エルタたちが村へ戻ると村長とアイシャ、そしてアストレアが出迎えてくれた。
「アスティさんの話によれば、ルドロスの群れとロアルドロス、見慣れない黒い翼竜たちが新たに森に現れたらしいです。けれど、二日程度でどこかへと行ってしまったとか。今の森は誰もいないっぽいですね」
「恐らく見慣れない黒い翼竜とはガブラスのことだろうよ。ソナタは見たことがあるか?」
「一度か二度なら。ただ、ガブラスはこの辺りには住んでいないと思っていたんですけどね」
「……僕が船でタンジアへ来るときも、ガブラスと遭遇した。ひょっとしたらその一群かもしれない」
そんなモンスターたちが数日もしないうちにどこかへ行った、というのが問題だった。ナバルデウスが現れたときもこのようなことにはならなかった。何か尋常でないことが起ころうとしている。
相変わらず魚は獲れず、村の収入は貝や海藻などへと偏っていた。そしてそれもまた、徐々に上昇しているらしい海水温によって環境が変化し獲れなくなってきているらしい。
「なに、それくらいでへこたれるほどこの村はやわではない。皆、かの大海龍による苦難を乗り越えてきたのだ。もしものときの備えはしっかりしておる」
そう言ってのけるのは村長とその息子だ。状況としてはその頃の方がまだずっと酷かったらしい。確かにエルタの見る限りでは、村人たちは不安がっているものの、まだ限界には程遠い様子だった。
不幸中の幸いというべきか、彼らは災害慣れしているのだ。こういうときには避難準備などを入念に進めつつ、いつも通りの日常を続けるべきであるということを知っている。
エルタたちが返ってきた次の日は、村の広場で宴が催されることとなった。毎月恒例のことだそうで、こんなときでも欠かすことはしない。
不足している魚は乾物や貝で補いつつ、酒樽を用意する。エルタたちも準備を手伝った。村人の指示に従って篝火を焚くための薪を運ぶ。
夜になると村の広場には村人たちが集まり、宴が始まった。
海の民の男女が対になって焚火を囲んで舞い踊る。琵琶という弦楽器の音色がそれを惹き立てた。チャチャとカヤンバも飛び入り参加しているが、どうやら温かく迎え入れられているようだ。「波の舞」というらしいその踊りを中心として宴は盛り上がっていく。
ソナタは村の女たちに言い寄られて、その舞に引きずり込まれていた。「筋肉が見えるから恥ずかしい!」とソナタは顔を赤くして言うが、どうやらお構いなしのようだ。
しかしどうやらそれはいつものことらしく、防具を脱いで踊り子の衣装を着たソナタはそれなりの舞を見せていた。なぜか村の女たちの声が集まっている。
アストレアはその光景を遠くからじっと見ていた。そこに表情というものはあまりなく、ただ見ているだけ、といった様子だ。
「アスティはあの舞に加わらないのか」
「……」
「苦手、なのか?」
「……苦手じゃない。おどりをささげるのは好きだ。でも、まだわたしが入るときじゃない」
それはどういう意味なのか、エルタが尋ねようとする前に、その手を引かれた。宴が行われている広場の先の桟橋をアストレアが指さしている。あそこで話そうということか。エルタは手を引かれるままに桟橋へと歩いていった。
夜の海は暗く透き通った青色だ。ラギアクルスが現れたときは遠方からでも水面が青白く光っているのが見えるというが、そういった光も特に見当たらず、ただ月明かりを透かせている。
木組みの桟橋のやや低い場所、海水に浸かる間際のところでアストレアは腰を下ろした。エルタもその隣にすこし距離を取って座る。履き物を脱いだ彼女の素足にちゃぷちゃぷと海水が浸る。
広場からはそこまで離れてはいないが、宴の喧騒はいくらか遠ざかっていた。風も穏やかで、互いの声が聞こえないということはなさそうだ。
「それで、僕に何を話したいんだ」
「……」
アストレアはエルタの質問にしばらく答えず、星空と海の狭間、水平線を見ていた。
月明かりに照らされた銀髪が穏やかな風に吹かれて揺れている。
「……あなたは、人とくらしてていづらく感じたことはある?」
