としてはチャージアックスに似ているのだろうとソナタは推測する。

 チャージアックスは斬撃の反動をエネルギーとして内蔵された瓶に充填し、剣の強化や楯の強化に用いる武器だ。特に充填したエネルギーを一気に開放して放つ属性開放切りの威力は凄まじく高い。それと似たような機構が穿龍棍にも組み込まれているとするなら、今はその準備段階と言える。

 

 いずれ何かしらのアクションを起こすはず。そうソナタが考えていた矢先で、リオレウスの口元から赤い炎がぶわりと溢れ出した。次いで、これまで以上の殺気と威圧感を放つ咆哮が三人のハンターの足を止める。

 いよいよ怒った。このリオレウスはかなり怒りにくい個体だと思っていたが、幾度もの傷を受けて流石に命の危険を感じたのだろう。

 咆哮を放った直後、リオレウスは大きく翼を広げ、やや仰け反るような構えをする。口元からさらに炎が零れるのを見て、ソナタは大声で警戒を呼び掛けた。

 

「足元にブレスが来る! 気を付けてっ!」

 

 リオレウスと近接武器で戦っていたときに注意しなければならない攻撃の一つが、今ソナタがいったバックジャンプブレスだった。その危険性はひとえに避けにくさにある。足元にいたハンターはリオレウスの全体の動きが見えにくいので、急に後方に飛び立たれながらさっきまでかの竜がいた場所にブレスを放たれると対応しにくいのだ。

 今、リオレウスの足元に立っていたのは──エルタだ。ソナタの声は届いているはず。しかし、彼はリオレウスの腹の真下から一歩分だけ飛び退くに留まっていた。

 いけない。口元から離れてすぐに地面に着弾するバックジャンプブレスは広い範囲に炎を撒き散らす。あの位置では爆発から逃れられない。ただ、それは彼も分かっているはずだ。

 何かしらの考えがある。もしもの時のために腰に提げた閃光玉に手をかけながら、ソナタはエルタの動きを注視した。

 

 がしゅっ、と。ボウガンから拡散弾が放たれたときのような音が響いた。

 直後にリオレウスがブレスを放ちながら飛び立つ。直後の爆発によって土が捲れて周囲に飛び散る。広範囲にわたって炭化した地面がその威力の高さを物語っていた。

 リオレウスはその光景を見渡して、訝しげに唸る。つい数秒前までそこに居たはずのハンターの姿がないのだ。確実に一人は屠ったと踏んでいたのだが、いったいどこに行ったのか。

 

 そんな風に地面を見下ろしていたリオレウスの()()()、左手に持った穿龍棍を振りかぶるエルタの姿があった。

 

「飛んだ……!」

 

 ソナタとアストレアが思わずそう口にしたと同時に、リオレウスの顔面に向かってエルタの穿龍棍の一撃が真上から撃ち込まれた。

 鈍い音が響き、リオレウスの首が強制的に沈む。高所からの自重の落下のエネルギーすら利用したそれは、殴りつけるだけでも十分な威力を生み出す。

 恐らく眉間に直撃した。しかも完全な不意打ちだ。意識を奪われて落下してもおかしくはないが、リオレウスは何とか滞空姿勢を維持し続ける。

 

 まさか頭上からの攻撃を受けるなど予想だにしていなかったのだろう。大きく羽ばたいてさらに後退し憎々しげに空を見上げたリオレウスは、直上から少しだけ傾いた太陽の光をもろに見てしまい目を細める。

 それが致命的な隙となった。

 

 ──エルタの空中での攻撃を最初から追っていくと、次のようになる。

 リオレウスが飛び立つ寸前、両腕を地面に打ち下ろすようにして屈伸し、穿龍棍の杭を地面に向けて撃ち出した。その反動でエルタの身体は空中へと弾き出される。がしゅっという音はそのときのものだ。

