海は赤く染まりゆく。
> 目覚め(1)
約一月の間を開けて再び訪れたタンジアの街は、大きく様変わりしていた。
「うわ、すっごい人の数だね。こんなタンジアは見たことないかも」
モガの村からの連絡船の甲板に立ったソナタは、船着き場を往来するたくさんの人々を見ながらそう言った。
エルタも同感だった。一月前はここまで人通りは多くなかったはずだ。それに、更地だったはずの場所に櫓のような建物がいくつも立っている。
「……」
「大丈夫か、アスティ」
「……うん。目立たないように気を付ける」
エルタの声掛けに対してアストレアは苦い顔をして答え、防具越しに灰色のフード付きの外套を被る。委縮しているということはないのだろうが、やはり苦手意識が強いようだ。
変化があったのは人の多さだけではない。停泊している船もただの商船とは違っていた。商船がいなくなったというわけではなく、それらを船着き場の隅に追いやって中心部に物々しい船が居座っているのだ。
エルタはその船の出で立ちに見覚えがあった。バルバレにいたころ、大砂漠である古龍を迎撃するために造られた船。結局その古龍とエルタが相見えることはなかったが、その船のことは印象に残っていた。
「……撃龍船……」
「三、四……すごいね。ここに泊まってるだけで六隻あるよ」
モンスターとの戦いを想定して造られた船がここまで揃っていると流石に壮観だった。大きさはまちまちだが、一番小さな船でも今ソナタたちが乗っている船よりも二回り以上大きい。
竜骨部分は太く頑丈そうだ。恐らくモンスターの重竜骨を使っているのだろう。外装に使われている木の板も厚くがっしりとしている。ちょっとやそっとモンスターから体当たりを受けたところでびくともしなさそうな貫禄があった。
連絡船はそんな撃龍船の停泊所を通り過ぎ、隅の方の船着き場へと泊まった。
簡素な木の板のタラップを渡り、波止場へと降り立ってハンターズギルドを目指す。招集されたからには三人とも真っ先に顔を出しに行かなければならない。寄り道をすることはなかった。
道中の商店通りも雰囲気を大きく変えていた。より煩雑になったというべきか。撃龍船に運び入れるのだろう大砲の玉や材木を運んでいる人々が至る所にいるかと思えば、商人たちは全く立ち退くことなく商いを続けている。商魂逞しいとはこのことか。
「……作業をしている人々は皆、同じ服を身に着けているな」
「うーん、何となく貴族お抱えの兵隊っぽい……けど、ギルドの紋章があるね。ハンターズギルドってあんな軍隊みたいな組織持ってたっけ?」
ソナタは首を傾げた。エルタも同感だ。ハンターズギルドはあくまでその地域のハンターたちを統括する組織だったはず。しかし、彼らがハンターという雰囲気でもなさそうだ。
そもそも、あの数の撃龍船が集まること自体が異例なのだ。何か特例のような措置が取られているのかもしれない。
商店通りを抜けると、このタンジアの港に一番近い大灯台とそこへと繋がる広場に出る。撃龍船に乗ってきた人々の本拠地はどうやらそこのようで、巨大なテントが張られ、多くの人々が出入りしていた。
アストレアはタンジアに数回しか訪れていないからか、大灯台が物珍しいようだった。フードが頭からずり落ちないように手で押さえながらそれを見上げている。
エルタもまたそれを仰ぎ見たが、やはり巨大の一言に尽きる。この港の顔といっても過言ではないだろう。
その広場には立ち入ることなく通り過ぎれば、タンジアハンターズギルドはすぐそこだ。ここの装いは今までと違ってあまり代わり映えしているところは見られないが、エルタたちが驚いたのはそこに集っている人々だった。
「あれはアグナコトルの装備……あの人はディアブロシリーズで……。すごい。みんなかなりの高ランクハンターだよ」
「……ざっと四、五十人と言ったところか」
「見たことない装備の人も多いし、本拠地がタンジアじゃない人たちもたくさんいるみたいだね。とにかく受付へ行ってみよう」
身に着けた装備から自然と知れるハンターとしての実力の高さ。ソナタはそれに全く物怖じすることなく立ち入っていく。エルタやアストレアもそれは同じだ。ここで怯むようであれば、そもそもギルドから呼ばれたりはしないだろう。