ややあってアストレアが投げかけたのはそんな問いかけだった。エルタは少しの間考えて、正直な答えを告げる。
「大きな町で、人が多すぎて窮屈に感じたことはある。だが、日常的に人と接していて息苦しいと思ったことはないな」
「そうか……。あなたも人の社会を受け入れている。それがわたしは少しうらやましい」
「……アスティはこの村にいて生きづらさを感じているのか?」
エルタがそう尋ねると、アストレアは首を振った。
「この村の人たちはやさしい。森から来たわたしともちゃんと話してくれるし、狩りからもどってきたらお礼を言ってくれる」
「ソナタも同じことを言っていたな。来る人を拒まないと」
「……だけど、わたしは村の人たちとうまく話せない。いつもよくしてもらっているのに。だから生きづらくはなくて、ただ息苦しい」
彼女特有のたどたどしい言葉遣い。それは数年前までずっと人と関わらず暮らしていたことに起因するのだろう。うまく言葉で表現できない歯痒さもありそうだ。
「人と接するのにまだ慣れていないのか」
「……さいしょはそう思ってた。けど、もうこの村にきてから三年くらいたってる。わたしが人の社会を受け入れられていないのには、もっと別の理由がある」
「……僕とアスティはまだ出会って日も浅い。話してもいいのか?」
「あなたは、わたしの目を見てもこわがらなかったし、わたしが森で育ったという話も信じてくれた。わたしは、あなたになら話してもいいと思ってる」
エルタの方を見ずに、アストレアはそう言った。彼女がそう思っているのなら、エルタにそれを過度に咎める筋合いはない。
エルタも拒むつもりはなかった。ソナタに頼まれていたからというのもあるが、単純に、この少女の悩みが誰かに話すことでいくらかでも和らぐのならそれでいい。
「あなたは火の国を知っている?」
「……ああ。実際に行ったことはないが、たまに狩りの依頼を出しているから名前と評判くらいは」
「わたしはたぶん、あれと同じような国の出身。火山で生まれた」
急に始まったアストレアの過去の話にエルタは少々戸惑うが、それが彼女の悩みに繋がるならばと聞き役に努める。
しかし、アストレアが火山地帯の出身だったというのには驚いた。彼女が幼い頃を覚えていることにも。
「わたしの肌を見て、あなたは何か思う?」
「……白い。どうして日焼けをしないのか不思議なくらいだ」
「うん。わたしもそう思う。よく日に当たっているのに、わたしの肌は黒くならない。けがとかやけどをしても、ずっと白いままだ」
白い肌、銀髪と白い防具。比喩でもなんでもなく、南国で雪の妖精でも見ているかのような印象を彼女は抱かせる。
生まれ持った体質というものだろうかとエルタは考えた。例えばドンドルマにいる大長老は、人の身をはるかに超える巨体であることで有名だ。対して古龍観測隊の爺のように、人の腰ほどしか背丈がない者もいる。アストレアのような竜人族はそういった特徴的な外見が現れやすいのかもしれない。
「わたしのいた国のひとたちは、わたしを見ておかしいと言った。ここもそうだけど、白い肌の人なんていなかったから」
「火山地帯であれば、そうなのだろうな」
エルタの出身であるフラヒヤ地方はむしろ白い肌の者が多い。しかしそれはそこの気候に起因するものだ。北にある火山地帯ならともかく、ふつうなら黄色か黒い肌の者が占めるだろう。
「わたしを神さまだって祀ろうとする人たちがいた。わざわいを呼ぶあくまだって焼こうとするひとがいた。わたしはどちらでもないのに」
「……火の国の系譜だな」
「ある日は、神さまにささげる舞を教えてもらった。ある日は、わざわいを外に出すなっていすに縛り付けられて部屋に閉じ込められた。わたしはどっちなのか分からなかった」
「……そうか」
エルタはそう返すことしかできなかった。淡々と話すアストレアは、同情を求めてはいない。ただ今抱えている悩みの理由としてそれを話しているだけだ。
閉鎖的な集落の下で生まれた異端児だ。さらに独特な宗教の根強い強い火の国の系譜とあっては、そのような扱いを受けるのはむしろ当たり前のことだったのだろう。