 リオレウスのブレスの爆発を背後から受けてさらに浮き上がったエルタは、手足を広げてアイルーのように空中で姿勢を制御し、リオレウスの頭めがけて飛び込むようなかたちで左手に持った穿龍棍の一撃を見舞った。

 

 その打撃を受けて頭を沈み込ませたリオレウスの、その首元にあろうことかエルタは足をかけたのだ。足場とも呼べない、羽ばたきに合わせて揺れ動く首に確かにエルタは立ってみせていた。

 その場に留まったのは一秒にも満たない短い時間。しかし、リオレウスが頭を持ち上げる仕草をも利用してエルタは跳躍し、再びリオレウスの頭上を取った。

 

 そして今、エルタは膝を丸めて両脇を閉じ、双方の穿龍棍の切先を揃えた。標準は先ほどと同じくリオレウスの眉間。自由落下に身を委ね、その構えを保ち続ける。

 とん、とエルタの両足と穿龍棍の切先がリオレウスの頭に触れた。刹那の空白。弾かれたように反応したリオレウスが頭を振り回そうとして──先手を取ってみせたのはエルタだった。

 

 龍気穿撃(穿龍棍が吼えた)

 ドゴッ!! と今までにないほどの破砕音が響き渡る。赤黒い雷が衝撃波のように空中を伝播し、その反動によってエルタの身体が空中へと投げ出される。

 穿龍棍内部に溜め込まれていたエネルギーを一気に開放させ、杭を射出させたのか。これを成すための回避主体の堅実な立ち回り。最初の一撃に勝るとも劣らない威力が両手分となれば、エルタが反動で吹飛ぶのも頷ける。

 

 リオレウスが頭から血が噴き出させながら墜落する。眉間の最も甲殻が分厚い部位を撃ち抜き、貫いて頭蓋骨にその衝撃を届かせたのだろう。打撃武器や徹甲榴弾使いの間で言うところの脳震盪(スタン)を一撃で取ってみせたということになる。

 無論、この好機をソナタとアストレアが逃す手はない。アストレアはその脚部へと切り込んでいき、ソナタは普段は攻撃のできない翼膜を切り裂いていく。

 

 空中でくるりと宙返りし、ふわりと地面に降り立ったエルタを傍目に見て、ソナタはある想いを感じずにはいられなかった。

 空中へと飛び立つことのできる武器種を見るのはこれが初めてではない。この地方にはほとんどいないが、操虫棍という武器の使い手は高跳びの要領で空中にその身を躍らせる。

 しかし、あれはある辺境の民族の伝統を受け継いで狩猟武器へと落とし込んだものだ。そのデザインや猟虫を操る様は、狩りに生きるものとしての矜持がある。

 ならば、穿龍棍は。工房の技術の粋を集めているのは間違いない。ただ、その目標はきっと狩猟や採集、探索といった広義での狩人(ハンター)のためではないのだろう。

 

 その名の通りだ。龍を穿つ。立ちはだかるモンスターを真っ向から迎え撃ち、その苛烈な攻撃力でもって打ち倒し、次の戦いへと歩ませていく。そこに隠密や探索といった要素はいらない。強大な龍を正面から相手取ることだけを考える。ただただ、闘う者(ハンター)のために。

 

 エルタはどのような想いでこの武器を担ぎ、この街に来たのだろうか。斬撃による血飛沫を浴びながら、ソナタは心の片隅にその想いを留めた。

 

 






・龍気穿撃について
本作ではモンスターハンターフロンティアより穿龍棍が登場します。
これに関して、ゲームから大きな仕様変更がありますので記載します。

本作では穿龍棍の独自要素である龍気が、チャージアックスの瓶エネルギーのような蓄積に変更になっています。
これに伴い、龍気穿撃による攻撃自体に強い衝撃が発生する(ゲームにおけるモーション値が高いことと同義)ようになっています。

ゲームでは攻撃後の龍気の爆発に高いモーション値が入っている仕様でしたが、ご了承をよろしくお願いいたします。

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