カウンターにはタンジアの受付嬢のキャシーが相変わらず座っていた。ただかなり忙しいようで、書類に向き合ったまま顔を上げず、エルタたちが目の前に立ってようやく気が付いたようだった。
「あっ、ソナタさん! お久しぶりです~!」
「こっちこそ久しぶり! それにしても忙しそうだね」
「もうほんとに。てんやわんやで目が回りそうです」
そう言うキャシーの眼の下には隠し切れないくまができていた。あまり休みも取れていないのだろう。それでも笑顔を欠かさないところは流石のギルド受付嬢だった。
「後ろにいるのはエルタさんとアスティちゃんですね。エルタさんは長期依頼の完遂の報告を受け取っています。おつかれさまでした!」
「……よく覚えてましたね」
「わたしのことも」
「それはもちろん。ちょっと変わったひとたちでしたからね。印象に残っちゃいます」
エルタとアストレアは顔を見合わせた。思うところがなくもなかったが、カウンターでそう無駄話もしていられない。深くは尋ねないことにした。
顔合わせを済ませたところで、キャシーは真剣な顔で事情を話し始めた。
「さて、ソナタさんたちをお呼びしたのは他でもありません。緊急事態のお知らせです。……私たちの大切なこの港が、古龍の脅威にさらされようとしていることが明らかになりました」
キャシーの話によれば、それは数か月前から予測されていたことではあったらしい。
海と陸のモンスターたちの不自然な大移動と、海水温の上昇。タンジアハンターズギルド所蔵の史書には、過去にもこの現象があったことを示す記述が残されていた。それがある古龍の仕業であったということも。
タンジアハンターズギルドはこれを受けて事前に準備を始めた。各地方のハンターズギルドに根回しをして撃龍船を集め『海上調査隊』を編成。さらに緊急クエストを発令し、ロックラックやドンドルマなどからハンターを募った。
ここにいるハンターの多くはそうやって遠方から来たらしい。見たことのない装備のものが多いのも頷ける話だった。
「詳しいお話はこれから来られる海上調査隊の総司令がしてくれると思います。ちょうどよかったです。今人が集まっているのはその方のお話を聞くためなんですよ」
「なるほど。私たちは最後に呼ばれた感じかな?」
「そうですね。モガの村周辺は狩猟環境不安定な状況がずっと続いてて、専属ハンターさんも手が離せないだろうとギルドマスターも仰っていました」
モガの村の状況が落ち着き始めたのはつい最近のことだ。落ち着いたとはいってもモンスターがいよいよ現れなくなったという方が正しいが。タンジアから船で数日かかるモガ周辺でこれなのだから、この辺りはもっと顕著なのだろう。
つまり、エルタたちはしばらくここに留まって海上調査隊という組織の総司令から話を聞かなければならない。すべてはそこからだ。役割もそこで割り振られるだろうとのことだった。
とにかく、ギルドへの顔出しは済んだ。エルタが長期依頼の達成の手続きを済ませ、カウンターから立ち去ろうとしたところで、今まで黙っていたアスティがキャシーに話しかける。
「キャシー」
「何でしょう? アスティちゃん」
「ちゃんはやめて……。すごく大変そうだけど、わたしたちもがんばる。安心してほしい」
その言葉を聞いてキャシーは言葉を詰まらせ、次いでまた笑ってみせた。
アストレアは人の内面をよく見る。それでいて言葉が真っすぐだ。こんな状況に置かれているキャシーが不安でないはずがない。それでも彼女が頑張らねばハンターたちの取りまとめに支障が出る。アストレアはそれを感じ取ってそう声をかけたのだ。
「私にできることはこれくらいですから。私たちの港に脅威が迫っている今、私は私の役目を果たします! ……でも、すごく励みになります。アスティちゃん、ありがとう!」
「だからちゃんはやめて……」
アストレアはフードで顔を隠すようにしながらそう言った。どうやら恥ずかしいようだ。