つまり、アストレアは、宗教的な論争の矢面に立たされたのだ。
「そして、わたしはこっそりと海に捨てられた」
「……」
「たぶん、わたしはころされようとしてたんだと思う。それを誰かが海に逃がしてくれた。少しだけの水と食べ物を入れて、風の強い日に」
「それで、ここまで運ばれてきたのか」
「うん。何日かも分からないくらい船の上にいて、くたくたになったころに、あらしが来た。船はそのときに砕けて、それでも木の板にしがみついて、気が付いたときには、この森の入り江に流れついてた」
くたくたになったころ、と彼女は言うが、それはすなわち死にかけていたのだろう。流刑よりもたちが悪いが、彼女が殺されるのを防ぐにはそれしかなかったのかもしれない。
「そこで助けてくれたのがとうさんだった。木の板が突き刺さって、もう動かなかったうでを食べて、それからそのきずを舐めてくれた。あいるーたちも食べ物をくれた」
……それこそ、まるでおとぎ噺のような話だ。
しかし、現に今右腕のない彼女がここにいる。あれはラギアクルスに喰われ、そして癒されたものだったのか。まさしく、森に住まう生き物たちにアストレアは生かされたのだ。
「それから、ソナタが来てくれるまではずっと森で生きてきた。わたしがこの村にいた時間よりも、ずっと長く」
「……ああ、ようやく分かってきた。アスティが村に馴染めないのはそれが理由か」
エルタの呟きは要領を得ないものであったが、アストレアはそれにこくりと頷いた。
アストレアが初めに投げかけた「人と暮らすことの息苦しさ」についての問い。そこから自らの過去の話に繋げたのには確かに意味があった。
アストレアは人々の集団での寄り添いというものの本質的な理解が難しいのだ。
火山の集落にいたころにそれを実感することができず、むしろその頃の記憶が不信感となって足を引っ張っている。そして、モンスターたちが生きる世界にそういう概念はそもそも存在しない。
いや、群れや番、親子という関係はモンスターの中にもある。しかし、人間社会というのは良くも悪くもそれよりもっと複雑だ。
「それとな、アスティ。もし君があの眼で村人たちと話していたとするなら、それは怖がられると思うぞ」
「……それはわかってる」
アストレアはため息をつく。自覚はあったのだろう。
竜に等しい眼光を持つのが彼女だ。エルタやソナタは狩人であるが故に怖気つくことなくその目を見ることができるが、一般人はそうもいかないはずだ。
アストレアは村人たちに対して戸惑いを持っていて、村人たちからアストレアを見るとその眼光が怖く見える。それが三年だ。悩みもするだろう、というのはなんとかエルタにも察せることだった。
「……わたしは、森にいたころはとうさんに守られていた。村にいるときはソナタに守られてる。ひとりぼっちにならないのはソナタがいてくれるから。わたしは居場所を自分で見つけられない」
アストレアの声色に少しだけ陰が混じる。それは焦りというよりも、抜け出す方法が分からないことへの困惑からきているものだ。
「どうしたら、ちゃんとひとり立ちできるのか。あなたがそれを少しでも知っているなら、教えてほしい」
「……僕は君と境遇が違う。的外れなことを言うかもしれないが、それでもいいのか?」
「うん。あなたの話を聞きたい。ソナタには話しにくくて、でもあっちのことを知ってる人じゃないと伝わりにくいから」
村にハンターがやってくることは滅多にないのだとアイシャは話していた。村の漁師とソナタたちで間に合っていると。
ソナタはタンジアやロックラックの依頼で遠出することがたまにあるらしいが、そのときはアストレアは村に留まっているそうだ。つまり彼女はソナタ以外のハンターと交流を持ったことがほぼない。
ソナタに話しにくいというのもなんとかエルタは理解できた。守られている意識があって、そこから抜け出したい当の本人だ。いや、ソナタであればその辺りを気にせずとも真剣に取り合ってくれそうだが、アストレアも思うところがあるのだろう。