アストレアに次いでソナタも二言三言言葉を交わしていた。しかしそのやり取りは途中で打ち切られる。カウンターの奥から三人の男が現れたのだ。
一人が着ているのは格調高さを感じさせる軍服。胸元にはハンターズギルドの紋章。そこに描かれた火竜夫婦の頭部の意匠は、彼がドンドルマハンターズギルドの所属であることを示している。
そんな彼に付き添っているもう一人の男は、黒い鎧を身に纏い、身の丈ほどもある銃槍を携えていた。エルタはガンランスには明るくないので武器の名称は分からないが、その鈍い銀色の光沢はかなりの業物であることを感じさせる。
最後に出てきた人物は二人に比べるとかなり背丈が小さい。その容姿と長く尖った耳で彼が竜人族であることは一目瞭然だった。
彼は積まれた木箱を伝ってカウンター台へと登るとそこにどっかりと座り込む。他の地方の集会場でもそうだが、ギルドマスターの定位置は基本的にそこだ。彼がギルドマスターと見て間違いないだろう。
軍服の男の指示でキャシーは席を立つ。さらにカウンターの後ろの方にある大銅鑼の前に立っていた少女にも指示を出した。彼女はカウンターに座るギルドマスターに目配せし、ギルドマスターが頷いたのを見てその手に持った大槌を振りかぶる。
直後、があぁぁんっと銅鑼を打ち鳴らす音が盛大に響き渡った。
広場で思い思いに雑談や腕相撲に興じたりテラスで食事をしたりしていたハンターたちが一斉に目線を向ける。ようやくか、という声もどこからか聞こえてきた。
大銅鑼を鳴らした少女は踏み台を降りて、代わりに軍服の男がそこへと立った。あれならば後方からでも彼の姿はよく見えるだろう。すっと息を吸って声を張る。
「ハンターの諸君! よくぞこのタンジアの港へと集ってくれた。君たちが緊急クエストを辞退することなく駆けつけてくれたことに感謝する。
私の名はシェーレイ。シェーレイ・アスカルドだ。今回のグラン・ミラオス迎撃作戦の総司令を務めている」
こうして見ると男の顔はまだ若く、それにやや細身だ。しかし、彼は数多くのハンターたちの視線を浴びながら、それにまったく怖気づくことなく堂々と話している。総司令に抜擢されるだけのことはあるということか。
ただ、エルタはそんなことよりも彼の告げた作戦名の方に興味を注いでいた。
グラン・ミラオス。
それが、自らが追い続けた存在の名か。
「当古龍は
黒龍という言葉に反応を示したのはドンドルマやバレバレから駆け付けたハンターだろう。エルタも以前本拠地だったこともあって『黒龍伝説』はよく覚えている。
タンジアのハンターたちもざわついているが、彼らもその言葉は聞き覚えがあるはずだ。沖合に向かって何本も屹立する大灯台の名前がまさにそれだったのだから。
「グラン・ミラオス……その名前はちょっと聞き覚えがないな」
ソナタが訝しげに呟く。現地に近いハンターですらこれなのだから、ほとんど伝説上の存在に近いものだったのか。
ざわついた雰囲気を糾すかのようにシェーレイという男は言葉を続ける。
「今回諸君らのような優秀な狩人を招集したのは他でもない。この迎撃作戦に参加してもらう。なお、非常事態につき人数制限は限定的に撤廃する」
これに対する動揺の声はほとんどなかった。人数制限の解除はそこまで珍しい話ではないからだ。
今回のように街や都市に古龍が現れたときなどは大抵そうなる。表立って古龍と戦うのは数人のハンターのみかもしれないが、裏方として多くのハンターが参加しているのだ。
「これより、作戦の説明を行う!」
シェーレイがそう言うと、裏方で準備をしていたらしいギルド職員がシェーレイの背後にある大銅鑼にかぶせるようにして、人の身の丈を優に超える大きさの地図を広げた。
描かれていたのはこの地域一帯の地図だ。タンジアの街は地図の北の端の方にあり、拡大図も用意されている。
シェーレイは指し棒を持ち、地図の下の端の方を指し示した。
「グラン・ミラオスの出現予測地点はここだ。住民からは『厄海』と呼ばれているため、我々もそう呼称する。かの古龍は現在、この厄海の海中に姿を隠しているものと思われる。
過去の文献から、かの古龍は水中と陸上の両方に適応していると我々は見ている。よって、交戦場所は水中、水上、陸上と多岐に渡ることとなるだろう」
距離的にはここから船で半日ほどといったところか。近いように感じるが、ドンドルマやバルバレは砦や迎撃拠点を街のすぐ近くに構えている。恐らく補給線を伸ばさないためだろう。それを考えるとこれは遠い方かもしれない。
そして、水中戦の可能性が高いようだ。泳ぎの訓練をしていてよかったとエルタは思った。
続けてシェーレイは地図の下端から少し上の『∩』型の島を指し示す。
「我々の作戦の要は、現れたグラン・ミラオスをこの島の内海、迎撃拠点へと誘導することにある。内海の水深は浅く、陸地も広がっている。水上に姿を現すか、陸地に上がったところを大砲やバリスタ、撃龍槍といった火器で集中的に叩き、撃退または討伐を目指すのだ。
そして、本作戦で最も威力を発揮するのが、現在迎撃拠点で組み立て中の試作型巨龍砲だろう。これをぶつけることができるか否かが作戦の明暗を分ける」
巨龍砲! エルタは驚きを隠せなかった。
エルタの反応を見たアストレアがエルタの袖を引っ張り、小さな声で話しかける。
「きょりゅうほうって?」
「……ドンドルマで考案されていた対龍兵器だ。巨大な大砲と思えばいい」
数年前、エルタがドンドルマにいたころは開発段階だったはずだが、完成していたのか。ひょっとすると出来立ての試作機を持ち込んできたのかもしれない。
巨龍砲は一撃で古龍種に大ダメージを負わせることができるポテンシャルを秘めた兵器だとエルタは聞いていた。これをうまく当てれば、もしかするとハンターが直に戦う機会はないかもしれない。
ここでシェーレイは一度差し棒を下ろした。そしてこの広場にいるハンターたちを見渡す。
「ここにいるハンターの諸君には、三人または四人のパーティを作ってそれぞれ撃龍船に乗り込んでもらう。そして厄海へと乗り込み、グラン・ミラオスの水中での誘導を行ってもらいたい」
ハンターたちは再びざわついた。指示の内容が特殊だったからだ。
今の言い方は、ハンターたちの武器によってモンスターの体力を減らすことを考えていない。これだけの数の高ランクハンターを集めておきながら、指示されたのは誘導のみだ。
ハンターたちの内の一人が不満げな声を上げた。
「俺たちに羊飼いの役をしろってか」
「否定はすまい。しかし、諸君らにしかできない役割だ。
もしかの古龍が海中を自由に泳ぎ回り、撃龍船を率先して攻撃するような存在だったならば、ハンターでない兵たちは無力でしかない。彼らは目標が海中から姿を現し、大砲やバリスタの弾が届くようになって初めて十全に動くことができるのだ」
もちろん、ハンターの仕事はこれだけではない、と彼は語る。龍の攻撃を受けて船が倒れたり沈んだりした場合、泳げるハンターはグラン・ミラオスを引き付けなくてはならない。迎撃拠点で不測の事態があったときも同様だ。
決して雑用などということはないという彼の力強い言葉に、不満を言ったハンターも押し黙るしかないようだった。
「また、一部の者は作戦区域に存在する黒龍祓いの灯台に守護役としてついてもらう。迎撃拠点へ誘い込む過程や、万が一迎撃拠点が突破されたときのために各灯台を小砦として用いるのだ。これには、ここにいない中程度のハンターランクのハンターも多数参加する予定だ」
タンジアを中心にして放射状に広がる灯台群のうち、厄海からタンジアの経路にあるものは約十個ほどだ。これらにも火器と人員を配置するらしい。今は使っていなかった灯台も再利用するようだ。
確かに、横穴からの砲撃にはとても適した構造だ。グラン・ミラオスと直接対峙するよりも危険は少ないと言えるため、実力が十分とは言い切れないハンターでも戦力になれるということか。
「我々海上調査隊の総数は千を超す。数こそ国の軍隊に及ばないが、大型モンスターとやり合った場数、質の高さで十分以上に補えると自負している。ハンターの数もタンジアのハンターを中心として百人以上になるだろう。
それだけの物量を投入しなければならないほどの戦いが予想される強大な相手だが、故にこそ、見事作戦を完遂した暁には相応の富と名声が約束されている」