エルタはしばらく黙考した。一人立ちか。何を以てそれとみなされるのかはっきりしていないが、少なくともエルタは今誰かの庇護下にあるような感覚は抱いていない。
導きはあった。ここに来るまでのエルタを支えてくれた仲間もいた。それらを踏み台にして、エルタは今自らの意志でここに来ている。
「……さっき、君にその眼光は村人に怖がられると言ったな」
「うん」
「ただ、僕自身としてはその眼はそのままであった方がいい。身勝手なわがままだが」
「……」
「一人立ちの方法については何とも言えないが、僕と君の違いを考えたとき、それは自らの記憶に踏み台にするものがあるか否か、それに気付けているか否かだと思う。
君は、僕のような他人にこのことを相談するのは初めてなのだろう?」
「……うん」
「それなら恐らく、最初の一歩は踏み出せている。アスティの眼は誇り高い。芯の強さが顕れている証拠だ。きっとその悩みは自分で解決していけるはず。そのためにはその眼で学び取るのが一番だと思う」
アストレアは特異な過去を持っているが、それに縛られたり囚われたりはしていない。何よりも今、「これからどうするか」を考え続けている。一人立ちすることはできるはずなのに、そこで足踏みをしているのだ。
だから、あとは前へ進む方法を見つけるだけ。
「……わたしの、竜の瞳で」
「ああ。きっと近いうちにこの地で何かが起こる。そしてそれが、僕の生き様を証明するときだと思っている」
エルタは淡々と話す。広場の宴の音と、桟橋に打ち寄せる小波の音が混じり合う。
「そのときの僕を見ていてほしい。ただ一人の狩人の生き様だ。役立てるには足りないかもしれないが……少しでも君の悩みの解決のための指標になれたらと思う」
ああ、とアストレアは胸の内で呟いた。
やはり彼は自らの命運に向き合い、そして答えを出している。だからこそ落ち着いていられるのだ。
そこに至るまでの考え方をアストレアは知りたかったのだが、エルタはそれを見て学べという。それもその通りだ。きっと言葉では伝えにくいものなのだろう。
数年前のソナタも自らの行動で理想を成して見せた。だからこそアストレアは森を出てこの村へと来る決意をすることができたのだ。
「わかった。でも、もしその予感が的外れだったら、またわたしのそうだんに付き合ってもらう」
「……そうだな。君の過去を知ってしまった責任は果たそう」
「ソナタにも話していないから、本当にあなたしか知らない」
「……責任は果たそう」
アストレアは小さく笑って、そして立ち上がった。
「すこし長く話しすぎた。みんなが気づく前にもどろう」
「……ああ。ところでひとつ、気になったことがある」
「歩きながらでいいなら、聞く」
「ありがとう。……アスティを守っていたという森の王、ラギアクルスはソナタに倒されたのか」
「いいや。とうさんはソナタが村に来るよりも先に死んでいた。かなり長生きをしていたらしかったから」
「そう、だったのか。てっきり、ソナタが狩ったのかと」
「父さんは強かったから、ソナタでも勝てていたかどうか。でもとうさんとソナタはたたかうことはなかったと思う。そうならないように、とうさんは人をさけてたから」
「……賢明だったんだな」
「とても。森で生きる方法もたくさん教えてもらった。この服も、とうさんのうろこと皮をあんだもの。すごく丈夫だし、きごこちもいい」
「なるほど。それならあの防御力も納得だ。しかし、ラギアクルスの素材を使っているにしてはとても白いな」
「わたしのとうさんは白いラギアクルスだった。あしゅ?とソナタは言っていたけど」
「……ラギアクルスの亜種は白いのか。知らなかったな……」
「骨はまだ森のおくに残ってる。あなたがしんらいできたら、見せに行ってもいい」
「……楽しみにさせてもらおう」
そうやって話しながら桟橋を歩いて広場に戻ると、ちょうど踊り子衣装のソナタがアストレアを探し始めていた頃合いだった。宴も大詰めで、アストレアの舞で〆たいそうだ。
「私よりもアスティの方が上手いから、早く……!」と恥ずかしさで頬を赤くしたソナタがアストレアに衣装を託す。こういった場で注目を浴びるのが苦手なようだ。エルタは何かを言おうとしたが、自分が不器用であることを思い出して黙っていた。
やがて、着替えたアストレアが琵琶の音と共に踊り始める。
その舞は宴の〆を務めるに相応しい、とても洗練されたものだった。村に来てからまだ数年で、踊りを見た回数も少ないはずだというのに、その舞は見る人を惹き付ける。
故郷で教えてもらったらしい神へと捧げる舞の技術が活かされているのかもしれない。アストレアの姿を見ながらエルタはそんなことを思った。
宴を終えて、村人たちはいつもの生活へと戻っていく。魚が獲れずともそれは変わらない。森や海での採集の機会を増やし、足りない分はロックラックから融通してもらう。モガハニーという蜂蜜のブランドが功を奏したと村長の息子が笑っていた。
エルタたちも探索の範囲を広げてタンジアハンターズギルドからの調査依頼に協力した。たびたび訪れるこの地域に不相応のモンスターを追い払いつつ、モンスターの動向を探っていく。
タンジアからの情報も含めてこの地域に起こっていることを俯瞰すると、どうやらタンジアを中心にしてモンスターたちが大移動を行っているようだった。モガの森はその移動先にあって、そのせいで狩猟環境不安定な状況が続いているらしかった。
原因は分からない。しかし、モンスターが移動した先で縄張り争いや生態系の乱れが起こっている。タンジアのハンターたちはこれの対処に追われているらしい。
エルタも相応に忙しかったが、それでもモガの村での生活というものに馴染み始めていた。エルタが今まで拠点にしていたのはバルバレとドンドルマだ。どちらも人が行き交う場であり、こういった村での生活など故郷にいたころ以来だった。
次の狩りに赴くまでの間は農場の手伝いに精を出し、人付き合いは苦手ながらも村人たちと言葉を交わす。夜はさざ波の音を子守歌にしながら眠る。そこには確かに温かさがあって、心が落ち着くのをエルタは実感することができた。
────そうして、ひと月が経ったころ。穏やかな日々は終わりを迎える。
タンジアから訪れた連絡船。手渡された文書に書かれていたのはタンジアハンターズギルドからの緊急クエストの告知だ。
強制招集。エルタの請けていた依頼は打ち切られ、ソナタやアストレアも例外なく、孤島地方の実力の高いハンターは皆タンジアへと向かうこととなる。
緊急クエストの銘は「厄海:古龍迎撃作戦」。
太古の龍との戦いの幕が、切って落とされようとしていた。
《以下は過去作の『こころの狭間』の裏設定です。この作品を読んでいないことによる不利はありませんので、知らない方はスルーしてくださって結構です》
・ヒノとアストレアの関係について
ヒノの正体はアストレアと似たような境遇の人間であった。
幼いころに両親の手によって海に流されたヒノは、潮流によってモガの森近郊まで運ばれる。
そこで通りかかった嵐の龍(森の王ラギアクルスが戦いを挑んだ相手である)が引き起こした暴風雨に巻き込まれ、モガの森へと流れ着く。
それからの流れは『こころの狭間』の昔語りに従う。ヒノは傷ついた森の王に出会い、共に生きる道を選んだ。
ヒノは自分と同じような道を歩む者が現れるだろうことを何となく予感していた(この世界において捨て子はそこまで珍しくない)。
大抵はそのままモンスターの餌食になって終わりだが、この森の王であれば、もうひとりくらいは救うことができるかもしれないと思った。
そのため、自分が死ぬ間際になっても森の王が心を自覚できるように語りかけ続けた。
そのことを森の王はずっと覚えていて、自らも老いて死ぬまであと幾年かというところで出会ったのがアストレアである。
・嵐の龍について
名前はあえて語らず。嵐の龍は霊峰を住処とするが、数十年から百年周期で各地方の空を泳いで渡る。さながらそれは意志を持った台風である。
ヒノのときはもちろん、アストレアがモガの森に流れ着いたときも上空にいた。ある意味主犯である。森の王はかの龍には敵わないことを既に知っていたので、大人しくしていた。
この嵐の龍はモガの森を通り過ぎたあとに、霊峰へと戻っている。