それは確かな話だった。クエスト達成時の報酬金額を見てエルタは驚いたものだ。今までに請けたどのクエストよりも高い。それをここにいる全員に渡すとなれば凄まじい額になるはずだった。
カウンターに座ったギルドマスターは酒が入っているらしいジョッキを手に持ったまま黙して語らない。背に腹は代えられないということか。
エルタは報酬金に興味などほとんどないが、そんな者は少数派だろう。さらにこのクエストで活躍すればハンターランクも一気に上げることができるかもしれない。まさに富と名声を同時に手に入れるチャンスということだ。
「『黒龍』と聞いて二の足を踏んでしまう者もいるはずだ。それは仕方がない。我々の属するシュレイド地方ではその名前そのものが禁忌とされるほどの存在だ。
しかし、不安に思うことはない。なぜならば、過去のタンジアの文献によれば、
我々は先人たちの跡を継ぎ、かの龍に打ち勝ち、タンジアの街を護る。そのためにも、諸君らの力を貸してほしい!」
拳を握り締めてシェーレイは力説した。その眼差しは自信と責任感に溢れている。
演説に慣れているようだ。エルタ自身も胸の内で昂りのようなものが芽生えていることを自覚する。少なからずこの男の影響を受けたということだ。
それはこの場全体にも言えることだった。ハンターたちの間に広がっていた負の緊張感が正の方向へと向かっていく感覚を覚える。
「過去に倒したことがある」という事実はそれだけで心の支えになる。それを積み重ねて人という種族は栄えてきたのだから当然か。そしてまた、過去の人々に負けるわけにはいかないという競争心も生み出すことができる。
しかし。エルタは盛り上がりつつある雰囲気に抗うように冷えたため息をついた。その興奮はまだ早い。
自らが成し遂げたいこと。そのために邁進した日々。今しがた名が判ったが、それでも明瞭な答えは出てこない。高揚は判断を急かしてしまう。だからこそ、落ち着いて。
「作戦決行は二日後だ。それまでに準備を整えておくように。何か質問はあるか」
シェーレイは辺りを見渡した。作戦内容についての質問がちらほらと飛び交う。シェーレイはその全てに簡潔かつ分かりやすく答えてみせた。
声を飛ばす者がいなくなったことを確認すると、彼は締めくくりの言葉を口にした。
「では、私からは以上だ。諸君らが一人も欠けることなく、作戦決行の日を迎えてくれることを願っている」
最後はハンターたちに向けての発破だった。まさか逃げる者はいないだろうという牽制といえるか。
ハンターには負けず嫌いが多い。ああ言われて後に引けなくなった者もいるはずだ。人心掌握が本当に上手いなとエルタは思った。
作戦の説明が終わり、集会所に集まったハンターは解散の流れとなった。
その場に併設されている酒場で酒盛りに移るもの、加工屋へと向かうもの、宿へと戻るもの、パーティメンバーを募るもの。さまざまだ。
「私とアスティは連絡船に戻ろうかな。エル君はどうする?」
「……ここのギルド倉庫にもう一つ武器を預けている。それの確認に行こうと思う」
「ん、了解。それじゃあまた後でね……っとと?」
三人が別れようとしたところで、ソナタの前に人影が立った。先ほど演説をした男、シェーレイだ。背はソナタの目の位置くらいで、やや低い。その後ろにはやはり銀色の銃槍を担いだ男が立っている。彼の護衛なのかもしれない。
「君がかのモガの村の専属ハンター、ソナタ・リサストラトか」
「はい。よく分かりましたね」
ソナタは若干固い声でそう返した。改めてフードを深く被ったアストレアがさりげなくソナタの後ろに下がる。が、離れはしない。しっかり寄り添っている。
それはどちらかといえばソナタがアストレアを庇ったというよりも、アストレアが自らの意志でソナタを一人にさせまいとしているようだった。後ろに下がったのは下手に存在を主張しないためだろう。
「なに。本作戦に当たって現地の実力者は一通り調べ上げている。聞けば、海の巨人と呼ばれる古龍ナバルデウスを一人で撃退してのけたそうではないか」
シェーレイの言葉には純粋な賛辞があった。嫌味や皮肉という雰囲気はない。
「私の後ろに控えるガルム氏も単身古龍撃退経験を持つ者だが、海の古龍との戦いという点に限定すれば君以上の適任はいないということになる。もしハンターの手による誘導が必要になった場合は、君の働きに大きく期待させてもらおう」
シェーレイの後ろに立つ男の名はガルムというらしい。どうやら実直な人物のようで、エルタと目が合うと目礼されたのでこちらも同じく目礼で返す。
彼もまた相当に優秀なハンターのようだ。単身古龍撃退経験を持つハンターが同じ場に二人も揃うなどそうそうない。そんな彼を傍においてなお、シェーレイはソナタに大きな期待を寄せているようだった。
「期待に沿えるかは分からないですけど、できる限りのことはやります」
「なに、そう固くなることはない。迎撃拠点にさえ誘導してもらえれば、君たちの手は煩わせない。ときに、君たちは熔山龍ゾラ・マグダラオスを知っているかね?」
突然の問いかけにソナタはやや面食らったようだったが、ひと呼吸おいて「……名前だけは」と返した。エルタも同じだ。古龍の一種として名前は知っているが、その姿や資料を見たことはない。
「そうか、まあ仕方あるまい。生息域がこことは大きく外れているからな。
ゾラ・マグダラオスは老山龍すら凌駕するほどの巨大さを持ち、さながら火山の岩盤そのもののような外殻を持つ。その大きさが脅威となる古龍だ。
そして我々海上調査隊は、遠方の海に出没したかの龍の撃退に成功している。本作戦のときよりも少ない兵力でね」
そのときの総司令も彼が務めたらしい。なるほど、先ほどの堂々とした演説は実績に裏打ちされたものだったのだ。巨大古龍迎撃のノウハウは積んでいるということか。
「対巨龍迎撃戦においては、兵器の数と運用法がものをいう。ハンターの諸君には癪かもしれないが、それは抗いがたい事実だ」
彼はきっぱりとそう言い放った。それが熔山龍の撃退によって学んだ事実なのだろう。
エルタもそれは頷きざるを得なかった。大砲の威力にハンターは勝てない。それでもハンターがこうやって席巻しているのは、大砲の標準の調整がとても難しく、命中率がかなり低いからだ。
ただ、相手が超巨大種となれば事情は一変する。的が大きければ標準にそこまで気を遣う必要もなく砲弾を撃ちこめる。対してハンターの扱う武器による攻撃はせいぜい表皮を削るくらいしかできない。大砲は遠方から攻撃できるということもあり、効率の差は歴然だった。
「高ランクハンターというのはそれだけで街の財産だ。君の双肩にも所属している村の平和がかかっているのだろう。君たちのような貴重な命が失われないよう、我々も全力を尽くす。決して君たちを使い潰しなどしない。君たちはできる限りの全力を果たしてくれ」
シェーレイはそういって右手を差し出した。最初は警戒していたソナタも彼の誠意を受け入れてその手を取る。互いに握手が交わされて、シェーレイはその場から去っていった。
圧倒的な量の火器による砲撃戦か。それで相手が倒せるならば、それに越したことはない。最も人的被害が少なくなるのだから。
エルタは厄海のある方向の空を仰ぎ見た。沖合の大灯台がやや霞んで見える。
空の色はまだ、青い。
今回挿絵として投稿した地図ですが、かなり粗い出来なので細かな改変を加えるかもしれません……
1/29追記
メッセージで「挿絵の地図を見たけど、黒龍祓いの灯台多すぎない? あれって一本だけでは?」という意見をいただきました。
この意見についての回答ですが「実は黒龍祓いの灯台はたくさん建っています」です。タンジアの港をいろいろなカメラアングルから観察してみてください。実は沖の方に二基建っています。地図で描いたタンジアの港の構造も、この観察の結果によるものです。意外と閉じた湾なんですよね。
さらに分かりやすいのは原作でグラン・ミラオスと実際に戦うときのムービーでしょうか。背景に何本も灯台が建っていて、さらに火が焚かれているのが確認できます。
以上のことから、黒龍祓いの灯台はタンジアから厄海にかけてたくさん建っているのだろうと推測した結果、あの地図のような分布になりました。